第2話 ◆・・・ 思惑 ・・・◆
「アスランは、日記に何を書いているのですか」
夕食を終えた後、艦内に在る女王の部屋で、ソファーへ沈むと寛ぐシルビアの視線は、先程までは向かい合って食事をしたテーブルを、今は日記帳を開いてペンを走らせる我が子へと向けていた。
「今日の調印式典の事と、まぁ、その時の格好良かったシルビア様の事は勿論、ちゃんと書きましたよ。それから見て回れた程度ですが。シレジアの街並みの事とかも、次はもっと時間を作って見て回りたいと思いました」
我が子から、格好良かった・・・・・
その感想だけで、シルビアには十分、満たされるものがある。
フフフ、式典用にドレスを新調したのは正解だったわね♪
アクセサリーも新調したし、まぁ、そこはカーラの勧めで華美にならない様に、それで今回は、シルバーだけのを選んだのだけど。
「アスランから見た私は、格好良かったですか」
「はい。シルビア様はとっても格好良かったです」
「そうですか。じゃあ、どんな所が格好良かったでしょうか」
「そうですね。ドレスは白地に青の刺繍レースで、いいのかな。でも、とっても凛々しくて格好良かったですよ。装飾品も、悪戯に宝石を使わないで纏めた所が。やっぱり、シルビア様には。シルバーだけの方が品を感じて似合っているなって。後は、演説をしている時の雰囲気ですね。僕には、凄く立派な女王様にしか見えませんでした」
「そんなに褒めてくれると、私もとっても嬉しいですよ」
やったぁ~♪
それにしても、アスランはシルバーだけの方が好きなのね。
フフフ、今度からはシルバーだけのアクセサリーを増やそうかしら♪
「だから、今日の感想もですね。こうやって日記に纏めて、後でエスト姉と神父様。それからシャナにも送るんです」
「そうでしたね。私もアスランが毎週必ず、そうして日記を送っているのは知っています。だけど、明日にはルスティアールへ着くのですよ」
「はい。だから今の内に、神父様とシャナの分を作っておかないと。手紙で、シャナもルスティアールの学校に馴染んだくらいは知っています。友達がいっぱい出来たって。あと、年下なのに同じ学年な事を尊敬されているともありました」
我が子が、こうして楽しそうに話してくれる。
シャナの件では、それを知りながら、けれど、本人から口止めもお願いされると、そうして、アスランには伝えずにいた。
その事では、後から知ったアスランが、滅多にして来ないお願いをして来たのだ。
シルビアは、女王としてよりも、特に母親として。
可愛い我が子からは、もっと色々と、それこそ、手を焼かせる様な無茶なお願いも等とを抱いている。
ところが。
親友さえも当然と、『良く出来過ぎた』の評価が付く我が子は、事実、本当に良く出来過ぎている所が、返って自分の方が日頃から襟を正さなければを抱かされる。
そんな折、シャナのことでは、アスランから、強く求められた。
だから、シルビアは、元よりそのつもりでいた事を、故の想いが、必ず連れて行く約束をしたのである。
予定では、明日の午前中。
今のゆっくりとした航行でなら、10時くらいにはアルデリア法皇国の首都、ルスティアールの空港へ着く。
予定はそこから、先ずはアルデリア皇宮へ招待されている。
昼食も交えた国皇との会談の後で、それから、法皇となったスレインとも会談がある。
予て報せもしていたスレインからは、会談の席にシャナを招いておくとの便りがあった。
・・・・・フフ、スレイン先生は本当。こういう気遣いが、とっても上手いのは変わりませんね・・・・・
シルビアは、この事を、未だアスランには伝えていない。
というよりも、その方が感動の対面に、花を添えられるも抱いていた。
何と無くだが、可愛いアスランは、シャナに好意を持っているのかも知れない。
シルビア自身は、何れ素性を明かした上で、その時には公に、アスランを王太子として、相応しい場に立たせるつもりでいる。
この考えは、それを、カーラとも共有している。
ただ、まぁ、だからと言って、一人息子に政略結婚など。
そんなものを求める気は更々ない。
しかし、可愛いアスランが伴侶にしたいと望んで。
そうやって紹介して来た相手なら。
・・・・・シャナみたいなしっかり者の奥さんなら。私はそれで良いのだけどね♪・・・・・・
そう。
相手がシャナなら、それこそ、大歓迎。
反対に、リーザが呪いを使ってまでくっ付けた、エレンとかいう娘に関しては、こっちは今でも大反対を声高に宣言できる。
シルビアは、ただし、エレン本人を嫌いだとまでは思っていない。
けれど、エレンの母親に対しては、だから、嫁に寄越されても突っ返すのである。
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今年10歳を迎える女の子は、ただし、女の子は世間一般とは縁のない環境で生まれ育った。
――― ラフォリア・エラ・シュトレ・オリバント ―――
ラフォリアの父は、アルデリアを治める国皇、ミケイロフ4世として、広く内外に知られている。
そして、ラフォリアには、弟と妹も居るのだが。
弟も、妹も、その何方も母親が異なる。
そう、ラフォリアの父は、そして、ラフォリアが知る限り、三人は妻が居るのだ。
まぁ、お父様に妻が三人程度いるくらい、そんな事は、どうでもいい事です。
私は、私だけに仕える召使いを束ねる、侍従長のララァから聞きましたわ。
『陛下程の男性であれば、正妻の他に、幾人の女を傍に置いても当然でしょう』
確か、そんなことを言っていましたわ。
それで、男性という生き物は、一人の女で満足する、そんなことも無いのだそうです。
逆に、世界を統べるような男性を射止めようと、そのために女を磨き上げた者であっても。
自らが得難い、無二の宝石である様な存在感を示さねば、全くもって見向きもされないという。
別に、世界を統べるのが、男性である必要など無いのでは。
私が世界を統べる女皇になっても、それも良いと思いませんか。
そうすれば、私好みの殿方ばかりを侍らせたって、それでも良いのではなくて。
「姫様。何か機嫌の悪い事でも御座いましたか」
「ララァ、いいえ、そうでは無いのです。ただ、ちょっとした考え事をしていた・・・だけですわ」
「そうですか。もう間もなく此方へ、シャルフィのシルビア女王がお越しになられます」
聖女と謳われる、シャルフィの女王が訪問する。
その事は、ラフォリアも以前より聞き知っていた。
更に言えば、ラフォリアにとって、聖女は、ある意味で目標でもある。
予定ではもう間もなく、アルデリア皇宮へ到着する聖女を、ラフォリアは第一皇女として出迎える。
今は、そのための支度を整えている最中だった。
ラフォリアは、名のある職人が手掛けた椅子に腰かけた姿勢で、そして、正面の鏡を見つめていたのだが。
考え事へ意識を傾け過ぎたせいか、ハッとして気付いた時には、眉間にしわが寄った気難しい表情をしていたのだ。
だからなのか。
恐る恐る今も髪を整えている、二十歳くらいの召使いの強張った表情の後ろ。
此方は、立った姿勢だけでも、凛として風格さえ漂わせている。
常々そうも思える三十も半ばの侍従長は、背中に掛かる赤茶色の髪は首の後ろで一つに纏めると、大人の男達よりも頭一つは背の高いララァが、鏡越しに此方を、真っ直ぐ見つめていた。
ララァは、ラフォリアが聞き知る限り、自分の侍従長になる以前。
それまでは、国皇である父の傍仕えとして、近衛を務めていたらしい。
赤茶色の髪と背が高いララァは、肌も自分と違って、年中ずっと小麦色をしている。
後は、侍従長には違いないが、近衛隊長がララァへ、いつもペコペコしているくらいも見知っている。
背が高いからなのか、ララァの身体つきは、母や他の女達と比べて、胸もお尻もぺったんこにしか見えない。
でも、召使い達が使う掃除用の長箒一本で、槍を握る兵士達を、それも同時に何人も相手に出来るくらい強い。
しかも、素手でも強いのだから。
ラフォリアは、ララァに負けた男達の、あの凄く痛苦しそうな表情を見れば。
だから、ララァの言い付けは守らないといけないを、今でも芯に置いている。
そうですね。
ですが、ララァは別に、特に厳しいとか、口煩いとかも無いのですよ。
私に対しては、そうねぇ、普通かしら。
今日はおやつに、オペラが食べたいと言えば、ララァはちゃんと用意してくれますわ。
庶民達の間で、それも女性達の間で流行っている衣服や宝飾品も、それを私も着けてみたいと言えば、ララァはそれも用意してくれるのですから。
作法やダンスとか、後は帝王学もそうですが。
それは皇女として、当然と備えないといけないもの、くらいを理解っています。
ですから、指導する先生が厳しくても、それで、その時だけは、ララァが味方になってくれなくても。
私は、将来のアルデリアを治める身でもある皇女なのだから、仕方ありません。
鏡に映る私は、母様譲りの美貌を持っているらしいわ。
そこは、ララァも言ってました。
父様も母様も、それから、今も髪を整えてくれるロヴィーサもよ。
皆、私が将来は、世界一の美女になるだろうって。
母様譲りの銀色の髪。
母様譲り以上に白い肌。
父様譲りの青い瞳。
でも、目鼻立ちは、それは母様のだって。
なのだけど、ララァはね。
『白雪のように美しい肌を持つ姫様が、真に、世界一の美女と謳われるかどうか。それは、姫様の外見だけでなく、内面の美しさもあってこそ。その時には間違いなく、世界一の美女と謳われるでしょう』
要するに、今の私は、見た目だけが合格点なのですわ。
だから、知性とか品位とか。
そう呼ばれる内側の部分を、ずっと磨き続けなければ、本当の意味で、世界一の美女にはなれない。
という事でも、あるのでしょうね。
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「アスラン。あそこに映るのが、アルデリアの皇宮ですよ」
「資料でも見ましたけど、本当に時計塔と建物が一体化しているんですね」
「ええ、ですがあれは、城壁の部分です。こうして見ても分かる様に、とても高い城壁の向こう側。そこにある皇宮もまた、とても素晴らしい建物ですよ」
「歴史の授業でも習いましたが、ゴシック建築の先駆けは、アルデリアなんですよね」
「その通りです。アスランの事だから、既に資料や観光雑誌などでも見ているでしょうが。皇宮は、それこそ、芸術文化の宝庫の様な所ですよ」
僕とシルビア様は、アルデリアの空港に着いた後、そこから迎えの馬車に乗って、王宮へ向かっている所です。
まぁね。
ローランディア王国でも、そうだったけどさ。
送迎に使われる馬車は、ローランディアもアルデリアも、どう見ても高級なのがね。
ワインレッドの椅子のクッションとか、背もたれもだけど。
とってもふかふかしているんだよ。
後さ、どうせ、僕が子供だからなんだけどね。
椅子に座ると、両足が床に着かないんだよ。
そこがね、僕としては、ちょっとだけ、格好悪いなって思う処なんだ。
・・・・・身長、早く大きくならないかな・・・・・
そんな事も思う僕も乗っている馬車は、それから、ローランディアのお城よりも大きく感じる門をくぐった。
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僕は、今回の警護でもそうだけど、カーラさんから、暗記できるくらい目を通しておくようにって。
それで、シレジアとアルデリア法皇国の資料だね。
カーラさんからは、僕のために特別に作ってくれたも聞いているので、だから当然。
僕も暗記できるくらい、予習しました。
今回の外交は、先ず、シレジア自治州での調印式です。
ですが、その前に。
僕が予習したシレジア自治州を、少し紹介したいと思います。
シレジア自治州の面積は、シャルフィとは大差がありません。
自治州全体の人口も、それもシャルフィと、そう大きな差がありません。
自治州のほぼ中心に、州都シレジアがある他、北部に鉱山都市と農村、南部にも町や農村があります。
シレジアの北から流れる大河は、州都シレジアの南側にある大きな湖へ合流した後、湖の南から、今度はシャルフィにも続く河が流れています。
此処まで大まかに紹介したシレジア自治州ですが、そんなシレジアを、一言でいえば、投資と金融によって成り立っている、そうも言えるのです。
シレジアを、特に経済面で支えているのは、国際金融市場です。
金融市場では、株取引や貴金属などの資源取引だけでなく、勿論、お金の取引も含まれます。
特にお金は、国によって通貨の単位が異なります。
そして、異なる通貨同士は、国際金融市場の中で、為替のレートが設けられているのです。
この部分は、説明が難しくなるので、今回は省きます。
ですが、先ほどの部分を軽く踏まえた上で、続きを説明したいと思います。
リーベイア大陸の中心に位置するシレジア自治州には、僕が調べた限りで、世界一大きな国際空港があります。
更には、シレジアの国際空港ですが、大陸中の国際空港を持つ都市との間で、航路を持っているのです。
それからもう一つ。
地図で見ると、シレジア自治州を中心に、東西へ長く伸びる鉄道路線があります。
此方は、大陸横断鉄道と呼ばれるものです。
大陸横断鉄道は、西はヘイムダル帝国の西端から、東は東部自治合衆国の東端へ至ります。
鉄道の歴史は、魔導革命よりもずっと前からになるのですが。
当時は蒸気動力で、運行されていたそうです。
で、魔導革命の後から誕生した導力機関。
それを積んだ導力列車が、現在は大陸横断鉄道を走っています。
今度の帰属合意の調印式ですが。
その調印の内容には、シレジアから南北へ走る、大陸縦断鉄道路線計画の、本格実施も含まれています。
付け足すと、沿線開発を含む計画自体は、僕が生まれるよりも前から始まっていたそうです。
カーラさんから、此処も聞いた話ですが。
シルビア様の今年の外交は、既に赴いたサザーランドとローランディアですね。
そこでの会談では、今回の帰属の件と、それから本格的に始まる鉄道路線計画について。
シルビア様は、サザーランドとローランディアから、本格実施へ向けた協力と支援も、取り付けたそうです。
それで、此処からは、ミーミル先生の指導で、僕も何となくだけど、そうなのかなって部分。
シレジア自治州を、シャルフィへ帰属させた後で始まる鉄道計画は、北側の部分。
先ずは、アルデリア法皇国との間で、公に合意を結びたい思惑はあると考えています。
それから、恐らくですが。
北側の鉄道路線計画は、アイゼナル山脈を越える形で、ノディオンへも路線を届かせたいのではを、僕は考えています。
理由として、州都シレジアには、既に大規模な国際空港が在ります。
そして、空路だけなら、シレジアは世界中の国際空港を持つ都市との間で、行き来が出来るのです。
そんな場所だからこそ、地上を走る鉄道路線を、東西南北に走らせることが出来れば。
人も物も、その流れが一層大きくなるのは、此処は必然でしょう。
じゃあ、それが何を目論んでいるのか。
これも僕の考えです。
シレジアは、金融によって成り立っている所です。
空路だけでなく、東西南北の鉄道によって、より多くの資金や資源が集まれば、金融市場も、必然して成長拡大します。
シャルフィは、シレジアを自国の内に置くことで、シレジアの金融市場が生み出す利益。
利益から得られる税収は、今の僕には、正確な予測は出来ませんが。
ミーミル先生は、シャルフィの年間予算を軽く数倍は上回る。
それくらいの税収を、シャルフィは得られるような話をしていました。
シルビア様は、シャルフィを今よりも、もっと豊かな国にしたい。
此処は、僕もシルビア様から、直に聞いたことがあります。
そして、そのためには、もっと多くの資金が必要だということも、僕はシルビア様と、カーラさんからも聞いています。
シャルフィを、もっと豊かな国にしたい。
僕は、シルビア様から、具体的にどうしたいのかも、そういう部分を沢山聞いてきました。
ですから。
今の僕には、そんなシルビア様の夢も、騎士として守りたい内に在るのです。