第31話 ◆・・・ 当然と愕然 ③ ・・・◆
今朝の修行は、そこでもまぁまぁ・・・・ね。
うん。
それで、バタン、ドボンなこともあったけど。
歩くよりも滑る方が簡単に出来た。
これは成果だね。
歩く方の修行は、エレンの言う通り感覚に慣れる必要がある。
慣れるまでは継続して、それくらいも理解った。
なので、今朝は楽に出来た滑る方。
今は滑る方を、もっと上手く出来るようになろう・・・とね。
僕はキラキラ眩しい水面で色々試しています。
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室内にある置き時計の針が6時を指した頃。
昨晩は宿の二階で、憧れるシャルフィの女王が泊まった部屋の隣室で眠った少女は、今朝も時間通りに目を覚ました。
室内は自分と、もう一人。
目を覚ましたクローフィリアは上体を起こすと、視線は隣のベッドで未だ眠っているティルダへ。
この部屋のもう一つ隣は、そこは祖母が泊まった部屋。
警護と、それから部屋の間取りもあるけど。
だから、お婆様の方にはイリアが泊まった。
ベッドから出た私が一先ず着替えと、それから鏡台を前に身だしなみも整えた頃。
見た目は古めかしさが、ただ、お婆様は味わい深い落ち着きを感じるとも語っていた木製の扉をノックする音へ。
外からの声でノックをしたのがイリアだと分かった私は、そして、扉を開けたイリアから祖母が呼んでいる。
お婆様の呼び出しなら直ぐに赴かないと。
伝えに来てくれたイリアへは簡単でもお礼を、それから部屋の外へ出た私の足は一階で待っている祖母の所へ向かった。
ただね・・・・
御寝坊さんなティルダには、ちょっぴり悪い事をしたかもね。
きっと今頃は、イリアに痛い起こされ方を・・・・・まぁ、それもいつものことなんだけど。
「お婆様、おはようございます」
「クローフィリアも、昨夜はよく休めましたか」
幾つかあるテーブルの一つで、お婆様は椅子に腰かけた楽な姿勢で私を待っていた。
奥の方からは、此方は女将のマーレさんだと直ぐ分かる。
今日も元気なマーレさんの声は、朝食の用意をもたもたするんじゃない・・・・・
私を待っていたお婆様は、私が予想した日課の運動・・・ではなく。
せっかくの機会だからと。
今朝は朝食までの時間をウッドテラスで、私が通う学院での生活などの話を聞きたい。
私の見知るお婆様は、昨日の件もそう。
父や母ほどでは無いけれど、私に対しても厳しい御方です。
本当は、こういう言い方が失礼くらいも分かっています。
ですが。
今朝のお婆様は、何か良いことがあったのかも知れないけど。
とても優しい印象は、声の感じまでが優しかったんです。
私は、王宮でも学院でもですが。
この様な優しいお婆様を見た記憶がありません。
だから。
厳しいを前にとても緊張するのとは違う。
上手く言えませんが、そういうのとは違った緊張で、機嫌を損ねてはならない・・・・・
私は、お婆様の誘いへ。
内心、朝から叱られる事だけは避けよう。
椅子から立ち上がって歩き始めたお婆様の後に続いた私は、眩しい朝日に照らされた湖を眺められるウッドテラスへ。
まさか、そこでこれほど心を揺さぶられる。
こんなにも美しいと抱ける魔導を見れるだなんて、全く思いもしませんでした。
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昨夜の席は、そこで、私から告げたイグレジアスの件。
ブライト少将とマッシュ元大尉にとっては・・・・特にマッシュ元大尉の方が酷く憤ったくらいも理解る。
二人にとってイグレジアスは、決して赦せる存在などではないのだから。
事件の舞台となったパキアの街は、確かに、表向きは犠牲者を出さなかった。
そう、此処は政治的な部分が強く関わった事情が、故の扱いとされた。
ローランディア王国は、このパキア事件によって。
王国内での傭兵の活動へ、厳しい制限を法で定めた。
それこそ、傭兵の出入国それ自体からを厳しく取り締まった程は、それまで国内に幾つかあった傭兵ギルドが規模を縮小するに至った。
結果、現在のローランディア王国には、小さな傭兵ギルドが一ヶ所のみ。
付け足すと、それまで傭兵が請け負ってきた依頼は、これを王国が新たに定めた法によって。
現在では、『遊撃士』と呼ばれる国家資格を持った特別公務員が担っている。
ローランディア王国が設けた遊撃士の制度は、それで傭兵がしているような仕事とよく似ている。
けれど、この遊撃士については、ローランディア王国が認めた特別公務員。
そのため、遊撃士は傭兵の様に賞金首を殺してでも捕まえる等が許されていない。
捕縛は、あくまで生かしたまま行われるも法で定められている。
遊撃士ギルドは王都に本部を置くと、国内の各都市に支所を置いて活動している。
まぁ、これも法で定められた部分なのだけど。
だから当然、遊撃士は傭兵と異なって、その活動が国内に限られるわ。
あとは戦時においてなのだけど。
遊撃士は正規軍への強制編入も義務付けとなっているわね。
他にも違いはあるけれど、まぁ・・・なるだけなら簡単な傭兵ほど気楽に務められる職でもないのよ。
ローランディアが生んだ遊撃士の制度。
けれど、そのきっかけを作ったのもイグレジアスの悪事であることは、間違いないわ。
ただ、そんな経緯がある遊撃士の制度を、以前までのシャルフィは、此方も真似た様な制度を導入しよう。
と言うよりも。
私とフェリシア様の間では、この遊撃士の制度を、それでシャルフィとローランディアの二国間で活動できる。
外交を通じて協議をしていた時期もあったのよ。
だけど、私の可愛い息子がね♪
もうね・・・ホント、この子ったら、とんでもなアイデアをね♪
カーラが先に読んで、それから私も読んだアスランのノートには、遊撃士の制度とも異なる案。
そうね。
これは、どっちかって言うと・・・シレジアの警察機構がずっと近いわね。
私のアスランはね。
今の騎士には、権力が集中し過ぎている。
そして、騎士の不正を取り締まれる存在が無いに等しい。
シャルフィにおける騎士は、それが忠誠を尽くす王へ剣を捧げた特別な存在でもある。
だから、そんな騎士を粛正できるのが、これも王だけだったりするのよ。
コルナは、そういう部分もずっと残して来た私へ。
彼女が蔑む様に言い切ったサボった分のツケとは、きっとこういう意味も含まれているんだと思ったわ。
王都の治安を担う鎮守府は、アスランの案を実験的に採用しました。
騎士が持つ権限は、今の段階で一気に縮小・・・・とは出来ないけど。
鎮守府では多くの民間人が働く様になりました。
今は未だ兵士と呼ばれる職業の者達が殆どですが。
現役の兵士も含めて、そこへ中等科卒の資格を有する者達を対象とした試験制度を設けました。
何れ、名称もまた変わるでしょうが。
今の所は『保安官任用試験』としているこの試験は、筆記試験と体力測定を経て合格した者達へ。
ここから必要な心構えは勿論、知識と技能を得る研修があります。
研修は最後、ここにも試験があるのです。
そして、この試験を見事合格できた者が、実際の職務に従事して貰う流れとなっています。
保安官には、身分出自に関係なく罪人の逮捕捜査権が与えられています。
当然ですが、女王である私でも、それが逮捕に至る罪なら、保安官は当然と逮捕権限を行使出来る。
そういう法も定めました。
同時に、罪状の裏付けなどに必要な捜査権が、この保安官には認められているのです。
騎士だけに与えられた特権にも映る部分を、保安官は行使できます。
未だ始まったばかりな点は、それで保安官の数が絶対的に少ない現状もありますが。
それは始まったばかり故に致し方無いでしょう。
ただね。
うちの息子は、わざとらしく相談したカーラへ。
だったら、シレジアから捜査官を招いて講師に出来ないかって。
いやぁ・・・・ホント。
出来過ぎな息子はねぇ・・・・それで素性を未だ明かしていない私にプレッシャーばかり掛けるのよね。
ええ、ですが、私は当然と頑張りましたとも。
事務的な部分は、最恐の宰相様が陣頭指揮も取りましたが。
この件に関係なく。
そもそもシャルフィとシレジアは、遠からず一つになる方向で今も準備が進められているのです。
そうね。
これもシレジアがシャルフィに糾合される扱い・・・には、なるのでしょうけど。
ただね。
アスランの案が、此処でシレジア側からより好意的な扱いを受けたことも事実なのよ。
シレジアの方からは、そういう事なら協力は惜しまない・・・・って。
まったく・・・・・
うちの息子は、ホント、水面下でも偉大な功績を作ってくれました。
母さんは、だからね。
アスランには格好悪い所、絶対、見せられないのよ。
フェリシア様と話し合いを重ねた遊撃士の制度も何れ導入はします。
だけどね。
それも含めて新しい治安の在り様を、だから、私もカーラも今を、良く言えば充実した日々。
それくらい忙しい日々に身を置いています。
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昨夜は遅く。
それでもベッドに入る時は先に眠った我が子の可愛い寝顔を、起こさない様に優しく抱きながら眠りに就いた。
胸に抱いた我が子は、大きくなっても可愛いものだ。
シルビアにとって、今宵も幸せ満開だった。
それが、今朝は突然の事に激痛を伴って起こされた。
『酸っぱい女。いつまで惰眠を貪るつもりですか』
眠っていた所を蹴飛ばされたシルビアの身体は、頭から床に叩き付けられての目覚めが、だから当然、凄く痛かった。
一体何事かと。
眠気も残る瞳は、ただ、そこで映したコルナの蔑んだ視線が、完全に目覚めさせると背筋へ悪寒も走った。
『コルナ。貴女が女王を心底嫌っているのは、それも事情を聞いていますので理解らなくもありませんが。ですが、貴女も。もう少し礼を取るべきだと私は思いますよ』
ご先祖様の声は、もうカクカクな動きでしか首を動かせなかったシルビアを、寝起き早々から地獄へ突き落したくらいもあった。
カタカタと音を鳴らして震える口は、二人から向けられる視線を前にして声すら発せず。
シルビアにとって、この瞬間は生きた心地がしなかった。
いい歳をした大人の女王が・・・等とも抱くユミナは、しかし、単に怖がらせるを目的に足を運んだのではない。
ただ、まぁ・・・・溜息も漏れるくらいには呆れもしている。
アスランと比べて、その母親はなんと脆いものかと。
「いつまでも震え上がっていないで。貴女も直ぐに支度を整えなさい。でないと見逃してしまいますよ」
ユミナの方は、それでコルナの様に憎んでも無ければ憤ってさえない。
今も気に掛けるのはアスランの方で、その母親には然して期待もしていない。
ただ、今朝は妹からの声が、その内容が興味を引いた。
だから此処へ駆け付けた・・・に過ぎないのだ。
そして、どうせなら母親の方にも見せてやろう。
「アスランの朝稽古。今朝のは面白いですよ。だから態々起こしに来たのです。まぁ・・・見る気も無いのであれば。それはそれで構いません」
ユミナは、今になって呆然としている様にも映った母親へ。
自らは告げるだけ告げると、黙したまま待っているコルナを伴って部屋を後にした。
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気分はもう最高なくらい。
滑る方はどんどん上手くなっている・・・・それがとっても楽しかった。
エレンとの競争も、それから湖の上で滑る様なダンスも。
気付けばクルっと飛んだり、ピョンって跳ねたりもやれていた。
でもね。
僕は、エレンが一緒だから。
それで出来ているだけだと思ってたんだ。
「アスラン上手い上手い♪」
「うん。きっと慣れたんだと思うけどね。片脚だけで滑ったりとかさ。後ろ向きに滑るのも結構楽しいかもって。今はもっと色々試したいって・・・・すっごく楽しいんだ」
「エレンもね。アスランが凄~く楽しいって分かるよ♪どんどんやっちゃえ♪」
なんて言うのかな。
水面を歩くなんて、別に歩く必要は無いんだよ。
地面なら歩くし、走ることもあるけどさ。
水面には水面に適したやり方がある・・・・・
まぁ、そんな風にも思えて来たんだ。
そうそう。
コツと言うか、浮かす感覚は空の属性で、それから推力は風の属性も同じなんだけど。
どっちも足裏でした方が、姿勢が安定するんだ。
で、加速も減速も風の属性をコントロールすれば良いも理解った感じだね。
後ろ向きに右足だけで弧を描くように滑りながら。
マナで起こした上昇気流に乗る様なイメージでのジャンプは、思った通り高く跳べたよ。
高く跳んだところで景色をぐるりと一周しながら。
今度は左足で滑る様に着水する。
水面を斬った様な水飛沫を正面に映して綺麗だと思っている間に、滑る左足は、右足とは逆の弧を描きながら。
僕は再びさっきと同じように高く跳んだ。
今度は跳んでいる間に景色を二周くらい。
あれだね。
もっと出来るようになったら。
何回でも回れるかもね。
「ねぇ、ねぇ♪どうせならさぁ~。見える状態でやったら、もっと綺麗かも♪」
隣を並んで滑るエレンの感想は、見える状態?
ああ・・・・そういう事か。
ティアリスとの修行では、それで不可視化を当たり前の様にしていたからね。
でも、今はそうじゃないし。
エレンの言いたい事が分かった僕は、不可視化を解いた。
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大急ぎで身なりを整えたシルビアが、慌てたも同然に階段を急ぐような勢いで降りた先。
シルビア自身は、これまで一度も。
我が子の朝稽古を見たことが無い。
だいたい、朝稽古が、それも神界でしているとなれば、行けない身では見ることも叶わない。
ただ、ご先祖様の妹君を相手にしての朝稽古は、それくらいは聞いている。
一階へ来た所で直ぐ耳に入った感動を表したような声は、どうやらウッドテラスの方で何かある。
足を向けたシルビアの視界は、ウッドテラスに集まった者達を映すと、そこでフェリシア様やマーレさん達が、それこそ釘付けの様な視線を湖の方へ向けているのに気付いた。
「今朝は何か催し物でもあるのでしょうか」
自らもウッドテラスへ足を運んだシルビアは、此方の尋ねる様な声に一度振り返ったフェリシア様から促されて。
そうして向けた視線が映した光景へ、途端に抱いた有り得ないが、それで女王の表情を完全に崩してしまった。
「その様子ですと、シルビアさんも初めて見たようですね。なるほど、レイラとルイセが特に推す理由を、私も理解出来ましたよ」
表情が崩れたシルビアの驚きさえも、それすら納得した感が微笑むフェリシアの感想は、視線が再び湖面の方へ。
そこは水面に金色の軌跡を残しながら、今もずっと滑っているを楽しんでいる。
大人の女性の方には、それも何処か似ているを抱きながら。
しかし、見て分かるくらい楽しくて夢中になっているアスランには、無意識の内に微笑まされていた。
「ルイセからの手紙では、アスランが使う魔導を、自分達の常識からは逸脱している。そういった感想も記されていました。しかし、これも見てしまうと納得ですよね」
驚きが大き過ぎたシルビアから見ても。
フェリシア様は、今朝は特に柔らかな感じに映っていた。
「ねぇ、シルビアさん。昨日はいつでも迎えられると・・・・でもね。私は本心で、今直ぐでも迎えたいと思いました。それくらい、アスランは稀な逸材です」
柔らかくも映ったフェリシア様は、この瞬間だけ。
それを向けられたシルビアには、いつになく本気だと伝わるものが在った。
我が子を、それほど高く評価して下さる。
本当に誉れな件である筈なのに。
たとえ一瞬でも。
その意思は、シルビアに冷たいほど深く突き刺さった。