第14話 ◆・・・ 園遊会を制する者 ・・・◆
カーライル・エオス・ラーハルト
彼の者は、ヘイムダル全臣民の支配者にして、大陸に覇を唱える帝国の統治者。
真にリーベイアを統べるに相応しい帝国の、その秩序と法則を御手に司りし者。
唯一至尊の位に在る、彼の者こそは。
神聖にして不可侵なる、ヘイムダル帝国の皇帝セイクリッド2世である。
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実物を見たのは、今日が初めてだよ。
あれが帝国の皇帝陛下。
金髪に青い瞳で、体型も普通かな。
あと、たぶん、贅沢もしているんだろうけど。
まぁまぁ健康的な肌色に見えた。
皇帝のことは、司会役の男性が仰々しい口上で、それから、園遊会に招かれた帝国の人達もね。
みんな挙って『おぉおおお!!』って、なんかそこだけ、競っている雰囲気もあったよ。
でもさ、僕にはね。
そこまで声を上げるようなオーラとか、全く感じられなかった。
う~ん・・・そうだねぇ。
例えるなら、司会役と参加している帝国の人達で。
そう、劇を演じたんだ。
そう考えると、帝国の皇帝ってさ。
着飾った中年オジサンでも、務まるんだろうなぁって。
これが、帝国の皇帝陛下に対する。
僕の第一印象でした。
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皇帝陛下が主催する今日の園遊会は、主役が国賓として招かれたシルビア様達も。
それくらいは、帝国の人達も分かっている。
だから、皇帝陛下の挨拶が、その最後の方で『無礼講』も告げた後はもう、大勢の人達がシルビア様達の所へ、行列を作って挨拶に並んでいたよ。
おかげで、僕は空腹を我慢しながら、シルビア様の傍に張り付いていました。
けどさ。
同じ国賓でも、カズマさんだけは、代理だからなのか。
此処に行列を作って並んだ人達は、シルビア様とフェリシア様に対しては、美辞麗句もお腹いっぱいってくらい。
ところが、二人へ挨拶をした所で、殆どが料理などが用意されたテーブルの方へ行ってしまったよ。
見た感じ、カズマさんの方は全然ってくらい、気にもしていなさそうだったけど。
彼等の態度には、僕は感心できなかったよ。
あぁ、付け足すと。
僕に対してもね。
こんな子供が、王国の騎士団長を務められるのなら。
うちの息子なら、さぞや隆盛に至らせられるだろう。
とまぁ、こういう言われ方もね。
それなら無視される方が、未だ気楽も思ったさ。
結局、聞いていて、面白くはなかったけど。
でも、僕は、シルビア様がやんわりと受け流していたので。
だから、僕も。
皮肉たっぷりの挨拶へは、それで軽いお辞儀を一々返して片付けた。
一時間くらいかかって、やっと、挨拶の行列も無くなった。
僕はさっそく、国賓のために設けられたテーブルの料理を、だって無礼講だし。
シルビア様やフェリシア様はね。
僕の様にモキュモキュ、がっついたりはしないけど。
先に二人からは、無礼講なのだから、いっぱい食べていいってね。
カズマさんは、帝国のお酒にも詳しいのか。
ワインボトルを手に取りながら、これは逸品物だとか。
それで、何本か自分の所に並べると。
ボトル一本ごとにワイングラスを用意して、今も飲み比べを楽しんでいるようです。
僕も気になるんだけどねぇ・・・・・
シルビア様から『子供には未だ早いです』って。
それで、カズマさんから『少し飲んでみるか』って貰ったワインは、シルビア様に取り上げられました。
カズマさんが、凄く美味しいって。
だから、ちょっとくらい。
僕も飲んでみたかったよ。
で、それで余計にね。
僕はテーブルの上の料理。
ローストビーフとか、魚介類のマリネとか・・・・・
子供らしく、片っ端から取り皿へ盛ると、後はモキュモキュ満喫しました。
だけど。
宴も用意された料理や飲み物が、それで僕の空腹をしっかり満たした頃。
突然、園遊会の場が、騒々しくなった。
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皇帝が座る席と、その隣に設けられた、国賓のための席。
此処からだと向こう側の、それも端の方の場が急に騒々しくなったところで、直ぐに詳細は分からない。
ま、普通はね。
でも、僕は空気が騒がしくなった所で、逸早く原因を理解したよ。
今は姿も消すと、だから、僕にしか聞こえない一番の声が、此処へ帝国の皇子と皇女の来訪を報せてくれたんだ。
だから、シルビア様もフェリシア様もね。
此処からだと、既に出来上がった人だかりが、視界を遮る壁になっているし。
けど、やっぱり、気にはなっている様だ。
「シルビアさん。あれは何かあったのだと思いますが」
「フェリシア様。この急な騒ぎには、私も少し気になりました」
二人とも、騒がしいくらいは分かるけど。
群がっている人達が何を言っているのかは、はっきり聞こえないからね。
だけど、僕は、此処でシュターデンさんが確認に行こうとしたところで。
「シルビア様。どうやら帝国のオスカル皇子殿下と、有名な獅子皇女。ユフィーリア皇女殿下が来られたようです。それで騒がしくなったようですね」
オスカル皇子は、カーラさんの資料で頭に入っている。
皇帝を父に持つ息子の一人で、その中でも、オスカル皇子は長男のような存在だ。
長男のような存在。
と言うのも、皇帝の息子も娘もだけど、殆ど全員が、母親の違う子供達なんだ。
そこへ付け足しで、次の皇帝の座を巡る争いとかもね。
だから、簡単に長男次男なんて扱われることへ、特に嫌っているらしいよ。
オスカル皇子は、何人もいる息子の中で、一番年上だから。
それで、まぁ、長男のような存在もね。
周りの本心は別に、公には、そう認められているんですよ。
けど、この場に現れたもう一人は違う。
会った事がないだけで、僕も獅子皇女の武勇くらいは、カーラさんの資料と関係なく知っている。
ユフィーリア・エオス・ラーハルト
彼女は公に、皇位継承権の第一位も知られている有名な方です。
ユフィーリア皇女は、皇帝陛下が未だ十代の時に生まれた後。
皇家の保養地で、幼少期を過ごしたそうです。
けれど、そこからは軍に籍を置いて、戦場を渡り歩いたとかもね。
軍人になったユフィーリア皇女は、戦争の天才等と評されるくらい。
どんな戦場でも勝ち続けた。
そういう武勇伝が、獅子皇女の由来にも、なっているそうですよ。
付け足すと、次期皇帝の座は、既にユフィーリア皇女以外にない、だそうです。
僕が口を開いたところで、シュターデンさんは、何か納得した様だった。
「エクセリオン様は、あれほど離れた所からの声も。よほど耳がよろしいのでしょうな」
「まぁ、鍛錬の賜物ですよ」
「なるほど。鍛えれば出来るようになると。いや、凄いものですな」
シュターデンさんはホント、僕の適当な嘘にもね。
あんな風に感心されると、逆に申し訳なくなるよ。
ただね。
それとは別に、ティアリスから届く声の方。
僕は、報告とも受け取れる声の内容へ、思わず「はぁっ!?」なんて、突拍子もない声を上げてしまった。
「オスカル皇子がシルビア様と結婚する。そんな話、カーラさんからも聞いていないよ!?」
「「「!?」」」
僕の、この驚いた声はね。
それで、シルビア様だって、露骨に表情が険しくなったんだ。
「シルビアさん。どうやら仕掛けられた様ですね」
「そうじゃな。じゃが、ヘイムダル帝国らしい一手ではあろう」
フェリシア様とカズマさんは、シルビア様よりも早く気を取り直していた、ように見える。
けど、当のシルビア様の表情は、驚いた後で、今はもう怒っているくらいもね。
そこは空気だけで分かりました。
「アスラン。私はこのような話を、出発前には受けていません」
「シルビア様。だから、カーラさんも知らなかった。そういう事でしょうか」
「ええ、ですから当然。そのような話を受けるつもりもありません」
確かにね。
シルビア様に、そんな話があったのだとしたら。
カーラさんが、それを忘れている訳がない。
更に言えば、僕から見た感じでも。
シルビア様は結婚の話へ、嫌悪している様にしか見えないんだ。
うん、じゃあ・・・僕の役目は決まったね。
騒がしい向こう側は、そこから出来た道を、先に出た獅子皇女の方は、写真でも見た印象とよく似ている。
そんな獅子皇女の後ろから、茶髪を七三分け様な髪型にした青い瞳の。
此方も資料に載っていた顔写真。
だから僕は、あれがオスカル皇子くらいも直ぐに分かった。
けど、そうだね。
オスカル皇子は、ブライト少将を、リシャール少尉のような好青年にした感じ・・・・が、まだ近い。
僕がそう抱きながらね、椅子から立ち上がった時には、二人とも此方へ、真っ直ぐ近付いて来ていたよ。
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先手は、それがシルビア様の、オスカル皇子へ向けた厳しい一言に尽きた。
「どの様な経緯で、私が結婚するなどと。それが無礼講の冗談にしても。戯言も大概にして頂きたいものですわ」
シルビア様の口調は、誰が聞いても怒っているくらいはね。
特にオスカル皇子なんか、シルビア様への挨拶で、恭しく頭を下げた所にね。
それでこう、ピシャリと言われたんだ。
「何の取柄もないオスカル皇子が、聖女の名に恥じぬよう働く私の夫になる等と。私も大概、安く売られたものですわね」
シルビア様のお怒りは、うん、まぁね。
物凄くでも、軽いかも知れない。
それくらい、露骨に怒っていたよ。
だから、オスカル皇子なんか、もう震え上がってさ。
ハハハ・・・・初っ端から完全に気迫負けだね。
と言うか、この程度の怒気に、そこまでビビるかなぁ。
僕からすれば、気迫の凄さは、それでティアリスの本気の方が、次元違いだって言えるんだ。
けど、オスカル皇子は気が小さいのか。
瞳なんか、もう右往左往してさ。
こういう状況だから堪えたけど、笑い出したいくらい可笑しかったよ。
ただね。
こんな状況だから、場の空気が凍り付いたくらいもそうだけど。
その時の僕は、これもティアリスからの声がね。
だから、シルビア様に叱られて、それで縮み上がっている皇子なんかよりも。
横目に映した皇帝は、我関せずなのか。
唇へワイングラスを傾けながら。
まるで他人事のような雰囲気が、寧ろ今は、妙に気になったよ。
園遊会は、それまでの賑やかな空気が、けれど、シルビア様が怒るのは当然。
反対に、オスカル皇子の方からすると、大勢の前で恥をかかされた、も間違いじゃない。
凍り付いた場は、皇子とは別のもう一人。
写真で見た時からね、ただの美人皇女なんかじゃないも思ったけど。
今は近くで、不敵な笑みは鼻で笑う所が。
こっちは威厳って言うか、ゾッとするような怖さもあるって思えた。
「久しいなシルビア。それから、先ずは非礼を詫びよう。オスカルの馬鹿はな。ボルドーの古狸めの戯言を。それを真に受けた、ただの屑に過ぎぬ」
ずしりと響く低い声は、ゆったりと語るその口調。
僕には、声に含まれる圧迫感が、獅子皇女の武勇は、嘘じゃない。
ユフィーリア皇女の声はね。
その声質が、袖の内側で鳥肌も立ったんだ。
だけど、ユフィーリア皇女のおかげで。
この場は、表面上はね、整えられたんだ。
獅子皇女が出て来なかったら。
いくら非礼は事実でも。
シルビア様が、そこでオスカル皇子に恥をかかせた事も、これはこれで大問題になった筈なんだ。
ユフィーリア皇女が口にした、ボルドーという名前。
その名前には、僕も思い当たる人物がいる。
ボルドー・フォン・キュンメル侯爵
ヘイムダル帝国正統政府の代表にして、皇帝陛下を補佐する宰相の地位に在る人物。
「ボルドーの古狸はな。シルビア。お前に条約機構の議長職を取り上げられた。その腹いせもある。挙句、シレジアの件では。強引に屈服させようと、人質を取った事で。寧ろシャルフィへの帰属を決定付けた失態も付け足されたのだ。既に後がない奴は、未だ解放されない人質を盾にして。そうして今度は、突然の政略結婚を迫る軽挙に打って出た。こんな取柄も無いボンクラ皇子を夫にしなければ。シレジアから取った人質がどうなるか。そうやって、政略結婚を飲ませる算段だったという次第だ」
獅子皇女と呼ばれるユフィーリア皇女だけど。
今ので凄く太々しいも思ったね。
付け足しで、この人も大概、ぶっちゃける人だったよ。
けど、獅子皇女の、その迫力が鳥肌も立つ声は、誰が首謀者なのかを、少なくとも園遊会の参加者には分からせたんだ。
まぁ、異母姉弟のオスカル皇子のことは、どう聞いてもバカにし尽くした感も、あるんだけどさ。
場の空気が、主導権は獅子皇女の手に握られた。
見せかけじゃない、本物の迫力だからこそ。
そんなユフィーリア皇女が、先にシルビア様へ謝罪したこともある。
みんな本心は別にして。
でも、突然の事に怒ったシルビア様も当然で。
けど、その事は謝罪と釈明も行われた。
恥をかかされたオスカル皇子も、けれど、それも悪いのはボルドー宰相で。
皇帝陛下が催した園遊会を、その場に泥を塗ったのは、こんな陰謀を企てたボルドー宰相なんだと。
ユフィーリア皇女の振る舞いは、真相はどうか分からないけど。
表面上、皇帝陛下は関わっていないを示した。
ただし、国賓に対する非礼は、それで自分が頭を下げて謝罪したことで、最低限の礼も尽くしている。
同時に、間違いなく追及される部分は、こうして園遊会に参加した全員が知る形で釈明もした。
結果、オスカル皇子の面目も、完全に粉々にはしなかったんだ。
あぁ、でもね。
頭を下げて謝罪した獅子皇女へは、シルビア様も受け入れましたよ。
まぁ、この件を引き摺った所で、僕にもメリットが無いくらいは理解るんだ。
寧ろね。
怒ったシルビア様の方だって。
何処か落としどころを探したはず。
そうしなければ、今度はフェリシア様とカズマさんにまで、余計な火の粉が飛ぶんだし。
けれど、オスカル皇子の方は、小者だったよ。
僕から見ても惨めに映ったオスカル皇子は、周りが気付かない振りをしているのをいいことに。
本人は誰にも気付かれず、完全に気配も隠せたと思っているのでしょうかねぇ。
返って目立ちながら、コソコソ逃げて行きましたよ。
オスカル皇子は一体、此処へ何をしに来たのでしょうねぇ。
僕は胸内に、その程度の皮肉を思うのでした。