第28話 ◆・・・ 獅子旗杯 ⑩ ・・・◆
人生も、まぁ、五十年ともなるとなぁ。
あの頃が一番だったと。
そう思える時間がな。
どうしても、増えてくるものなのじゃよ。
儂にとって、アイシャはな。
アイシャが居たからこそ。
こんな所まで来れたのじゃ。
あれじゃよ。
ルーレック社などと大きくなり過ぎた会社の経営は、アイシャだからこそ・・・だったんじゃ。
なにせなぁ。
儂は、根っからの職人。
機械をいじることだけしか。
自慢できる取り柄が無かったのじゃよ。
ただ、今の儂はなぁ。
機械いじりさえも。
アイシャが居た頃の様な、熱い心では出来なくなってしもうたのじゃ。
悪いのは儂で。
なのに、出て行ってしまったのは。
それがアイシャなのじゃ。
そのせいで、娘のアイカと、その婿であるラドクリフの二人にはな。
心底、申し訳ないもあるのじゃよ。
じゃから、こんな儂の言葉に。
今さら何の説得力も無いとは思うのじゃが。
一つだけ、言い切って置けることがある。
――― 後悔だけは、これだけは真実、絶対に先には立たない事なのじゃ ―――
by.オウギュスト・ルーレック
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――― ゼータⅣ(戦車)―――
装甲:特殊複合金属
全長:約十一メートル
全幅:約四メートル
全高:約三メートル
重量:約六十三トン
速度:六十八キロ ※ただし装備によって異なる。
主砲:五十五口径 百二十ミリ滑空砲
副武装:十六ミリ 重機関銃
※武装は他に、着脱式の装備が用途に合わせて幾つかある。
――― 新型試作機動兵器 通称ベータ(性能評価 試験中)―――
装甲:特殊複合金属
全長:約十五メートル
全幅:約七メートル
全高:約十メートル
重量:約七十八トン
速度:六十二キロ
武装
両腕:四十ミリ ガトリング砲
背部装備:五十五口径 百二十ミリ滑空砲(試作 低反動型)二門
※滑空砲は直上射撃が可能なほどの広角射撃が可能
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まぁ、カタログスペック上はな。
じゃがな。
真の数字は、それは絶対の企業秘密なのじゃ。
他にも装甲の詳細も、載せた導力機関の出力なども。
全てが機密事項なのじゃよ。
とは言え、ゼータⅣは、儂が世に送り出した最高の戦車。
ゼータ系の最新型じゃよ。
まぁ、次を作れば。
それで旧型じゃがな。
もう一つのベータはな。
あぁ、その前にじゃ。
ベータというの名称は、あくまでも試作へ与えられるコードネームの様なものじゃ。
試作は全て、性能評価試験を行った後。
採用の可否が決まる。
例えば、拳銃一つ、ライフル一つとっても。
そこは変わらんのじゃよ。
更に言えば、正規軍向けに限らず民間向けの商品とて同じなのじゃよ。
話を戻すが。
先ず、ベータについては、儂は一切関わっておらぬ。
この天才の儂が何一つじゃぞ。
じゃあ、一体何者が。
ベータの生みの親は、儂の一人娘にして、この天才の才能を受け継いだアイカなのじゃ。
アイカはなぁ。
髪も瞳も目鼻立ちもじゃ。
オマケで儂好みなスタイルをした所までがな。
一番は尻と乳のラインじゃな。
そんなグッドな所まで、アイシャから受け継いだのじゃ。
おっと、つい余計なことまで言ってしもうたな。
良いか。
儂の娘と、その娘もじゃ。
邪まなことをしたら。
ゼータⅣの主砲で消し飛ばしてやるからのう・・・・覚悟しておくがよい。
でじゃな。
そんなアイカが手掛けたベータは、実の所どう評価したものかのう。
見た目は確かに人の上半身を、戦車に乗せた感じなのじゃが。
アイカの話では、両腕が戦術に応じて装備を変えられる。
更には、機械で作った両腕だからこそ。
兵器以外の使い道を持たせられる。
アイカは、儂と違って。
純粋な兵器だけを作る気が無いのじゃよ。
いや、儂とてな。
兵器だけを作りたい。
等とは思ってもおらぬ。
じゃが、兵器を作らねばならぬ。
今のルーレックは、そういう柵に捕らわれておるのじゃ。
此処まで大きくなり過ぎたルーレックは、もはや・・・・・・・
優れた技術が、そこから兵器へも転用される。
これは仕方ない事なのじゃよ。
かの魔導革命の祖。
エリザベート博士とて、自らが世に生んだ魔導器。
魔導器は結果として。
魔導を用いた兵器と化したのじゃ。
魔導器だけでなく。
魔導技術そのものが、戦争の道具になったのじゃからな。
じゃが。
アイカは、だからこそ。
逆に、兵器から暮らしに役立つ。
そういうものを作りたいと。
アイカは、根が本当に優しい良い娘なのじゃよ。
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儂はユフィーリア皇女殿下の依頼じゃな。
それで、アイカが試験場から送ってきたベータを、と言っても何両かある内の一両じゃが。
皇女殿下が執り行ったデモンストレーションでな。
お披露目するのに携わっておったのじゃ。
じゃが、しかし!!
儂は心底驚かされた。
先にハルバートン元帥が両断したゼータⅣは、それはデモンストレーション用に作った言わばハリボテ。
精巧には作っておるが。
材質からして異なるものなのじゃ。
それを、アイカが作ったベータは、試作と言っても。
装甲の材質はゼータⅣと同じ特殊複合金属。
一緒に並べたゼータⅣも、ハルバートン元帥の演武用に用意したハリボテではないのじゃ。
儂はなぁ。
驚きもそうじゃが。
悪夢を見た気もするのじゃよ。
じゃが、エクストラ・テリオン殿の剣。
あのガラスの様に映った金属は一体。
企業秘密ゆえに詳しくは語れぬが。
ゼータⅣの装甲は、エリザベート博士の直弟子。
四人いる直弟子の一人で、ムスタング博士が生み出した傑作なのじゃぞ。
エクストラ・テリオン殿が握る剣は、ムスタング博士の傑作をじゃ。
儂には、まるでバターを撫でるナイフも同然。
そうして、ベータとゼータⅣはな。
信じ難いくらい細々に斬られてしもうたのじゃ。
・・・・・エクストラ・テリオン殿。
よもや目隠しをしても見えているかのような動きとは。
あれじゃな。
ムスタング博士には、より優れた合金開発の依頼を出さねばのう。
本当に、末恐ろしい子供が現れたものじゃて。
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僕の隣でさっきからね。
このオッサン・・・・マジしつこい。
「なぁ、十兆バリスも手にしたなら。俺の猟兵団を専属で雇わないか。実績も実戦経験も豊富だぞ」
「シャルフィじゃ、傭兵ギルドも無いですからねぇ。どうしても必要になったら。その時はシルビア様が考えますよ」
「今なら一千億バリスで良いぞ」
「生憎と、騎士団長の権限でも。独断では雇えません。そうですね・・・・帰国したら宰相のカーラさんに話しておきますよ」
「ったく、固いねぇ」
「規則ですから仕方ありません。でも、シャルフィで何かしら仕事がしたいのであれば。紹介状くらいは用意しますよ」
「本当だな」
「えぇ、それくらいなら。ですが、カーラさんを説得するのは・・・・まぁ、頑張ってください」
戦車とベータだっけ。
どっちもね。
なんて事は無かったよ。
僕の一番に斬れない金属は無い・・・・って感じだね。
さすが、ティルフィングだよ。
で、賭けに勝った僕はというと。
得られた臨時収入にね。
こうして絡んでくるオッサンとか、狡い女とかがね。
「あたしも・・・お小遣い欲しいなぁ」
「じゃあ、働いてください」
「だったら、お仕事頂戴。一回で一億くらいのやつ」
「そうですね。じゃあ、ルスティアールのシチューグラタンを一人前。出来立ての熱々を」
「・・・・此処からアルデリアって。それって、思いっきり不可能なことを言ってるでしょ」
「えぇ、ですから。先ず出来そうにないので。それでも、やり遂げたら一億くらいは出しますよ」
「冷たくなっても良いのなら。やるわよ」
「はい、却下です」
「意地悪」
「イサドラさん程じゃ無いですよ」
とまぁ、こんなやり取りもあったんだよ。
「アスラン。貴方って、本当に凄いのね。ねぇ、どうやったら金属を斬れるのよ」
「毎日、素振り三百回。それを百セットは最低すること。一年もやれば、出来る様になるんじゃないかな」
「素振りだけで一日が終わりそうね」
「ただ振っても駄目だよ。素振りと言っても、一振り一振りが大事なんだし。僕も最初から出来たわけじゃないしね」
「私と同い年なのに。一体何歳の時から始めたのよ」
「三歳かな。でも、あの頃はとにかく数ばかりを追いかけた。四歳の時には三百回も出来る様になったけど。そうだね。質を考えた素振りを意識したのも・・・・四歳の半ばくらいだったかな」
僕が三歳から素振りを始めたと聞いてね。
アリサもそうだったけど。
カシューさんとイサドラも驚いた顔をしていたよ。
「因みに、文字の読み書きもね。三歳の時に習い始めてさ。五歳になって、幼年騎士になった後からだけど。古代文字は、そこから勉強も始めたよ」
「・・・・それって、私が今学校で習っている文字とは違う古い文字よね。先生から聞いたことがあるわ」
「そうだね。現在の共通言語は、ジパーニの派生だよ」
「じぱーに?」
「うん、そうだね。ジパーニはさ。二千年くらい前にだけど。その当時の主流となった言語だよ。ほら、聖剣伝説物語に出て来る騎士王ユミナ・フラウ。その人が大陸を統一した後でね。ジパーニをこの時代にも繋がる共通言語へ変えたのさ」
「ふ~ん・・・そうなんだ。ねぇ、それってシャルフィだと。何学年くらいから勉強できるの」
「最低でも大学の考古学科・・・・かな」
古代語のことは、考古学科でもね。
此処まで習えるのかは不明だよ。
第一、ものぐさフリーダムな婆ちゃんとテッサ先生の二人ともね。
僕の話を立証できるかどうかに、今も掛かりきりなんだ。
「ねぇ、私気になったのだけど。アスランは、なんで古代文字を勉強しているの」
「そんなの遺跡探検をしたいからに決まっているだろ。この世界には、まだまだ未発見の遺跡が山ほどあるんだ。僕はまだ誰にも見つかっていない遺跡をね。それを一番に探検したいのさ。古代文字を学ぶのは、その時には絶対必要な時があるからだよ」
「あのね。また気になったのだけど。見つかっていない遺跡を一番って。それに意味があるの」
アリサが妙に熱心に聞いてくれるせいか。
僕も、古代遺産管理条約の事とかさ。
そういう部分もあって、だから一番に探検したい。
アリサは僕へ、何度も質問してきたけど。
で、イサドラやカシューさんも教えたりとかね。
だから、抽選の時間なんて。
ホント、あっという間にやって来たよ。
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「今度は一番以外のクジが来ますように」
クジの入った箱を前にしてね。
僕の呟きは、係の人も分かっているせいか。
でも、なんか苦笑いだったよ。
「エクストラ・テリオン殿は、一番に愛されているようですね」
封筒をハサミで切った後で。
中身を取り出して開いた係の人から、そう言われてなんだけど。
「全然・・・嬉しくないです」
「ご武運を」
またしても、一番くじを引き当てて。
ガックリ項垂れた僕へ。
係の人は少しだけ同情してくれたね。
抽選会の後で、僕はまた一試合目。
カシューさんは五試合目。
ホント、僕ってクジ運は無いのかもね。
なんて思いもしたけどさ。
僕の対戦相手。
その相手は、帝国正規軍の第8機甲師団を指揮するシトレ・ウォーレン大将。
僕は抽選の後でだけど。
近付いてきたシトレ大将の方から先に挨拶を受けた。
「大陸最強と名高いシャルフィの騎士にして。騎士団長を務めるエクストラ・テリオン殿。お初にお目にかかる。我が名はシトレ・ウォーレン。帝国正規軍第8機甲師団の団長を務めている者だ」
身長や体形はカシューさんと良い勝負。
ただ、黒の軍服を着ているから絶対とは言えないけど。
握手をしたときの、ごつごつした掌と太い手首がさ。
あぁ、この人もムッキムキな人だねぇ・・・・くらいを思わせたよ。
髪は黒じゃないけど、黒に近い灰色を短くしている。
というか、帝国の軍人さんは、獅子皇女を除いて。
僕が目にした限り、長髪が居ないんだ。
そういう規則なのかな。
でも、挨拶だけで威圧感が半端ない。
声を掛けられただけで、両肩がずしりと重みを感じたよ。
「初めまして。シャルフィの騎士、アスラン・エクストラ・テリオンと申します」
「貴殿のことは、我が主であるユフィーリア様より聞いておる。剣を交えられるのを楽しみにしていた」
獅子皇女様から聞いている・・・・って。
それって、やっぱり・・・・園遊会のことも、だよなぁ。
「ひょっとして・・・獅子皇女様が言っていた。決勝リーグでもっと強い人をぶつけてやるというのは」
「さてな。だが、主であるユフィーリア様からは。決勝リーグで貴殿を粉砕せよと。それだけを命じられたのだ」
「結局、自分では勝てないから他人を頼ったか・・・・底が知れたな」
はい、この時点で僕は戦闘態勢へ移りました。
よって、言葉を飾る気も無くなりましたね。
「フッ・・・貴殿のそういう為人もな。主からは聞いておる。子供だと思って挑発に乗るなとな」
「そうですか。では試合開始までの時間。僕は貴方を少し調べてから臨ませて頂きます」
「そうか。私は先ほどだが。貴殿の剣技を見せて貰った故な。私も一つ見せておこう」
シトレさんは、そう言って直ぐ。
何かの金属片を僕へ見せる様に差し出すと、それを軽く上に放り投げた。
空に上がった金属片は、僕の見ている前で。
シトレさんが鞘から抜いた剣によって、真っ二つにされて落ちた。
「貴殿が先ほど見せた剣技。私が斬って見せたのは、その時に出来た金属片の一つだ」
「なるほど。自分もこれくらいは出来ると。良いんですか。そんな簡単に技を見せても」
「そうだな。私だけが見ていたのでは。それは公正ではないと思ったに過ぎぬ。私は、たとえ主命であっても。正々堂々と一騎打ちをしたかった。それだけだ」
シトレさんは、そのまま僕の横を通り抜けると、先に控室の方へ行ってしまったよ。
・・・・・参ったね。
あの糞ババぁの下に、こういう人が居たなんてさ。
「(・・・ティアリス。あの人は強いよな・・・)」
「(・・・マイロード。ですがどうぞ、御意のままに・・・)」
アリサとイサドラが待っている控室へ向かって歩きながら。
次の試合。
僕は、シトレさんの、さっきの行為と言葉をね。
あれが作戦なら。
僕にとっては何とも嫌なタイプだなぁ・・・・・も思ってしまったよ。
僕は騎士だからね。
相手から先に、正々堂々なんて言われたら。
僕の中に在る騎士の誇りが。
今度の試合は、正面から対峙して勝つ。
それしか選択肢が無いんだよ。
だから、これが罠ならね。
ホント、最悪も思ってしまうのさ。
シトレ・ウォーレン
職業:軍人 帝国正規軍 ユフィーリア皇女 直属
階級 大将
現在もユフィーリア皇女の副将を務めるハルバートン(元帥)とは、同じ仕官学院を卒業した後輩に当たる。
仕官学院を卒業後、皇帝と親しいハルバートンから誘われて、当時は幼少のユフィーリア皇女へ剣の指導を兼ねた躾役を任された。