第5話 ◆・・・ 因在る故の縁 ・・・◆
シルビアとアスランが、アルデリアの首都ルスティアールへ訪問した翌日は、朝から街中が騒がしい、そういう空気に包まれていた。
この騒がしい空気を生み出したのは、ルスティアールの街中で売られている、今朝の新聞だった。
売り場では、普段の新聞とは別に、今朝は号外も目立つ中、手にした者達の関心は、国皇主催の晩餐会の模様へ。
そこで最も注目を集めたのは、紙面を大きく占めた、聖女と卓を囲んだ国皇と、その席へ招かれた法皇の三者が、和やかだったも思わせる微笑ましい表情を映した一枚の写真・・・・ではなく。
裏面へ続いた記事は、国皇が主催した晩餐会へ。
公には初めて姿を現した、白雪のような美貌を持つ皇女が、歳近い黒髪の少年と、やや興奮気味も伺わせる赤らめた面持ちながら。
とても楽しそうな笑みで、活き活きと踊っている数枚の写真へ。
今朝の新聞を手にした者達の、一様に胸内を占めた強過ぎる関心は、それで普段は新聞などを買いもしない者達までが、結果、売り場の多くを、瞬く間に完売へと至らせた。
ミケイロフ4世に、白雪姫と謳われる美貌の皇女がいる。
そのくらいは、アルデリアの民ならば、知っていて当然だった。
ただ、公に姿を現すのには、年齢的に未だ早い。
アルデリアに古くから残る慣習は、そこで皇子や皇女が、公にお披露目されるのは、それが十三歳くらいの頃。
それまでは、祝賀行事等で、その時に皇宮側が報道機関へ提供する写真くらいしかない。
だから、もある。
ラフォリア皇女は、今年の誕生日を迎えて、それでようやく十歳になる。
にも拘らず。
昨夜の晩餐会の席へ、つまりは、公の場へ参加したのだ。
これまでにも皇宮側から提供された写真で、それによってラフォリア皇女を、白雪姫と呼ぶようになったのは、最初にそう表現したのが報道機関であっても。
その表現を、自らも同感と声にしたのは、アルデリアに生きる民達である。
まぁ、愛らしく美しい皇女・・・というだけで集まる、人気もそうだが。
不思議なことに、容姿が整っているという事は、それだけで人気が集まるらしい。
故に、この不思議は、アルデリアの民の間でも、同様だったと言えよう。
そんな皇女が、未だ数え十歳にも拘らず、公の場へお披露目された、も受け取られる写真と記事は、ある部分へ、関心の矛先が突き立てられた。
写真に写る皇女と、最初に踊った男子は一体・・・・・・
少なくない数で生まれた勘ぐるような思惑は、民達とは別に、アルデリアの各諸侯の方が、こちらは安穏ではいられないを、互いに抱かされたのである。
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僕もね、この晩餐会には、シャルフィ王国騎士団長として、出席しました。
と言うかさ、本来は警護役として、それでシルビア様の傍に控える。
僕の仕事は、本当は、こっちだったんだ。
だけど、ミケイロフ4世陛下から、シャルフィ王国の騎士団長であれば、礼をもって遇したい。
で、シルビア様もね。
せっかくの機会だからって、晩餐会には、騎士団長として出席するようにだってさ。
おかげで、最近は全く練習すらしなかったダンスを、それも、ラフォリア皇女から、突然申し込まれて。
僕は結局だけど、晩餐会の中で、あんなに注目される場所でだよ。
一番最初に皇女様と二人、みんなが見ている前で、ダンスをする羽目に遭ったんだ。
付け足し。
僕は、辛うじて回避出来たけど・・・危うく、皇女様の足を踏むところでした。
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「ララァ。私のダンスは、完璧だったでしょう」
昨夜は公式行事へ、十歳の誕生日よりも早くに参加した。
その事が、ラフォリアの胸内で、一夜明けた今になっても、興奮から覚めさせずにいた。
だが、この時のララァは、興奮を隠せないでいるラフォリアを映しながら。
ただ、首は小さく横へ振った。
「ラフォリア様。昨夜のダンスですが。私の口から言える事は、アスラン殿のおかげで。ラフォリア様は、恥を晒さずに済んだのです」
「ララァ。それは、どういう意味ですか」
「ダンス中。その時のラフォリア様は、幾度もステップがズレていました。そして、アスラン殿は、本来の位置よりも大分ズレた。そんなラフォリア様の、足を踏まないように相手を務められました」
「貴女がそう言うのでしたら。それは事実なのでしょう・・・ね」
ララァの感想は、昨夜を満喫できた私にとって、聞いていて面白くありませんでした。
ですが、私は、ララァの発言は間違っていない。
何故なら、ララァが、どのような人物なのかを、私は理解っているのです。
ですから今回、あの場に控えていたララァの感想が、そういうものだったのであれば。
つまり、私は不出来なダンスを、諸侯も見ている中で、演じていた事になります。
「ラフォリア様。ですが、そう落ち込む事でもありません。確かにラフォリア様のステップは、それが本来の位置よりも、大きくズレた事はそうです。然しながら。躍動に満ちたラフォリア様の、熱情溢れるダンスには。見る者の心を強く打つ感動がありました」
「お世辞でも。そう言われると、嬉しいものですね」
「いいえ、世辞などではありません。ただ、正直に驚きはしました」
「そう。私は、ララァを。驚かせられたのね」
「はい。ラフォリア様のダンスには、そこへアスラン殿を振り向かせたい。そういう熱い感情が、はっきりと乗り移っていました」
「!!」
瞬間湯沸かし器。
そうも言えそうなくらい、この瞬間のラフォリア様は、ポンっと弾けた様に赤く染まられました。
・・・・・私から見ても。アスラン殿は間違いなく、美少年に映りました。姫様もやはり、そういう所は他と大して違わないのでしょう・・・・・
顔を真っ赤に染め上げたラフォリア様は、それはもう・・・・可愛いらしいを、満開にしていました。
口にされたことは、それはまぁ・・・・・支離滅裂でしたが。
ですが、姫様に、この様な面白い一面が在ったなど。
そういう意味では、私はアスラン殿を連れて来られたシルビア女王へも、心からの感謝を送れるでしょう。
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シルビアとアスランは、ルスティアールでも歴史の古い、だが、それ故に醸成された品格が、格調の高さを伺わせるホテルの最上階を、手配したミケイロフ4世の好意を受ける形で、昨夜は遅い時間に床へ就いた。
「やはり、晩餐会の事は、記事になっていますね」
昨夜の晩餐会は、そこへラフォリア皇女が参加した。
シルビアは、それで間違いなく新聞に載るだろうを、だから、ホテルの部屋へ案内された後で、此度は態々案内を務めた支配人へ、翌日の新聞を頼んでいた。
普段なら、既に執務へ入る時間帯に目を覚ましたシルビアは、それから簡単な身支度を整えると、先に目を覚まして、既に身形を整えて控えている・・・・・・
眠る時には一緒だった我が子の、今の距離感へ。
理解っていても、やはり、寂しいが胸の奥で溢れていた。
遅い時間に到着した事を、それがあるからの配慮は、他よりも遅い朝食の折に届けられた幾つかの新聞へ。
今日の予定もある以上は、故に手早く済ませたシルビアも、ただ、食休みのこの時間を利用して、今は頼んでおいた新聞へと、視線を落としていた。
「昨夜のアスランは、皇女様を相手に。良く踊れていましたね」
「ああいった場所でするダンスは、初めてもそうですけど。本当に疲れました」
「あらあら♪剣術の試合では、半日ぶっ通しでも。全然平気そうなのにね♪ダンスは30分程度で、クタクタですか♪」
「体力じゃなくて・・・・神経を使い過ぎて疲れました。だいたい、なんで僕が、皇女様のダンスパートナーなんですか。相手なら他に相応しい方々が、もっと居ましたよ」
不満を隠さない我が子の、まぁ、そう思う所も理解ります。
確かに、晩餐会には、アルデリアの貴族とも呼べる、諸侯が集まっていました。
そして、諸侯の中には、皇女と歳近い男子が、これも幾人もいました。
アスランは、だからこそ、自分が皇女からの不意打ちのような申し込みへ。
フフフフ♪
ホント、アスランってばねぇ♪
どうして、こうもモテるのかしらね♪
「アスランは、カーラから。アルデリアの資料も、貰っていますよね」
「はい。内容は全部、頭の中へ入れてあります」
「そうですか。でしたら、皇女が何故。ダンスのパートナーに、諸侯の歳近い男子を選ばなかったのか。見えてきませんか」
「考えられるのは将来の主導権争いかと。それを皇女が、自らの意思で避けた。ですが、恐らく。今回はミケイロフ4世陛下が。その事を避ける目的で、皇女へ僕を選ぶように仕向けた・・・・でしょうか」
「ええ、そういう見立て方なら、線が繋がるでしょうね。ラフォリア皇女は、周囲から白雪姫と謳われるくらいの美少女でもあります。加えて、公式行事への初参加でもありました」
「つまり、公の場への・・・披露目も兼ねていた故に。そう計らわれた、もある・・・でしょうか」
「ええ、その通りです。アルデリアの皇制は、これも今は未だ、比較的に安定にあると言えるでしょう。ですが、皇女が何れ戴冠する際には、その安定が。以後も維持されるとは限りません」
「つまり、シルビア様は、現在のアルデリアの安定へ。ただし、未来には不安要素があるを、言いたいのですね」
「悪い方へ傾かなければを、私は願っています。そして、ミケイロフ4世もまた。そこは同じでしょう」
「なるほど、だから・・・・昨夜は僕が選ばれた。政治って、ホント面倒ですねぇ」
既にこういう会話が出来る事へ、シルビアは、会話の相手がカーラであれば、何も抱かず自然でいられる。
ただ、カーラとするような会話を、それを我が子とするのには、今でも胸内を複雑が満たす。
けれど、我が子の政治へ対する感想が、面倒。
その感想だけは、表情までが面倒臭いも理解る面持ちへ、自然、シルビアも思わず笑ってしまえた。
アスランは、本当に賢い子供だと。
それは、母である自分も、間違いなく事実だと思っている。
だけど、はぁ・・・・・・
・・・・・ホント、どうしてアスランは、此処まで鈍感さんなのかしらねぇ・・・・・
昨夜の晩餐会で、そこに映ったラフォリア皇女のダンスは、アスランだけを映した、熱を孕んだ瞳も表情も。
踊り終えた後の、火照っている印象もそうだった。
そもそも、アルデリアのダンスは、一曲が他所よりも長く、しかし、間奏を多く取り入れる。
踊る者達は、この間奏を上手く使ってパートナーを変えるなど。
或いは、曲の途中に流れる間奏から舞台へ上がる事さえ。
ところが、ラフォリア皇女は、長い一曲を終始。
アスランだけを相手に踊り切った。
結果、披露目の場だからこそ、皇女が踊り終えるのを待っていた者達は、30分程を待たされた・・・とも言える。
しかし、裏を返せば・・・・故に、胸内を穏やかには出来ない者達も居た筈だろう。
一方で、皇女の相手を務めた息子には、あれだけ露になった感情くらい。
普通は気付いても、いい筈。
なのに。
どうして。
うちの息子は、気付けないのだろうか。
ホント、アスランのそういう所だけ。
母さん、とっても悩ましくなるわぁ。
「はぁ・・・あれじゃ。シャナも苦労するでしょうねぇ。同情できるわ」
「シルビア様。シャナが苦労って。どういう事ですか」
「え!?あはははははぁ・・・そうねぇ。今のアスランには、きっと理解出来ないことですよ」
「僕には理解出来ないこと・・・ですか」
「ですが、何年か先には。その時には理解る側に居るとも思っています。励んでくださいね」
私の期待へ、可愛いアスランは「分かりました」って、元気な返事をくれたわ。
だから、きっと・・・大丈夫。
今は子供で、思春期だって、これからなんだし。
十年後には、きっと母さんを、あれこれ悩ませる・・・・そういう時期を経て。
まぁ、二十代のうちにね。
母さんに、パートナーを紹介しにやって来る筈よ。
と、まぁ、そんな未来を想像しつつもね。
私は、今日の外交へと勤しむのでした。
チャンチャン♪
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「酸っぱい女。何が・・・チャンチャン♪、ですか」
「姉様。やはり、酸っぱい女ですから。きっと、そういう屑なのですわ」
「まったく。ですが、主様の頼みですから。此度は私と妹が、酸っぱい女の身の回りを見てやるわ」
「姉様。ですが、この屑が・・・・いざとなれば、私が屠ってやります」
外交に備えて、今は正装へ支度を整えるシルビアは、しかし、生きた心地が全くしなかった。
凍えるも通り越した感の瞳で、今も髪を整える妹の方は、だが、喉元には、殺気を隠そうともしない姉が握ると、僅かにも動くことを赦さない。
そうして鏡に映った、喉元へピタリと突き立てられた刃を、無表情を崩さないユミナも映していた。
「二人とも、気持ちは理解りますが。ですが、アスランの顔に。泥は塗りたくないでしょう」
「「・・・・・・・」」
姉妹は沈黙を通したが、代わりに、喉元へピタリと当てられた刃だけは外された。
鏡台を前に、椅子へ腰掛けた姿勢のシルビアを、ユミナは背後から、此方も椅子に腰掛けながら。
楽な姿勢は、そこから片手のティーカップを、今は口元へと近付けた。
カップを満たす紅茶を一口、その程度を空けたユミナは、完全に凍り付いたも似合っている。
「まったく。貴女も、一度は認められた筈・・・なのですが。ですが、その後の怠慢とも怠惰とも言える部分ですね。ただ、貴女が二人を。これだけ怒らせたのは、淫欲なのですよ」
背後から届く、ご先祖様の呆れを抱かさせる声へ。
しかし、シルビアには一体何の事を、という部分が、未だに残っている。
「どうやら貴女は、此処まで教えても。未だ至れないのですねぇ。私が聞いている範囲では、それで若気の至りと言っても。三人の親友だけに留まらず。数多の女性の純潔を、貴女はコールブランドで散らしては、悦に入っていた・・・そうですね」
「!!」
「付け加えると。コールブランドで女性の純潔を散らしたばかりか。そこから更に。前と後ろを同時に・・・そうして、された側の漏らす、艶やかな喘ぎの吐息へ。貴女は殊更の興奮を得ていた・・・なども、聞いていますよ」
「!!!!」
「まぁ、その様な事に。二人は弄ばれたのです。ですから、そんなコールブランドから言わせれば。だから、殺してやりたいも・・・そこは当然では、ないでしょうか」
ユミナの瞳は、ようやく察した女王の、なんとも情けない・・・・・・・
今頃になって、コルナとコルキナの正体へ気付いた女王は、この瞬間にも失禁してしまいそうなくらい。
それくらい可笑しく映っていた。
「貴女も三十路を過ぎれば。いい加減、いい大人も言えるでしょう。それと、私は。貴女のお漏らしを見届けたい趣味などを、持ち合わせていませんよ」
途端に勢いよく席を立って駆け出した女王を、ユミナは見送ることもなく。
飲み干したカップを、傍のテーブルへ静かに置くと、視線は真っ直ぐ、コールブランドだけを捉えていた。
「あんな女でも。それでも、アスランの母親には違いありません。ですから、二人とも。主と定めたアスランの母親へ対して。以後、此度のような振る舞いは。私が赦しません」
突き刺されるような視線は、それ以上に気質が物語っていた。
即座、コルナとコルキナの二人とも。
両手はスカートの端を摘まむと、片足を後ろへ、そうして腰から上を深く、ユミナへ向けて傾けた。
「コルナ。コルキナ。一つだけ。誤解の無い様に言って置きます。私は、あの女を赦せとは言っていません。ただ、アスランの母親へ対しては。最低限の礼を欠かさない様に。それを言いたかっただけです」
コールブランドが聖女を、何故、殺したいほど憎むのか。
その事情を、直に聞き知ったユミナには、姉妹が、互いを大切に思う感情の強さを理解っている。
故に、尊厳を踏みにじるも言える行為へ幾度も使われたなど。
此処が、だから赦せないへ、根深く結びついている事には、否定するつもりも無い。
「いいですか。午前中は、女王の警護を。それを私自ら代わったのです。そういう意味でも。二人とも、私の顔に泥を塗るような事も。赦しませんからね」
沈黙は、それで再び返された頷きだけで、ユミナには十分だった。
「因縁とも呼べる此の地へ来た以上は、昨日の内に赴いた私達だけでなく。その場所を、アスランにも。私は、是非一度は見ておいて欲しい。だから・・・代わったのです」
今頃は、ティアが案内して、恐らくは着いた頃でしょう。
当時の封印も、昨日確認した時には、それで何ら問題は起きていませんでしたし。
「ただ、それでも。やはり、この土地は・・・・来ると思い出さずには、いられないのでしょうね」
映す景色にも、当時の印象など、僅かにも残っていない・・・・なのに。
二千年は昔の記憶が、この瞬間のユミナの意識を、あの場所へと立たせていた。