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幕間 後編 ◆・・・ とある一代の成功者 ・・・◆


新聖暦2057年は、世界中がローランディア王国の作り出した航空艦へ注目した年でもある。

それはヘイムダル帝国でも同様。

帝都でも無ければ、大貴族が治める大きな街ですらない片田舎の、規模も中くらいの町の中でさえ航空艦のニュースは話題を独り占めにした。


その年に19歳を迎えた、後のルーレック社を創設したオウギュスト・ルーレックは、ヘイムダル帝国の南西にある州都アルサスで、帝国軍技術士官学校へ通う技術士官候補生としての日々を過ごしていた。


一日の半分以上を実技で過ごした日々は、油に塗れ日焼けもした肌が、小麦色よりやや濃い。

ただ、入学以前に働いていた叔父の工場では、そこで課された下積みの雑用仕事にも。

オウギュストは短く刈り揃えた金髪が流れる汗に塗れる都度、首に掛けたタオルか片腕で拭いながら、けれど、ルビーの様な赤い瞳はいつだって嬉々としていた。


実の両親は、オウギュストが8歳の時に戦渦の中で他界した。

当時は戦争だけでなく、記録的な大不作の年だった。

起きた酷い食糧難が飢餓を招くと、その時まで暮らして来た故郷は、流行り病まで蔓延した。

同い年の友達と、その家族も病が原因で他界した。


『十分な食事が取れれば、それでもっと抵抗力が付くのに』


大きな街から派遣されて来た医師達は、薬だけではどうにも出来ないを口にしていた。

パンの一欠片さえ。

それくらいが食べられない日々は、オウギュストの両親も流行り病が原因で他界した。


両親の死後。

オウギュストは、父の兄に当たる叔父の家へと引き取られた。

叔父は、小さな工場を経営する技術者だった。

石炭や蒸気で動く機械の整備が主で、後は馬車の修理などもしていた。


叔父夫婦は、オウギュストを決して甘やかすような事は無かった。

初等科へ通う為に必要な学費でさえ。

オウギュストは叔父の工場で働くと、そこで得た給金で学費を工面した。


叔父夫婦は、確かに甘やかす事は無かった。

だが、オウギュストを虐げる等も無かった。

二人は、両親を亡くしたオウギュストが、一日でも早く一人前になれるように。

それで時に厳しく接することも少なからずあった。


叔父は経営する工場で、そこで働く幾人もの大人達に混ざるオウギュストが、自らの課した雑用仕事を夢中になって楽しんでいる。

真っ黒な油汚れで腕や顔を染めても。

よほど根気よく磨かなければ、使い物にならない部品を相手にしても。

雇っている他の大人達と比べて半分にも遠く及ばない薄給でも。


オウギュストは、叔父である自分から見ても心底楽しいのが良く伝わる。

そういう少年だった。


雑用仕事ばかりやらせていた叔父は、いつからかオウギュストを傍に置くと、自分の持っている知識と経験。

そして、培ってきた技術も仕込み始めるようになっていた。


初等科の最終年。

叔父は、進路を自分の工場で働き続けたい・・・・・・

尋ねた自身へ、面と向かったオウギュストの即答は、嬉しいを抱ける胸の内で、ただし、首を横に振った。


『オウギュスト。これから先の技師には、遠からず魔導技術が欠かせなくなる。俺はそう考えている。だが、魔導技術を学べる所等・・・・お前が本気で技師を目指すなら。軍の技術士官学校へ行って来い』


初等科に通う間。

叔父はオウギュストへ、自分が持っているものを一通り仕込んだ。

振り返ってみても、本当にこの仕事が大好きなんだと・・・・・・

だからこそ。

今はもう可愛い息子も同然なオウギュストが、これから先の人生を、そこでも技師としてやって行くためにはを考えた。


本心は、ずっと傍に置いて十年後くらいには現場を任せても良いを抱いている。

しかし、世に広まり始めた魔導の情報は、間違いなく近い将来。

技師としても無知ではいられない時代が来る筈だと。


親心は、その為にもを見据えたからこそ。

そして、オウギュストは帝国軍が所管する技術者を育てるための士官学校へと進んだ。


-----


叔父の後押しで、それだけが理由で士官学校の技術科へ入った訳ではない。

オウギュスト自身、新聞などで知り得た魔導技術は、将来は自分の手で魔導器も作ってみたい興味を抱いていた。


ただ、作ってみたいが・・・・作り方など全く以って理解らない。

やって見たいが、知識も無ければ、今の実力でやれるのかも分からない。


学ぶためには初等科よりもずっと上の学校へ行く必要がある。

中等科も高等科も卒業して、恐らく大学まで行けば何か掴める筈。


でも、そこまで行くのに必要な学費等。

今の給料では中等科さえも通えない。


だから、先ずは学費を貯める。

そのため、これからも叔父の工場で働き続けたい。


叔父から進路を尋ねられたその日、俺は即答で『此処で働き続けたい』を伝えた。

その後で、叔父は俺に士官学校へ行くようにと言ってきた。

学費は出してやるとも言われた後。


叔父は俺の将来を、その為に魔導技術の知識は必要になるも話していた。

俺の学びたいものが、それを軍の士官学校なら学べるらしい。


俺は、叔父の言う通り士官学校へ入学した。

ただ、未だ告げてはいないが。

学費は、それをいつかきっと返そうと思う。


こうして、俺は士官学校の技術科で、将来は技術士官になるための道を歩み始めた。


-----


このまま行けば、俺は来年の春。

そこで士官学校を卒業した後は、帝国軍の技術士官として任官するのだろう。


座学も実技も、俺の成績は悪くない。

まぁ、魔導に関しては、教官達も呆れるくらい・・・・どっぷり浸かっていたからな。


今なら。

今の俺の実力なら。


・・・・・叔父の工場で、そこで俺オリジナルの魔導器だって作れる・・・・・


帝国は、それでローランディアよりは遅れているが。

それでも、魔導器を作れるのが、ZCFだけでないも証明した。


俺は、別に軍人になりたい訳じゃない。

大好きな機械いじりで食って行ければ良い。

叔父の工場は整備とか修理とかばっかりだったが。

俺なら新しく魔導器を作って売り込んでも良いな・・・・・


よし、決めた。

俺は、俺のやりたい道へ行こう。


新聖暦2058年

その年の一月初旬。

卒業まで残り二ヶ月の時期に、士官候補生オウギュスト・ルーレックは、籍を置く士官学校技術科を自主退学した。


-----


卒業もせずに帰って来た俺を、叔父は退学理由までを聞いた所で大笑いしてくれた。


任官するのが嫌だから退学した。


卒業すれば、否応なく任官させられるのだし。

それが嫌だから退学したに過ぎない。

元々、軍人になる予定も無かった。

欲しいのは魔導の知識と技術。

けど、まぁ・・・・軍の学校だけあって兵器関連は一通り触ったよ。


ついでに、今の俺なら。

材料と設備さえあれば、武器だろうが戦車だろうが作れるんだぜ。

どうだ、凄えだろ。


叔父へ、『後は任せて隠居しても良いんだぜ』ってな感じでグッジョブもした俺は、それで余計に笑われたんだ。

叔父は、俺から見ても少し痩せたように映った。

もう若くないしな。

だから、現場は俺に任せてくれて良いよ。

俺は技師の仕事を、それが重労働の日々くらいも理解っているんだ。


『そうか。なら成長した息子に現場を任せようか。お前が得て来たものを、それを今度は俺にも見せてくれ』


数日後、叔父の工場は、その看板を新しくした。


『ルーレック・ファクトリー』


錆び難い合金製の真新しい看板は、それを白く塗装した後で、名はオウギュスト自身が書き込んだ。


後のルーレック社は、此処が出発点だった。


-----


工場は、オウギュストが現場を仕切る様になって僅か三ヶ月。

今では予約待ちが出るほど賑わっている。


導力機関と呼ばれるエンジンを載せた自導車とも自動車とも言える新しい乗り物は、当時は未だ一般的に普及していなかった。

生産台数はそれなりでも。

多くは軍用向けに割り振られると、後は上流階級と一握りの富を持つ者達へ。

そして、これが一番の問題とも言える。

製造メーカーの示す販売価格が、庶民には手の出しようがないくらい・・・・べらぼうに高かったのである。


そこに目を付けたオウギュストは、士官学校で培った技術が独自のエンジンを載せた車両を生産すると、それ以前から自導車を販売して来たメーカーよりも格段に安い価格での販売が、アルサスでは故の予約待ちを作り出すほど賑わった。


叔父が営んで来た工場は、オウギュストを含む十数人では手が足りない超繁忙期へと突入。

飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を伸ばす日々は、しかし、叔父とオウギュストもそう。


二人とも、今のままでは潰れるを抱いていた。

経営以前に休みが無い。

このままでは間違いなく身体の限界が訪れるだろう。


現場をオウギュストが何とかしている間。

叔父は、より広い土地と、今よりも整った設備を持つ大型の工場を建設するために奔走した。


-----


一年後。

既にアルサスでは知らない者が居ない程、その名を広めたルーレック・ファクトリーは、設備の整った大型の工場を持つ。

もはや一個人が営む小さな工場とは、到底呼べない存在になっていた。


従業員は二百人を数える。

内、導力技術を扱える技術者は三十名余り。

元々オウギュストが生み出した自導車から始まった現在は、販路拡大のためにライフル等の兵器も手掛け始めた。


そして、大型の工場を建設している最中。

二十歳になったオウギュストは、仲介役も兼ねた叔父から紹介された同い年の女性と結婚した。

日焼けした自分とでは比べられない白い肌と、艶やかな茶色をした長い髪。

初対面した際の第一印象は、美女の一言に尽きた。


ただ、見合いの席では、そこで向けられる度、睨まれているを抱いた紫の瞳も、会話を重ねる中で相当気が強い人柄をも抱いた。


女性の名はアイシャ。

アイシャの家は、曾祖父がサザーランド公国の生まれらしい。

曽祖父の実家はサザーランド公国でも由緒ある家柄だとか。

しかし、家を継いだ兄と違って、弟の曽祖父はヘイムダルの女性と結婚すると、アルサスで暮らすようになったそうだ。


見合いの席は、そこへアイシャの方は手料理を持ち込んでいた。

豆を発酵させて作るらしい醤油や味噌という調味料は、料理を口に運んだオウギュストも未体験の味だった。

これも聞いた限りは、サザーランドならどの家庭にも在る味らしい。

オウギュストが食べ慣れた果実や野菜に酢と香辛料で作られるソースとは異なる風味も、しかし、味噌や醤油の味は新鮮味がある。


この段階のオウギュストは、胸内に『料理だけなら結婚も悪くない』等と抱いた。


交わされる会話も、アイシャの実家は小さいながら貿易商を営んでいるらしい。

ただ、両親は長女の自分よりも、今年から中等科へ通い始めた弟に家業を継がせたいのだとか。


アイシャの経歴は、当時の女性という点も含めて立派だった。

初等科と中等科も卒業した後は、更に高等科へ進学している。

高等科では経理や経営を学ぶと、その理由を、本人が何れは長女の自分が家業を継ぐつもりだった。


ところが、アイシャのそうした意思は、父からの『女には継がせられない』の一点張りが、物別れは家を出るに至ったらしい。

高等科を卒業した後で、アイシャは一先ず事務の仕事に就くと、中古の安いアパートで今も生活している。

今の給金ならもっと良い所に住むことも出来る。

服や化粧にも、それだってもっと着飾れる。


じゃあ、何故そうしないのか。

当然の疑問を口にしたオウギュストへ。

アイシャは、今は起業資金を貯めている。

その返事にオウギュストは、強い信念が在る様に抱かされた。


そんなアイシャにとって、今回の見合いは、これが性差別を改めない父との絶縁を条件に受けただけ・・・・・・

アイシャは、真実、気が強い美女だった。


『私、自慢する程じゃないけれど。高等科も成績は上から数えた方が圧倒的に早いし。それに男子達から数え切れないくらい交際を申し込まれたのよ。だから、そのくらいには美人なのよね』


たとえ同い年でも。

何と言うか、美女とはそもそも住んでいる世界が違う。

士官学生時代は、クラスに女子は居なかった。

けれど、年に一度の文化祭では、そこで彼女を作るクラスメイトも・・・・それなりに居たのだ。


オウギュストは、当時の自分へ。

俺は魔導が恋人なんだ。

リアルの女子になんか興味はない・・・・を叫んでいた時間が急に惨めに思えてきた。


初めてな見合いの席は、美人で気が強い女性へ。

主導権も握られた感は、此方の免疫すらないも見透かされた空気が、それで余計に及び腰だったオウギュストが鼻で笑われたくらい・・・・・・


『やっぱりね。思った通り貴方、自分では自分を正しく評価できない人の様ね。言って置きますけど、貴方はアルサスじゃ五指に入るくらい有名なのよ。私ね。今回の見合いが決まった後なのだけど。アルサス中の工場を全部見て回ったわ。だから言い切れる。貴方が一番の向上心を持っているって・・・・』


オウギュストからすれば、アイシャの話し方は、口調の強さが何か咎められているをも抱かされる。


『少なくとも私は、私が見てきた限りで貴方が一番だと思った。貴方は、自分がしている仕事。それを心底楽しんでいるのでしょう。機械いじりをしている時の、子供みたいに夢中になっているのが分かる瞳。真っ黒な油汚れの付いた部品を気色悪いくらいニコニコしながら綺麗に磨いて。それで綺麗になると幸せそうな表情になるのも見ていたわ』


見合い中は、気持ちがずっと落ち着かないでいた。

今だって気色悪いと言われて。


なのに、思考は一体いつ・・・・・

オウギュストは、面と向かって突き刺さる声へ。

不思議なほど、そこばかりが気になっていた。


『きっと、整備とか修理をしながらでも色々と考えているのでしょうね。ぶつぶつと独り言を口にしているかと思えば。それで何か思いついた様に走り出したりして。でも、その時の表情だって、とても楽しそうだった』


気が強くて、上から目線な話し方は最初からそうでも。

声色が柔らかくなると、不思議と気に障ることも無かった。


『私、これでも高等科では経理や経営とかも学んだわ。けれど、私には何で起業しよう。肝心な部分がずっと見つからなかった。本音で言わせて貰うと、今回の見合いだって。父が条件を飲んでくれなかったら。だから最初は全然ってくらい乗り気じゃ無かったのよ』


見合いの最初と比べて、それで印象に柔らかいとも抱けるようになった・・・からかも知れない。

オウギュストは、この見合いを通して。

初めて、アイシャという女性を、自分から真っ直ぐ見つめ返せるようになっていた。


『貴方の叔父と、私の父はとても仲の良い友達だそうよ。それで互いに未だ浮いた話の無い甥と娘だから。まぁ、私の方は常に縁が転がって来るくらいも当然だけど。でも、そういう繋がりが作った見合いの席だから。父との件はそうだけど。それで断るにしても、私は貴方の事をちゃんと見定めて断ろうって。そう考えたからアルサス中の技師を見て回ったわ』


なる程、丁重なお断りへ繋げたい。

それで声色を柔らかくしたのか。

確かに、美人の彼女なら縁は幾らでもあるだろう。

対して、士官学生時代の制服姿もそう。

今日の見合いの為に仕立てたスーツだって・・・・似合っている感も無い俺は、不釣り合い以前なんだ。


縁なんて始めから無かったんだ。


『オウギュスト。私は気が強くて、それから口調も言葉遣いもそう。自分でも敵を作り易いってくらいを理解っています。だけど、私は自分の目で、自分の耳で直接、確かめるまでは判断もしないわ。こんな私を、オウギュスト・・・貴方は伴侶にしてくれますか』


この瞬間は、破談を容易に想定していたオウギュストも狼狽するくらい意表を突かれた。

無意識の露骨が、表情まで有り得ないが現れたオウギュストは、それを真っ直ぐ見つめていたアイシャを、見合いが始まってから初めて可愛いも抱かせる笑みに包ませていた。


『ねぇ、オウギュスト。私、これでも尽くす女よ。だから、裏切ったら・・・・ちょん斬るわよ』


見合い場所として叔父が手配してくれたホテルは、貸切っている個室で互いに一人掛けのソファーへ腰を下ろすと、膝程の高さしかない四角いテーブルを挟んでいた。

着慣れないスーツ姿のオウギュストと、普段から着こなしている感も漂うアイシャは、そして、この瞬間のアイシャが片膝をテーブルへ乗せるようにして身を乗り出していた。


オウギュストにとって、同い年の女性から鼻頭が触れそうなほど間近へ寄られた経験など一度として無かった。

こんなに間近で、唇まで今にも触れそうだった。

だけに、身を乗り出して迫ったアイシャから見つめられて。

その声が耳から届いた胸の奥を、これ以上ない激しさで震わせた。


ただ、これも初めてな体験は、アイシャの片手が、その掌がスラックス越しに自分の股間を包み込んでいるへ。


・・・・・裏切ったら、ちょん斬る・・・・・


オウギュストの震えは、返事をしたのではない。

だが、それでコクコクと頷いた様にしか映らない震えが、間近で見つめていたアイシャを誤解させると、嬉しそうに微笑ませてしまった。


この直後、オウギュストは、人生初の熱烈でディープなファーストキスまでを体験する事になった。


見合いから一月。

オウギュスト・ルーレックは、アイシャ・ルーレックを名乗ることになった伴侶と式を挙げた。


叔父は感涙に浸っていた。

叔母は、自分が尻に敷かれるを歓迎していた・・・・ようにしか映らなかった。


ただ、オウギュスト・ルーレック自身、進んで妻の尻に敷かれるを選んだ。

と言うか、逆は絶対に無理だと理解っていた。

そういう事でもある。


一方で、アイシャ・ルーレックとなった妻は、確かに夫を良く尻に敷いている。

けれど、この妻は、それでこれも確かに良く尽くす。

そういう意味では、特に仲の良い夫婦くらいを周りも一様に抱いたのだ。


-----


水魚の交わり。

そんな言葉がよく似合うオウギュストとアイシャの関係は、ルーレック・ファクトリーを僅か十年で、当時も今も八大名門と呼ばれる門閥貴族と肩を並べるくらいの資産規模へと至らせた。


自導車産業は、この間でルーレックブランドが帝国の市場を独り占め。

更にルーレックブランドは、家庭用の生活機器を扱う市場をも支配した。

エアコンも、コンロも、冷蔵庫も、洗濯機も、照明も・・・・・

どの家庭にも当然と備わっているこれ等は、先駆けたメーカーの販売価格が、当時は貴族や裕福な所でしか手に出来なかった市場を、ルーレックブランドは庶民の家庭さえ手が届きやすい価格帯で攻めた事で市場を一気に拡大させると、そのまま独り勝ちも同然へ支配したに過ぎない。


だが、今や帝国では、その名を知らない者も居ないを謳われるルーレックブランドへ。

正真正銘、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長し続けるルーレックブランドには、当然と良く思わない者達がいる。


ルーレックブランドは、自導車産業や家庭用導力製品の市場を事実、独り勝ちした存在である。

同時に、それと同じように進出した兵器産業の市場では、特権階級を出資者に持つ古参の兵器メーカーが当然と立ちはだかった。


ルーレックブランドが特に自信を持っている導力機関を載せた戦車や装甲車は、自社の性能評価試験のデータが、古参のメーカーを上回るものであっても。

しかし、特権の前には公の品評会にさえ参加を認められない不遇を舐めさせられた。


兵器産業は、門閥貴族と呼ばれる八大名門の中でも。

そこで当時は特に幅を利かせるネストール公爵家が中心となってルーレックブランドを締め出した


新聖暦2070年代

ヘイムダル帝国内においてネストール公爵家の怒りを恐れる者達は、揃ってルーレックブランドを兵器産業の市場からは排除しようと躍起になった。


不遇を被るルーレックブランドにとって、転機は2070年代も半ばの頃に訪れた。

兵器産業の世界は、そこでしか流れない噂も多く在る。

そして、流れた噂の一つに転機が在った。


―――隣接するゲディス自治州において。まるで会社の様な傭兵団が大きく成長しているらしい―――


それまでのルーレックブランドは、自社製の兵器を、正規軍向けにのみ販路を広げようとしていた。

しかし、そこにはネストール公爵家が立ちはだかっているため、販路を僅かにも得られないでいた。


噂を耳にしたオウギュストは、アイシャの助言もあった。

既に大量の在庫を抱えているルーレックブランドの兵器を、その販路を得られるかもしれない。


ただ、傭兵に関しては、金さえ貰えば何でもする印象が、信用して良いものか。

懸念を抱きながら、それでもオウギュストは自らゲディス自治州へ足を運んだ。


噂の傭兵団は、ゲディス自治州にある傭兵ギルドで直ぐに判明した。

ギルドの支配人は、スーツ姿で訪れたオウギュストからの質問に当然と『イグレジアス』だと答えると、イグレジアスが本拠を構える建物への案内人と紹介状も用意してくれた。


案内人に連れられたオウギュストは、その日の内にイグレジアスを纏める未だ若い青年と会談を持った。


招かれた室内は、それでオウギュストがイメージして来た傭兵の印象とは掛け離れていた。

案内される途中から違和感があった。

イグレジアスが拠点とする建物は、どう見ても帝国でも有名なホテルにしか見えなかった。

外観からゴシック調な造りを取り入れもした建物は、中へ入って尚更な高級仕様のホテルを思わせた。


大理石を敷き詰めた様な床と、設けられたフロントカウンターへ真っ直ぐ敷かれた赤い絨毯。

天井は、此処がフロントだからだろうか。

華やかで豪華にも映るシャンデリアを映したオウギュストは、案内役へ『此処が本当に傭兵団の拠点なのか』を尋ねたくらい。


インパラブラックとも呼ばれる黒御影石のカウンターで応対してくれた若い女性は、身形も整った制服姿で、そして、受け答えはもうホテルのフロントスタッフと然して違いが無い。

それまでイメージしてきた傭兵は、事実、目の前のイグレジアスだけは完全否定された感だった。


それから間もなくオウギュストは、応接室へと案内されたが。

建物は此処までを見る限り。

最初に抱いた高級ホテルの印象を、僅かにも崩させなかった。


『お待たせしました。私が傭兵団イグレジアスの団長をしておりますヴェンデルと申します。未だ若輩の身ではありますが。ルーレックブランドの名は私も存じております』


通された応接室で、そこに用意された深く沈む様な座り心地のソファーへ腰を下ろして待っていたオウギュストの前に現れたのは、どう見ても二十歳くらいの青年士官にしか映らない男性だった。

服装は軍服を模したような上下と黒の革製ブーツ。


傭兵に抱くイメージは、もう完全崩壊もいい所だった。


散々驚かされもした。

けれど、用向きを尋ねられた所からのオウギュストは、此処から自社製の兵器が故国では古参の企業と、その後ろに在る特権階級によって販路を得られず困っている。


オウギュストは自社が作った兵器について、決して古参のメーカーにも引けは取らない。

此処へ赴いたのは、会社の様な傭兵団があるを耳にしたからだと。


『なるほど。そういう事であれば、私にとっても願ったり叶ったりです。実を申しますと、我々傭兵が扱う武器については、その殆どが軍用品の型落ちなのです。最新と呼べる兵器の類は、これが中々と言って良いくらい入手が難しいのも現状でして。渡りに船とは、こういう時の言葉なのでしょう。否、寧ろ。私の方からお願い致します。ルーレックブランドの兵器を、どうかイグレジアスに売って頂きたい』


会談は、その一度目で売買契約が締結された。

オウギュストが手掛ける兵器は、それを全部イグレジアスへ供給される仕組みになった。


販売は勿論。

供給されたイグレジアスの側から上がった改善要望は、それをオウギュストが真摯に受け止めると、試作品が此処から幾つも生まれるに至っている。

要望と、時には提案も。

そうして試作型を作っては、イグレジアス側からレポートを受け取る。


ルーレックとイグレジアスの関係は、これも水魚の交わりだったからこそ。

新聖暦が2080年を迎える頃には、両者ともに世界へと名を広める存在に至ったのである。


-----


ヘイムダル帝国の首都、帝都セントヘイムからは遠く北西にある山脈地帯。

アイゼナルと呼ばれるリーベイア大陸の西側北部を占める大山脈は、その連なりの一端が工業都市アメリアと接している。


今やローランディア王国が世界に誇る工業都市ゼロムがそうであるように。

此方もヘイムダル帝国が世界に誇る最大の工業都市アメリアは、街の北部に接したヴェルナ大鉱山によって栄えた。


アメリアは、八大名門とも呼ばれる門閥貴族の一つ。

現在の皇家とは代を重ねた縁戚関係を持つヴェルナー公爵家が治める領地内の都市である。


とは言え、近年でこそ復権を果たしたかに映るヴェルナー公爵家は、それ以前。

帝国貴族の内、公爵と侯爵を占める八大名門に名を連ねながらも。

更には公爵家でありながら。

序列とも呼べる格付けが、それこそ最も低い扱いを受けていた。


当時、イグレジアスと組んで以降の一層飛ぶ鳥を落とす勢いで成長したルーレック社は、逆に没落の一途を辿っていたヴェルナー公爵家へ接近した。


その頃のヴェルナー公爵家は、膨らんで返済の目途すら立てられない負債に苛まれる有様だった。

かつては栄華も極めた公爵家だったが。

事業投資に失敗したを機に墜落も同然の状況へ立たされた。


そんなヴェルナー公爵家へ、ルーレック社が接触した目的は、公爵家が有する利権を欲したからである。


―――ヴェルナ大鉱山の資源採掘権―――


帝国最大の大鉱山は、皇家直轄に置かれている。

ただ、金属資源の市場価格を一定に統制する意図は、これで年間採掘量へ法が定めた制限が課されている。


皇家直轄の大鉱山は、その採掘権の五割を皇家が保有している。

そして、ルーレック社が接近したヴェルナー公爵家が、採掘権の残り五割を有していた。


アメリアに屋敷を構えるヴェルナー公爵家は、しかし、事業投資の失敗によって。

もはや、採掘権まで差し押さえられる・・・・・・

瀬戸際は、そこへ接近したルーレック社の資金によって辛くも脱した。


以降のルーレック社は、ヴェルナー公爵家が払うべき負債を全て引き受けた。

見返りは、公爵家が有する採掘に絡む業務を全て委譲して貰う。


ただし、表向きには帝国の制度が関わるため。

そのため、ルーレック社は制度上の手続きとして発注者たる公爵家から業務を請け負う。

それでも。

ルーレック社は実質、それこそ公爵家が保有する採掘と販売の全権を掌中に収めた。


両者の関係は現在に至っても続いている。

そもそも、先ず事業投資に失敗した後は墜落も同然。

膨大な負債を抱え込んだヴェルナー公爵家が保有する採掘権。


膨大な負債は、此処で権利はあっても採掘に必要な資材と人材を揃えられない。

まぁ、そういう所まで落ちた公爵家は、資材と人材を有するだけでなく。

当座を凌ぐ資金さえも持ち込んだルーレック社の申し出へ、藁をも掴む思いで縋ったのだ。


公爵家からすれば、ルーレック社は此方の負債を全て引き受けてくれる。

代わりに此方が保有する採掘権が絡む業務の全てを、ルーレック社は全て任せて頂きたい。


公爵家にとっては、既に採掘に携わる人材も無ければ資材すら残っていない。

そして、ルーレック社が以後の返済を担うために必要な資金調達を、それも安定して行うためには採掘に絡む業務を全て任せて欲しい。

両者の思惑の一致は、必然だった。


一時、破産も噂されたヴェルナー公爵家の財政は、ルーレック社との契約によって山場を越えると、現在では季節毎に規模の大きな園遊会をも催せる。

他の貴族諸侯へ『この程度は大したことも無い』を(はばか)りなく言えるくらいにはなった。


ヴェルナー公爵家が保有する採掘権は、此処で採掘された資源を全てルーレック社が買い取っている。

公爵家の主な収入は、この取引で得られる利益が大方を占めている・・・と言って過言にならない。


ではルーレック社の方はどうなのか。

ルーレック社は事実、採掘された資源を公爵家から買い取っている。


ただし。

この時の資源は、それで採掘された状態のものを指す。

ルーレック社は此処から先ず、資源の加工を行うと、加工された製品が市場へ販売される。


例えると先ず、採掘された資源を、此処では原材料と呼称しよう。

そこから原材料1当たりの購入価格を100と置き換える。

つまり、公爵家から原材料を100購入すると、支払額は1万になる。


ルーレック社は購入した原材料100から加工製品200個を生産できる。

加工製品は1個1000の販売価格で市場へ流れる。

よって、ルーレック社は販売益20万を得られる。


こうしてルーレック社が得た利益は、その一部が公爵家から引き受けた負債の返済へと充てられる。

厳密には鉄や金といった資源によってもレートが変わる他。

加工の内容等によっても販売価格が変わるため。

後は販売益から諸々を差し引いて残る純利益の部分もそう。


それでも。

ルーレック社は最初に公爵家へ支払う金額を、それを大きく上回る利益を掴んでいる。


更に、採掘権の五割を保有する皇家は、その内の半分を現在に至ってヴェルナー公爵家へ預けている。

これは彼の獅子心皇帝とも謳われたディハルトが、その挙兵に際して馳せ参じた味方の一人へ。

自らが皇帝となった後には不可侵を約して与えた特権だった。


現在に至るヴェルナー公爵家は、始祖がディハルト皇子と共に戦場を駆けて得た武勲によって地位や特権を与えられたのが始まりである。

そんな名家が今にも潰えそうになった際。

既に持ち腐れだった権利は、これを独占しようと目論んだのがルーレック社だった。


要するに。

特権も合わせると、ヴェルナー公爵家は鉱山採掘権の75パーセントを保有していたのだ。

同時に、この75パーセントを、現在はルーレック社が掌中に収めている。


最後にルーレック社が、ヴェルナー公爵家の窮状を一先ず凌ぐのに用いた資金。

資金は、これがイグレジアスと組むことによって得られた利益とも言える。


武器の販売を生業として、それも現場の声を第一に掲げたルーレック社は、イグレジアスと組んだことが成功を掴むに至った。

現場から届けられる要望に対し、創業者にして技師でもあったオーギュスト・ルーレックが誠実な為人だった事もある。


それまでの製造する側が使用する側へ当然と押し付けていた部分は、最も使う側の要望に沿う形で開発、製造が行われた事が、これも一つの産業革命を起こしたと言えよう。


故に、創業者オーギュスト・ルーレックは、一代で巨万の富を掴んだ成功者としても名を刻んだ。


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