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第28話 ◆・・・ 卓を囲む者達だから知る物語 ⑥ ・・・◆


あの日、ローランディアの王都ヴィネツィーラでは、息子のウィリアムとヘイムダル帝国から嫁いだ皇女イザベラの結婚式が、それこそ国を挙げて盛大に催された。


その翌日。

こうなってしまったを一身に背負い込んだ幼馴染み(マーレ)は、翻意叶わず王宮を去った。


私は、それこそマーレを引き留めるべく幾度も話し合いを重ねた。

この件は、それでマーレが責を負う必要が無いのだからと・・・・・・


でも。

私は、幼い頃からずっと一緒だったから理解っている。

マーレが必ずしも。

自ら望んで王宮勤めをしたのではない事を。


私が王太女となったばかりの当時。

あの頃の私は、それで確かに未だ13歳という点では幼かった部分もある。

ただ、次期国王という立場と、国王でありながら病弱なために政務へ十分に携われないでいた父の名代として臨んだ公の場は、未熟な私へ群がると突き刺さる声や視線が心底怖かった。


伸し掛かった重責は、幼い私の心を恐怖が染めた不安で満たした。

それは当然、身体にも酷い不調を引き起こしたのを今でも憶えている。


だからこそ。

私は、私が体験した事実が在るから。

クローフィリアへは、せめて高等科へ通うようになってから徐々にをも考えている。


幼馴染のマーレはね。

それで生理も来なくなるくらい心身ともに酷く不安定になってしまった私を、独りに出来ないって。

そう強く思わせてしまったのね。


子供の時からずっとそうだった。

面倒見の良い姉御肌な性格のマーレは、これも今だからそう思える。

当時は私もバカみたいに何でもかんでも内に抱え込んでしまっていたのよ。

で、そんなバカな私には、姉の様に接して来るマーレがね。


『その馬鹿を卒業して。そんで立派に独り立ち出来るまでは。しゃぁないから、あたしが面倒を見てやるよ』


結局、マーレは私が即位した後もずっと傍に居てくれました。


マーレが居てくれる。

私には、それだけでもう言い様がないくらい安心を得られました。

そう。

この絶大とも言い切れる安心感。

だから。

私は、どんな時も毅然と振る舞える。

少なくとも、そういう風に映る女王にはなれたという訳です。


因みに、政務官として王宮を取り仕切っていた頃のマーレは・・・・そうね。

一言で表すと支配者様かしらね。


まぁ、私もマーレには逆らえなかったわ。

と言うよりもだけど。

私は、それだけマーレに依存していた部分が在ったのです。


ただね。

事実、王宮の支配者だったマーレは、けれど、威張り散らすような事は無かったわ。

女王である私のスケジュール管理もそう。

政務官マーレは、外交を含めた政治全般へとても優れた実力を見せてくれました。


真実、女王としての私は、マーレの有能さに幾度も助けられたのです。


それくらい有能な政務官マーレは、ですが、一度怒らせると本当に怖かったのですよ。

会議へ数分の遅刻をしただけが赦されませんでした。


しかし、王宮内での政治や外交に関わる会議や会談は、それが時に分刻みくらいも当たり前なのです。

ですから実際に携わらなければ、たかが数分程度と思うかもしれません。

ただ、一つの会を成り立たせるために。

その下では多くの官吏が汗を流しています。


そうやって積み上げられた努力の上で行われる場は、議決や合意。

事によっては王の専決で社会へ反映されるのです。


マーレが怒るのは、最も汗を流す多くの官吏たちを思えばこそ。

私であっても当然と怒鳴ると叱責する姿勢は、事実、怖い反面。

そういうマーレが居るから王宮には緩みが生まれ難い。

常に緊張感と隣り合わせの王宮は、私の様に民が治める税で暮らす者にとって。

寧ろ、この程度くらいを苦にするようでは、為政者など務められないを思えたものですよ。


政務官マーレは、あの件があって確かに王宮を離れました。

その時の私は、自身の半分を引き裂かれた。

そう言っても足りないくらいは、これから先が不安でしかありませんでした。


『あたしゃローランディアからも離れようって考えたんですよ。だけどね。それだと・・・・・』


昔の泣き虫だったフェリシア様に戻られても困るんでね。

まぁ、今度は開発が始まったオーランドにでも行きますよ。

そんで、時々はフェリシア様が息抜きに来れる。

あんたが大好きな釣りも楽しめる温泉宿の女将をやるとしますかねぇ。


・・・・・だからフェリシア様。あんな王宮ですから疲れると思いますがね。そんな訳で時々は骨休めに来ると良いですよ。けど、あたしの宿です。つまり、働かざる者。食うべからずですよ・・・・・


私の幼馴染は、私のことを想ってくれる一番です。

こうして今は此処で立派な女将をしています。


-----


決して明るいや楽しい話題ではない昔話が、ただ、これも一段落着いた頃。

今宵も空から照らす白光が、見上げれば眩しい月も。

ただ、この明るくも淡いが、胸の内までを穏やかにしてくれる。


そうも抱ける月の灯が見せる一帯の景色は、これで昼間とは趣の異なる景色へ何時までも見ていられる。

惜しむらくは、春の夜を流れる風が肌寒い事だろうか。

オーランドは、あと一時間くらいで日付が変わろうとしていた。


急ではあったが、此度こうして集った理由。

それは、ただ、面白くも無い昔話を蒸し返すため等ではない。


故あって此処へ場を設けたのはフェリシアでも。

場を設けるだけの案件を持ち込んだのはシルビアの方。

そして、フェリシアから内密に知らされると、急であっても場を整えたのはマーレである。


持ち込まれた案件は、そこへ今回は関係のある二人を、だから今も席に着けさせていた。


フェリシアは自分のティーカップへ、飲み終えて空になったばかりのカップは、隣に座る幼馴染が紅茶を注いでくれるくらいを待った後。

起こした視線を卓を囲む者達へゆっくりと流したフェリシアの瞳は、最後にシルビアを映して止まった。


「シルビアさん。此処へ場を設けた本当の理由。それと先に私からマーレにだけは聞いた部分を話してあります。それでブライト少将とマッシュ元大尉には未だ伏せたままですが。ただ、二人とも私とマーレの他は貴女しかいない。恐らくは察してくれていると思います」


ブライトとマッシュは、そして、此処までの昔話には場を濁さないよう黙していた。

そうした空気の中、フェリシアから促されたシルビアは、一度小さく頷いた。


「私がサザーランドへ赴いていた最中に起きた事件のことは、先にフェリシア様へお伝えした通りです。改めて今からまた話をさせて頂きますが。ですが、この件。未だサザーランド公国からの公式な発信が無いため。皆様には口外無用をお願い致します」


シルビアはそのまま椅子に腰かけた姿勢で頭を下げた。

シャルフィの女王が畏まって頭を下げたことへ、四人とも黙したまま頷くような仕草だけが自然と揃った。


「先ず、サザーランド公国の北部国境地帯。帝国とを結ぶ街道があるアイーダ山脈の麓です。此処に在った町が山賊を装った傭兵団による襲撃によって焼き払われました。そして、この山賊を装った傭兵団は・・・・イグレジアスであることが判明しています」


傭兵団イグレジアス。

途端、その名を耳にしたマッシュの表情が露骨に歪んだ。

誰が見ても分かるほど隠そうともしない憤りは、あからさまな睨みとなってシルビアを突き刺した。


「聖女様よぉ・・・そでは・・・・・・間違いないんだな」


一気に溢れだした衝動を、寸での所で押さえた。

憤りに震えた声は、ただ、暴発してもおかしくない衝動が、今にも襲い掛かりそうだった。

それほど露わになったマッシュの殺意は、先に憤る理由を知るシルビアの小さな頷きが、凄む相手へ肯定を抱かせた。


「はい。討伐の最中に捕らえた者達の口からもですが。死体も含めて回収出来た身分証を調べた結果。イグレジアスに所属している傭兵だと判明しました」

「あいづらだけは・・・・ぜってぇ赦さねぇ」


シャルフィの女王が告げた言葉へ、憤るマッシュの低い唸りの声は、隣に座るブライトから抑えろと。

やや叱り気味の声は、同時にマッシュの肩を押さえ付けると掴んだ指先が深く潜り込んだ。


今は平静を装うブライトからの諫めは、それが怒りで顔色さえ赤く染めたマッシュの憤りを、この場は荒い鼻息を叩き付けさせた所で一先ず黙させた。

ただ、黙した所で落ち着いて等いない。

寧ろ凄まれたシルビアも含む四人は、マッシュが此処まで露骨に憤る理由を理解っている。

今も落ち着かせようと諫める元上官の隣で、気を静めようとするマッシュの大きな両肩が上下に動くそれを横目に映していたマーレの瞳は、ただ、シルビアには続けるよう促した。


「事件を起こしたイグレジアスのことは、押収した武器等からルーレック社が供与先である事も判明しています。今や帝国最大の工業都市アメリアを実質的に支配しているとも噂されるルーレック社の事は、それは私が改めて説明するまでもないでしょう」


その世界を知る者達にとって。

傭兵団イグレジアスとルーレック社の繋がりは今更な話でもある。


ただし、傭兵団イグレジアスは、死の商人ルーレックによって。

所属する傭兵たちは、組織化された死神へと変貌した。


そして、死神と化したイグレジアスは、今から三年程前。

それまでは平和だったパキアを、歴史にも刻まれた恐怖の底へ陥れた。


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