第26話 ◆・・・ 獅子旗杯 ⑧ ・・・◆
光剣も、連接剣も。
知りたい事さえ分かれば今は十分。
イサドラ本人の戦い方は、踏んだ場数が、ティアリスもそこだけ一目置いたけど。
剣技だけなら、大した事は無い。
と言うか、下手くそ。
そうだね。
右手の連接剣。
こっちは未だ良いよ。
でも、左手は話にならない。
光剣は聞いた限りで。
僕も脅威な武器だと思った。
要は使い手が下手過ぎるのさ。
イサドラは、恐らく利き腕が右で。
それと比べて、左腕が明らかに劣っている。
だから、そんな左腕だと。
武器が脅威なだけで。
全然、怖くないんだよ。
そうだねぇ。
右手は、そのまま連接剣で。
左腕に、ラルフさんが使った煙幕銃の付いた盾とかなら。
求められる技量は、もっと下げられて。
右と比べて劣る左腕でも、扱いやすい・・・かな。
まだ試合中なのに何だけど。
そんなことも思えるくらい。
今の僕には、前の試合の時よりも。
ずっと余裕があった。
そうそう。
イサドラからは、躱してばかり・・・・って。
別にさぁ。
本音で言えばいいじゃん。
なんで攻撃が当たらないんだ・・・って。
その答えは一つ。
お前が、未熟者だからだよ。
連接剣だけ、武器破壊とかも面白いかなって、考えていたけど。
なんか突っ掛かって来る感じが気に入らない。
あれだね。
こいつには、身を以って格の違いを思い知らせてやる。
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試合は開始から二十分が経過した。
まぁ、アレな司会役がね。
マイク片手に叫ぶような声でさ。
それで、どのくらい時間が経っていたのかも聞こえていたよ。
僕は今もまだ。
あぁ、でもね。
躱してばかりとか、そんな言われ方もしたのでね。
「きゃっ!」
可愛い悲鳴を上げたイサドラは、これで尻餅、十二回目だ。
彼女は良く動く。
はっきり言って、運動量も豊富だ。
でも。
それなら最初に潰すのは、脚だよね。
尻餅を付いたイサドラには、何が起きたのかが。
たぶん、分かった所で。
あり得ないも、抱いている筈。
僕がしたのは、鞘に納めた状態のティルフィングで、足元から。
脹脛を狙って思いっ切り叩くと、掬い上げただけ。
まぁ、時属性を駆動させたからね。
一瞬の中で、僕は彼女の横を抜けながら。
それをやったんだ。
何度目だったかな。
仕掛けた後で背後に立っていた僕は、その視界に映ったイサドラからの表情。
僕を見つめる彼女は、尻餅をついたままの姿勢で青ざめていたよ。
ナニこれ、有り得ない・・・って感じ。
イサドラは、自分が受けた攻撃を何となくでも、理解はしている筈。
だけど、僕の動きは、全く捉えられなかった。
当然だ。
あの速さは、ティアリスから一本取るためだけに。
今でも磨いている技なんだからな。
結果。
イサドラは、何か信じ難いを思っているのだろうか。
恐れも戸惑いもね。
今も顔に出ているよ。
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「っ痛・・・」
私はこの試合で、これで何度目だろうか。
あの子は最初、まるで仕掛けるそぶりが無かった。
私の攻撃を、ひらひら躱しながら。
それが少し前くらいから。
今度は、打って変わって私が一方的に仕掛けられている。
対戦相手の男の子がしたことは、何となく理解る。
理解るけど。
それって・・・・一瞬で出来ることなの!?
私とあの子との距離は、どう見ても三メートル以上あったのに。
なのに、そこから一瞬としか言えない速さで。
もしかして。
これが、噂になった・・・・・・・
・・・・・こんなの、どうやって捉えれば良いのよ・・・・・
ホント、何も見えなかったのよ!!
目の前で、フッと消えた瞬間。
私の両脚は、脹脛に強い衝撃と痛みが走って。
そのままグァッンって一気に浮かされた後。
宙に浮いた私の身体は、お尻から床へドンって叩き付けられた。
それで、何故か目の前に居た筈の男の子が。
尻餅をついた私を、後ろから見下ろしているのよ。
・・・・怖かった。
私を見下ろすあの瞳が。
オレンジがかった金色の瞳が、まるで私を突き刺すように見下ろして。
何なのこの子。
この子の瞳は、その時の無機質な表情が、その辺の傭兵なんかよりも。
私にはずっと。
ずっと殺し慣れした・・・・・・
「足元がザルですよ」
私にまた尻餅をつかせた対戦相手は、今も見下ろしたまま。
無機質な表情で、声も淡々としていた。
最初は、何も知らなければ。
それで将来は、美女になれる女の子にも思えた。
でも、その男の子は、女子顔負けの可愛い顔とは裏腹よ。
試合の開始前から、人を小馬鹿にするガキだったわ。
それが、あの消えたとしか言えない技の後。
私を、恐ろしいほど無機質な表情で見下ろした男の子は、小さく鼻を鳴らすと、余裕なのか。
私の横を、悠然と通り抜けた。
普通に考えたら。
私が尻餅をついた後。
あの子は隙だらけの私を、確実に仕留められた筈なのに。
なのにまた、私から三メートルほど離れた所まで歩いた男の子は、その間、一度も振り返らず。
背後を襲われると思っていないのか。
泰然としながらね。
それでまた立ち止まると、ゆっくり振り返ったわ。
「負けを認めるなら。どうぞ、ご自分の口で宣言してください」
転ばせた相手を、今度は涼しい顔だったけど。
でも、言い終わりに。
また鼻で笑ったわ。
いくら私でも。
そんな涼しい顔で言われてよ。
しかも鼻で笑ったのよ。
負けました・・・・なんて。
絶対!!
言える訳ないでしょうが!!
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今から少し前。
私は、この試合の敗者になった。
結局だけど。
私は、倒される方を選んだ。
勝てないからと言ってもよ。
私にだって、プライドがあるわ。
自分の口で敗北を告げるなどと。
それだけは、絶対したくなかった。
それにね。
あの試合中、審判は、なかなか直ぐには起き上がれない私へ。
警告こそしなかったけど。
続行不可能なら終わらせる。
そんな風には促されたのよ。
だから私は、最後に転ばされた後も立ち上がった。
あれ、態と狙っていた筈よ。
私の両足は、同じ所を何度も叩かれて。
最後にはもう。
両足とも、脹脛が酷い痛みを訴えた。
脹脛の痛みはね。
踵を床に着けただけで。
足の甲にまで激痛が走るのよ。
これじゃあ、走るなんて。
もう無理よ。
あと、尻餅をついたときにね。
何度か変な転び方もしたせいで。
その時にだけど。
右手の手首を強く捻ったみたい。
ホント、その段階でね。
もう・・・・詰んでいたのよ。
あの状況から勝つなんて。
それが無理も分かっていた私は、だけど。
「いつでもどうぞ」
あの子、ホント、可愛くなかったのよ。
お姉さん。
ここまでされるような事、何かしたかしら。
「キミ・・・お姉さんに喧嘩を売った事。絶対・・・後悔させてあげるわ」
負け惜しみとか。
負け犬の遠吠えとか。
もう何でもいいわよ。
とにかく、何か言い返さなきゃ気が済まなかったのよ。
言い返した後で。
こんな青黒く腫れあがった右手じゃ使えない。
私は、母さんの形見でもあるテンプルソードを左手に握ると。
腕を大きく振り上げて。
ワイヤーロックを解除したテンプルソードを、全力で振り抜いた。
とまぁ、此処までがね。
私の最後の悪あがきなのよ。
あの子は、楽勝って感じで躱すと。
私の鳩尾にね。
女の子相手に、ホント、容赦なかったわ。
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『勝者。エクストラ・テリオン!!』
今からだと、まぁ、二十分くらい前かな。
僕は試合の審判から、勝利判定を貰った。
そうして、予定なら今頃は、ステーキ串を頬張りながら。
今日の残り試合を、明日に備えて見ている筈だった。
「アスラン。貴方の釈明は分かりました」
此処はコロッセオの最上階。
そこに在る貴賓室の一つで、僕の目の前にはシルビア様が。
と言うか、ハルムート宰相、神父様、フェリシア様にカズマさん。
オマケはパンプキン・プリンセス。
で、部屋の外には護衛がいっぱい・・・・・・
そうそう、もう一人。
この状況を作ってくれた諸悪の根源も。
今は僕の隣に立っている。
「そうですね。イサドラ殿の主張もそうですし。なにより、賭けが双方の合意によって成立していた以上。アスランには、その責を負う義務もあります」
「だから、説明しましたよね」
「えぇ、アスランの説明は聞きましたよ」
僕の説明を聞いた筈のシルビア様はね。
何を思いついたのか。
カーラさん的に言えば、悪巧みを考えている。
そういう笑みを浮かべていたよ。
そもそも、なんでこうなっているのか。
問題の原因は、試合が始まる前の会話なんだ。
僕が光剣と交換なら技を見せてもいい。
それで、傭兵の流儀を持ち出して挑発したのも僕。
で、自信があるなら賭けをしないか・・・って言ったのも僕だよ。
そう。
全てはね。
賭けに乗ったイサドラと。
その時点で、僕が賭けの内容を詳細に詰めなかった事に・・・・尽きるんだ。
――― それは君が勝てたら。欲しいって事よね。良いわよ ―――
僕は試合に勝った。
つまり、賭けにも勝ったんだ。
なのに・・・・・
僕は今、途方もなく面倒な事に巻き込まれた感もね。
けど、その面倒事は、僕自身の至らなさによって引き起こされたくらいもね。
全部、理解った上で。
だけど、納得したくないんだよ。
「アスラン。貴方は賭けに勝った。それによって、イサドラ殿が所有するアーティファクト。光剣の所有権も得たのですよ」
「ですけど」
「はぁ・・・・何をそんなにむくれているのですか。私などは経験豊富な傭兵を一人。それも無償で得られたのです。イサドラ殿の持つ経験と知識は。遺跡の多いシャルフィで、きっと大いに貢献してくれます」
えぇ、そうでしょうね。
この問題を引き起こしたイサドラは、自分をシルビア様へ売り込む際に。
傭兵ギルドが発行する経歴書を提出したんだよ。
あぁ、そうだね。
なんで、こいつがシルビア様へ自分を売り込んでいるのか。
その発端は、僕が所有権を得た光剣に在るんだよ。
光剣はアーティファクトです。
この世界では、古代遺産のことを、一先ず総じてアーティファクトと称しています。
また、遺跡から入手した古代遺産のことは、所有権が最初に手にした人へ与えられる事もそうです。
まぁ、この辺りはね。
リーベイア大陸古代遺産管理条約。
普段は古代遺産管理条約くらいでしか言わないけど。
この条約の管理は、教会総本部がしています。
まぁ、管理と言ってもね。
条約の内容へ、直接の介入が出来る訳じゃないんだ。
発見された遺跡の情報。
発見されたアーティファクトの登録。
大雑把に言うと、こんな感じだね。
管理を担う教会総本部は、発見された遺跡の情報を原則、全て公開しなければなりません。
遺跡の所在地。
遺跡の規模と構造。
調査によって判明した事実。
そのため、新しい遺跡が発見される都度。
教会総本部は、絶対とも言える強い調査権を以って調査が出来ます。
付け足すと、既に発見された遺跡でも。
必要に応じて再調査が行われます。
そうやって得られたり更新された情報が、原則全て公開される訳です。
無論、これは発見された古代遺産も同様です。
所有権は、先に言った通りですが。
発見者は先ず、所有権の認定を得るために。
教会総本部か各地にある関連施設で、アーティファクトの登録を行います。
因みに、これを行わずに所持していると。
例えば、誰かに盗まれたりとか奪われた後ですね。
盗った人が先に認定を得てしまえば。
所有権は、盗った人のものとなります。
理不尽かも知れませんが。
これもルールなのです。
所有者が登録されたアーティファクトですが。
これも教会総本部などで手続きをすれば、所有権者を変える事が出来ます。
一応ね。
アーティファクトの移譲や遺産相続などは、全て手続きが必要なんですよ。
今回。
僕はイサドラから光剣を貰いました。
なので、手続きが必要になったんです。
年齢によって出来ない規定などは無いそうですが。
そう言えば・・・・・
ミーミルに預けているアレ。
詐欺師リザイアから、ダメって言われているからさぁ。
僕は、シルビア様にも隠しているんだけど。
つまり、アレも未登録なんだよなぁ。
まぁ、いいや。
で、光剣の方は、明日にでも大聖堂で手続きをして来ます。
神父様が同伴してくれるらしいので。
何かあっても大丈夫でしょう。
ただね。
その説明と言うか。
まぁ、説明なんだけどさ。
イサドラがシルビア様へね。
タダで良いから、シャルフィで働かせてくれって。
理由は、シャルフィには遺跡がたくさんある。
だけど、国の管理が厳しくて、自分だと許可はおろか、近付くことも出来ない。
付け足しは、もしかしたら新しい遺跡を見つけ出せるかも。
自分の報酬は、そうやって自分で稼ぐ・・・・だそうだ。
この辺りの理由はさ。
イサドラが冒険者だからなのかもね。
一先ずね。
シルビア様は、イサドラの話を聞いたよ。
あと、ギルド発行の経歴書も目を通していた。
『良いでしょう。ただし、貴女の身分ですが。私の帰国後、正式に決まるまでの間。それまでは騎士団長の管理下に置きます』
とまぁ、そんな経緯でね。
でも、そもそもの部分。
僕は光剣さえ手に入れば良かった。
なのに。
僕が貰ったのは、イサドラ自身。
だから、光剣は勿論。
イサドラの所有者である僕のもの。
「シャルフィって遺跡がいっぱい出て来る国でしょ。だけど、国家資格が無いと探すことも出来ないのよ」
えぇ、そうですよ。
遺跡泥棒とか、ホント、迷惑ですから。
「だぁかぁらぁ~。私が君の所有物になればね。国家資格とか要らないじゃん」
なんで、そう繋げるんだよ。
「私ねぇ、シャルフィの騎士団長様は、遺跡へ自由に出入りが出来るって。だから、最初から狙ってたのよね♪ 抽選で当たった時なんか。もう大当たりを引いた気分だったわよ」
この女。
見た目美人の中身は悪魔も思ったけど。
狡賢い女でもあったんだよ。
僕はこうして。
油断ならないイサドラの上司になりました。