第13話 ◆・・・ ほっとけないのと複雑の狭間で ・・・◆
今日は午前中にサンスーシ宮殿へ到着した後。
執事長のシュターデンさんからは、予定通り、今夜は皇帝陛下が催す園遊会がある。
園遊会なので、場所は屋外です。
と言っても、サンスーシ宮殿を囲む庭園の、それも屋敷の裏手側が、園遊会の会場として使われるというのを、此処はシュターデンさんから教えて貰いました。
サンスーシ宮殿の庭園ですが、上から見ると、よく似た造りの噴水が東西南北に四ヶ所あります。
後は、獅子心皇帝という名で、歴史の教科書にも載るディハルト皇帝の立像が、噴水の傍に建てられています。
で、四体もあるディハルト皇帝の立像ですが。
此方は姿勢や衣装の違う立像が四体、ただ、どれも軍服姿でした。
現在の帝国は、獅子心皇帝によって栄えた・・・・・・
まぁ、この辺りもね。
解説は、シュターデンさんだったのですが。
『エクセリオン様は、まだ幼いにもかかわらず。ですが、私達の国のことにも。よく勉強され様とする姿勢には、私もいたく感心する所であります』
執事長のシュターデンさんには、今日は朝から園遊会の準備もあって。
そんな中で午前中には、シルビア様達の出迎えもしていたんです。
此処へ来た時には、園遊会の準備に追われていた、なんて気付きもしませんでした。
午後になって、パンプキン・プリンセスに付き纏われた僕の散策範囲が、やっと庭園の方へ。
そうして僕は、会場設営の仕上げと不備がないかの確認で、だから、きっと忙しかったはず。
でも、シュターデンさんは、本当は凄く忙しかった筈なのに。
それでも、僕に色々と教えてくれたんです。
なので、僕も教えて貰った事は忘れないように、メモをいっぱい取りました。
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「ねぇ、アスラン。貴方って、私と同い年なのに。結構難しい字も書けるのね」
「そうかな。難しい字とか、そんなことを気にした事は無いよ」
今夜の会場となる庭園は、そろそろ夕方になる。
昼間の空は快晴だったけど、日中の時間が伸びているこの時期だと、時計の針が十七時を指してもね。
綺麗な夕焼けが見れるのは、あと一時間半くらい先かな。
そんな中で僕は、会場の近くにある噴水の傍で、さっきまでシュターデンさんから教えて貰った事を、走り書きのメモから、今度は手帳に清書している最中です。
園遊会は十九時から。
だけど、国賓として招かれたシルビア様達は、園遊会の途中から、集まった人達に紹介される形式で、という流れらしいですよ。
まぁ、それもシュターデンさんから、教えて貰った事なんですけどね。
先に皇帝陛下の挨拶があって、その時に紹介された国賓が姿を見せるんだとか。
まぁ、紹介されたシルビア様達には、そこで簡単な挨拶もあるらしいですよ。
そういう訳で、園遊会の時間、僕はシルビア様の護衛もありますからね。
後は、ちょっと前くらいから・・・かな。
彼らが、どういう身分なのかは全然、分かりません。
だって、此処、帝国だし。
シャルフィなら、そこそこには顔も名前も憶えましたよ。
特に逮捕した方々なんか、一人残らず憶えましたしね。
国外追放の時なんか、国境までちゃんと送るのも、それも僕の仕事でしたよ。
脱線したので戻します。
この会場には、正装姿の男性も女性も。
それも見ただけで、いかにも貴族って感じの人達が、パッと見で五十人くらい。
シュターデンさんが手空きなら、迷わず尋ねるのですが。
そのシュターデンさんも、此処へ姿を見せている人達への・・・・挨拶でしょうね。
こうして見ていると、執事長という仕事は、やっぱり大変なんだなぁって思えました。
「あれ、みんな貴族なのかな」
手帳への清書も終わった僕の関心は、徐々に増えている・・・・・・
女性は全員がドレス姿で、男性はタキシードだと思う。
帝国の正装は、それも貴族だと思うけど。
男性のタキシード姿は、ジャケットの色が豊富なんだなぁ・・・・ってくらいも思ったよ。
ネクタイは棒タイで、バタフライかセミバタフライだと思うけど。
中にはアスコットの人も、寧ろ、アスコットの方が多いかな。
因みに、アスコットというのは、礼装用ネクタイです。
時々、スカーフなんて言う人も見ますが。
アスコットはスカーフではないし、礼装に使うネクタイの中でも、格付けが最上級なんです。
「アスランは知らないのね。まぁ、帝国では当たり前だけど。園遊会の開始前から集まるのは、中級以下の貴族と。後は、お爺様の様に招待された平民だけよ」
「へぇ、そうなんだ」
「八大名門の大貴族様とかは。皇帝陛下の挨拶の前に揃っていれば良いそうよ」
「ねぇ、帝国だとアリサくらいの歳にはさ。そういう事を一通り教えられるのが普通なの」
「どうかしら。私はお爺様が連れて来てくれたから。それで、出発前に作法と一緒に習って来たのよ」
「ん、じゃあさ。アリサは、園遊会は初めてって事か」
「そうよ。私みたいに将来は美人のお姫様はね。さっさと社交デビューしなさいって事らしいわ」
「それ。誰が言ったの」
「そんなのパパとお爺様よ。ママは未だ早いって言ってたけど。きっと私に悪い虫が付いたらって。ママは、それを心配しているのよ」
「悪い虫・・・・ね」
アリサのことは、シルビア様とフェリシア様がね。
せっかくの機会だからって、それで、昼食も一緒に過ごしたんだ。
だけど。
そのアリサのことは、僕も知っているルーレック社の会長。
彼女は、オウギュスト・ルーレックの孫娘だそうで、報せを受けた本人が、昼食の時間には『孫娘が大変な無礼を・・・・』って、謝りに来ていたよ。
なんだけどねぇ。
二人の女王様は、こういう場所だと、子供は特に居ないだろうから。
アリサには、何時でも遊びに来て構わない。
結果、午後からもずっとね。
僕は、遠慮のないパンプキン・プリンセスと二人。
えぇ、この時間になっても付き纏われていますよ。
因みに、明日はアリサの買い物に、僕は勅命で、だから、付き合う事になっています。
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「なぁ、着替え終わったのか」
僕は今、お爺さんの方は既に会場へ出ている。
なのに、南瓜パンツの孫娘は、ついさっき着替えに入った。
で、僕はシルビア様からね。
ちゃんとエスコートして来るように・・・ってさ。
護衛任務の方は、同じく国賓として招かれているカズマさんが、『今直ぐ仕掛けて来る。それは先ずない』ってね。
そのカズマさんが、今は僕に代わって、シルビア様の護衛もしています。
あぁ、そうだ。
カズマさんだけどね。
ノブヒデ様から許可を頂いたそうで、獅子旗杯の後は、報告のために一度、サザーランドへ帰国するんだけど。
その後はシャルフィへ、移住するそうです。
理由は、僕に刀の使い方を教える先生になるから、だそうです。
僕もね。
せっかく素晴らしい刀を頂いたのにさ。
まぁ、それは今のところ重過ぎて扱えないのですが。
でも、ちゃんとした使い方はね。
それは、じっくり学びたいもあったんだよ。
だから、カズマさんが教えてくれるって話はね。
シャルフィで最初に聞いた時から。
ずっと楽しみにしている事でもあるんだ。
「待ってて。もうちょっとだから」
アリサの着替えは、それは荷物ごとだけど。
メイドさん達が、シルビア様とフェリシア様の使う部屋まで運んでね。
あぁ、それも二人の女王様が、この時もアリサには優しかったんだ。
どうせ着替えるなら此処で・・・ってね。
それで自称、将来は美人のお姫様はだねぇ。
ホント、遠慮が無かったよ。
そもそも、僕らが部屋に戻った時には、その時にはシルビア様もフェリシア様も、支度はある程度終わっていました。
で、それを見たアリサが、自分が未だ着替えもしていないことにね。
今頃になって気が付いた、間違いなく・・・バカだね。
けど、女性がドレスに着替えるのは、大人も子供も関係なく、一人では出来ないんです。
今から手空きのメイドさんを探して、となると、会場は既に大勢の人達が集まっていたしさ。
僕も、アリサのことは、流石に今からだと難しいも思いました。
バカなアリサも、それくらいは察したんだと思う。
急に泣きそうな顔になっていたし。
だけど、そんなアリサには、シルビア様が安心していいって。
シルビア様は、アリサの着替えのために、シュターデンさんを呼びました。
開会まで、もうそんなに時間も無かったけど。
シュターデンさんは、事情を理解すると、申し訳ないも伝えたシルビア様に、十分間に合わせて見せますって。
シルビア様とフェリシア様は、それでカズマさんもね。
三人と護衛役の十名ほどは、十分くらい前にだけど。
先に会場傍の、控えの間へ向かいました。
「お待たせ。どう、お姫様にしか見えないでしょ♪」
「そうだね。今から会場へ行っても、五分は余裕があるよ。じゃあ、僕も任務があるから行こうか」
「あのね。こういう時は、着飾ったレディに対して。先に言う言葉があるでしょ」
「はいはい、お嬢様。綺麗ですよ」
あんな出会い方だったからね。
それで、僕の方が被害者なのに、ゴードウィン並みの不名誉な扱いだったんだ。
ムカついても当然だろ。
僕は、アリサの着替えを手伝ったメイドさん達には、ちゃんと礼儀正しく、謝罪と御礼もしました。
で、その後は直ぐ、踵を返して会場へ。
アリサは園遊会の開会へ、何とか遅刻せずに済みそうだけど、それでも、のんびりも出来る訳じゃない。
速足で歩く僕の後ろから、髪型も、あれは確かくるりんぱだったかな。
こういう知識はマリューさんの友達から、僕も結構教えて貰いました。
で、髪をアップに纏めてドレスに着替えたアリサは、そうだね。
言うだけあって、けど、ホント綺麗だって思いました。
ただし、なんか面白くないので。
本人へ面と向かっては、言いませんけどね。
だけど、ドレスと一緒に揃えた新しい靴が、履き馴染んでいない足指や踵にね。
速足の僕を、アリサは離されないように、それで小走りしたから・・・・もある。
途中で足が痛いって、後ろからの泣きそうな声へ。
あぁ、面倒臭い・・・って振り返った僕の視界には、蹲って動けないでいる。
しかも、また泣きそうな顔もしていたよ。
この時の僕は、ホント、心底、面倒臭いって思ってた。
革靴は紐を緩めた所で、そこから脱いだ足は、白いストッキングが、赤黒い斑点模様だった。
靴擦れなのは間違いないし、でも、これだけ酷いと、靴のサイズも合ってないんじゃ・・・・それも思ったよ。
あぁ、でもね。
アリサのドレス用の靴だけど、革素材が硬かったんだ。
まぁ、ソフトレザーじゃなければ。
新品の革靴は大概、硬いんだよ。
でも、痛くて涙目のアリサはね。
なんて言うか、これもホント、気が強い女の子だった。
「貴方が私を置いて、さっさと行こうとしたからじゃない。なんで優しくしてくれないのよ。騎士って、お姫様には優しい筈じゃない」
怒りながら、泣きそうな顔で睨まれる僕はね。
そもそも、アリサには、距離を置きたいんだよ。
ゴードウィンと同列にされた扱いも、それもある。
けど、アリサの実家は、あのイグレジアスと繋がっているルーレック社なんだ。
だから、それこそ、シルビア様とフェリシア様から頼まれなければ。
もう、完全無視も、決め込みたかった。
なんだけどさぁ。
このモヤモヤした感じがねぇ。
気持ちが全然整っていない僕は、一度、叩き付けるような息を吐き出した。
アリサは強がっているけど。
僕から見ても、それだけ酷い靴擦れの足だと、凄く痛いのは間違いないだろうし。
今は普通に歩くことだって難しいと思う。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
僕は、アリサには良い感情を、持てていない。
これは事実だよ。
でも、上手く言えないけど、ほっとけないも思ったんだ。
僕のアーツは、アリサの擦り剝けて痛々しい足の傷を、瞬く間に癒したよ。
ついでに、血で汚れたストッキングもね。
そっちは指パチで、綺麗にしました。
アリサは、僕の使ったアーツに、声を失くすくらい呆然だったね。
どうだ、凄いだろ。
「もう大丈夫だと思うけど。新品の革靴を履くなら。普通はパッドを入れるだろ」
アリサの脱いだ革靴は、手に取った僕が見る限り。
先ず触れた感触が硬かった。
なのに、靴の内側には、靴擦れ予防のパッドが一枚も入っていない。
これじゃ、靴擦れしても不思議じゃないね。
「パッドって何よ」
「いや、だから、靴擦れしないように。新品の靴を履くなら、パッドは入れるだろ」
「何それ、知らないんだけど」
もう、溜息しか出なかったね。
しかも、少し余裕のあった時間は、此処から僕の持っているパッドを、アリサの靴に張り付けた分のロスも含めて。
僕が、先に会場へ出ていたオウギュストさんへ、アリサを引き渡した時には、司会役の挨拶が既に始まっていましたよ。
余談。
騎士団では、新品の革靴を履く前に。
靴擦れを起こしそうな個所には、それで、先に蝋や石鹸を塗る習慣があります。
ですが、僕は靴擦れ予防のパッドを、これはコルナがお勧めしてくれました。
それで革靴の時は、良く使っています。
ただ、パッドは消耗品なので、使うようになってからはずっと、予備を持ち歩いているんです。
インソールもですが、自分の足に合ったものを使う方が、足には良いも教えて貰いました。
後は高いけど、靴擦れのし難いソフトレザーの靴もお勧めです。
硬い革靴よりは、断然、靴擦れもしませんから。
ですが、先に言ったように。
ソフトレザーの靴は、値が張ります。
因みに、カーラさんが普段から履いている革靴は、ソフトレザーの中でも。
見た目も綺麗で耐久性に優れた、それこそ、上級公務員の三ヶ月分の給料でも手が出せない高級品です。
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「シルビア様。ただいま戻りました」
「アスランは少し遅かったようですが。何かあったのですか」
「アリサが靴擦れをしたせいで。その手当と、靴にパッドを張ったりとですね。それで遅くなりました」
「そうですか。アリサさんの方は、大丈夫な様でしょうか」
「傷の手当は問題ありません。ただ、パッドも知らなかったらしいので。履き心地に少し違和感を持っている様でした」
「なるほど。でしたら、明日の買い物の時にでも。その時に丁度良いパッドを。探してあげてくださいね」
「それも、命令ですか」
「アスランの気持ちは理解ります。ですが、仲直りをする努力を欠かしてはいけません。だいたい、貴方とアリサさんは。今日初めて会ったばかりでしょう。最初に躓いた程度の事を、その程度をいつまでも根に持っていては。いつか本当に大切なものまで、失くしてしまいますよ」
やっぱり、反抗期の兆候なのかしらねぇ。
胸内に面白くないを抱えた時は、特にだけど。
アスランの口調は、分かり易い不満が伝わって来るようになったわ。
でも、私はね。
そんなアスランの反抗期だって。
これだって、成長には必要なくらいも理解っているの。
今日はフェリシア様も、カズマ殿も。
反抗期の兆しが見える貴方を、孫を可愛がるような。
そういう優しさで見守っていたのですよ。
可愛いアスランは、でも、やっぱり不満だったようね。
頬をぷっくり膨らませた表情なんか。
母さん、もう抱きしめたくなったわよ♪
私がそう思ったように、フェリシア様とカズマ殿もね。
子供らしい素直な不満顔を見せるアスランには、可愛いなんて会話もしている間に。
始まった園遊会の方は、催した皇帝陛下の挨拶が始まっていました。
間もなく、私達は呼びに来たシュターデンさんの案内で。
その時には、もう普段の表情を作ったアスランを伴ってですが。
園遊会という名の、恐らくは最初の仕掛けが伏せられた舞台へ。
油断も隙も見せられないを内に抱えながら、そうして赴いたのです。