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第23話 ◆・・・ 獅子旗杯 ⑤ ・・・◆


決勝リーグの初戦を勝ったその夜。

サンスーシ宮殿へ帰って来た時には、それで時計の針が、十時を過ぎていたけど。


シュターデンさん。

ホント、良い人です。

僕は、会場で満足に食べられなかったので。

と言うか、選手向けの食堂が満室だったのと、空いた頃にはメニューが・・・・完売ばかりだったんだ。


ですが、素敵なシュターデンさんのおかげで。

僕は今、こうして遅くながらに、夕食を満喫することが出来ました。


「ふ~ん。食べに行ったら満席で。それで空いたときには、メニューが売り切れだったなんて」


アリサは毎回の様にね。

僕の隣に座るんだよ。


「じゃあ、明日はランチを用意して行くと良いんじゃない」

「あぁ、うん。そうだね。今日は最初の試合だったから良かったけど。夕方だったら空腹で負けていたかも」

「どうかしら。あんたなら、空腹でも勝つんじゃないの」

「勝てるけどさ。空腹は辛いんだぞ。しかも周りでハンバーグとかステーキとか。フライドポテトの匂いなんか。今日はあの匂いが一番堪えた」

「それ、分かるかも。特に揚げたてのフライドポテトって。本当に美味しそうな匂いよね」

「そうそう。今日なんか、控室にテイクアウトを持ち込んだ選手が何人もいてさ。フライドポテトの匂いが充満していたんだよ」

「それじゃあ。空腹には辛かったでしょうね」


不思議なことに、僕とアリサのフライドポテト談話はね。

それで親近感かな。

話が盛り上がってきたら、二人とも無性に食べたくなっていたんだ。


明日は絶対。

フライドポテトを買うぞ。


-----


決勝リーグ二日目。

昨日と同じで、先ず控室へ赴いた僕は、そこでカシューさんから、「ルールに変更が加えられたぞ」って。


どうやら、去年までと違って、今年の獅子旗杯の決勝リーグは、一巡ごとに抽選が行われるらしい。

で、その事をね。

カシューさんは僕に、去年までは無かったルールだって。


別に、良いんじゃない。


僕は、口にはしなかったけどさ。

控室に集まっていた出場者の中には、舌打ちしている人もね。

そこそこ居たよ。


「ははは・・・・僕、呪われてるのかなぁ」


くじ引きの結果を前にして。

どうしても出てしまった溜息と感情へ。


「今日も一試合目を引くなんてな。よっぽど第一試合に好かれているんじゃねぇか」

「そっちは第十試合。交換しませんか」


既に出場者の半数は去っている。

まぁ、トーナメントだから当然だけど。


ざっと三十試合程ある今日の二巡目は、カシューさんの話だと、三巡目まではやるそうだ。


「今日で、ベスト16を揃える。まぁ、これも毎年の事だがな」

「という事は、明日で決勝戦も」

「そうは中々ならないんだな。対戦者同士が満身創痍の決勝戦は、まぁ、それはそれで面白いんだろうが。主催する皇帝から運営を任された政府としてはだ。此処の維持費もある。だから日程を一日でも多くした方が、チケット代金が多く入って賄えるんだよ」


聞くと納得も出来る話ではあったけど。

結構、世知辛い裏話だった。

だけど、これだけの施設を維持するとなれば。


僕は、カーラさんなら、絶対止めるだろうなぁって思いました。


「おい、秒殺様よぉ」

「昨日は十分くらい掛かりましたよ」

「良いんだよ。どうせ、周りも似た様な呼び方しているんだしな。で、そんな事じゃなくてな。今日の対戦相手。お前のことだから、何も調べていないんだろ」

「えぇ、まぁ、そうですけど」


抽選会の後で、今日は最初の試合までに一時間の間がある。

僕としては、別に直ぐ始めても良いんだけど。


ステージでは何かのイベントなのか。

今はテンポの速い曲に合わせて、歌いながら飛んだり跳ねたりしている女性が三人。

ビキニにパレオ・・・かな。


まぁ、観客席は盛り上がっていたよ。


僕とカシューさんは、そんなステージを眺めながらね。

さっきからこうして、ずっと喋っているんだけど。


「ったく。いくら他所の国でもな。ここまで来たんだから対戦相手くらいは調べておけ」

「大丈夫ですよ。勝ちますから」

「その減らず口と余裕。一体どこから来るんだか」

「それで、面倒見の良い王者の風さんですからね。是非とも教えてください」


此処で子供らしく愛想のある笑みを。

なのに、このオッサン。

いきなりの拳骨だったよ。


「今年の初出場の中じゃあ、お前さんと同じダークホースだ。名はラルフ。ギュンター伯爵からアルハザード流を学ぶ若手の中では、群を抜いた教え子らしい。あくまで噂だがな」


年齢は今年で二十歳。

得手はアルハザード流らしく、大剣らしい。


僕がカシューさんから、それで色々と聞いていたら。

後ろから若い男性に声を掛けられた。


「二人は私の話をしていたようだけど。先ずは初めまして。私はギュンター伯爵様が治めるハルシュダート。そこで伯爵様から、アルハザード流を学ぶ者の一人。ラルフ・ローレンツと申します」


ラルフと名乗った男性は、そうだね。

健康的な肌艶と整った茶髪に青い瞳は、まぁ、何処にでもいる感じだけど。

ただし、隣に座るムッキムキのボコボコマッスラー・・・・なカシューさんとは対極。


背丈も同じくらいのリシャール少尉と並んだら。

もう、間違いなく女性が群がるね。


「おう、お前がダークホースの一人か。噂じゃ、ギュンター伯爵の秘蔵っ子らしいじゃねぇか」

「いいえ。私などは、まだまだ若輩にして未熟者。ですが、王者の風の勇名と。それを率いる傭兵王カシュー殿の高名。こうして拝顔できた事は、それだけで光栄に思えます」


僕から見ても好青年なラルフさんは、本当に謙虚な所がね。

なのに、このオッサンはさぁ。

両腕を組んで威張った態度がね。


「ラルフさん。初めまして、僕はアスラン。アスラン・エクストラ・テリオンと申します。シャルフィ王国の騎士をしています」


礼儀正しいラルフさんを前に、僕もベンチから立ち上がって、そうしてちゃんと挨拶を返した。


「君のことは、予選リーグの時からもだけど。園遊会に出られた伯爵様と、アイナお嬢様からも聞いている。剣を握って踏み込めば、確実に貫ける。その程度しかない間合いから拳銃で二発。だが、君はそれを躱したとね。伯爵様は君の将来を。それも今から楽しみだと言っておられたよ」

「帝国の流派の事などは。申し訳ありませんが、不勉強でして。でも、高名な方から期待されたのであれば。僕も一生懸命に精進します」

「君の予選はね。録画映像を見て、本当に凄いと思ったよ。だからね。私は君を、簡単には懐へ飛び込ませない」


口調はずっと優しかった。

でも、目付きは反対で、貫かれそうな鋭さがあった。


「チビッ子。お前、さっき勝つって言ったよな」

「えぇ、ですから・・・・勝ちますよ」

「よぉ、チビッ子はこう言ってるぜ」

「ですが、私も。アルハザード流の名に恥じない試合を。それに録画映像を繰り返し見ました。いずれ当たった時のために。対策も考えていましたよ」

「おい、チビッ子。全く勉強しないお前はなぁ。ラルフを見習って勉強する癖を付けやがれ」


王者の風さんは、僕のことをチビッ子って・・・・・・

そりゃぁ、確かに僕はね。

七歳になったばかりの子供ですよ。


でもね。

勉強していない訳じゃないんだよ。


今朝だって。

と言うか、こっちに来てからね。

朝は毎日、カズマさんから刀の使い方を教えて貰っているんだぞ。


百花繚乱は、それは重いからティアリスに預けているけど。

代わりに、ティアリスが僕に、丁度いい刀を用意してくれたんだ。

流石、剣神様ですね。


おかげで、カズマさんとの稽古は、その刀でいっぱいしているんだぞ。

付け足すと、カズマさんからね。


『事前に出来る限り調べを尽くす。これは正に肝要と言えよう。じゃが、実際に剣を交えながら相手を知る。これが出来れば、不測の事態においても。或いは切迫した状況に在っても。焦らず冷静に事を運べるというものじゃ』


獅子旗杯の予選リーグはね。

だから、何も調べずにいたんだよ。


-----


今日もね。

司会役の男性は派手なジャケットで、マイクを片手に盛り上げていたよ。


でも、僕はこの空気。

実は、あまり好きじゃない。


真剣勝負がしたいのなら。

もっと、それに相応しい空気があると思うんだ。


僕が、そんな事を思っていたら。

対戦相手のラルフさんもね。

なんか、こういう空気は苦手ですって。

そんな顔をしていたよ。


決勝リーグの二日目。

試合は、開始早々から観客が立ち上がるくらい盛り上がっている。


アルハザード流と言えば、帝国の三大流派の一つはそうでも。

それと大剣の技が、特に知られている点もあるが。


アスランが対戦したラルフ・ローレンツは、大剣ではなく。

左手に盾を持つと、右手は片刃の直刀。


その戦い方は、開始の合図と途端にステージを、瞬く間に赤くも映る煙が包んだ。

直後、今度は稲光を伴った轟音が、爆風は最初の赤い煙を一気に吹き飛ばしたそこで。


最上段の位置に在る貴賓室から、備え付けの望遠鏡越しに見守っていたシルビアは、両目を皺が立つほど強く閉じた息子の、酷く咳込んでいる姿へ。

此方は双眼鏡越しに見ていたカズマの声があるまでは、何が起きているのかを、直ぐには分からないでいた。


「あれは恐らく、刺激物を含んだ煙幕じゃな。その上で強い光と音で感覚を激しく叩かれたか。昨日とは違って、余裕のない防戦を強いられておる」


聞いていただけのシルビアにも、映る息子が今も苦しそうな表情で。

なのに、対戦相手の方は容赦なく剣を繰り出している。


「どうやらエクセリオン殿は、まともに吸い込んでしまった様じゃな。あれでは、ろくに呼吸も出来ぬじゃろう」


呼吸だけなく。

視覚と聴覚を完全にやられた今の状態では、普段の様には到底できないくらい。


語るカズマと、強い不安が露わになったシルビアだけでなく。

貴賓室に居る者達が見守るアスランは、けれど、誰が見ても分かるほどの苦戦を、開始直後から強いられている様にしか映らなかった。


-----


「(・・・マイロード。大丈夫ですか・・・)」

「(・・・最初のって、唐辛子だよね。喉も目もマジ痛い・・・)」


ティアリスの声は、僕を心配していた。


だけど、この試合は、それで今も、主導権を握られているくらい。


「(・・・あれだね。ユミナさんとの稽古が無かったら。完全に終わっていたよ・・・)」

「(・・・マイロード。どうやら、心配の必要はなさそうですね・・・)」


まぁ・・・・ね。

目潰しなんて、ユミナさんとの稽古じゃ当たり前だったし。

唐辛子の粉末が混ざった煙を吸い込んだせいで。

だから、反射的に咳込んでしまったけどさ。


けど、ラルフさんの好青年な印象は、あの鋭い瞳を見ていた筈なのに。


ははは・・・・完全に油断したなぁ。


開始の合図は、同時に、ラルフさんが左腕に装備していた盾。

あれは、ただの盾なんかじゃなかった。


「(・・・盾の裏側に付いていたあれ。銃口付きの長い缶と、もう一つ。でも、缶の方は。唐辛子入りの煙幕スプレーだったんだな・・・)」

「(・・・恐らくは、より実戦に傾向した装備でしょう。煙幕の後で、続けざまにスタングレネードを投げ込んだ事から見ても。相手は実戦を相当積んでいる手練れかと・・・)」


なるほどね。

僕が見たもう一つの方は、スタングレネードだったのか。

という事は、試合なんかよりも。

実戦慣れした相手という認識が、此処は正しいのかもね。


けど、躱すだけなら苦もないよ。

耳がキンキンしているせいで、地に足が着いていない感覚もあるけどさ。


オーランドでの修行と、それを帰国してからも続けた僕にとっては、直ぐに立て直せた。


僕はティアリスとの会話の最中に、先ず、指パチを一度。

使うのはエレン先生仕込みの『痛いの痛いの飛んでいけ』をね。


だから、僕の状態は瞬く間に全快したんだよ。

けど、きっとラルフさんは、目を強く閉じると酷く咳込んだ僕を映して。

有利になったくらいは思っている筈。


だったら、逆手に取ってやろうじゃないの。


-----


私の名はラルフ。

ギュンター伯爵様の所には、もう八年はお仕えしている。


最初は、アルハザード流を学ぶために。

それで、門弟として過ごしたハルシュダートの町も。

気付けば、居心地の良い町の自警団を、伯爵様から任される身分になっていた。


私もそうだが。

ハルシュダートで、アルハザード流を学ぶ仲間達はね。

時に、ハルシュダート周辺に出没する魔獣の討伐をしているのだよ。


土地柄、森林が多いハルシュダートの周辺では、最も厄介なのがキラースタッグだ。

見た目は昆虫のクワガタとよく似ている。

ただし、キラースタッグの方は、成長したもので体長が七メートルを超す。

更には肉食で、此処もクワガタとは異なるかな。


キラースタッグの厄介な所は、先ず甲殻が金属並みに硬いことだ。

それから二メートルはあるノコギリ状の角。

あれに挟まれれば、人間などは容易く真っ二つだよ。


その上、キラースタッグは常に、数匹の群れを形成しているからね。

あとは、行動範囲が森林地帯だけでも。


なにせ、ハルシュダートの町が、先ず周囲を、森と山に囲まれているんだよ。

町から一番近い他所の町や村までもそう。

起伏も多く茂った森の中を通る道は、そのため、移動の際には警護も欠かせない。


だからこそ。

アルハザード流を学ぶ、私や仲間達はね。

日々の稽古から、常に実戦を想定した戦い方を、研鑽しているんだ。


-----


ラルフ自身、勝ち進めば何れ当たる相手の録画映像を見たからこそ。

その強さは、単に強いなどではない・・・・を抱いていた。


どうすれば勝てるのかを考えた末。

ラルフは、一対一でキラースタッグと対峙した際の戦い方を。

ハルシュダートでは、常に五人一組で相対するキラースタッグを、それを一人で何とかしなければならない状況を想定した戦い方。


粉末にした唐辛子を加えた煙幕噴射銃は、刺激物を殊更に嫌うキラースタッグへ、絶大な威力を発揮するだけでなく。

使えば赤くも見える煙が、晴れた日中であれば、町の見張り台からも発見しやすい。

もう一つのスタングレネードは、キラースタッグから逃げる際にも役に立つ。


アルハザード流を学ぶ者達で構成された自警団と言っても。

状況次第では、後退も撤退もあるのだ。


『命は一つしかない』


これは、アルハザード流を指導するギュンター伯爵の訓示。

悪戯に命を散らすことは、それこそ、最も愚かな行為だと。


だからこそ。

日々の稽古は、その中でも実戦を想定した討論は、仲間達が皆、熱を帯びる。


今日の抽選によって対戦相手が、予選リーグを秒殺で勝ち上がったシャルフィ王国の騎士団長となった後。


ラルフは先ず、装備を予て想定したものへ変えた。

アルハザード流らしい大剣では、容易に懐へ入り込まれる。


重い大剣よりも、もっと軽くて扱いやすい直刀は、峰が厚く、片刃は特に鋭い切れ味を持っている。

それこそ、貴族の騎士が好むサーベルなどは、この直刀で容易く折ることも出来るのだ。


対戦相手が子供で、録画を見た限りでは両刃の片手剣を使っている。

上手く使えば、相手の武器を破壊できるも考えたのだ。


対戦相手の騎士は、事実、まだ子供には違いない。

しかし、録画を見てからは、そんな認識も捨て去った。


懐へ飛び込む速さが、異常なほど速く思えた。

それから、決勝リーグの初戦もそうだったが。

剣を抜かずに、柄の先端を鳩尾へ叩き込む。


此処までの全試合を、幼い騎士は、それで勝ち上がったのだ。


ラルフ自身。

それで一つ、確信した事がある。


・・・・・あの小さな騎士は、この獅子旗杯で、未だ本気を見せていない・・・・・


確信したからこそ。

念には念を入れて、準備して臨んだのである。


その結果。

この試合は、開始から此処まで。


ラルフが想定した流れは、今のところ功を奏している。


確かな手応えは、勝利を得た感が、顔に現れていた。


-----


此処までを上手く運んだと。

確かな手応えもあったラルフが、しかし、何かおかしい。


初手の唐辛子入り煙幕と、スタングレネードは、それで見て分かるほどの効果があった。


小さな騎士は、唐辛子入りの煙幕を吸い込んだせいで。

酷く咳込みながら。

皺が立つくらい強く閉じた目は、涙を流していた。


しかも、聴覚を激しく殴った轟音が、それで麻痺した三半規管は、まともに立つことも困難にしている。

私は、開始直前の、係の者が呼びに来た時には、その時から耳栓をしていたよ。


司会役は、マイクを使っているのだし。

審判役は、意図して大きな声を出しているからね。

耳栓をしても、何を言っているのかくらい。

聞き取れるくらいには、聞こえていたよ。


唐辛子入りの煙幕を、派手に噴射した後で。

私は間を置かず、スタングレネードを使ったんだ。

そうする事で、最初に使った唐辛子入りの煙幕が拡散される。


まともに被害を受けるのは、小さな騎士だけ。

対する私は、そこを確実に叩いて勝つ。


そう。

これで、勝てる筈だった。


ところが。


「何故だ。君は・・・三半規管だって未だ麻痺している筈。なのに、何故」


誰が見ても、ふらついてる。

ろくに立つことも出来ず。

否、ふらついても、立っているだけで普通じゃないのに。


対戦相手の小さな騎士は、私の攻撃を、一度として掠めさせてもくれなかった。


こんな事はあり得ない。

第一、キラースタッグに使うスタングレネードは、正規軍で扱うものよりも、ずっと強力なものなんだ。

だから、あれを使われると、私達でも、暫くは立ち上がれない。

耳栓をしたところで、耳鳴りが止まないくらいもあるのに。


まともに喰らった彼は、なのに、何故・・・・・・


「そんなに驚かなくても良いですよ」

「なっ!?もう、話せるのか。だって君は」

「別に、この程度ならね。稽古じゃ、もっと酷いのを受けて来たんだ。それこそ全身の感覚を奪われたところで。それでも戦える程度には。鍛えて貰ったんだよ」

「そんな、馬鹿な。全身の感覚を失くしたら。先ず立てる筈がない」

「さてと。ラルフさんの仕掛けはね。僕は何ともないけどさ。どうしよ・・・・司会の方はどうでも良いんだろうけど。流石に審判役が気を失っているのは・・・・問題かな」


ふらふらしていた筈のその子供は、なんて事はない。

今はもう真っすぐ立つと、両目も私を真っ直ぐ捉えている。

両肩をまるで凝りでも解しているかのように回しながら。


本当に、私の仕掛けは、全く効いていないのか。


「あのぉ。お尋ねしたいのですが。気絶している審判は放って置いても良いんですか」


思考があり得ないで弾けそうな私を他所にして。

対戦相手の小さな騎士は、少し離れた周りに立っている他の審判員へ。


「なんか気にしなくても良さそうな感じだし。じゃあ、今度はね。僕から仕掛けますよ」

「えっ・・・・・!?」


一瞬、私は、腹部に突き刺さる激しい痛みとは別に。

身体は、両足が浮いた感覚を得た。


錯覚なのだろうが。

この時の私には、時間の流れが、とてもゆったりとした様な。

そんな不思議な感覚さえあったんだ。


ふわっと浮いたような感覚のまま。

青空を映した瞳は、けれど、縦に流れる視界は間もなく。

後頭部と背中に受けた強い衝撃と痛み。


そこまでが、私の中に残った、あの試合の記憶なんだ。


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