第6話 ◆・・・ 全容を今は未だ ・・・◆
突然って言えば、突然だった・・・かな。
いきなり、ユミナさんが現れて、『午前中の警護ですが。アスランには、この機に是非とも見に行って欲しい所があります。そういう訳ですから。警護は私が代わります』ってね。
あと、詳しいことは全部、それは案内してくれるティアリスから聞くようにって。
で、シルビア様も許可してくれたので。
僕は、今日の午前中。
自由な行動を許されました。
まぁ、それで・・・今は、だけど。
僕が赴いた先は、昨日も訪れた、教会総本部なんだよね。
あぁ、でもさ。
正確には、教会総本部の敷地内に在る・・・・扱いだった筈。
地図で見ると、教会総本部って所は、大きな一つの区画なんだよね。
で、まぁ・・・これも立派なお城にしか見えない総本部の建物からは、目と鼻の先。
僕は今、ティアリスと二人で、ルスティアール大聖堂へ来ています。
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そうだねぇ。
ルスティアール大聖堂だけど。
見た目は、シャルフィの大聖堂とも、似た造りかな。
最初にそう思った部分は、でも、直ぐに答えが分かりました。
『リーベイア大陸に在る、全ての大聖堂ですが。建物自体は此処、ルスティアール大聖堂を模して造られました』
教えてくれたのは、大聖堂の職員さんです。
それで、これも歴史を遡るのですが、同じ大聖堂でも、昔は見た目の印象が、地域ごとに異なっていたそうです。
ただ、印象が異なることで、信者達からは、等しい信仰の妨げにもなる。
そういう声も多かったのだとか。
と、まぁ、そんな経緯があって。
今から七百年くらい前に、大聖堂の造りを統一したのだそうです。
なので、それ以後は、新築も改築も。
ルスティアール大聖堂を模倣した造りになった。
という歴史が在るのだそうです。
「マイロード。此方へ」
アスランの足は、赤い絨毯が敷かれた大聖堂の身廊を、奥の祭壇がある内陣の方へと向かっていた。
身廊は、今は自分とティアリスの二人だけ。
アスランの知る身廊とは、本来、礼拝それ自体は自由である。
よって、そのための出入りもまた、開放された時間帯なら自由の筈。
今回は偶然なのか、訪れた大聖堂の身廊には、職員も含めて、誰一人いなかった。
「ティアリス。ユミナさんが言ってたことだけどさ。それって、祭壇の裏側にあるの」
身廊へ入った瞬間、ティアリスの姿は祭壇の傍で、そして、この裏側だと、仕草で僕へ示していた。
「マイロード。今から赴く先ですが。決して他言しないでください」
「うん。分かった」
「では、参りましょう」
別にね。
真剣なティアリスの表情だけでさ。
僕には、それが、とても重い意味のある何か・・・くらいは分かるんだよ。
秘密にしなければならない理由。
それが何なのかは、分からない。
でも、ティアリスが今も、伏せなければならないのには、確かな何かがある筈だって。
祭壇の裏側は、何の変哲もない白い壁・・・だね。
大人が二人くらい並んで歩ける程度の通路で、ホント、何もないんだ。
だけど、通路の真ん中くらい。
ティアリスの片手が触れた壁は、そこで淡く光るマナの流れが、僕も未だ見たこともない魔法陣を、すうっと浮かび上がらせた。
そのまま、瞬きする間もない中で、僕はそれまで立っていた祭壇の裏側とは全く違う。
映る景色を端的に言うと、観光雑誌で見たことのある鍾乳洞。
それとよく似た薄暗い場所へ、何故か僕は立っていた。
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「ティアリス。此処って」
「マイロード。此処は、かつての聖戦が、その終焉の地。ですが、歴史には刻まれなかった。もう一つの聖戦の・・・・跡地です」
「もしかして、だから・・・ティアリス達の名前だけは、今の歴史資料に載っていない。それとも関係あるのかな」
高等科の教科書でも、それから、大学で使う教科書や資料でも。
僕はね。
そこにも、ティアリス達の名前が載っていない。
この疑問はね。
もうずっと以前にも、ティアリス達に聞いたことがあるんだ。
だけど、『名を残したくて戦ったのではない』って。
それを、ティアリスだけじゃなく。
あのレーヴァテインまでがね。
なんて言うか、こう・・・雨でも降るんじゃないって思うくらい、真顔で言ったんだよ。
そんな訳で、この疑問は、何となくだけど、触れない方がいい・・・そう思うことにしたんだよね。
それから、教科書や資料には、騎士王直属の聖騎士団とか、親衛騎士団とかって表現しか載っていないんだ。
他にも、歴史を研究している・・・・で、僕はテッサ先生にもね。
あぁ、ものぐさフリーダムな婆ちゃんの方は、うん。
そっちはね。
最初から当てにしていなかったよ。
テッサ先生はね。
自分も気になって、調べた事があるって。
だけど、詳細を記した文献は今も見つかっていない。
だけど、テッサ先生は、未だ解読さえ始まっていない文献も多くある。
それと、未発見の文献には、詳細を知る手掛かりが在るかも知れない。
『私は、そうした新発見の感動をですね。その時にしか味わえない部分に魅せられたせいで。こういう今に至ったのですよ』
そんなことを、楽し気に話してくれたテッサ先生だけどね。
僕が、その事を知りたいのなら。
やっぱり、自分で直に調べるのが、かかった時間も含めて有意義になる。
テッサ先生は、本当に良い先生です。
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案内だから、それで僕の前を歩くティアリスは、後ろ姿だから、表情は見えないんだけどさ。
でも、尋ねた事には、懐かしいのかな。
そういう思い出しの笑いが返ってきた。
「フフフ。マイロードが私達へ、何故、名を残していないのかを気にされていた事ですが。私は名を残したくて、それで剣を取ったのではありません。ですが、そういう部分とは全く関係ないところで。私達は、人間としての理から外れたのです。故に、人々の歴史には。存在しない扱いとなりました」
歩く足は止めず、そうして、今は振り返りもしない。
ただ、懐かしいも感じられるティアリスの声からは、僕にはね・・・・何の躊躇いも無かった。
それくらいも感じ取れたんだ。
「ちゃんとは聞いていなかったからだけどさ。ティアリス達は、元は人間だった。でも、今は神様だからさ。その聖戦の何処かで。人間から神様になった・・・のかな」
「その通りです」
「踏み込んで聞いちゃいけない・・・事だよね」
「私も、それからレーヴァテインやミーミルも。あとはマイロードが未だ会っていないだけで、他にも居ますが。我らは、皆・・・・姉様だけを犠牲に等したくなかった。後に聖戦と称される、あの戦いですが。真実、人も神も、精霊や獣にとっても。このリーベイアを守るため。そのためには、無傷ではいられなかったのです」
「ティアリス達は、人間から神様になった。きっと、そうしなければ守り切れない。何かが在ったんだよね」
「そうです」
「だけど、人から神になった事で。それで人の理からは外れた。そうして、外れた事が・・・だから、人の歴史からは。名が残らない、つまり、存在しない扱いになった。で、いいのかな」
「その通りです。ですが、そんな些末なことを、私は、今も後悔していません」
「そっか。じゃあ、僕はティアリス達へ感謝しないとね。この世界が在るから、僕は生まれて来れたんだ。だから、世界を守ってくれて。本当にありがとう」
僕が、ただそう思った感謝だけどさ。
だから、そんな仰々しい事じゃないんだけどね。
足を止めて振り返ったティアリスは、僕を真っ直ぐ見つめながら、片膝を着いて畏まったんだ。
「たとえ、人々から知られない存在になったとしても。私は、その事を。寂しくも悲しくも思いませんでした。ですが、今こうして。マイロードから頂けた感謝へ。私は、この胸が張り裂けそうなほど。それくらい満たされました。マイロードへ剣を捧げられた事を、今再び幸せの極みと思うことが出来ます」
「ティアリス。僕の感謝は、ただ、普通にそう思っただけの事だよ。だから、そんなに大げさに受け取らなくて良いからね」
「何を言いますか。マイロードの感謝には、いかなる褒美も霞むでしょう」
これが、肉大好きのレーヴァテインならね。
お肉がご褒美の方が、きっと喜ぶはず。
やっぱりティアリスは、そういう所も含めて、固いけど・・・ほっとけない性格なんだよね。
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僕が歩いている鍾乳洞の様にしか見えない洞窟・・・で、良いのかな。
因みに、ティアリスから聞いた限りでは、祭壇の裏に、秘密で特殊な仕掛けを施した扉が在る。
要するに、さっきの魔法陣は、その特殊な仕掛けなんだそうだ。
今はルスティアール大聖堂と呼ばれる場所は、それも聖戦の直後だけどね。
この洞窟を隠すために、最初の聖堂を建てたそうだ。
で、何れは改築なり新築も予想できた。
だから、こうして魔法陣を使った仕掛けが施された・・・だけでなく。
新築する際にも、これだけは絶対に動かしてはならない。
そういう部分を後世へ残した事で、祭壇だけは、今も残っている。
僕が、ちゃんと見ていなかったから、もあるけど。
ルスティアール大聖堂の祭壇は、僕が裏だと思った場所。
間近だったから、余計、気付かなかったんだけどさ。
祭壇は、大雑把に階段のような造りなんだ。
それで、僕が裏だと思った通路は、確かに通路には違いないけど。
通路の天井には、正面から祭壇を映すと、行事などで使う聖杯とかが置かれている。
聖櫃とかは、もっと上の方だね。
「それにしても、ルスティアール大聖堂の。地下・・・で、良いのかな。こんな大きな鍾乳洞が在ったなんて」
「マイロード。此処は確かに、それで鍾乳洞の様にも映りますが。しかし、映る鍾乳石は、その全てが此処で死んだ。言わば死骸が素となって出来たものです」
薄暗いから不確かだけど。
僕が歩いている所を中心にして、両側は何れも百メートルくらいある。
天井の高さは、此処まで来た中で、何となくでも二十メートルくらいはあるはず。
洞窟は、ずっと下へ向かって、平坦じゃないけど、緩やかな下り坂を歩いている感じ。
ただ、一本道を歩いている感覚でいられるのは、それは前を歩くティアリスのおかげだ。
そうじゃなかったら。
こんな道なき道・・・・どこが道なのかも、僕には分からないよ。
そうして、気付けば歩くこと三十分くらい。
時計の針が、十一時へ近付いた頃。
僕は、広大で天井がとにかく高い、ドーム状の場所へと着いた。
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アスランから見たそれは、知っている大人の中でも、一番背が高く身体の大きいバーダントを寝かせたところで、更に余るほど大きい。
見た瞬間にはそうも抱いた、岩のテーブルの様なそれを、ただ、鏡の様に磨き上げられたかにも映る面の部分には、彫り刻まれた何かしらの紋様も映った。
これも恐らくは魔法陣だろうと、そう抱いたアスランの無意識が、真剣も見て取れる面持ちと、食い入る様な視線を横目に映しながら。
これが、かつては生贄を捧げて行われた、単に忌まわしい程度では軽過ぎる儀式の祭壇だと。
此処へ来て、その当時を映したティアリスの意識は、ただ、呼吸は静かに息を吐きだした。
「マイロード。これが、表には一切明かされなかった。当時の名残です。それから、この祭壇ですが。マイロードが知る表現で言えば、邪教の教徒達が、この祭壇を用いて邪神へ生贄を捧げるのに使われた。そういう場所でもあります」
「生贄の儀式が在ったくらいは、授業でも習ったけど」
「奴等は、薬物で意識を奪った若い娘をこの祭壇へ寝かせ、儀式の中で生きたまま切り刻む。その生き血を使って、忌まわしき神を招来させました」
「生贄にされた人は・・・・殺されたんだよな」
マイロードの声が、この瞬間に普段とは異なる。
明らかに憤りを内に抱えたくらいを、それ程度は、私にも分かりました。
「殺された、という表現は、確かに間違いではありません。ですが、より正しく言うのであれば。招来された異形の化身が、全て食い尽くしたのです。私や姉様は、そんな化け物を相手に。歴史には記されない聖戦を戦いました」
「何となくだけどさ。きっとね。ティアリス達は、そういう相手が敵だと知ったから。それで、人のままでは勝てないも理解っていたと思うんだ。だから、人の理を外れた・・・のかな」
「その通りです。当時の戦乱の中で、私達は、真の敵が禍々しい以上に、この世界を滅ぼせるほど強大なのだと至りました。そして、当時の私達には、それと相対できる程の力が。ありませんでした」
「騎士王の事はね。聖剣伝説物語でも、女神と精霊王から祝福を受けたって。カリバーンは、その証なんだよな」
「ええ、それも事実です。ですが、聖剣カリバーンは、人間には扱えない力だったのです。姉様は、その力を使えるようにするため。女神と精霊王の血を、その身に宿しました」
「それって。ユミナさんは、じゃあ。その時に人の理を外れた・・・でも、それだと。なんで歴史に騎士王の事は載っているの」
「騎士王ユミナ・フラウ。という作られた記録を、後世へ。故意に残したのです」
「じゃあ、本当は・・・ユミナ・フラウなんて人は存在しなかった」
「いいえ。姉様の名がユミナなのは、そこは間違いなく事実です。私と姉様は、邪教によって滅んだアリティア王国の中では最下級の貴族。最下級ゆえに、爵位も無い貴族ではありましたが。ミュセル・・・それが、私と姉様の家名です」
「えっと・・・それだとさ。シャルフィ王国の建国の祖。その辺りも。ティアリスの話だと、故意に作られたのかな」
「全てを偽りで。そういう事ではありません。姉様が建国の祖である事は、それは事実です。マイロードも知るシャルフィの建国は、ユミナ・フラウ・フォルセティを初代として誕生しました。現在の女王がシルビア・フォルセティである事も。それは、姉様の血脈だからです」
「まだ、完全にって訳じゃないけど。重要な所で辻褄を合わせた。そういう嘘を紛れ込ませた・・・それを、僕は歴史として学んだ・・・のだろうね」
「マイロードには何れ。その時が来れば、全てをお話ししたいと思います」
「うん。じゃあ、その時が来るように。それって、もっと成長しないと聞けなさそうだからね」
私がマイロードから感じ取った憤りは、それも今は、落ち着いたようです。
来月には七歳の誕生日を迎えるマイロードですが。
こうして言葉を交わし慣れたせいか。
子供には思えないも、それも慣れと言えば、そうなのでしょう。
ですが、私は、マイロードのこうして向けてくれる。
子供らしい笑みが、このまま曇ることなく育まれればを・・・・・
マイロードには故あって、話していない。
この場には、当時の結界が、それも今も残っている。
昨日の内に訪れた姉様達の話でも、それから、こうして自分も直接確認した。
――― 邪神を封じた結界には、今も問題は起きていない ―――
「マイロード。女王から許された自由時間もあります。そろそろ戻りましょうか」
この場所へ訪れたマイロードが何を思うのか。
此度は深く考えるだろう、部分も話している。
「ティアリス。シルビア様がお昼は一緒にって。今からだと、少し急がないとギリギリだな」
「そうですね。では、少し走りますが。いいですか」
伺った私へ。
マイロードは、私の片手を握ると、そうして足裏に感じ取れた、恐らくは上位のマナ。
私の身体は、手を繋ぐマイロードのマナによって、この空を飛ぶような感覚を得ると、最初の場所へ。
今少し手を繋いだままでいたい・・・・・・
そんな風にも抱いた、私の名残惜しささえ。
それくらい、帰り道は、あっという間だったのです。