第25話 ◆・・・ 卓を囲む者達だから知る物語 ③ ・・・◆
ユフィを迎えに来た帝国軍の飛行船は、けれど、行き先はユフィ自身も知らされていなかった。
皇女からの問い掛けへ、乗組員らは口に出来ない理由を揃って『軍務尚書からの命令です』とだけ。
その時のユフィがどんなだったのか。
私はエレナからの感想も含めて。
やっぱり想像通りだったわね。
エレナの話だと、飛行船に乗った後は二人とも貴賓室へ案内されたらしい。
そこで不機嫌を隠さないユフィは別に。
エレナ自身は当然と何不自由なく寛いでいたそうだ。
皇女を乗せているだけあって設備も待遇も凄かった。
まぁ、これくらいは満喫したらしいエレナの感想だったわね。
二人を乗せた飛行船は最初、シャルフィから北のシレジアへ向けて飛行した。
けど、それくらいは当然。
シャルフィからヘイムダル帝国への航路は、両国の間に連なる高い山脈を越えられない事情が、それでシレジアを経由するくらいは私も知っている。
シャルフィとヘイムダル帝国を隔てる山脈は、標高にして五千メートルを超える。
ところが、今現在に置いても飛行船は高度三千メートルを超えられないのだ。
此処は飛翔機関の性能限界くらいも聞いたことがある。
だからユフィを乗せた飛行船が、シャルフィからヘイムダル帝国へ行くためには、飛行可能なシレジアを経由する航路になる。
二人を乗せた飛行船は、シレジアからヘイムダル帝国の領空へ入った。
エレナから聞いた限り。
帝国領へ入った頃には空が綺麗な夕焼けで染まっていた。
そのまま空の上で一晩を過ごした。
まさか、ローランディア王国との国境地帯へ向かっていた等。
翌朝、目を覚ましたユフィが窓から外を映すまで。
この瞬間まで二人とも夢にも思わなかった。
ユフィが罠だと確信したのは、丁度この時だった。
そういった経緯を、私はエレナから聞いている。
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ユフィが赴いた先。
そこはヘイムダル帝国とローランディア王国とが国境を接する場所だった。
仮に軍事演習をするにしても。
だからと言って態々誤解と不穏を生みかねない他国との国境地帯でするだろうか。
全ては、そう・・・・・・
この時のアナハイム事案は、フェリシア様が私へ仲介を頼むことも。
そこから頼られた私が、ユフィの口から皇帝に働きかける事までも。
最初から帝国の思惑の内に在ったのだ。
事件の後でユフィから直に聞いた話では、ハルバートンという将官が預かっていた命令書。
命令書は、そこに勅書が同封されていた。
『意に添わぬローランディアへ。帝国の威光を敢然と示す』
こうした勅命の下。
軍務尚書からの命令は、帝国の思い通りにならないローランディア王家は排除しろ。
欲しいのはアナハイムとZCFだけ。
後は全部、焼き払っても構わない。
というものだったらしい。
最初から戦争する気満々だったわけよ。
はぁ~・・・・嫌になっちゃうわねぇ。
私の素直な感想は、それで面白くない顔のユフィが鼻で笑ったのよ。
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思い出した当時の親友の表情へ。
シルビアの無意識は、そして、小さな笑みを作っていた。
「シルビアさん。あの時のローランディア王国は、貴女のおかげで戦火に至らず収められました。私は、今でも感謝していますよ」
フェリシアが向ける穏やかな眼差し。
意識を呼び戻された側のハッとした様な表情は、ただ、隣からは反対に見据えたマーレの視線が、誰が見ても理解るくらい鋭さを帯びていた。
「あたしもね。その件は確かにシルビア様の。いいや、それも含めてユフィーリア皇女の機転とオルガ長老の尽力。どれか一つ欠けても。だから戦争を回避出来た。そこは本当に感謝しているよ」
結果として、戦争には至らずに済んだ。
あくまで、結果としてである。
「だがね。だからこそ、クローフィリア様にはと思うとだね」
声色に険しいも隠さないマーレの唇は、ただし、内に抱えた感情が奥歯を噛みしめさせると、それ以上を言わなかった。
けれど、黙った所で誰が見ても理解る。
遣り切れないを抱くマーレの堪え切れず震える肩へ。
隣からそっとフェリシアが手を乗せた。
「マーレ。貴女の言いたいことを、それでも。私は女王として・・・・ローランディアの民を守る。そのための選択をしたに過ぎません」
シルビアには、マーレの瞳に滲んだ悔しいも含まれる感情。
確かに戦争にはならずに済んだが。
しかし、円満解決には程遠かった。
今でもこうして振り返ることで。
だから見えてくる。
あの事件はヘイムダル帝国が、ローランディア王国へ戦争を仕掛ける口実を作るためのものだった。
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俗にアナハイム事案と呼ばれるそれは、別にヘイムダル帝国だけが火種を起こしている訳ではない。
似たような事案は、これが東部自治合衆国との間ですら起きている。
けれど、合衆国の方は北に隣接するアルデリア法皇国が睨みを利かせている事で。
だから、帝国の様な暴挙に打って出たりは無いでいる。
アナハイム事案の多くは、それこそ魔導技術に関するものが題材に上る。
そうね。
魔導に関してだけ。
此処だけは、ローランディア王国が他国の追随を許さないどころか振り切っているわ。
ZCFのアルバート博士から言わせると、技術格差は軽く十年も離れているそうよ。
付け加えると、フェリシア様はヘイムダル帝国も合衆国も好きではない。
何故なら両方とも自分の思い通りにならない事には、揃って武力行使をチラつかせるんだから。
そういう考え方だから嫌われるのよ。
はぁ~・・・・
なんで、モテない男って、こうもバカなのかしらねぇ。
だけど。
この場合のモテない男は、それで狡賢い。
気になる女を、卑怯な手を使ってでも抵抗できない状態に追い詰めてのベッドイン。
要するに、自分の欲望だけを満たせれば。
その時の相手の気持ちなんかどうでもいいのよ。
ヘイムダル帝国なんか。
この例えが似合い過ぎてホント、困ったさんなんだから。
そうね。
茶化すのは、このくらいにしましょうか。
当時の事件は、企ての段階でフェリシア様と私の行動を見越していた。
その意味で先手を取った帝国は、確かに主導権を握ったのよ。
フェリシア様が頼るだろう私から皇女のユフィを引き離す。
しかも、引き離されたユフィは軍務に復帰させる事で。
此処は帝国正規軍を統括する軍務尚書が、軍権の範囲内なら自らの手で皇女の行動にも制約を掛けられる。
ただ、ユフィの為人を理解る私は、それでもユフィなら好き勝手に動く筈。
だけど、この点は軍務尚書の方も見越していたのよ。
軍務尚書は、そのために皇帝から勅書を頂いた。
頂いた・・・・と言うよりは、ユフィが好き勝手を出来ないようにする首輪と鎖を欲したのよね。
結果。
ユフィは、それで自身の自由な身動きが取れない状況へ陥った。
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一先ず時系列で並べると、ただ、原因の火種自体はずっと以前から在ったわけよ。
ユフィがシャルフィから離れた後で、それも三日くらい後。
今度は事前の連絡なしでローランディアから。
至急の面会を求めてやって来たのは、当時も今もフェリシア様の右腕。
ただ、その頃は王宮に勤めると秘書官をしていたマーレさんが私の所へ飛び込んで来た。
ユフィが罠だと察したように。
私と聖賢宰相は、この時の余裕の無いマーレ秘書官から事情を聞いて。
この段階で初めて帝国側に仕組まれたくらいを察したのよ。
しかも、今だからこうして整理も出来るのだけど。
私と聖賢宰相が、マーレ秘書官と会った一日半前くらい。
この時にはもう先に罠だと確信したユフィが、そこから反撃の一手を打ってくれた。
だから戦争だけは回避出来た・・・・・とも言える。
ユフィは赴いた先で、そこで出迎えたハルバートンから命令書と勅書を受け取った。
けれど、そのまま掌を返す勢いでエレナを、それこそ最速でシャルフィへ帰してくれた。
私と聖賢宰相が、この時は寝る間も惜しんでマーレ秘書官と手立てを考えていた最中。
夜も更けた王宮の中庭へ突如、空から帝国の航空艦が強行着陸したのよ。
もう、その時は私もね。
帝国がシャルフィへ奇襲して来たくらいも思ったわよ。
『シルビィ~♪ ただいまぁ~。お土産もあるわよ~~~♪』
夜陰に包まれた王宮の中庭へ突然、帝国の軍艦が突っ込んで来てよ。
夜中だったし、それで余計に近衛隊とかね。
みんな大慌てで・・・・・
なのによ。
あのエレナの間延びした陽気口調。
普段はエレナに甘過ぎなカーラですら。
軍艦の乗降口からスキップ、スキップ、ランランランなエレナへ。
一番に駆けたカーラの右腕が繰り出したエルボーは、そんなエレナを問答無用でノックアウトしたんだから。
でも、まぁ、このくらいは当然でしょ。
だけど、これが転機だった。
聞けばエレナを乗せて来た軍艦は、ローランディア王国からシャルフィへ。
確かに最短距離には違いないのだけど。
はっきり言って、言い訳出来ない領空侵犯よ。
露見すれば大問題な行為も、ただ、夜の空を全速で飛び抜けて来た目的は、エレナがユフィから預かった手紙を私へ届ける。
手紙を読んで。
私は、私が察したよりも早くユフィは罠だと気付いた。
でも、勅書のせいで自分は自由に動けない。
にも拘らず、ユフィは手を打ってくれた。
軍務尚書からは軍事演習の指揮を執れと命じられて来たのだから。
後は、勅書の何処にも戦争を命じる様な記載が無い。
よって自身は、当初の演習を口実に数日間だけでも時間を作れる。
で、自由に動ける私には、ノディオンのオルガ長老を頼れと。
そこから帝国の首都。
帝都に在る皇城へ行くためにもユフィの艦なら領空を自由に通れる。
なるほどね。
私にパシリをしろと・・・・・・
因みに、当時はそんな風に思う余裕など、毛ほどもありませんでした。
真夜中だったけど。
私は聖賢宰相に国璽を預けると、カーラとエレナ。
それからマーレ秘書官も伴ってユフィの艦に乗り込んだ。
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あの事件は、それこそ時間に猶予が無かった。
私達の誰もがそう抱くくらい。
ホント、それくらい焦っていたのよ。
私しかいないと頼って下さったフェリシア様からの親書。
内容は、そこに国民を想うフェリシア様の人柄が溢れていた。
だけに、携えて来たマーレさんにも色濃い焦りが表れていたくらい。
マーレさんのことは何度も会ったから多少は見知っている。
大抵のことには動じない。
というか、焦るマーレさんなんか想像も出来なかった。
いつだってドンッと構えて。
なんて事は無いって鼻で笑う。
こういう印象だけが強い秘書官様よ。
そこにだけどね。
私はフェリシア様よりもずっと怖いを抱いたものよ。
もし、マーレさんが母親だったとして。
私はきっと、持って生まれたこの才能を、それこそ子供の時から天才よりも更に上。
超絶的な神懸かりの域にまで達せられたと思うのよね。
今でこそ丸くなった様に見えるけど。
現役バリバリのマーレさんはね。
もう、王宮の支配者。
女王のフェリシア様すら逆らえない存在だったんだから。
だからね。
今日の夕食の件。
マーレさんから『下ごしらえくらいは手伝え』って、あれもそう。
私とフェリシア様の二人には、そこに拒否権なんか最初から存在しないのよ。
つまり、私が何を言いたいのか。
そんなマーレさんの見るからに余裕が無い表情と雰囲気は、事態がどれ程に悪いのか。
簡単に予断を許さない等の表現では収まらなかったわよ。
事実、この報せと親書を届けたマーレさんの口は、既にローランディア王国も国境線に戦力を動員した。
戦争は避けたい。
でも、恐らく避けられないだろう。
最早、解決に必要な時間さえ。
それも猶予が殆ど無い。
聖賢宰相も私も、エレナが帰って来るまで。
あの時までは、本当、追い詰められたとか八方塞がりに駆られたのよ。