第10話 ◆・・・ 教師エストとエレン先生?から学ぶ日々 ③ ・・・◆
エストの初等科時代は、その最終学年の夏。
シルビアから、進路を尋ねられたことがある。
当時のエストは、初等科で首席を取るほど優秀だった。
そして、シルビアから『望むなら無償で中等科へ通わせても良い』という話すら受けた。
初等科は、義務教育だから誰もが通える。
ただ、そこから先の教育は、授業料が必要になる。
それでも、初等科で優秀な成績を修めた生徒は、授業料が免除になる仕組みもあった。
初等科におけるエストの成績は、首席が付くほど優秀だった。
それこそ、授業料が免除になる特待生制度へ、申請すれば間違いなく認められたのだ。
シルビアは、そうした話を含めて、エストにその気があるならと・・・・・
だが、当時のエストは、既に修道女への進路を内に秘めていた。
シルビアとの面談は、望むなら特待生として中等科へ。
そういう誘いの話を聞いた後。
エストはシルビアへ、進路のことで秘めていた想いを告白した。
やがて・・・・・
エストは、シルビアから王都にある大聖堂。
そこで行われる修道女の採用試験へ、受験が叶う様にと、推薦状を貰っている。
大聖堂が毎年行う修道女の育成研修。
ただし、それは採用試験の合格者のみが受けられる。
その上で、合格率はかなり低い。
それこそ初等科で、いくら首席と言っても。
課される試験の、ある特殊な理由が、受験者の合格を困難にしていた。
特殊な理由とは、人柄を見定める面接試験を指す。
この面接試験だけは、アルデリア法皇国にある教会総本部から、面接官が直に派遣されて行われる。
そして、この面接試験こそが、合否をほぼ確定させる要素を占めていた。
はっきり言おう。
この面接試験では、身分や出自に学歴など。
それらは全て。
あっそうなんだ、ふぅ~ん・・・程度にも、ならないのだ。
受験者全員に、等しく求められるのは『資質』
修道女として欠かせない資質を、それを見定めるのは、総本部から派遣された10人の面接官だけ。
面接試験では、この面接官の過半数。
つまり、面接中に5人が不可とした時点で、不合格が決まる。
逆に最後まで、6人以上の支持を得られれば。
例え、それが初等科の学生でも、合格者とされた。
とは言え、この面接試験は、精神的に相当試されるらしい。
しかも、受験者本人だけでなく。
その保護者か後見人も、この面接試験を必ず受ける決まりがある。
故に、合格率はかなり低い、と言うよりも安定しなかった。
何せ全員不合格が、間々起きる。
それで統計を取ると、数字が表す合格率は、かなり低くい値となった。
当時のエストは、シルビア直筆の推薦状によって受験している。
そして、面接試験。
受験者のエストに同伴したのは、自らが後見人だと。
当時はもう既に『聖女』の二つ名で知れ渡っていた、シャルフィ王国の女王シルビア本人が同席している。
エストは後の研修期間中。
その時なって自覚することになるのだが。
あの『聖女』が、自ら後見人となった受験者。
試験会場の大聖堂では、超が付くくらい有名人になっていた。
更に、アルデリア法皇国にある教会総本部でも。
そこで各地の教会向けに発刊されている情報誌は、聖女と並んで『合格証書』を手にする少女の写真を、トップページの一面で大きく飾っていた等もある。
これら全てを、当時のエストは、研修も慣れた頃まで、何一つ知らないでいた。
ただ、エストは面接試験の最中、その時のシルビアの一言を、今も大切な宝物にしている。
同時に、それは自分の内側で、修道女になった今も。
決して揺るがない強い軸になっていた。
大聖堂で受ける修道女の研修は、最初の1年で、リーベイア大陸にある何処の教会でも働ける、一般的な『修道女』の資格が与えられる。
それとは別に、任意で二年目以降も研修を受けられる制度がある。
これは同じ修道女の肩書でも。
教会の他に『聖堂』『大聖堂』『教会総本部』といった場所で働くためには、それぞれに必要な期間の研修が義務付けられているからである。
エストは約1年間の研修の後で『修道女』の資格を得て今に至る。
だから、エストは当時の自分と同じように。
今も夢に向って頑張っているアスランへ。
シルビア様が真剣に考えた上で、こうしている事には納得している。
シルビア様が自分に宛てた手紙。
そこには外国で仕事をしている事情。
それで今も、アスランの勉強を直に見れない歯痒さ。
手紙を受け取る度。
エストは、これも必ず返事を書いている。
『アスランの勉強は私が見ます。だから心配しなくても大丈夫です』
似たような一文を、もう何度も書いていた。
シルビア様へ、安心して貰いたい思いは勿論ある。
けれど、こうして書くことが。
それによって自身へも。
強い使命感の様なものを抱かせてくれる。
手紙を出した後は、いつも何か俄然やる気が湧いた。
ただ、そのエストも。
カーラとスレイン神父が、揃って意図して伏せている内容までは知らないでいる。
更にアスラン本人は、周り全部に伏せていた事で。
エストは今も、アスランがシルビアと交わした約束。
『5歳の誕生日に、実力が備わっていれば幼年騎士に任命する』
それを未だに、知らないでいた。
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あの日まで。
それまでは、煩くも感じる、ただの話し相手だった。
誰がって?
勿論、精霊のエレンだけど。
まぁ、その日を境にね。
と言うかさ、他に居なかった事もあるんだ。
で、エレンは今だけど。
僕に『魔導』を教えてくれる・・・・一応、先生も付けておこうか。
僕とエレンの関係。
う~ん・・・・
そうだねぇ。
友達って言えば、友達かなぁ。
僕にも、エレンの姿は見えないんだ。
声だけが聞こえて、会話もできる。
まぁ、そんな感じだね。
でさ、声の感じで、僕と年の近い明るい女の子なんじゃ、ないかなぁ~と。
あぁ、でもね。
明る過ぎる性格なのか、時々耳障り。
と言うか最近もなんだ。
エレンには、僕が勉強に集中している時に騒がれて、まぁ、いつもの様に口喧嘩もしたよ。
因みに、口喧嘩と言っても。
頭の中で言い合う感じだから。
何というか、こう・・・うん。
どっと疲れるんだよねぇ。
頭が重くなるって言えば、分かるかなぁ。
季節も夏の終わりの9月へ。
僕がエレンからアーツ【魔導】を習い始めて既に一ヶ月。
ただね、初めてファイア・アローを唱えて、それらしい炎を出した時の感動。
それは、この一ヶ月の間で、もう完全に薄れてしまったよ。
と言うのも、未だエレンのように。
僕のファイア・アローは、炎の矢を飛翔させられていないんだ。
率直に言えば、初日から一ヶ月経った今も、半歩として前進していない有様なんだ。
エレンと全く同じ魔法式を唱えているのにね。
僕のファイア・アローだけは、目の前に炎の塊と言うか柱っぽいものが、一瞬出るだけで終わってしまうんだ。
今日もまた、昨日と変わらない結果だった。
何が原因で、エレンの様に出来ないのか。
僕は言葉通り、手探りで追求しているんだ。
僕が唱えたファイア・アローは、半歩どころか爪先ほどの進歩も見られない。
これは事実。
まぁ、その事で落ち込む時もある日々は、ただ、それだけじゃないんだ。
エレンから教えて貰えるアーツは、アーツに関わる知識の部分。
知識の方は、今も聞いていて胸がわくわくするんだ。
魔導。
エレンからは【アーツ】という言葉で習っているものについて。
実は神父様やエスト姉。
あと、それ以外の他の人達にも。
僕はずっと秘密にしている。
秘密にする理由。
アーツのことを精霊のエレンから習っている。
僕はエレンのこと。
此処では、もうずっと口にしていない。
他にも、本格的な魔導の勉強は、中等科に入らないと学べないこともある。
中でも特に『魔導器が無ければ魔導は使えない』という現代魔導を、僕は既に覆している。
こうした幾つかの事情がね。
だから、僕は誰にも話さないようにしているんだ。
秘密がばれない様に。
そのため、表向きは剣術の稽古で、此処の空き地に来ている。
朝も稽古で使っているこの空き地には、時々、エスト姉が覗きに来る。
他にも、この場所が王都へ続く一本道の通り沿いだから。
それで、昼間は近所の大人たちも、よく通るんだ。
そんな訳で、僕は今も、エレンから魔導のことを聞いている時には、怪しまれないように素振りをしながら・・・だね。
午後の素振りは、朝と違ってエレンと話をしているのを、要するに隠すためなんだ。
これが今現在の午後の過ごし方。
孤児院に帰ってからの夕食の後はいつも通り。
僕はエスト姉の部屋で、勉強に集中している。
午前中と夜は勉強の時間。
午後の自由時間はアーツの秘密特訓。
そうした秘密特訓の日々は昨日、エレンから殆ど誰も来ない場所があるを聞いた。
エレンの話だと、その場所なら、周りの人目を気にせずに修行が出来るらしい。
今日の昼食の後。
僕は早速、エレンが教えてくれた場所へと足を運んだ。
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日課の素振り稽古と、今はアーツの特訓でも使っていた空き地。
その奥の方には、雑木林が茂っている。
だけど、この雑木林の中には、獣道を人が歩いたから出来た細道がある。
エレンの案内で、僕はその細道を歩いていた。
此処まで奥の方へ来たのは、初めてだったけどさ。
移動中にも聞いたその場所はね。
どうやら、この雑木林の向こう側らしいんだ。
細道を歩いていた僕は、遠目にだけど、見覚えのある景色がね。
で、開けた場所へ出た僕は、そこが何処なのか。
あぁ、なるほど・・・って、直ぐに分かったんだ。
エレンの言う通り、確かに此処なら、通り側からだと雑木林が壁になる。
それで、人目を気にせず修行も出来る。
けどさ、此処はね。
僕は最近もだけど、近くの農家の手伝いで、来たことがあるんだ。
今立っているこの場所だけど。
此処はね、近所の農家で飼育している牛や馬の飼料を作るための牧草地。
それで、先日には牧草の収穫を終えたばかりなんだ。
まぁ、手伝いの時とはね。
僕も違う道を歩いたからさ。
直ぐには気付けなかったよ。
けど、まぁ・・・・・
此処に来る近道を知ったんだと思えばね。
そこは少し、得した気分だね。
因みにね。
この辺りには、同じ様に飼料として使われる牧草地が、幾つもあるんだ。
そこで刈り取った牧草は、農家の人達が飼っている牛や馬の餌にもなるけど。
他にも、ここで収穫した牧草の一部が、城の兵士や騎士が乗る馬の餌としても取引されているんだって。
農家の人達にとっては、これも大事な収入源らしいんだ。
そういう話もね。
僕は、収穫作業の手伝いをした時にだけど、農家の人から教えて貰ったんだ。
こうした知識は殆ど全て。
アスランが農家の手伝いに参加した時に、そこで仕事を教えてくれる農家の人達から得たもの。
牧草収穫の手伝いの時は、刈り取って乾燥させた牧草を、ロール状に固めた物を押し運ぶ作業を手伝っている。
牧草は先に刈り取りを済ませた後。
そこから数日は、乾燥させるための撹拌作業が行われる。
この作業が欠かせない事情で、牧草の収穫は、晴れの天気が続かないと駄目らしい。
農家の人達が、長年の経験で培った知識。
聞いていたアスランは、当然の様に興味を抱いた。
僕はね。牛や馬が食べる牧草にも、実は良し悪しがあるって、知らなかったんだ。
と言うかだけど、草なんかに良い悪いって・・・あるの?って感じ。
でもね。
農業をずっとしている人から言われたんだ。
僕達と同じで、牛や馬も良い食事をする方が、丈夫な身体で、病気なんかもし難くなる。
だから、牧草だって良い物にしないといけないって。
それから、飼育してる牛も馬もね。
出荷する時の値段にも、こういう所から関わっているんだってさ。
で、良い餌を食べ続けた牛や馬の方が、丈夫だから高い値段で取引されるんだって。
なる程ねぇ。
そういう理由があるから。
だから、そのために、牧草の収穫は天気と睨み合いになる。
うん、良い勉強になりました。
近所の農家で収穫された野菜や果実。
その中で、市場では売り物にならない不揃いなものを、孤児院は農家からタダ同然で貰っている。
そういう農家に対して。
孤児院では、感謝の意味も込めて、後は孤児たちが畑仕事を体験する目的。
特に農家で人手の要る時期には、手伝いに参加する交流が活発に行われている。
農業は、とにかく手間が掛かる。
それこそ1年を通して、何かしらの作業があるため。
農家の子供でも、家業を継ぎたくないと、家を出て行く者が少なくない。
そうした中で、農家を手伝う孤児たちが、成長する過程で養子となって農業を継ぐ家も、シャルフィでは珍しくなかった。
今の時期に牧草を収穫したこの場所は、来年の春に一度、伸びた草を焼く。
それから牛と馬の糞を肥料に使って土を耕した後。
今度は畑として使うらしい。
なぜ、そういう使い方をするのか。
アスランの疑問へ、畑で作物を作った後の土地は、栄養が減って痩せている。
そこへ続けて作物を作ろうとすると、土が痩せているから良いものが出来ない。
当然、収穫だって減る。
そうならない様に、畑として使った土地は、翌1年は土を休ませるそうだ。
アスランが立っている牧草地は、栄養が減って休ませている土地。
今はまだ土を休ませている時期も聞いているし、そこに生えた牧草だけを刈り取って、牛や馬に食べさせている。
農家では、そうして畑と牧草地を交互に使っている慣習が昔からある。
これもアスランは、農作業の手伝いをした時に聞いていた。
何となく抱いた、肥料を入れれば毎年使えるのでは?という疑問。
けれど、それは土地が本来持っている回復力を、奪ってしまうらしい。
他にも、畑だけにしてしまうと、土地が病気になるとか。
理由は幾つもあったが。
結局は、大地の恵みを大事にするための方法として、昔も今も、畑と牧草地を毎年交互に入れ替えている事は理解った。
この時の、4歳の子供があれこれと聞く姿もそうだった。
確かに、農家の大人達から見ても、アスランは『子供らしくない』と、そこは他と似たようには抱かせた。
しかし、農家の大人達は寧ろ、まだまだ遊びたい盛りの子供達が途中で飽きてしまうなか。
最後まで手伝いをやりきったアスランには、単純に好ましいも抱いたのである。
以降、以前までは孤児院に仲間外れの男の子が居る。
その程度の認識だったアスランへ。
農家の大人達から広がった話は、耳にした近所の大人達の間でさえ広まり始めた。
アスランに対する認識は、事実、『子供らしくない』は、そうでも。
此処が理由で、他の子供達から浮いているように映っても。
まだ4歳のアスランは、農作業の様な重労働でも、そこでよく手伝いをする。
広がる噂はアスランへ、好ましい印象を根付かせ始めた。
更に、アスランの言葉遣いや態度にも。
近所の大人達は、これも『大人びた感はあっても素直だから可愛い』と、そういう認識を抱くようになった。
こうした空気が出来上がったせいか。
今では、アスランが夜明け前から、稽古と当番の水汲みをしている姿を見かける度に。
早朝から働く大人達の中には、それで気軽に挨拶や声を掛ける者が出始めた。
気付けばアスランは、良い意味で、周りの大人達から、よく声を掛けられる存在へと変わり始めていた。
2018.5.7 誤字の修正などを行いました。