第0話 ◆・・・ 目覚めの兆し ・・・◆
マイロード。
貴方の成長には、此度も驚かされました。
唐突だった稽古の相手順を決めるじゃんけんで、そこで負けたことも面白くなかった。
そんなティルフィングの、憤りさえ孕んだ瞳が映す先。
視界は、本来なら譲る理由も無い一番手を横取りした後、そのレーヴァテインが翻弄される様を、今も睨む様に見つめていた。
ただ、レーヴァテインが、事実、序列の付かない剣神ではあっても。
だからと言って、こうも一方的に翻弄される等。
ましてや、剣神たるレーヴァテインを、此処まで自らの手の内で弄ぶ・・・・・
否、この流れとも運びとも言える部分は、間違いなく、自らの意図の中で、思い通りに操っている。
という方が正しいだろう。
ローランディアから帰国した後のマイロードは、オーランドでの経験が、間違いなくを言い切れる。
レーヴァテイン程の強者ですら、こうも翻弄させられる。
きっかけが湖面を舞台にした、エイレーネシア姫との修行なのは、これも間違いないでしょう。
ですが、あれから未だ一月程度。
そんな短期間で、マイロードが、今のカタチへと至った等と・・・・・
それまでのマイロードは、『速さ』を磨くことを、特に意識していました。
大人から見れば、体格も小さく、故に軽いマイロードは、読みと技量で優っても。
先の部分が、不利に働いているも事実だったのです。
ただ、マイロードが未だ幼く、そのため、体格の部分が不利に働く事実は、それこそ、マイロード自身が既に理解っている。
理解っているからそ。
マイロードは、この不利な事実を、『速さ』で補う考えに至りました。
未だ諦めるを持たないマイロードは、当時は私も指摘している体格の点を、自ら考えて。
そうして『速さ』へと至った後。
今も続く日々の修行は、私もマイロードが求める『速さ』へ、そう至れるように努めて来たのです。
ですが、成長著しいマイロードの実力へ、相対し続けた私に言わせれば。
一対一での強さと、全体を見渡しながら一人で局面を覆せる強さとを兼ね備えようは、口で言う程に容易くは無いのです。
こんな事は、およそ常人には不可能でしょうも言い切れます。
私は、剣を交えられる間合いであれば、それが一対一でも。
或いは一対多数であっても、負けない自負があります。
反対に、ミーミルの様な魔法の使い手であれば。
遠くの敵へ、一対多数であっても、優位的に対峙出来る反面。
逆に、一人でも懐深くに入られるを、殊更嫌がるものです。
要するに、剣神の私であっても。
戦い方には、得手と不得手があるという事です。
だからこそ。
マイロードが無自覚に至ろうとしている戦型は、事実、極めれば真の無双となれるでしょう。
反面、中途半端になってしまうのではを、私は今朝の稽古中。
今朝は駄々も捏ねると、それで、じゃんけんで決める等と。
挙句、後出しで一番手を盗んだレーヴァテインが、最初から翻弄される光景を見るまで。
胸の内で、僅かに懸念していました。
はぁ・・・・・
本当、マイロードは、心臓に良くない驚きばかりを与えてくれます。
ですが、同時に不甲斐なさ過ぎるレーヴァテインに対しては、じゃんけんの件も含めて、心底憤りもしているのです。
私は、マイロードがこうして驚かせてくれるを、それを此度は、直に交えながら抱ける機会まで盗まれた。
どうしようもなく、不満です。
明日からの稽古は、マイロードから1番を頂いた私が、もう一番手をずっと。
それこそ、永遠に一番手を務めなければ、気が済みません。
初見でしか頂けない感動とも言える驚きは、もう誰にも譲りません。
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ユミナは椅子に腰かけた楽な姿勢で、今朝の稽古も、いつもの様にティーカップを片手にして、それこそ、寛いだ感で見物していた。
ただ、此方が最初から寛ぐような姿勢で見つめている傍で、独占欲が強い妹の方は、内に何を抱えているのかも分かり易いくらい、あからさまに表情と雰囲気に現れている。
本当、妹のこういう所は、それを愛らしいと抱ける。
姉として、嫉妬に燃える妹などは・・・・どう弄っても、面白い反応が返って来る。
今日も、退屈しない一日を楽しめそうだった。
しかし。
可愛いティアの不機嫌を除けてしまえば、今朝のアスランとレーヴァテインの一戦は、私とて、身も心も疼かされるくらい。
こうして、余裕を絶やさない振る舞いをしていても。
翻弄されまくりの雑魚を見ていると、今直ぐでも、取って代わりたいもあるのです。
「恐らく、オーランドで得たモノが。アスランの速さを、相手にはより速く抱かさせる・・・・私の戦い方とも似ていますが」
「確かに、姉様の剣舞とも似ていると。ですが、姉様のは、それこそ、極みと呼べる身体の動きによって至ったものです。然るにマイロードは、不可視化ゆえに判別は出来ませんが。恐らく、空と時の組み合わせを軸にして、そこへ幻さえも、加えたものでしょう」
「ティアの見る所は、私も同意とする所です。未だ幼いアスランの身体では、私の身体動作を真似る等は不可能です。と言うよりも、幼い肉体では、身体を確実に壊してしまいます」
ユミナの言い終えて、思わず、ふぅっと漏れた吐息も。
視線は稽古へ、僅かにも逸らさず見つめている妹は、その握る拳に入る力が、更に増したくらい。
「姉様の剣舞では、緩の部分を・・・ここで視線を持って行かれる舞の技に、凄みがあるも認めています。ですが、残像を幾つも並べた様にさえ映させるマイロードの緩の部分は、恐らく。初見では私も、翻弄されるかも知れませんを抱きました」
速さは、それを一層速いと抱かせるために。
敢て緩やかな動作を織り交ぜる。
他にも、相手の動体視力へ、錯覚を働きかける。
動体視力というのは、この緩急と呼べる部分。
その差が大きいほど、錯覚に陥り易い。
まして、動体視力を極みまで鍛えた所で。
緩急の動きは、ここに負担を強いる。
体力や精神力、他にも体内マナを消費するように。
動体視力とて、無制限に維持出来るものではないのだ。
「ティア。そうですね。アスランにあの様な戦い方を、それを延々とされた場合。慣れる前に此方が疲弊しますくらいは、恐らく、そうなるのでしょう。ただ、あの戦い方がアーツによるものなら。マナが枯渇すれば使えませんもあるでしょう」
「姉様。姉様はマイロードの体内マナについて。その限界が何処に在るのかを。正確に把握しているのですか」
姉である自分には、一度も振り返ることなく。
ティアの視線は、今もずっとアスランを追っている。
ただ、問われた事への返答を、私は、即答することが出来なかった。
「姉様。私がミーミルから聞いた限りです。ミーミルは上位の属性を、下位の属性とは比べられないくらい消耗すると述べていました」
「ユミナ様。ティルフィングが仰った事は、真実その通りに御座います」
「ミーミル。貴女も傍にいたのですね」
ミーミルは、ユミナからはやや後ろで、地面からマナの粒子を、すぅっと昇らせる様にして姿を現した。
振り返らずに返したユミナの声は、そこから一歩二歩と、賢神が先に隣へと歩み寄った。
「ユミナ様もティルフィングも。我が君の体内マナが、如何程なのかへ気になる様子。しかし、我が君の体内マナは、これが今現在も総量を増やし続けている。この事には気付かれていないご様子かと」
「「!!」」
「そう驚く事でも無いでしょう。リザイア様は、そもそも人間の体内マナと呼ばれる部分を、幼少期であれば。容易く何処までも増やせると言っておられました」
今でも増え続けている。
穏やかに、そう声にしたミーミルの涼しいを崩さない面持ちへ、姉妹は揃って愕然とした様子。
ただ、ミーミルはアスランの魔導とアーツに関わる指導へ、今でも携わっている。
そして、この点はもうずっと以前の内に、恐怖にも似た驚きもしているのだ。
賢神は、別に隠した訳ではないが。
姉妹には述べなかった点がある。
『いやねぇ♪まさかさぁ♪確かに、あたしもアスランには、おぎゃあって出て来た時から。素質があるって気付いていたんよ。んでもさぁ~。そんで、こんな早くから備わったなんてねぇ。そこは予想もしなかったんさね。あれさね。うちのバカ娘がアーツなんてヤバヤバを。それをホイホイ教えたのが原因なんよ』
・・・・・そんな訳でだ。あたしも今のアスランからは、怖くて目が離せないんさね・・・・・
リーベイア世界という『理』を、大いなる力を以ってすれば、消し去ることが出来る。
賢神は、リザイアが何を恐れているのか。
何となくでも察しが付く。
自らの推測は、故にアスランを、負の感情側には傾かない様に注視している。
我が君は、確かに良き者達に育まれて来た。
それが幸いして、根幹が善きを行うで形作られている。
だが、コインに裏表が在る様に。
正負の感情は、これもまた同じ。
アーツは想いの強さが密接しているらしい。
だから、我が君はティルフィングを虐げられて激しく憤った。
兵舎の件も、憧れの騎士が腐敗しているを映して。
その時も激しく憤った。
怒りの感情は、それだけで強い。
挙句、質の悪い事に怒りと憎しみは、相互に惹かれ合いやすい。
「ミーミル。そう怖い表情をしなくても。大丈夫です・・・・アスランには、ティアが付いています」
「ユミナ様・・・・」
「もっとも。頭でしか理解っていない閨事を、それを経験の無いティアがですよ。はぁ・・・・・これからやんちゃも盛りに入るだろうアスランの欲求を、須らく満たせるのかは。そこだけは姉として・・・特に不安なのです。もう仕方ないから、閨事だけは。姉である私が直にアスランの相手を・・・!!」
賢神が映したユミナは、表情も雰囲気も真剣さながらだった。
更に真面目も抱ける声色は、ただし、その内容が・・・・・・
賢神の眼前には、既に一閃した・・・・・蹴り・・・だろう。
姉の茶化しが、それを毛ほどにも許容できない妹を怒らせた末路が映っていた。
「ティルフィング。気は済みましたか」
賢神は、そして、鼻を鳴らしたティルフィングが、視線を我が君へ戻している。
そこまで確認した後で。
はぁ・・・・・っと、大きな溜息を一つ。
そうして賢神は、一撃で血に塗れると、美顔も台無し。
意識の無いユミナの、顎が砕けてだらんと開いた口から血の泡も溢している傍で。
ただ、人であった頃には、日常茶飯事だった介抱役を、この時にふと思い出していた。
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アスランと間合いを取って対峙するティアリスは、見ていた以上に手強いを、この瞬間も強く抱かされていた。
既にレーヴァテインとの一戦を、注意深く見届けていた、筈なのに。
こうして直に交えると、理解っていても、自らも翻弄されているへ。
せめてもの救いは、完全に浮足立つ、そこまでの危地には立たされていない、くらいだろうか。
自らが振るった剣は、その全てが残像ばかりを斬らされた。
刃と刃がぶつかり合う感触さえも得られず。
踏み込んで繰り出した、突きの一撃すらも手応えは無し。
気付けば、此方が肩で息をしている等。
いつの間に、自身は此処まで、追い詰められた感に陥っていたのか。
今も呼吸を整えようとするティアリスは、その瞳が、十分な間合いの先で、構えを崩さないでいる。
・・・・・マイロード。貴方は未だ、本気では無さそうですね・・・・・
あくまで直感でしかない。
しかし、呼吸に乱れを見受けられない主の方は、今も余力を残している。
八分くらい、だろうか。
これが稽古でなければ、主は私が呼吸を整えるのを、待ったりはしない筈。
先のレーヴァテインの時も、雑魚が悪戯に翻弄された挙句の小休止は、それを見つめながら、実戦であれば殺されていた、も抱いたくらい。
「悔しいものですね」
ティアリス自身、自分にしか聞こえない程度の声は、そうして感情を吐き出した。
だが、不意に思わずは、小さく笑っていた。
「マイロードは、私が悔しいを抱けるくらい。それくらい強くなられた。頼もしい、いいえ、恐らくは、私はこの感情を、幸せにも思えるのです」
整った呼吸は、そこから深呼吸を一度。
刹那、剣神ティルフィングの全力は、それこそ黄金の輝きにも映る一閃が、剣を捧げた主へ襲い掛かった。
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――― 魔法剣技 ―――
この技は、アーツを学んだアスランが、自ら生み出した剣技である。
刀身に風や炎を纏わせるから始まって、振り抜く中で、炎や真空の刃を放つ等。
魔法剣技の初期は、先ず、こうしたものだった。
ライトニング【雷撃】を使うようになってから。
そこからの魔法剣技は、幅が広がり始めた。
対戦相手が振るった剣と、自らの繰り出した剣の衝突を発動に用い始めたアスランは、身体の自由を奪う程度の電流を流す技や、視界を奪い去るだけの眩しい発光現象と、殆ど同時に聴力を麻痺させるだけの轟音を起こす技など。
この頃に増やした魔法剣技の技は、相手を殺すのではなく。
殺さずに制圧するための手段として特化した。
騎士団長と鎮守府総監の要職を兼ねるアスランは、自らが王都の巡回をする最中。
そこで時折り発生した窃盗などの事件では、逃走する犯人を捕縛する際、全身が痺れる程度の魔法剣技をよく使っている。
とは言え、確実に捕縛しなければならない事情が、結果的には、軽度な気絶くらいも間々あった。
因みに、7歳まで残り二ヶ月程度の今では、踏んだ場数と培った経験が、気を失わない程度を当然と出来る。
そのくらいには、使うアスランも上達している。
ところが。
アスランだけの魔法剣技は、上位属性を、それもアスランの中では駆動と定義する部分のみで、剣神を翻弄させる所へ至らせた。
何の前触れもなく、突然跳ねた様な成長を起こした魔法剣技は、唯一の使い手以上に、それと相対した者達へ。
恐怖と喜びとを半々にしたような、しかし、全身を震わすほどの驚きを与えたのである。