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第24話 ◆・・・ 卓を囲む者達だから知る物語 ② ・・・◆


静かに月を映した湖面の傍近く。

オーランドの夜は今夜も見張りの者達を除くと、大方は眠りに就いていた。


シルビアは、そして、今もフェリシア様とマーレの紡ぐ物語へ。

今は自らも静かに耳を傾けながら。

ただ、胸中は物語の舞台。

意識は、当時へと赴いていた。


シルビアが初めてノディオンを訪れたのは、それは未だ初等科に籍を置いていた頃になる。

父と母に連れられて。

教科書くらいでしか知らなかったノディオンは、見渡す限りの大草原。

これが初めてノディオンを訪れた幼いシルビアが、最初に抱いた感想だった。


-----


地図で見るシャルフィ王国からだと、北に隣接するシレジア自治州の更に北西部。

山脈を越えた先にあるノディオンは、面積だけならローランディア王国と肩を並べるほど広い。


――― ノディオン大高原 ―――


そもそもノディオンは、先ずこの名が示すように国家でも無ければ自治州ですらない。

リーベイア大陸に幾つも在る山脈の一つ。

取り分け北部では最大級とも呼ばれるアイゼナル山脈が、地図上ではヘイムダル帝国の北側国境線を形成しているとも。

まぁ、そんな呼び方さえ通るほどの広大な山脈は、此処にノディオンと呼ばれる大高原が在る。


要するに、ノディオンとは地名なのである。


そのノディオンは、一番低い所ですら標高二千三百メートルという高地。

ましてそこで暮らす人々が住む最も高い所では、なんと標高四千メートルをも超えているらしい。


大高原は標高からも伺えるように森林が殆ど無い。

草原と岩肌の目立つ山々に囲まれたノディオンは、此方も地図で見る限り。

連なる山々に囲まれた広大な窪地の様にさえ映る。


――― ノディオンの風土 ―――


シルビア自身の体験において、ノディオンという土地は、先ず人が生き易い環境ではない。

交流を持ったノディオンの親しい者達から聞いた話でもそう。

場所にもよるが特に厳しい所では、昼と夜との間で気温差は五十度を超えるのだとか。


五十度を超える気温差。

それが如何に過酷なのかを、ただ、恐らく想像以上には違いない。


これまでに何度もノディオンを訪れたことのあるシルビアは、その瞳が映した景色。

岩肌の目立つ山々は、切り立った様な場所すら多く映った。

大地の緩やかな勾配が生み出す高低差は、ただ、これも遠くから一望すると緑豊かな大草原に映る。

けれど、草原を作り出す緑は、それで大人の腰ほどに伸びているのだ。


実際、ノディオンの大地を馬で駆けた事もあるシルビアは、人が生活するのには不向きな土地柄だと思っている。

草原は緑が生い茂っている。

そういう風にも見えて、しかし、多くは砂地の地面にそこそこ群れた草が数多点在している。

付け加えると、大半の草は大人の腰ほどに伸びているため。

これが遠くから見ると、緑が茂る大草原を映させているのだ。


一望したノディオンの大地は、遠目に雄大で時の流れが緩やかになった感すら抱ける。

だが、この大地には、人間を襲って食する獰猛な獣が幾種類も存在する。


自身が抱く人が生き易い環境ではない理由は、つまり、これも含まれるのだ。


だが、しかし、このような環境の中で暗黒時代から今も生き続ける民達が、聞き知る限りで一万人以上いる。

私達は、彼の者達が自らをそう呼ぶ様に『ノディオンの民』と呼んでいる。


――― 女神と精霊を信仰するノディオンの民 ―――


リーベイア世界には、教会総本部が纏めた【統一聖教】がある。

無論、これは教会の無いノディオンに置いても本部から派遣された巡回神父が布教を担っている。


ノディオンの民達は、それで統一聖教くらいは知っている。

あくまで知っているくらい。


ノディオンの精霊祭には、シルビアも参列したことがある。

ただし、シャルフィで大聖堂が執り行う精霊祭とは趣が全く異なっていた。


理由はシャルフィの精霊祭が、それは教会総本部の指針によって行われるという部分に在るのだろう。

ノディオンの精霊祭を、神格化された厳かな儀式と言うのなら。

シャルフィの精霊祭は、賑やかな祭り行事でしかない。

全くではないが、シャルフィの精霊祭は信仰の要素が意図的に薄められている。


ノディオンの精霊祭へ参列した後のシルビアは、故に、ずっとそのような差とも呼べる部分を抱くようになった。


シルビア自身は、祭り行事な精霊祭の方が『誰もが楽しめる』という意味で、好きである。

一方で、生前の母がノディオンの精霊祭へは畏敬の念を示して来た。

これもまた憶えている。


――― 空の女神と精霊王 ―――


ノディオンの精霊信仰を知る上で、この二つは絶対に欠かせない。

光の精霊王アルスと、慈愛を司る空の女神ラーシェン。


ノディオンの民達は、子供から大人までが空の女神を敬っている。

そして、ノディオンの大自然へ豊かな恵みをもたらすのが、光の精霊王の加護なのだと等しく敬っている。

同時に、ノディオンの大地と吹き抜ける風には、そこに精霊が宿っていると信じて疑わない。


この篤い信仰心が、精霊祭を他所の土地と比べるまでも無く厳かな祭事へとさせている。


見えず聞こえずとも。

ノディオンの民は、女神と精霊の恩恵によって育まれた。

精霊祭とは、偏に感謝の念によって執り行われる儀式に過ぎない。


ノディオンのオルガ長老は、私へそのように語ってくれたことがある。


故に、感謝の想いを礼を欠くこと無く捧げるのだと。

私達が厳かに感じる部分は、しかし、ノディオンの民にとっては当たり前でしかない。


文化や風習の違いはそうでも。

オルガ長老の話を聞いた私は、そして、母様がノディオンの精霊信仰が表す祭事に畏敬の念を示した理由へ。

確かに母様らしいを素直に抱けた。


他にもノディオンの精霊信仰は、日常の生活にも表れている。


空を表した青色。

豊かな草原の大地を表した緑色。

吹き抜ける風を表した白色。

ノディオンの民達が身に着ける衣服へ用いられる色は、この三色だけは絶対に欠かさないらしい。


――― ノディオンの慣習 ―――


ノディオンで暮らす者達の服装は、これも言うなれば民族衣装と呼ばれる類に収まる。


他所ではそう見かけないものとして挙げられるのが、男女関係なく普段から履いている『サルエル』と呼ばれるパンツ。

見た目からして股下が分かれていないサルエルは、ただ、履いてみると特にゆったりしているのが分かる。

裾が輪になって足を出す部分だけが開いている他。

股を開いた状態が、これでバルーンスカートの様にも見える辺り。

パンツとスカートの中間とも言えるだろう。


サルエルの生地は、遠目には単色にも映る。

だが、近くで見ると分かる様に同じ色でも濃淡が生み出したストライプ柄の織物だ。

織物は他に、チュニックやポンチョといった上着もそう。

此方も基本的には同じ作りをしている。


ノディオンで生まれ育った女性は、遅くても十歳の頃になると、祖母や母親から織物と料理を習い始める。

これが出来るようにならないと、ノディオンの女性は結婚を許されない。


男性も同じく十歳の頃からは狩猟を本格的に学ぶ。

勿論、教えるのは父親だが。

実際の狩猟では、そこに参加する他の大人達からも手解きを受ける。

そして、此方も一人前だと認められない限り結婚を許されない。


と言うよりも。

ノディオンの子供達は、先ず山羊や羊に馬の世話からを学ぶと、そこから男女ともに協力して生きて行くための術を培っているに過ぎない。


狩猟は糧を得るために欠かせない。

身に着ける衣服は、その全てを羊の毛で糸を作る所から学ぶ。

料理とて美味しい方が幸せに満たされる。


ノディオンの慣習は、共に生きて行くために必要な部分。

この土地に生まれた誰もが、これを出来るようになって初めて成人の仲間入りを認められるのだ。


――― 遊牧する民族 ―――


ノディオンの民達は、そこで幾つかの集団を形成して生きている。

集団は、これを『部族』と呼ぶ。

どの部族も部族長の名を取って〇〇部族と呼ぶそうだ。


各部族は、季節に応じて居住地を移す遊牧生活を営んでいる。

大まかに冬の時期は暖かい南側へ移住すると、暑い夏の時期には涼しい北側へ移る。


遊牧は、そこに季節が関わっている事はそうでも。

他に定住することが結果的に害となる。


ノディオン大高原は、耕作に向いた土地が無い。

そもそも高地という場所自体の環境が、シャルフィやローランディアと比べてずっと厳しいのだ。

けれど、ノディオンの自然は、そこに生きる者達が食べて行けるだけの恵みを育んでいる。


遊牧は、この恵みを絶やさないが含まれる。

定住すれば近隣の恵みを根こそぎ喰い尽くす。

そうなれば未来の恵みまでを絶やしてしまう。


自然との共生。

それも精霊信仰と結び付いている。

故に、ノディオンの民は広い大地を遊牧するのである。


-----


夜も更けたこの時間。

集まって卓を囲む者達は、そして、フェリシアとマーレが紡ぐ事件の舞台裏。

耳を傾けるシルビアの思考は、振り返ってみても伏線があった・・・・・・


フェリスが亡くなった。

この報せがシルビアの耳にも届いた頃。

当時はシャルフィに留学中の身だったユフィへ。

帝国の軍務尚書から一通の手紙が届いた。


内容は、ユフィの指揮下にある師団に関して。

留学の期間中、指揮権を副将のハルバートン上級大将へ預けているユフィに軍務尚書からは、その師団が軍事演習を行う旨を記していた。


手紙は、この軍事演習の指揮を、此度はユフィーリア皇女が直々に執るように。

そのため、演習が終わるまでの期間に限って軍務への復帰を命じる。


軍務尚書からの手紙は最後。

機密が含まれる詳細事項はハルバートンへ預けてある。

故に、ユフィーリア元帥には現地で直接受け取る様にと記されていた。


話を聞いた私は、先ずユフィの指揮下にある師団だから当然だと思った。


なのにユフィは、何か気に入らない。

普段から優しくない顔付は、美顔なのに不愛想だから損をしている。

今日はもう眉間に皺を幾つも作った酷い表情で声にも怒りが籠ると、やはり腑に落ちない。


何を気にしているのか。

それを尋ねた私へ、ユフィは自分がシャルフィに留学した後。

軍事演習くらいは幾度もしている。


聞き知った感じでは、ユフィが指揮権を預けている将官。

ハルバートンという将官は、これも一言で纏めると皇帝のお気に入りなのだとか。

父親である皇帝は、指揮下の師団を、ハルバートンに任せて置けば良い。

そして、娘のユフィには、留学先での務めをしっかりと果すように。


ところが何故、今回は軍務尚書から指揮を執れ等と。

この部分が何か引っ掛かる。


懸念を抱えるユフィは、それでも軍務尚書からの命令ならば行かざろう得ない。

帝国正規軍の軍権は、皇帝が任じた軍務尚書が預かっているのだ。


軍務尚書は、それで元帥の位に在る者から任じられる。

ユフィも元帥には違いないが、本人の口からシルビアが聞き知る限りでは、元帥としての実績が無い新参者だから任じられる訳がない。


ああ、なるほどね。

言われて納得な私がつい笑ってしまうのを、ユフィは露骨に凄むと腰から下げている剣。

その柄に掌を乗せた姿勢でギっと睨んでいた。


ユフィは、命令だからシャルフィを離れる。

無論、私はユフィの立場上は仕方ない。

急な話ではあったけれど。

手紙に記された迎えの飛行船が翌日にはシャルフィの空港へ到着した。

ユフィはそのまま当日の内に任務へ就いた。


あの時の私は、そこでユフィから頼まれた件。

ユフィは任務期間中、自分の身の回りの世話をエレナにして貰いたい。


私は、エレナ本人の意思を聞いた上で。

後はユフィにエレナの身の安全を保障する事と、何度も念を押して同行を許した。


結果的にではあるが。

ユフィの懸念は的中した。

そして、懸念へ保険を掛けた事が、戦争になったかもしれない状況を、政略結婚へ至らせたのだ。


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[気になる点] 普通に面白いはずなのに、あっちこちにちょくちょく話が飛んでわかりづらい&読みにくい&集中が途切れる&流れが追いにくい 故に面白さ半減
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