第31話 ◆・・・ 策謀の予兆 ・・・◆
カシューやイサドラが青ざめた様に。
両手に剣を握ったアスランの強さを目の当たりにした他も。
中には同じくらい青ざめ恐怖した者とて少なからず居たのだ。
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場所は貴賓室。
此処から試合を見つめていたシルビアは、可愛い我が子が見せた底知れない強さへ。
かつての選定の儀を思い出さずにはいられなかった。
シルビアの傍で同じ様に見届けたフェリシアは、両手に剣を握ったアスランの瞬く間の勝利よりも。
寧ろ、その後からの方へ。
奇跡を見たような驚きが、胸をいっぱいに満たしていた。
女王二人の直ぐ後ろ。
そこから試合を見届けたカズマは、真っ向勝負へ固執したかにも映った後。
熱の入った戦いの最中では、特に気持ちを切り替えることの難しさを理解っているからこそ。
カズマは七歳になったばかりの。
そうして、今は直に接しているからこそ反抗期も分かるアスランの切り替えの早さへ。
思わずは、つい唸ってしまったのだ。
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同じ貴賓室から、皇帝は試合を見届けた後。
何が起きたのかは分からない。
だが、金色の輝きに包まれた後で。
もはや助かるまいも抱いた娘の部下が起き上がった事へは、普段はこんな安堵したような表情は見せもしない。
「ユフィーリア。ウォーレンは、其方の命によって参加したのだ。敗れはしたが、称賛される試合だったと。そう、余の言葉を伝えてくれるか」
育った環境もあるからこそ、今でも素直ではない娘ゆえ。
それでも。
娘の部下となった者達は、目付を兼ねて副将に据えている親友のハルバートンから聞く限り。
良く慕われている様だと。
安堵の表情は一瞬だったが。
何れ玉座を譲る娘には、慈愛も無くては譲るに譲れない思いもあったのだ。
皇帝は、その胸の内で。
在った不安が杞憂だと、安堵することが出来た。
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どれくらい寝たのかは分からないけど。
目が覚めた僕は、アリサが膝枕をしていた事をね。
まぁ、ティアリスの膝枕に比べたら・・・・は、あるけどさ。
敢て、その感想は口にしなかった。
僕も、シャナから色々と言われたからね。
全然、勉強していない訳じゃ無いんですよ。
「まぁ、カシューさんは勝ちそうだね」
「そうね。でも、そうなると次辺りは当たるんじゃないの」
少し前に起き上がった僕は、こうしてアリサと二人。
今はフライドポテトを口に運びながら。
まぁ、普通に観戦していたよ。
あぁ、そうそう。
アリサが何で、僕を膝枕していたのかだけど。
こんな悪戯を仕組んだのは、カシューさんとイサドラの二人だ。
で、仕組まれたと分かっていないパンプキン・プリンセスは、僕を膝枕してくれた。
『だって、寝違えたら次の試合に影響するって。だから私が面倒を見ていたのよ』
まぁ、良いけどね。
だいたい、何かあればティアリスが片付けてくれる。
何事も無かったのは、つまり、平和だったという事さ。
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「ったく、よぉ・・・・てめぇ、色々とやってくれたじゃねぇか」
ゴォンッ!!
試合に勝ったカシューさんは、戻って来るなり。
こうして観戦していた僕を、いきなりの拳骨だったね。
「っ痛ぅ~~・・・・子供を殴るのは虐待ですよ」
「なぁにが虐待だ。てめぇの様な化け物じみたガキなんざ。世界中探したって他に出て来ねぇよ」
「化け物って。酷い表現ですね」
「お前。聞いたぞ・・・この獅子旗杯で、あのカズマから宿題を出されていたんだとな」
あぁ、その事か。
うん、でも・・・まぁ、ね。
「お陰様で、そこそこ苦労していますよ」
ゴォンッ!!
言った傍から二発目を食らいました。
暴力、反対です。
カシューさんには、結局だけど。
あの後から四回も殴られた。
あぁ、理不尽だ。
そうして、ベスト8が出揃った所で。
再びの抽選会は、またしても1番クジ・・・・・
係の人から今度は、思いっ切り笑われました。
というか、司会の人やカシューさん達までがね。
『お前、これは間違いなく記憶に残るぞ。1番クジに愛されし者ってどうだ、良いだろ』
カシューさん。
そういう事を言ってると。
当たったら全力で・・・けちょんけちょんにしてやるぞ。
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僕の対戦相手は、またも軍人さんだった。
特殊作戦群・・・・って初めて聞いたのですが。
カシューさんは、『少数精鋭の特殊部隊に所属しているんだろう』ってさ。
で、試合開始までの時間でね。
特殊部隊の事とか。
その辺りをカシューさんから色々と教えて貰いましたよ。
なにせ、シャルフィには軍隊が無いのでね。
帝国の軍組織とか。
もう、全然、サッパリです。
カシューさんから聞いた話。
特殊部隊というのは、公には一部で名前くらいは知られている。
ただ、後は何一つ明かされない存在だそうです。
じゃあ、なんで・・・・獅子旗杯に出て来たんだよ。
「さぁな。だが、お前の相手は新装備開発部って言ってただろ。実戦部隊の隊員じゃないから良いんじゃねぇのか」
「なるほどね」
「抽選の時に見た感じでだが。素の実力はウォーレンに遠く及ばねぇだろうな」
「あぁ、それは僕も思いました」
残った八人の内で、僕とカシューさん以外の六人。
傭兵が三人と軍人が三人。
パッと見で、ウォーレンさんの様な人は居なかったね。
「だが、気を付けろよ。特殊部隊ってのは、見た目じゃねぇ所に・・・怖さの神髄があるんだ」
カシューさんが真面目な顔つきになっていた。
という事は、警戒しておいた方が良いだろうな。
「分かりました。でも、僕だって」
・・・・・まだまだ、全力じゃないですよ・・・・・
と言うか、下手に全力を出すとね。
コルナからまた怒られる。
お仕置きもするって言われているしさ。
分かっているのは、相手を手酷く痛めつけない程度に。
そのくらいの加減で、勝って当然な試合運びをすること。
でもさぁ。
それって・・・・・
やられた方は、凄くムカつくんじゃないの。
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時計の針は18時を指していた。
未だ空は明るいけど、ナイター用の照明が幾つか灯り始めていた。
司会者は、相変わらず・・・と言うか元気だよ。
今日も一日ずっとね。
午前中は軍のデモンストレーションで、午後からは此処までもそう。
あんなに叫んで盛り上げて。
本当にタフだと思う。
そんな中でステージへ上がった僕だけど。
えっ!?
「あれ・・・ナニ」
僕の対戦相手は、今風・・・なのかな。
騎士団でも滅多に見ない、全身を鎧兜で包み込んだ様な姿で現れた。
ガシャガシャと金属の擦れ合う音。
だけど、そこに混ざったモーターの音もね。
バックパックに、物騒な砲が一門。
あれはランチャーでしょうか。
左腕の盾みたいなものは・・・・何か付いているな。
「斬鉄のウォーレンを倒した実力。しっかりと見させて貰いました」
フルフェイスマスク・・・・な被り物だから、顔は見えないけど。
声も何と言うか、拡声器越しな感じかな。
「帝国軍の特殊部隊って。そういう装備を使うんだね」
「特殊作戦群と言いましても。小官が属しているのは兵器開発局ですからね」
「つまりは実戦部隊でない」
「えぇ、小官などは日々、機械いじりばかりですね」
「ふぅん・・・じゃ、その全身が装甲のような装備も。それも作ったやつかな」
「そうですよ。ただ、これは未だ試作品です。それ以上は機密ですから言えません」
機密だって。
でも、試作品という事は、まだ実戦配備もしていない・・・・かな?
見た目、ゼータとかいう戦車と同じ様な感じの装甲材だけど。
鎧を着ると言うよりも。
人型をした鎧フレームに、操縦者が収まっている・・・・かなぁ。
まぁ、初めて見たからね。
よくは分からないけど。
だって、あの装甲材。
欠片一つでも結構重かったんだ。
モーター音が幾つも聞こえるのは、たぶん、関節部分だと思う。
そもそもマシンガンを作るくらいだから。
小型化した導力機関くらいは作れる技術があって。
この装備にも、その導力機関が幾つも積んである・・・・かな。
となると、きっと何処かに導力源がある筈。
・・・・・そこさえ潰してしまえば。楽勝かな・・・・・
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今日はこれで4強が揃う。
先ずは一人目が決まる試合を、皇帝も観戦する貴賓室とは別室。
そこから観戦するユフィーリアは、ただし、先に受けた救護班からの報告。
内容は、何らの手当を全く必要としなかった。
だが、彼らの報告とは別に。
直に剣を交えた本人の証言によれば。
この点には、大き過ぎる開きがある。
「ウォーレン。私はお前の証言に。何一つ疑いを抱きはしない。だが、死にかけた貴様を瞬く間に全快へ至らせた。それが私も映した金色の輝き。あれは一体なんなのだ」
「殿下。体験した私にも。今もって何かだとの特定が出来ていませぬ」
この部屋は今。
皇女である自分の他にはウォーレンともう一人。
副将のハルバートンの三人しかいない。
勿論、部屋の外には見張りを立てているが。
つまり、此処でのやり取りは、機密性の高いものなのだ。
「あれを一言で奇跡だと。まぁ、そう言うのは簡単なのだ」
ため息交じりに呟いたユフィーリアとて。
見ていた限りで、奇跡だと思わされた一人には違いない。
「お前を癒した黄金の輝き。その正体は一先ず置いておこう。だが、アスランの奴が両手に剣を握った後だ。ウォーレン。お前はただ一度の仕掛けで瀕死の重傷を負わされた。これも事実だろう」
ウォーレン自身。
あの時のことは何度も思い返した。
だが、どう考えても信じ難いが付いて回る。
「ウォーレン。お前からは見たままを聞いている。確かに信じ難いと思える内容だったが。私も一度、その信じ難いを体験しているからな。おかげで下着姿を晒してしまったのだ」
フフ、ハハハハハ・・・・・・
自ら下着姿を晒したなどと。
そう言って、今度は可笑しそうに笑いだした皇女へ。
ただ、ハルバートンもウォーレンも。
どう返していいのか。
その言葉が見つからない。
「なぁ、ウォーレン。アスランの奴だがな。双剣の時だけ・・・何か感じなかったか」
「殿下。私は捉えられたわけではありませぬ。ですが、あの者の一突きは。それで幾つもの突きを同時に繰り出された。そう映った瞬間が最後でした」
「そうか。私に剣を指導したお前だからこそだろうな。あの時の私には、何一つ捉えられなかった」
「殿下の時は先ず夜でした。園遊会という場であったにせよ。見通しは昼と比べて格段に落ちましょう」
「ウォーレン。そんな気遣いは無用で良い。私の腕では捉えられなかった。これが現実だ」
主であるユフィーリア皇女が口にした、『これが現実』の部分。
ウォーレンは、返答こそしなかったが。
実力差を認めたくらいは察した。
「だが。なぁ、ハルバートン。それとウォーレンもだ。あの時に生まれた子供が・・・・神託と言うのは、あながち嘘でもない。のかも知れんな」
「「!!」」
「二人とも口にしないだけで。否、口外無用を厳に戒めたのは私だったな。だが、その事は今後も口外無用と心得よ」
「「ハッ」」
妊娠した親友の出産。
あの件では、二人にも協力して貰った。
ユフィーリア自身、部下の中ではハルバートンとウォーレン。
それから今は此処に居ないだけで。
「それとだ。内々に調べを進めて貰った件だが。アゼルから確度の高い報せが届いた。例の人質だが、やはりボルドーの絡んだ施設に捕らわれているらしい」
アゼル・ディスタード
表向きは予備役の将校となったが。
元は自分の幕僚の一人で、親友の出産の時には、一番活躍したかもしれないを言い切れる。
ハルバートンとウォーレンの二人とも。
アゼルがユフィーリアの命によって、裏方に専念するため表向きの退役をしたくらい。
そうして、故郷では家を継いで家長もしながら。
しかし、重要な仕事を今でもしてくれている。
そんなアゼルからの報せは、ボルドーとオスカル皇子の二人が、帝都で何かしらの企みを進めている。
報せはそこから、人質となった学生達の行方についても。
ユフィーリアは、ハリボテにしか映らない新装備とやらを相手にして。
それでも此処までは勝ち残った特殊作戦群の、しかし、此処までだろう試合を見つめながら。
「ハルバートン。麾下の戦力に現時刻を以って。第一種臨戦態勢への移行を命じる。なお、6時間以内に関係施設を包囲せよ」
「ハッ、御意のままに」
告げた命令へ。
即答で紡がれる返事を耳にしながら。
ユフィーリアの胸中は、ボルドーとオスカルの企みを。
こちらは今夜のうちに片付けると・・・・・・
アゼルからの報せが事実そうであれば。
膨らんだ嫌な懸念が、この瞬間もユフィーリアへ。
だからこそ、猶予が無い感を駆らせていた。