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第8話 ◆・・・ 帝国からの親書 ・・・◆


シレジアでの調印式を、歓呼の中で終えたシルビアが、アルデリア法皇国へ、外交の途に就いてより三日目の正午前。

シャルフィ王宮では、国璽を預かる宰相が、今しがたに届けられた一通の手紙へ。

執務へ身を置いていたカーラは、そして、届けに来た文官より受け取った直後、表情が瞬く間に、歪むほどの険しさを露わにした。


届けられた手紙の宛名はシルビアでも。

光沢のある黒色の筒は、そこに映る金印。

紋は、鉄騎を表したもの。


カーラは、その国章が、何処のものなのか。

瞳へ映した瞬間から、腹の奥では殺意の感情が、それだけの強い憤りは、表情の下へ、隠せるものではなかった。


ただ、そうなってしまった自分を、それでも待っている。

この手紙を、否、親書を届けに来た文官は、故に今も、帝国からの使者を待たせているのだ。


「今は陛下が不在ですので。ヘイムダルからの使者殿には、親書は私が預かった旨を、お伝えください。その上で、陛下が帰国次第。親書への返答を送る旨もまた、使者殿には伝えてください」


沸き上がった憤りは、それを押さえ付けて。

僅かな時間で、表情も声もを整えたカーラからの言伝は、受けた文官もまた、一礼の後で直ぐ、執務室を後にした。


-----


ローランディアの王宮は、その日、女王フェリシアが、今しがたに届いた手紙へ。

昼食の手を止めて受け取った後は、人払いもすると、独り気難しい面持ちへ陥っていた。


「いつもであれば、王都に在るヘイムダルの大使館から・・・ですが、本国から直接というのは。何かあるくらい。そこは警戒しなくては、ならないでしょう」


椅子に腰掛けた姿勢で、今は背もたれに身を預けたフェリシアの、溜息交じりな独り言も。

傍にある特殊なガラスで作られた、小さな丸テーブルの上には、艶やかな光沢のある黒い筒が一つ。


既に、中の書面へ、目を通した後だからこそ。

フェリシアの思考は、拭えない不安が、故に深く深くへ。


女王の心境は、外の梅雨空と同じくらい。

今だけは、それを晴らせないでいた。


-----


シャルフィやローランディアと同日。

此処、サザーランド大公国においても、午後も始まったばかりの頃。

慌てているを隠せない使者から、カズマは、公王ノブヒデからの至急の呼び出しへ。

報せを受けた後は直ぐ、足早に公王の私室へと赴いた。


「ノブヒデ様。それがしへ至急の呼び出しとは一体」


代々の公王と比べても、公王の私室にしては、十六畳程の広さしかないノブヒデの部屋へ入った所で、背後の襖が閉じるのを待ったカズマは、先ず呼び出された件を、呼び出したノブヒデへ伺った。


「カズマ。ヘイムダルから、招きの文が届いた」

「なんと・・・して、ノブヒデ様は」


身体を横に寝かせたノブヒデの、こう素っ気ない声の中に、だが、正座したカズマにも、無視できないくらいを理解った。


「俺は、お前が来る前にだ。この件を、ローランディアとシャルフィにも報せた。それでだ・・・どうやら、両国にも。全く同じ文が届いたらしいを知ったばかりだ」


アナハイムが研究開発した有線通話の技術は、線を繋いだ所であれば、数千キロを離れた所とでも。

専用の魔導機器を使っての会話が出来る。

未だ試験運用中ではあるが、アナハイムが生み出した通話技術は、ローランディアと親しい幾つかの国で使われている。


「それで、ノブヒデ様は。ヘイムダルの招きについて。如何なさる所存でしょうか」

「俺が自ら赴いて、万が一の事があれば。家臣達は皆。それを強く警戒していた」

「で、ありましょうな。もし、我が殿に万が一があれば。ユキナ様では、未だ王としては若過ぎます故」

「あぁ、俺もな。そこは考えた。それでだ。此度はカズマ。お前に・・・俺の代わりを務めて貰う。済まぬが、これだけの大事であれば。マサカゲでは荷が重い。かと言って、ヨシミツでは自分の身も守れまい。己を守りつつ、その時には聖女殿を確実に逃がせる。故にカズマ。お前にしか頼めないのだ」


ノブヒデの寛いでいるを装った、だが、それくらいしなければ、気を落ち着けられないでいる性分も。

カズマだけは察せられる。

カズマにはノブヒデが、自ら赴けば間違いなく刀を抜くくらいも、だから、こうして自分に預けたのだと。


・・・・・ノブヒデ様は、ノブヒデ様なりにですが。一国を治める者として在ろうを、置いているのですな・・・・・


「主命、謹んで。いざとなれば、この身に代えましても。聖女殿は必ずや、不肖カズマがお守りします」

「済まぬ」

「我が殿が、ノブヒデ様がヘイムダルを強く警戒するのは必定。故に、今は代役を立てるも当然でしょう」

「カズマ。此度の件は、俺からお前への借りだ。故にな。エクセリオン殿に対する、お前の望みを。それを叶えよう」

「ノブヒデ様」

「其方も齢五十にもなれば。余生を好きにする権利とて在る筈だ。俺は、そう思っているぞ」

「ありがたき幸せ・・・・に御座います」

「まぁ、御武流の後継者についてはな。それは往生の間際に、そこで定めても良かろう。それこそ、愚直なマサカゲでは。まだまだ早かろうてな」

「ハハハ・・・お気遣い痛み入る所」


カズマはノブヒデから、今からシャルフィへ赴けば、そこから女王と共にヘイムダルへ行ける。

既にそのくらいも、シャルフィの宰相とは話を付けてあるを受けた後。

程なく自らの屋敷へ戻ると、早々に支度へと取り掛かった。


だが、今の時期に、ヘイムダルからの招きだなどと。

何かしらの陰謀が、張り巡らされている・・・くらいは間違いないだろう。


公王が警戒している点は、故に、此度の公王代理の務めよりも。

寧ろ、ノブヒデ様の本命は、自らへ、聖女殿を守る務めを託した方にある。


カズマが旅支度を整える最中、午前よりも黒みがかった灰色の空からは、梅雨にしては強い雨が、公都を覆うように降り注いでいた。


-----


アルデリアでの最初の夜が、晩餐会なら。

昨夜は、食事の内容が豪華だったくらいで、参加者は身近な者達のみ。

私はアスランを伴うと、国皇は皇女だけを伴った。

ただ、スレイン先生は、これもサプライズだったわ。

法皇になった先生は、夕食の席へ、シャナを連れて来てくれたのよ。


人数的にはそれくらいだから、雰囲気は、とても家庭的な夕食会だったわね。


そのせいか、シルビアには、昨日はお昼寝が必要だったくらい。

それくらい気疲れした我が子が、だいぶ気楽でいられたもそう。


まぁ、だけどね♪

もう途中からはずっと、両手に花なアスランは、ホント、鈍感な応じ方がねぇ。

だから母さん、見ていて、とっても面白かったわよ。


だけど、ラフォリア皇女には、彼女の立場が、そのために歳近い友達が居なかった。

私も子供の頃は、エレナとカーラくらい。

後は、私が近付いただけで、皆なにか遠慮している。

それで友達らしい付き合いが出来なかった事は、少し寂しいもあったのよ。


なんだけど・・・・ねぇ。

こういう所にだけなのか、鈍感な息子はホント、鋭かったわ。

アスランは食事の席を通じて、ラフォリア皇女が、友達を欲している心情へ気付いてくれたのよ。

だから、可愛いアスランは、そんな皇女へ、せっかくだからとシャナを紹介していたわ。


紹介されたシャナは、それは確かに驚くのも無理ないわ。

でも、ラフォリア皇女から色々と聞かれて。

私が見ている感じでは、段々とシャナも、自分から話せるくらいだったし。

だけど、話題がねぇ。


そう、シャナとラフォリア皇女は、お互いに打ち解けた所で、その年頃な恋バナがねぇ。

私も、恋バナは大好きな方だからね。

やっぱり、そういう年頃なのよねぇ・・・も、あったのよ。


だけど、二人とも可哀そうも、思わされたわ。

だって、二人が狙っている相手がねぇ・・・・ホント、此処まで鈍感って。


可愛いアスランは、皇女とシャナから、お嫁さんにするなら、どんな女の子が好みかって。

で、二人の雰囲気へ、鈍感も突き抜けたアスランはねぇ。


『そうだね。僕は、ティアリスが一番だね』


はい、うちの子は、皇女とシャナへ、即答でした。

それとなく売り込んだを装った、そういう女の子二人を前にしてねぇ。


はぁ・・・・・・

母さん、ホント、見ていて面白過ぎたわよ。


だって、皇女もシャナも。

そのせいで、何か妙に結託したと言うかねぇ。

アスランの鈍感が、それで二人は、とっても仲良くなったのだから。


だけど、アレ・・・狙ってやったのだとしたら。


私は、そう抱いた瞬間。

一瞬でも、悪魔の笑みを浮かべるカーラを、アスランに重ねてしまったわ。


-----


ヘイムダル帝国からの親書は、その事を私が知ったのは、ミケイロフ4世陛下と、昼食を交えた会談の最中だった。

親書は、ミケイロフ4世陛下に宛てられたものだったけど。

それから、今度は皇宮へ届いたカーラの通信が、そうして、私宛にも、ヘイムダルからの親書が届いたを知ったわ。


「ふむ。余に届いた親書は、それはシルビア殿へも届いた。更には、シャルフィの宰相殿の話によると。同様の親書が、ローランディアとサザーランドにも届いているとな。そうなると、我らだけでなく。合衆国などにも、届いているやも知れぬな」


今日の昼食の席は、この親書に絡んだ報せもあって。

それから部屋を替えると、今はこうしてヘイムダルの狙いを、私とミケイロフ4世陛下はね。

分かっているのは、良くない陰謀が在る。


「して、此度の招きだが。シルビア殿は、やはり、行かれるか」

「はい。陰謀が巡っているのは間違いないでしょう。ですから、罠も在る筈です。ですが、私は対峙すると決めました」

「そうか。申し訳ぬが、余は動けぬ。余に何かあっても。それでも大丈夫だと言い切れる。そうした頼もしい立派な後継ぎが居ればだが」

「いいえ。アルデリアは大国です。それも、今のヘイムダルに対しては。間違いなく実を伴う対抗勢力でもあります。ですから、ミケイロフ4世陛下には。どうかご自重頂きたく」

「済まぬな。だが、然るべき代理は行かせよう」


自国の利益だけを当然と主張する、今のヘイムダル帝国に対して。

シャルフィ王国を代表する女王シルビアは、そのような身勝手極まりないヘイムダルを、大陸全体の平和を願って創設された国際条約機構の、事実上のトップには相応しくない。


幾つもの報道機関が示した、それこそ、卑劣な蛮行としか言えない所業についても。

どれもこれも事実無根だと、声を荒げるヘイムダルの代表へ。

シルビアは真っ先に、『そんな戯言を聞くつもりはない』を、会議の最中、叱る声で叩き付けたのだ。


そうして、勢いそのままに、シルビアは議長を務めるヘイムダルの代表へ。

宣言とも受け取れる強い声が、明確に不信任を表明した直後。


会議の場に集った各国の代表達は、世界から聖女と謳われる女王の姿勢へ、この時を待っていた。

先ず、ローランディアとサザーランドの代表が、シルビアを支持すると、アルデリア法皇国からは、国皇と法皇が、後を追う様に不信任を表明。

合衆国や他国の代表達も、この時はヘイムダルへ不信任を表明した流れは、再来月の選挙へと至った。


現在は議長職が空席であるため。

定められた条項に基づき、新たな議長が選任されるまでは、法皇が職務を代行している。


選挙は再来月。

そして、立候補の届け出は、来月の臨時総会で受付が行われる。


シルビアは、そのため、今年に入ってからは特に、最も親しいサザーランドとローランディアへ。

次いで、シレジアの件は急遽でもあったが。

赴いたアルデリア法皇国では、国皇と法皇から、選挙の支持とは別に、それぞれシレジアの帰属についても承認を得ている。


他に、直接の訪問こそないが、カサレリア連邦と、サザーランドよりも更に西側のセントグレナ大公国からも。

議長選挙の件では、何れも親書にて、支持を受け取っている。


シルビアの行動は、それを大陸図で見ると、ヘイムダルを大きく包囲している様にも映る。


だが。

それ故に、包囲網を敷かれた側からの招きは、安心も安全も言えないのだ。


ヘイムダル帝国から届いた親書は、内容が、今年の獅子旗杯への招待状だった。


-----


――― 獅子旗杯 ―――


獅子旗杯とは、一言で、武の祭典である。

創設は、今から八百年も遡ると、当時のディハルト皇帝が、帝国の強さ。

その礎に必要な競技大会を設けた、とされている。


現在の獅子旗杯は、参加した武芸者達の、一騎打ちによるトーナメント戦。

また、この大会の優勝者が得られる最もな栄誉は、かの獅子心皇帝の御旗を、寸分違わず模した優勝旗という事が、帝国内では最大級の催し物として知られている。

また、金獅子の御旗を授与される者へ、それに相応しい地位や褒賞までが、皇帝から直々に与えられる事も。

この獅子旗杯へ、より一層の格調を与えていると言えよう。


褒賞について。

率直に言えば、何の爵位もない、それこそ貴族でさえない者が優勝した場合。

皇帝陛下から伯爵位を与えられると、税収を得られる土地や財産も与えられる。


だが、それ以上に、獅子心皇帝の御旗を、家に掲げられる栄誉は、それがヘイムダル帝国では、極みと呼べる。


つまり、それだけの品格と伝統とが、ある祭典へ。

シルビアを含む各国の代表は、本来、当然ある筈の事前の調整も無しに。

親書だけで、来賓客として招待されたのである。


だからこそ、受け取った各国は、そこへ陰謀があるのではを、強く抱くのだった。


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