第22話 ◆・・・ 獅子旗杯 ④ ・・・◆
皇城へ招かれて、庭園にしか見えない大部屋で始まった会談は、アスランはそこで初めて。
これほど呼吸の重苦しい外交会談を、間近で見届ける機会を得た。
こういう場に慣れていない可愛い息子から、視線も表情も、助けを求めているくらい。
母であるシルビアには、その事が、不思議と嬉しいを抱けた。
同時に、即位したばかりの頃を。
あの時は、謀殺された両親の死の真相を追及する中で。
ただ、皇帝との会談は、今は息子が抱いたように。
当時の自分もまた、どう返せば良いのかを、それが分からずにいた時期でもある。
でもね。
母さんは、その時にはフェリシア様やオルガ長老が助けてくれたから。
それで何とかなった部分が多かったのよ。
まぁ、後からいっぱい。
自分は本当に未熟者なんだって。
そうも思わされたのだけどね。
今日のアスランを見ていると、何処か重なって見えるのは、その分くらいには母さんも成長していたんだって。
きっと、アスランもね。
それでいつかは、母さん無しでも。
だいたい、ご先祖様が見込んだのよ。
母さん以上に、アスランなら。
堂々とやれるようになれるわよ。
-----
「皇帝陛下。そろそろ本題へと入りたいのですが。私の自慢の騎士のことは、獅子旗杯が終わるまでの間に。それで何時でも時間を設けられるでしょう」
「そうであったな。余もつい気に入ってしまった故。それで雑談が過ぎた。赦せ」
「いいえ。私の騎士が、皇帝陛下にも認められる点を持っていたことは。そこは私も嬉しく思える所です。ただ、今日の会談は。人道上から見ても早急に解決したいこと故。皇帝陛下には是非とも善処して頂きたく存じます」
和んだ空気が、瞬く間に緊張を孕んだくらい。
それは、シルビアの隣に座るアスランにも感じ取れた。
「聖女殿が早急にと。それは先の園遊会にて。我が娘ユフィーリアが口にしていた件であろう」
「その通りです。シレジアから帝国へ訪問した学生たちの件ですが」
「余も、その件はな。宰相のボルドーへ尋ねた。だが、ボルドーが申すにはな。麻薬と呼ばれる違法薬物を所持していた以上。帝国の法に照らして裁く。そう申していた」
「なるほど。ですが、シレジアから出国する際の手荷物検査では。その段階では麻薬と扱われる薬物の所持も持ち込みも確認出来なかったと。これは検査に立ち会った教会に所属する職員と。それからアルデリア法皇国の職員も確認しています。国際空港での検査のため。検査官は第三国と教会の派遣職員が行う点は、そこは皇帝陛下も存じているかと思います」
「その点は、勿論。余とて把握しておる。我が娘ユフィーリアからも。それについては検査書類の写しを受け取って確認もした。だが、宰相が嘘をついている。そういう類の証拠は、これも何一つ出ていないのだ」
やり取りを静かに見ていたアスランからすれば。
一先ず、皇帝はシルビア様の主張を否定していない。
ただし、自国の宰相が、嘘をついた証拠も出ていない。
要するに、この問題は、今時点で。
シルビア様達が望む解決には、至れないままなのだ。
けど、ボルドー宰相って人はさ。
この問題とは別に、シルビア様へ勝手な結婚を押し付けようとした。
その点は、重罪人でもあるんだよな。
そう言えば。
オスカル皇子・・・・・どうなったんだろ。
園遊会で、そこで逃げた後は、僕もどうなったのかを、知らないんだよね。
ホント、あの皇子殿下は、何だったんだろうねぇ。
とまぁ、そんな事を思っている間にも。
外交の会談は続いていたのでした。
-----
会談は二時間程度で終わった。
結局だけど、シレジアの学生が軟禁されている問題は、結果から言えば平行線。
皇帝は、シルビア様達の主張にも耳を傾けはしたけど。
ボルドー宰相の主張にも、そこに偽りがない以上は、帝国の法が優先される。
その立ち位置は、最後まで変わらなかった。
だけど、皇帝は、軟禁されている学生達との面談を、それを約束してくれた。
その辺りはね。
会談中に、法皇になった神父様からの、『総本部にも届いた噂では、酷い虐待を受けている。それどころか死者まで出ている』と言った話がね。
だから皇帝は、根も葉もない噂である証明として。
近日中に全員との面談をさせよう。
そういう約束を取り付けた事が、せめてもの成果かな。
「あんた。午後からは暇になったんでしょ。だったら、私に付き合いなさいよ」
「面倒臭いから。イヤ」
皇城からサンスーシ宮殿へ帰った僕らは、留守番していたアリサと、そこから少し遅めの昼食も済ませた後。
シルビア様達はね。
談話室を借りて、今は午前中の会談。
その件で、会議中なんだ。
で、僕はというと。
明日からは獅子旗杯の決勝リーグに出る。
まぁ、そういう理由がね。
シルビア様からは、警護との掛け持ちだと負担が大き過ぎる。
『アスラン。貴方は獅子旗杯の事だけに専念してください』
とまぁ、シルビア様から、そう言われた僕は、終わるまで警護のローテから外されました。
そのせいか、今はこうして、パンプキン・プリンセスからね。
相手をしろって・・・・マジ、面倒臭い。
「あんたねぇ」
「そういえばさ。アリサは午前中。何をしていたんだ」
「えっ、あぁ・・・そうね。勉強していたわよ。アメリアの学校は夏休みだし。宿題とかもね。持って来ていたのよ」
「そうか。じゃあさ、お前は勉強しなよ」
アリサが通うアメリアの初等科は、聞いた限りで、獅子旗杯の少し前から夏季休暇に入っているそうだ。
二ヵ月近い夏季休暇だと聞いて、凄く長いなぁも思ったけど。
「でもね。学校はいつも夕方まであるのよ」
シャルフィの初等科は、今でも午前中で、お昼には下校になる。
ところが、アリサの通う初等科は、昼食の後で、午後も四時間は勉強があるそうだ。
単純に考えて、シャルフィの倍は勉強していることになる。
まぁ、そう考えるとさ。
夏季休暇が長くても良いのかなぁ。
僕は結局だけどさ。
リビングのテーブルに宿題を広げて、そうして勉強に取り組むアリサの相手をさせられた。
単語の書き取り課題とか。
足し算や引き算の問題集とか。
読書感想文と日記帳とかも・・・・・・
夏休みの宿題って、意外に多いんだね。
「ねぇ、あんたは夏休みの宿題とか。持って来ていないの」
「と言うか、大学だとね。夏休みだから出る。そういう特別な宿題は無いんだよ」
「はぁ!?って・・・なに。あんた。私と同い年よね」
「うん。そうみたいだね。でも、僕はさ。これで一応ね。シャルフィの大学に通っているんだよ。付け足しで、二年生だから」
あり得ないって顔しているからさ。
僕は自分の学生証を、それをアリサに見せて黙らせた。
-----
「おう、お前も来たか」
「カシューさんは、もっと前から来ていたようですね」
決勝リーグは、帝都でも有名な観光名所に挙がるコロッセオ。
外観は中世期を思わせる、石材を積み上げた円筒状の施設だけど。
それは、見た目だけだったよ。
内部はコンクリートやタイルとか。
パンフレットを見ると、今も改装の最中らしい。
コロッセオとは、一言で円形闘技場。
帝国の歴史を遡ると、コロッセオもまた、獅子心皇帝の時代に建設されたらしい。
試合が行われるステージは、パンフレットによると、直径百メートルはあるんだ。
結構、広いよね。
ステージを囲む高い壁は、そこから階段状に観客席などが設けられた造りをしている。
収容出来る観客席の数は、約二十万席。
予選リーグとじゃ、桁が違い過ぎるよ。
でも、カシューさんの話だと。
既に観客席は、超満員らしい。
「まぁ、帝国の獅子旗杯って言えばな。国の威信をかけたイベントだ。ついでに、此処で戦うってことはだ。それだけで拍が付くんだ」
「一回戦で負けてもですか」
「おうよ。コロッセオはな。かの獅子心皇帝が、獅子旗杯のためだけに造ったんだ。それで、この場所で試合が出来るって言うのはだな。一万人を超える参加者の中から、勝ち上がった極一握り。たとえ一回戦で負けた所で、よほど無様じゃない限りはな。お声の掛かる拍も付くんだよ」
どうやら、僕の認識がそうじゃないだけで。
決勝リーグが行われるコロッセオという場所は、出るだけで意味がありそうだ。
立ち見客も入っているコロッセオは、本当に超が付く満員の観客が見守る中で。
決勝リーグに出場する僕らは、ステージで行われた抽選会の後。
「ははは・・・・これって当たりなんですかね」
幸か不幸か、でも、たぶん。
決勝リーグの開幕戦。
そのクジを引き当てた僕は、カシューさんが大笑いしていたよ。
「僕の対戦相手は、剣豪ヒューイ・・・・ね」
トーナメント表には、登録名しか載っていない。
なので、どんな人なのかも分かりません。
「お前なぁ。あからさまに分かりませんって顔をするな」
「そんな事を言われても、分からないですからね」
「ったくよぉ。剣豪ヒューイって言えば。去年のベスト16だぞ」
「あ、そうなんですか」
「お前なぁ・・・・ホント、緊張感のない奴だな」
「と言うか、予選リーグがあの程度だったので」
「秒殺様は余裕だねぇ。だがな。油断していると、足元をすくわれるぞ」
「ご忠告、ありがとうございます」
「へぇへぇ」
猟兵のカシューさんから聞いた話。
帝国には剣術などの流派が幾つもあって、だけど、特に有名な流派の一つ。
カシューさんは、三大流派とも言ってたね。
で、対戦相手のヒューイという人物は、その三大流派の一つ。
レイピアの技に特化した、セルナーク流剣術の使い手らしい。
あぁ、そうだね。
レイピアはね。
見た目は、細身で長い剣なんだよ。
まぁ、長いと言っても。
ティルフィングの様な片手剣と、大差ないけどね。
レイピアは、刺突に特化した剣なので、それで刀身が細長いんです。
あぁ、でもね。
片手剣ほどじゃないけど。
幅のあるレイピアも、一応あるんですよ。
因みに、シャルフィの騎士団でも。
レイピアを使う騎士は、見習いも含めて、そこそこ居ます。
カシューさんから今日も、色々と聞いている間に。
係の人が、僕を呼びに来た。
-----
予選リーグと違って、あとは、二十万人もの大観衆だからなのか。
決勝リーグのステージには、審判だけで五人。
それとは別に、マイクを片手にした司会者が居ました。
今年の獅子旗杯も、今日からは決勝リーグ・・・・・なんちゃらかんちゃら。
露骨に目立つワインレッドのジャケットを着た司会役の男性は、今もマイクを片手にね。
場を盛り上げようと、しゃべり続けていますよ。
ホント、ご苦労様です。
「・・・・えぇ~、それでは決勝リーグの開幕戦。先ずは昨年のベスト16。使う技は、帝国を代表する流派の一つ。セルナーク流に、その人在りと謳われしヒューイ・クレメンツ!!」
僕の目の前には、貴族なのかな。
見た目は二十代の後半くらい。
深い緑色のジャケット姿で、でも、腰から下げているレイピア。
僕は、その使い込まれたレイピアだけで。
自信たっぷり余裕顔を見せつける、褐色肌の金髪男性がね。
それなりに強いくらいを、察しましたよ。
予選リーグと違って、ちょっとは遊べるかな。
「そぉしてぇ!!対するは予選リーグ全試合を。正に秒殺で勝利せしめた小さな騎士。シャルフィ王国騎士団長!!エクストラァァア・テリオン!!」
あのさぁ。
そう一々、叫ぶように言わなくてもねぇ。
でも、きっと。
これが仕事なんだろうなぁ。
何てことをね。
ついつい思っていたら。
スピーカー越しに、アリサの身勝手な声援が響いた。
『アスラン。あんたは私の騎士なんだからね。ビシッと決めてきなさい!!』
誰が・・・・お前の騎士なんだよ。
って、反論も。
それで、あの司会者は、勝手に盛り上げてくれるしさ。
っつうか、貴賓室に、そんな設備があったんだ・・・・ってね。
僕を無視して、好き勝手に盛り上がるコロッセオの中心で。
呆れる僕は、そんな事も思うのでした。
-----
ヒュン、ヒュッン!!
開始直後。
僕は、対戦相手のヒューイが繰り出す、鋭い突きの連撃をね。
傍から見れば防戦一方・・・・にも見えるかな。
でも、ちゃんと軌道は見ていたよ。
と言うか、三大流派なんて聞いたらさ。
先ずは見てみたいって。
普通は思うよね。
ヒューイさんが、やたらと前に出ながら技を繰り出すせいで。
躱す僕の方は、後ろか左右へね。
と言うか、この突きの技だけどさ。
必ずって言っていいくらい。
腰を落として、その反動を使った下半身が、飛び込むような勢いで、大きく踏み込んで来るんだ。
要するに、技の形まで一つしかないんだよ。
風切り音はなし。
軌道も、普通に見えている。
既に一分二分は経っただろう。
仕掛ける気のない僕は、見切りの練習程度にね。
だから、躱すと言っても。
動きは最小に留めている。
「ハァ、ハァ・・・貴公。何故、一度も仕掛けて来ない」
たった数分でゼェハァ・・・・ってさ。
「だって、仕掛けたら。サクッと終わるし。でも、オジサンはスタミナ不足だね」
「なんだと・・・貴公!!私を侮辱するのか」
あの程度の突きなら。
グラディエスさんの方が、桁違いに速くて鋭い。
付け足すと、ヒューイさんの突きは、見なくても気配が分かり易過ぎる。
「じゃあ、格の違いを見せてやるよ」
「なっ!!き・・貴様ぁ」
僕は、両目を閉じると、右手の人差し指を立てて。
立てた指先が軽く動く仕草は、かかってこい。
この挑発に、息も整っていないヒューイさんは、チョロかったね。
ヒュン、ヒュッン!!
「ほらほら。一度くらい、掠めて見なよ」
「貴様ぁ!!」
ヒュ、ヒュッン!!
「あのさぁ。僕は目を閉じているんだよ。フェイントなんて、無意味だね」
「くそぉっ!!」
ヒュッン!!
『な、なんとぉ!!昨年ベスト16のヒューイ。両目を閉じたエクストラ・テリオンを相手に。一撃も当たりません!!』
「ふぁ~・・・欠伸も出たよ」
「ック。こんな侮辱・・・・絶対、赦さんぞぉぉおお!!」
「いや、飽きたし。もう終わらせるよ」
僕は目を閉じたまま。
それで、予選リーグと同じ様に。
僕が握るティルフィングの柄は、そこに確かな手応えが伝わると同時に。
『勝者。エクストラ・テリオン!!』
男性審判の太い声が響いたコロッセオは、続く司会の声がさ。
途中からは両目を閉じたまま。
なのに、見えているかのような動きが、どうとか、こうとか・・・・・・
別に大したことは何一つね。
僕は、していないんだけどさ。
でも、コロッセオに来ている観客には、その大歓声が。
それなりにウケたんだとは・・・思えたよ。
-----
「お前なぁ。観客共は面白かっただろうが。セルナーク流の奴らは、完全に怒っただろうな。気をつけろよ」
ステージから控室へ続く通路で、そこから僕の試合を見ていたカシューさんはね。
まぁ、忠告もしてくれたけど。
口調も表情も、楽しそうに笑ってたよ。
「聞いていた程には、凄くも無かったですよ」
「ったくよぉ。なんなんだ、あの見切りは」
「そうですね。園遊会で獅子皇女から。至近距離で二発撃たれた時の方が。未だ速かったです」
「そういやぁ、そんな噂もあったな。お前、皇女から拳銃で撃たれたんだろ。なのに、それを躱して見せたって。尾鰭の付いた戯言だと・・・・思っていたんだがな」
笑っていたカシューさんは、それで何か呆れた様な顔にもなったけど。
その件が戯言じゃないくらいは、理解って貰えたらしい。
決勝リーグには、試合時間の制限がない。
だから、僕は余り試合数も進まないんじゃ・・・・・・
だけど、そんな事は無かったよ。
決勝リーグの審判達は、悪戯に試合時間を伸ばそうとする行為へ。
ホント、容赦なく警告を与えるんだ。
僕は、カシューさんと見ていたんだけどさ。
それで教えて貰った事は、数に決まりは無くても。
試合中に何度も警告を貰うと、敗北扱いにされるらしいよ。
『決勝リーグと言ってもだ。二巡目くらいまでは。やたらと厳しく取られるぞ。だが、準々決勝辺りからはな。今度は警告が出なくなる』
それから、僕がちゃんと確かめなかっただけで。
この獅子旗杯では、負傷者が死に至るケースも間々あるそうだ。
それを聞いた僕はね。
あのチェーンソー使いを、真っ先に思い出しました。
-----
カシューさんの試合は、午後もまだ明るい内に始まった。
それで、王者の風さんはね。
あの特徴的な武器は、それで、僕の握り拳が入るくらい大きな銃口から撃ち出された煙幕弾。
ルールでは銃火器は禁止だった筈・・・・も思った僕ですが。
勝った後のカシューさんへ尋ねると、直接の殺傷性が無ければ。
という条件でなら、使えるそうです。
とは言え、カシューさんの様な個性的な武器を使う人を。
僕は他に知りませんけどね。
それよりも。
獅子旗杯の規定って。
僕がシュターデンさんから貰った要項に載っていない部分。
なんか、多くないですか。
決勝リーグの一日目は、暗くなってきたところで眩しい照明が。
直視し難い白色の明かりは、ステージを囲むようにね。
そうして、午後も九時を過ぎた所で。
一巡目の全試合が終わったのでした。