第7話 ◆・・・ その騎士、鈍感ゆえに ・・・◆
ルスティアール大聖堂を出た所で、アスランは、見覚えのある豪奢な馬車を背に、今は此方へ小走りに寄って来た。
アルデリアでは、白雪姫とも謳われるラフォリア皇女から、「シルビア様から、今は此方に居ると聞きましたので。お迎えに来ました」と、ただ、雰囲気的には、丁重を以ってしても。
今は可愛らしい笑みを浮かべる皇女の誘いを、辞することも出来ない感が、アスランは結局、招かれるままに馬車へと乗り込んだ。
「無礼を承知で、ですが。皇女様が自ら他国の騎士を迎えに来るなどは。それこそ、軽率の誹りを受けるのではないでしょうか」
「あら♪エクセリオン様は、そんな些細ごとを気にしておいでですか。確かに、此処に居ることをシルビア様から聞いたことはそうです。ですが、迎えの件は。それは国皇である父からの命でもあるのです。よって、私は。国皇の命によって、お迎えに上がった。そういう事でもありますわ♪」
なんで・・・ミケイロフ4世陛下が。
昨夜の件も、そうだけどさ。
これも、もしかして、政治的な何かが・・・あるんだろうか。
「エクセリオン様。そんな事よりも。私は、昨夜の件。その事では、エクセリオン様のおかげで。私は参加した方々の前で、恥をかかずに済みました。そのお礼を直接。言いたかったのです」
今朝は、シルビア様とも話したから。
それで、余計に警戒もしないとって、そう思っていたんだ。
だけど。
正面に座るラフォリア皇女からね。
今度は、こうして謝罪されてなんだけど。
一体・・・・何のことを言っている・・・の?
「あの、失礼を承知で。ラフォリア皇女は、一体・・・何のことを言っているのでしょうか」
ここは、思ったままを率直にね。
だって、ホント、何の事って感じだったんだ。
で、そのラフォリア皇女だけどさ。
僕の質問にね。
キョトンとした後、可笑しかったのか、右手で口を隠しながら、笑い出したんだよ。
「私は、昨夜のダンス。そこで、幾度もステップを外していたと。侍従長のララァから指摘されました。ですが、そんな私の拙いダンスは。エクセリオン様が、上手くリードして下さったのです。おかげで恥をかかずに済みました。そういう事ですわ」
あぁ・・・アレの事か。
けど、それは僕が、辛うじて回避した・・・んだけどね。
上手くリードって。
ゴメン。
ダンスで皇女様をリードしたなんて。
そんな事は、全く無かったよ。
と、まぁ・・・ねぇ。
言われて、昨夜のダンスを思い出していた僕を、皇女様は、うん。
まぁ、とっても感謝しているくらいは・・・それは、伝わってきたよ。
ハハハ・・・どう、誤魔化したら良いんだろ。
「皇女様。そのような事は無かったと存じます。私も騎士として、相応にはダンスの指導も受けましたが。何とか踊れるくらいが、精一杯です。付け加えて、昨夜の様な舞台で踊る等は。それこそ、一度も経験がありませんでした。寧ろ、皇女様の足を踏まずに終えられたのを。安堵していたくらいです」
「まぁ♪エクセリオン様は、とてもお優しい騎士様なのですね」
此処には、シルビア様も居ないしさ。
と言うか、僕は皇女様と二人で、馬車に乗っているんだ。
だいたい、今朝の新聞は、どれも皇女様の写真と記事が、多く載っていた事もそう。
アルデリアの政治には、勿論、関わるつもりも無い。
そういう意味でも、今は変な誤解をされないように、そのためには、近付かないのが一番も理解っているんだ。
でも、まぁ・・・・結局ね。
ゆっくり走る馬車が、皇宮へ着くまでの間。
僕は、皇女様の話し相手を、昨夜のダンス並みに、神経を擦り減らして務めました。
そうして、皇宮へ到着した後。
そこで知ったんだけどね。
僕の知らないところで、シルビア様は、ミケイロフ4世陛下から、シャルフィの騎士団長のことを、せっかくの機会だからと、諸侯にも紹介したい。
で、会談中に相談を受けたシルビア様はね。
戻ってきた僕へ、そういう訳だから、ちゃんと御挨拶をするように・・・って。
ハハハハハ・・・・・・
ただでさえ、ついさっきまで神経擦り減らした僕に、ナニ・・・その仕打ち。
僕の精神力は、昼食会を終えたところで、枯渇しました。
-----
昨夜の様な行事ではないにせよ。
シルビアは、今宵もまた国皇から、夕食の席へ招かれている。
だが、外交を目的として、それで赴いている以上は、誘いを断る理由もない。
ただ、午前中の会談からして、国皇が我が子へ強い関心を抱いている。
そういう印象は、会話の最中からも色濃く伺えた。
「今朝は昨夜の感想も、聞いていたからだけど。気を遣い過ぎていたのでしょうね」
午後は特に予定を、設けていなかった。
否、自身の休息を考えて、予め、こういうスケジュールにして貰った事が、結果的に良かったと、今も思える。
諸侯も集った昼食の席で、国皇から直に挨拶を求められた可愛い我が子は、シャルフィの騎士団長として、そこは見ていて実に堂々とした振る舞いが、とても誇らしく思えた・・・・・・
けれど、まぁ・・・頑張り過ぎた息子は、ホテルへ戻って来るなり、早々にダウンしてしまった。
きっと、精神的に相当な疲労を、溜めていたに違いない。
今はベッドに沈むと、起きている時には見られない。
こんなにも可愛い寝顔を見せてくれる。
深く眠る息子の、その原因となった気疲れには、やはり、年相応の子供なんだと・・・・・・
ベッドの傍に椅子を置いて、そうして自らは、可愛い寝顔へ幸せも抱けるシルビアを、反対側からはティアリスが、此方も椅子に腰掛けると、静かに見つめていた。
「ティルフィング殿。聞いても宜しいでしょうか」
主を見つめるティアリスは、その耳へ届いた女王の声へ、無言のまま、ただし、視線だけは起こした。
「ティルフィング殿は、午前中。その、アスランと何処へ行かれていたのでしょうか」
「我らがかつて、この地で挑んだ決戦の場へ。姉様からは、それをマイロードにだけは。見せておくようにと」
「歴史によれば、聖戦の最後は、此処ルスティアールだと記されています。私も、そのくらいには知っていますが」
「はい。そこは事実、その通りです。詳細は話せませんが。午前中はルスティアール大聖堂へ赴いていました」
「そうですか。私も何度か、ルスティアール大聖堂へは行ったことがあります。確か。ルスティアール大聖堂の祭壇。それは終戦後に建てられた最初の聖堂。その時の祭壇を今に残している。そういう意味でも、歴史的に価値のある遺産だと習いました」
「はい。それもまた事実です。私は、そこへマイロードを案内すると共に。当時の聖戦を少し話しました」
「そうだったのですか。では、その聖戦の話を。それは私には明かせない、何かなのでしょうね」
「女王陛下。歴史が必ずしも、真実のみを伝えて等いないくらい。それを察して頂きたく思います」
我が子がティアリスと親しく呼ぶ妹君は、誠実で真っ直ぐな人柄くらいを、それは私も理解っています。
だから、可愛いアスランは、そんな妹君を特に頼っている。
母である自分よりも、時に上に置かれた感もある妹君には、それで理解っても。
やはり、複雑を抱くこともあったのです。
「女王陛下。私からも、尋ねて宜しいでしょうか」
「私に答えられる事であれば」
「単刀直入に、お聞きします。親子の繋がりを、女王はいつ明かすつもりでしょうか」
ティルフィング殿から向けられる。
ツァボライトとも、グリーンガーネットとも呼ばれる彩度の高い緑の宝石。
それとさえ例えられる瞳が、今も真っ直ぐ私だけを捉えて動かない。
「本心で。最初、私は、アスランを王宮へ連れて来た後。その時には明かすつもりだったのです。なのに、明かせないまま。ただ、本当に今でも。明かしたい気持ちはあるのです。ですが、アスランを傍で見るようになってから。私は、アスランへ胸を張って。私が貴方の母です、と。アスランの在り様を見ていると、自信を持てなくなって・・・・どうしても、怖さを抱くのです」
女王の言葉は、それが私にも、嘘偽りがない。
それこそ、真摯な思いだと、そう受け止められました。
「女王陛下。貴女は、それで確かに。初めて会った時と比べて。少なくとも。私には、王として相応しく在ろうを。そう変わろうと努力したくらいも。見受けられました」
「中央兵舎で起きた事件が。その時のアスランを見て。私は、あの姿勢こそが騎士なのだと。同時に、王位に在る私自身が。至らなさ過ぎたと、強くそう思わされました」
「でしょうね。かつて、私がシャルフィの騎士団長を務めた頃と比べても。あの時の騎士達には、カミツレを掲げさせられないを、憤りと共に抱きました。ですが、今は違います。マイロードがそうであるように。そんなマイロードに感じ入る者達によって。良い方へ変わってきたくらいも。今は、そうも感じています」
「ティルフィング殿。私は、なるべく早く。アスランに明かすつもりです。ただ、今直ぐはダメなのです。私は、アスランから立派な王だと、心底思われています。ですから、それに相応しいだけの実績を示した後。その時には、何故、孤児院へ預けたのかを含めて。全てを明かします」
「一つだけ。なるべく早くとは。具体的な時期が、あるのでしょうか」
私へ対して、女王は、腹を割って話している。
だからこそ、私も、此度は踏み込んで尋ねた。
この尋ねへ。
女王は、私を真っ直ぐ見つめながら、先ず、無言のまま頷いた。
「私は、現在のヘイムダル帝国の暴走にも映る行為を。それを先頭に立って、抑えるつもりです。そのためにも。再来月、つまり八月です。その時に開かれるリーベイア大陸国際条約機構の総会において。私自らが議長へ立候補します。その上で、議長となった時には。ヘイムダル帝国が犯した罪を、当然と裁きます」
「では、その時に。女王は素性を明かされる、のですね」
「はい。私は、アスランの在り様に。私自身が、それくらいをして示さなければを。ですから、今直ぐはダメなのです」
女王へ対して、私は、初めて会った時には、そこまでの器量だとは抱かなかった。
だが、今の決意には、真に王位に相応しい器を、示そうも伝わって来た。
「女王陛下。私は、貴女がそれを示せる。その時が来ることを望んでいます」
コールブランドは、確かに王を育てる。
此度は、コールブランドが育てた主の在り様が、それで、至らない女王を、相応しく在ろうへと触発したのだ。
もし、これをコールブランドが、最初から目論んでいたのだとしたら。
コールブランドと姉様との盟約は、今は、それを何も知らないマイロードへ。
・・・・・コルナもコルキナも。やはり、そうだったのですね・・・・・
至った私は、そうして眠るマイロードの寝顔へ。
いつか、コールブランドの想いを、それをマイロードに叶えて欲しい。
そう思わずには、どうしても居られないのでした。
-----
アンジェリークにとって、例え血の繋がりは無くても。
義妹のシャナは、代えられない存在を言い切れる。
教会総本部へ異動した後、私は、そこで法皇となったスレイン神父。
いいえ、今はもう、スレイン猊下と、そうお呼びしなくては、いけないのですが。
ですが、そのスレイン猊下は、私を側役の一人へ配しました。
『シスターアンジェリーク。貴女とは時々で構いません。同郷の、シャルフィのことを語らえたなら。そういう私の話し相手も、して頂ければと思います』
スレイン猊下は、シャルフィの孤児院で、そこで初めて会った時から、何ら変わっていませんでしたわ。
私は、それからですが。
本部で働くようになって以降は、そうして、時々は猊下の話し相手を、今も務めています。
と言っても。
私と猊下の話は、そこへ、アスラン・・・様も付けなければ、いけませんわね。
アスラン様は、シャナと猊下へ、毎週必ず便りを送っているのです。
ですから、私と猊下の話題は、いつも必ず、その便りの中身になるのです。
昨日は、愛しのアスラン様と一時間くらいであっても。
その時間を楽しめたくらい。
私は、夕食の会話中、その時の幸せな笑みを浮かべるシャナを映して。
アルデリアへ連れて来た事を、ですが、やはり、後悔も抱きました。
なのにです。
今朝の新聞。
そこに映るアスラン様の写真は、記事を読んだシャナが、先に読んで妬くだろうも抱いた。
そんな私の予想を裏切ったも言えます。
新聞を前に、お腹を押さえて、それくらい可笑しそうに笑っていたシャナは、私も初めて見ました。
『お義姉ちゃん。この新聞だけど。記者さんは、アスランのことを全然分かっていないのね。私は、写真を見ただけで分かるよ。この顔は絶対、距離を置きたがっているって』
シャナさんは、孤児院で友達になった時から。
それからずっと一緒の時間を過ごしてきたから、だから、理解るそうなのです。
記事を読んだ私には、ラフォリア皇女がアスラン様に、強い関心を持っている。
ダンスを、それも一曲を踊った相手なら。
そういう記事には、深読みのし過ぎでは、も抱きましたが。
勤め先で、そこで同僚達から聞いたことを、当て嵌めれば。
アルデリアのダンスは、一曲が長く、それから、間奏を多く取り入れる、のだそうです。
踊る者達は、その間奏ごとに、パートナーを替えることで、中には将来の伴侶を、そういう出会いの場としても。
アルデリアのダンスは、そのような意味合いも、あるのだそうですわ。
ですから。
今朝の新聞を、同僚達の会話は、皇女殿下がシャルフィの歳近い騎士へ。
一曲を最初から最後までなら、もしかすると、何年か先には、公に婚約さえも交わすのでは等と。
私なんか。
まだ、そういった出会いすら、無いのですが・・・・ね。
だから、先にシャナさんの話を、聞いていなかったら。
それを考えると、アスラン様には、私の大切なシャナを袖にしたら・・・・・・・・・・ですわ。
はぁ・・・・・・ホント。
アスラン様は、それで確かに、まだ子供ではありますが。
私は、同僚達との会話を、そこでは適当に合わせましたが。
何処かで一度。
そう、一度はお会いして、しっかりと杭を叩き込んで置かなければも、腹立たしく思いましたわ。
それくらい、シャナを大切に思う私へ。
なんと、スレイン猊下から、機会が到来したのです。
私は、猊下へ伏して願い出ました。
――― どうか、その席へ。シャナも同伴させてください ―――
猊下は、勿論そのつもりだったと。
だからこそ、私を呼び出したのだと。
それを受けた私は、シャナの通う学校が、今頃は授業が終わるもありました。
猊下からの許可も頂いた私は、それこそ大急ぎで、シャナを迎えに走ったのです。