第20話 ◆・・・ 獅子旗杯 ② ・・・◆
帝都に在る十ヶ所の会場では、今日から獅子旗杯が始まった。
と言っても、まだ予選リーグの一日目だけどね。
この予選リーグには、帝国内の各地域で行われた予選会を勝ち抜いた人は勿論ですが。
各地方を治める門閥貴族からの推薦によって、予選と関係なく参加している人達も居ます。
それから、今回は僕・・・ですね。
えぇ、僕なんか、皇帝陛下から出ろと言われた様なものですよ。
そんな訳でして。
凄く、目立っています。
とは言え、僕も言ってしまった件がありますから。
まぁ、優勝して。
それで、エルトシャンの故郷がさ。
戦争から解放されれば、とかもね。
何にしても。
予選リーグは始まったのです。
先ずは、決勝リーグ出場。
そこを目指すとしますかね。
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始まった予選リーグの一日目。
時刻は、午後の三時を過ぎたところ。
「(・・・マイロード。お疲れさまでした・・・)」
「(・・・別に疲れてないけどね。普通に流して終わったくらいかな・・・)」
「(・・・でしょうね。見ていましたが。あの程度の者達であれば。ですが、明日は。今日よりは手強い者達と当たる筈です・・・)」
予選リーグの一日目は、三試合。
僕は、その三試合ともを、開始十五秒で片付けた。
そうだね。
正確には、十五秒も掛けずに終わらせたんだ。
僕がしたことは、開始の合図と同時に懐へ飛び込んで、剣の柄を鳩尾へ叩き込む。
それだけで終わったよ。
三試合とも、それで相手は気を失ったんだ。
そういう訳で、日課の稽古に比べれば。
何もしていない様なものだったね。
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二日目、三日目、四日目と・・・・・・・
僕の獅子旗杯は、今日の五日目も終わった所で。
『瞬殺の騎士』
『秒殺の騎士』
『閃光の騎士』
『未だ不敗』
なんかさぁ。
帝国の新聞でもだけど。
会場でも、こんな風に呼ばれるような存在になりました。
はぁ~~・・・・・
僕なんかよりも、ティアリスの方が強いんだぞぉ。
なのに。
「さすが、私の見込んだ騎士よね」
「なに言ってんだよ。パンプキン」
「あんたねぇ。レディに対しての接し方だけ。そこだけ、ゼロから学び直しなさいよね」
僕が予選に出ている間ですが。
あぁ、正確には、この期間も含めて。
パンプキン・プリンセスこと、アリサ・ルーレックお嬢様はというと。
祖父の素晴らしい放任主義が、今ではすっかり、シルビア様とフェリシア様の部屋住まいですよ。
しかも、シルビア様なんか。
『こんな可愛い娘を持つ母親も良いかもね』とかなんとか。
分かってますか。
そのお嬢様はですね。
イグレジアスと繋がっている、あのルーレック社の人間なんですよぉ~~~
まぁ、僕だってさ。
同い年のアリサが、それで、直接関わっているなんて思ってませんよ。
でもね。
僕は初日の酷い思い出のせいで。
何と言うか今でもですが。
こう、素直に好感の様なものを持てる・・・・とまでは行かないのです。
だって、面白くないし。
結果。
僕はシルビア様から『そんな風に育てた覚えはありません』ってね。
「(・・・マイロード。この時間はリビングでの警戒だった筈ですが・・・)」
シルビア様は、今夜もアリサと寝ています。
で、同じ寝室の別のベッドで。
此方はフェリシア様が寝ています。
僕はこの時間帯ですが。
寝室の隣にあるリビングで。
特に事件が起きない限りは、ソファーで寛ぎながらの警戒なのですが。
なんかね。
居心地が良くないっていうのか。
そんな僕は、部屋の外に出ると、こうして扉を背もたれに立哨しているのです。
因みに、リビングにはレーバテインとミーミルが居ますので。
特に問題はないと思います。
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予選リーグも六日目へと入った。
僕は今日も午前中に一試合。
それから、正午くらいに二試合目で、最後の三試合目は午後四時くらい。
予選リーグは総当たり戦方式なので、でも、六日目になるとね。
既に戦績によって決勝リーグへは行けない。
まぁ、四日目くらいからは、そういう人の方が、多いのですが。
なんて言うか、今日になってもね。
試合を投げるような人は、一人もいませんでした。
と言うか、それもちゃんとした事情があるんですよ。
『たとえ決勝リーグへ行けなくとも。戦績によっては仕官の口もあるのです』
この辺りの事情は、シュターデンさんから教えて貰いました。
何でも帝国の地方領主には、治める土地で働く兵士達が居るそうです。
帝国正規軍とは系統が異なる。
各地方を治める領主や、領地を持つ貴族が、私的に抱えている兵隊の事を、領邦軍と呼ぶそうです。
領邦軍は、それぞれの地方や、仕える領主の土地でのみ働く兵隊です。
仕事は主に治安維持で、シレジアでいう所の警察のような仕事も、領邦軍はしているようです。
それで、どの領主も優れた武芸者を多く抱えたい。
だから、予選リーグでも戦績次第では声をかけて貰える。
参加してる武芸者達は、勿論、優勝を目指しているのですが。
決勝リーグへ進めない事が明白になっても。
この予選リーグで、一つでも多く勝つことが出来れば。
それはつまり、仕官の誘いを貰えるチャンスへ繋がる。
付け足すと、正規軍の将校や仕官よりも。
領邦軍の将校や仕官の方が、報酬を多く貰えるそうですよ。
そんな裏事情もある訳でして。
僕は六日目もですが。
死に物狂いで挑んでくる武芸者達を前にして。
三試合で、一分も掛けずに終わらせました。
まぁね。
その意気込みと、気合の入った雄叫びだけ・・・・は凄かったですよ。
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予選リーグの最終日。
「僕の戦績だと、今日は全部負けても。決勝リーグへ行けるんだけどなぁ」
「あんたね。普通、此処まで来たら。全勝して決勝へ行くって言えないのかしら」
「別に行けるんだしさ。そこまで拘ってもいないよ」
「あんたねぇ」
今日もね。
アリサは、何故か僕の隣にいる。
おまけに女王様達の部屋は、もう居るのが当たり前。
でも、僕はシルビア様とフェリシア様から。
二人が、アリサを部屋住まいの様にしている理由も。
それから僕にも、滞在中は、アリサにも気を配る様に・・・・・・・
アリサは恐らく、今のところは起きていないだけで。
しかし、苛めた側からは、間違いなく強い恨みを抱かれている筈。
『いいですか。この問題は、あの場で苛めを行った者達を。どんな形であれ粛清したアスランにも。その一端はあるのですよ』
女王様の二人とも。
何処の国でも、ましてヘイムダル帝国であれば、なおの事。
貴族という特権階級に在る者達は、そのプライドが、だからアリサを、このままには出来ない。
『アリサさんのことは。ただの平民ではない、ルーレック社の令嬢という身分が。それと今は、私達が可愛がっているを見せていることもあります。ですが、恨みを抱いた者達は。それでも何かしらをする危険性があるのです』
その話は、アリサが未だ眠っている夜明け前にね。
僕が警護の仕事で、リビングで待機しているときにだったんだ。
シルビア様とフェリシア様は、揃って起きて来ると、そういう理由があるからこそ。
せめて、ヘイムダル帝国に滞在している間だけでも。
後は、自分達がアリサのことを気に入っている。
そういうポーズを周知させることで、以降もアリサへ危害を加え難い空気を作っておきたい。
ホント、このパンプキン・プリンセス様はだけど。
それで、どうしようもないなくらい世話を焼かせているんだよ。
と、まぁね。
僕は、今も隣にいる。
この自称お姫様に対しては、勅命というか、お願いもされた以上はね。
シルビア様が、アリサを守りたいって言うのなら。
シルビア様を守る騎士としては、それは絶対なんだよ。
「別に、僕は予選リーグを全勝することをね。そこを目的になんか、していないんだよ」
「だから、今日は負けても良いって。そう思ってるわけ」
「と言うか。皇帝との約束をね。それを果たして貰う。僕がしたいのは、それだけさ」
「えっ・・・・それって」
「まぁ、後は全部。どうでも良い、おまけの様なものだよ」
僕は付いて来たアリサと二人、今日も先ずは出場者の控室へ。
そこに張り出された今日の対戦スケジュール表を確認した後は、これも慣れたというか、アリサをシルビア様達が使っている貴賓室へ送ったんだ。
貴賓室は、そこでもカズマさんが警護をしている。
まぁ、カズマさんからは、「この様な衆目のある所では。暗殺などはしないじゃろう」とも、言われているけど。
付け足すと、この貴賓室には、神父様とハルムート宰相も来ているんだ。
そんな訳で、各国の警護も集まっているんだよ。
それこそ、魔導器を装備した警護が何人もいるからね。
この貴賓室を襲うのは、容易じゃないと思うよ。
既に決勝リーグ行きも決まっている僕のことを、みんな揃って応援してくれるんだけど。
僕が皇帝とした約束の件。
その経緯は、神父様もハルムート宰相も驚いた後で、笑っていましたよ。
あぁ、そうだ。
その件では、もう一人。
僕は、そのもう一人からね。
『おい、クソガキ。貴様もほざいた以上は、決勝リーグまで来るのだな。だが、その時には。私などよりも恐ろしい奴をぶつけてやるから、覚悟しておけ』
うん、それはもう初日に言われたんだけどねぇ。
ヒョウ柄皇女様は、今度は自分ではない他人の力を使って。
僕に仕返しをしたいらしい。
試合を待っている間は、どうせ暇だからさ。
何時でも相手をしてやるぞ。
アリサを送り届けた後で、それも思い出した僕は、取り敢えず今日も流すくらいで十分だろうを、思ったのでした。
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予選リーグだけでも、三百人を超す出場者が居たらしい。
だからまぁ、僕もね。
此処までの対戦相手の事とか、もう、サッパリですよ。
僕が出場するグループは、僕も含めて二十二人。
此処から決勝リーグへ行けるのは、戦績の上位三名だけで。
今のところ全勝している僕が、仮に今日の三試合を負けても。
戦績上は、一位通過が決まっているんだ。
残る二枠を、十四勝が二人と十三勝が一人。
今日の試合結果で、勝ち数が並んだ場合は、追加で一試合あるらしい。
控室へ戻った僕は、此処以外の、他所の会場で行われている試合結果。
昨日までの結果を見ると、僕と同じ様に決勝行きが決まっている人も。
それも何人かはいたよ。
「よぉ。チビッ子の騎士様は、今日の試合なんぞよりも。決勝リーグが気になっている様だな」
結果表を見ていた僕は、この後ろから耳に入った太い声へ。
振り返った僕の視界に、大柄な・・・・オッサンだね。
「お前、アレだろ。此処までの全試合を秒殺で片付けた。シャルフィの騎士団長様だろ」
「ええ、そういう貴方は」
「俺か。俺様はな。王者の風のカシュー様だ。なんだ、シャルフィの騎士団長様でも知らんのか」
王者の風・・・ナニそれ。
通り名とか、あだ名かな。
カシューと名乗ったオッサンは、着古したようなグレーのタンクトップ。
うわぁ・・・ハンスさんと張り合えるかも。
いや、このボコボコ筋肉は、ハンスさんより上だね。
日焼けした肌も、たぶん、バーダントさんより小麦色かも。
黒くは無いけど、それに近い感じの茶髪と、僕を見下ろす青い瞳。
でも、この瞬間の僕の関心は、背中に背負っている武器へ。
「変わった武器ですね。大型のライフルと剣を組み合わせた様な。初めて見ました」
「おうよ。こいつはな。俺様が自分専用にオーダーした相棒よ」
自分の武器を相棒と、その表現は正規の軍人なら、余りしない。
「もしかして、オジサンは傭兵ですか」
「あぁ、まぁ・・・傭兵っちゃ傭兵なんだがな。俺くらいの腕になるとだ。猟兵って呼ばれるんだがな」
「そうなんですか」
「なんだ。シャルフィの騎士団長様は知らんのか」
まだ試合までは一時間近く時間もあった。
控室で待機する以外に、特にすることも無い僕は、こうして話しかけて来たオジサン。
カシューと名乗ったオジサンは、猟兵団『王者の風』を率いる団長だった。
聞いたことも無いんだけどね。
と言うか、傭兵団のことは、イグレジアスくらいしか知らなかった事もあるんだけど。
僕は暇なこの時間で、話すの大好きなカシューさんから。
傭兵と猟兵の違いとか。
あとは、自分専用に作って貰った特注の武器の事とか。
「要するに、猟兵と言うのは、傭兵よりもずっと腕が立つ。そういう人達なんですね」
「おうよ。まぁ、傭兵で実績を積み上げてだな。それで猟兵団から誘われるくらいになれば。そいつは猟兵としてもやっていける。そう見込まれたようなもんだ」
「でも、扱い的には傭兵なんですよね」
傭兵になるためには、何処でも良いので、傭兵ギルドへ登録する必要がある。
男女も年齢も不問。
学歴だって関係ない。
登録用紙に名前とか生年月日とか。
それから最後に、登録料を払って身分証を貰うだけ。
因みに、登録料は、シャルフィの通貨で三百ドル。
結構安いんだって思ったよ。
「そうだな。猟兵ってのは、傭兵たちの間でだ。特に実績のある凄い奴へ付けた、呼び名の様なものだからな。まぁ、それでも。業界内じゃ通用するんだぜ」
「なるほどね。じゃあ、イグレジアスも・・・・そうなんですか」
僕は、カシューさんの話を聞きながらね。
それで思い出したイグレジアスの事を聞いてみたんだ。
「イグレジアスか。あいつらはな、規模は間違いなく大きい方だ。それと、昔は一匹狼が当たり前の傭兵の世界に。そこで軍隊の様なルールと組織を作った先駆者でもある。だが、あいつらの場合は。傭兵や猟兵とも違って、私兵集団が近いな」
イグレジアスは、その後ろ盾というか。
昔はともかく、今ではルーレック社からの仕事だけを請け負っている事情が、だから、ギルドからの依頼を受ける傭兵や猟兵とは異なっているそうだ。
でも、そうなると。
サザーランドで起きた事件についても。
「カシューさんの話だと。サザーランドで起きた襲撃事件も。あれもイグレジアスが起こしたので。だから、つまり」
「ルーレック社が一枚噛んでいるのは間違いないだろうな。だが、ルーレック社から街を焼き払えなんてオーダーが出るとも思えない。いくら帝国で一番大きな企業だと言ってもだ。そんな事をあからさまにすれば。条約機構が黙っていないだろうさ」
「なら、ルーレック社に、そういう依頼を出した」
「だろうな。考えられるのはルーレックの本社が在るアメリア。そこを治めるヴェルナー公爵家からの依頼になるんだろうが」
「確か、ヴェルナー公爵家は、ルーレック社が財務面を今でも支えているらしいですね。その見返りに公爵家が色々と便宜を図っているとも」
「おう、その通りだ。だが、今のヴェルナー公爵はな。そんな戦争好きでも無いんだ。その辺りはな。俺らの業界じゃあ誰でも知っている」
「そうなんですか。でも、それなら」
「今のルーレック社なら。八大名門の他の公爵家とも。相応の繋がりはあるだろうさ。それに、帝国正規軍の装備は、これもルーレック社が大勢を占めている所があるからな。政府とだって繋がっているだろうな」
でも、そうなるとだ。
僕の思考は、サザーランドで起きた事件。
裏で糸を引いていたのが、ヨシミツさんの言ったように。
あの事件を、それを画策したのが帝国政府だとしたら。
「おいおい。ガキのくせに難しい顔をするもんじゃないぞ。だが、いま思った事は。それは口にするなよ。俺達だって。それは口にしないルールがあるんだからな」
僕が抱いた、犯人は帝国政府の疑念も。
カシューさんは、そんな僕の頭を大きな掌でゴシゴシしながら、反対の手は、口元に人差し指を立てるとね。
その意味は、僕にも分かったよ。
「きっと、僕の知らない傭兵の世界では。その辺りも共通の認識なんでしょうね」
僕はカシューさんに髪をゴシゴシされながら。
いうだけ言って呆れたよ。
「まぁ、その辺りがな。所謂、大人の事情って奴なんだよ」
呆れた僕を、見下ろしながらだったけど。
この傭兵のカシューさんは、話した感じで、そこまで悪い人には思えませんでした。
間もなく。
僕は今日の一試合目へ。
「おい、秒殺。さっさと終わらせたい気持ちも理解るがな。もう少し、観客を楽しませる戦いも。あいつらも金を払って見に来ているんだぞ」
舞台へ向かう僕を後ろから。
そんなカシューさんの声へ。
僕は善処するをね。
言葉ではなく、右手を見える高さに挙げて、軽く振ったよ。