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第21話 ◆・・・ 母の心子知らず ・・・◆


空が濃い朱色も混ざったオレンジ色の輝きを放つ頃。

それまでは明るく澄んでいた青い空が、どこか寂しそうな表情を見せる。


「シルビアさん。このままですと、私と貴女と二人。揃ってマーレから怒られますよ」


私は今。

フェリシア様と二人、湖面の中央に浮かぶボートから釣り糸を垂らしている。

アスランをメティスにと誘って頂いたこと。

私だって理解ってる。

あの子が、既に私の手から果ての無い空へ羽ばたこうとしているくらい。


未だ。

理解っているのに。

私は、その事実と向き合う度、『未だ』と、その言葉でアスランを手の内に包み込んでしまう。


あの子を、アスランを私は手放したくない。


未だ。

そう。

私は、あの子に私が貴方のお母さんなのよ・・・・って。


カーラから周囲で噂が立っている。

そういう話は、此処一年くらいもう何度も聞いている。


アスランの瞳。

アスランの面立ち。

アスランが纏う雰囲気。


もう、全部がって言い切れるくらい。

あの子は、髪の色以外は母様を映している。


だけどね。

こんな事も、私とカーラは遠くない内に噂くらい立つ。

ちゃんと予見していたんだから。


計算外。

そうね。

カーラなら計算外って言うのでしょうね。


王宮へ来てからのアスランは、私が今までに見たことが無い。

そういう面をいっぱい見せてくれた。


はぁ~~~~・・・・・

もう、ショックなんて軽く言える様なものじゃないわよ。


私はあんなに瞳をキラキラさせて出掛けるアスランをね。

あぁ、やっぱりアスランも子供なのね・・・・って。

窓越しに出掛けて行くアスランを見送りながら。

その時はちょっと嬉しくなるのよ。


ところがね。

あの子ったら。

ちょっと目を離しただけで事件を起こすのよ。


もう、お母さんはアスランの起こした事件で。

それで、どんなに胸を苦しくしたことか。


言って置きますが。

あの子と同い年だった頃の私は、此処まで問題児じゃ無かったんだから。


あの子が関わった事件。

有力な貴族も含めて、他にも代々続いた騎士の家もそう。

そうね。

名家と呼ばれる存在が幾つも消えました。

まぁ、処断した者もいるけど。

殆どは位剥奪と財産没収の上で、国外への追放。


実務は全部。

私の親友にして最恐の宰相様が。

それこそ、塵をフッと吐息で吹き飛ばすような感じで片付けました。


目の行き届いていなかった王都の治安に関する部分。

何処かマンネリ化していた騎士団。


あの子が王宮へ来てから未だ二年になっていない。

なのに。

だから、カーラなんかはアスランを高く評価している。


でもね。

母親から言わせて貰うとなんですけど。


何処の世界に、未だ6歳で大改革と言っても過言にならない業績を打ち建てる子供が居るのよ。


アスランの肩書き。

私が授けた騎士の位は当然でも。

騎士団長。

鎮守府総監。

大学に通う今となっては、最年少の従騎士。

けど、従騎士の位は間もなく正騎士への昇任も決まっている。


どれもこれもが最年少。

私、きっと歴史に名を刻む偉人を生んでしまったのよ。


なんて事を、つい軽口でカーラに言ったせいで。


『でしょうね。事実、アスラン様はシャルフィ王国の歴代国王の中でも始祖と肩を並べるくらい。そういう見立ても出来るでしょう。私はそれくらいアスラン様へ期待しています』


じゃあ、私は?

そんな傑物を生んでしまった私も高く評価・・・・・


『シルビア様。真相を全て暴いても宜しいでしょうか♪』


カーラは、アスランに対してだけど。

超が付くくらい甘く優しいのよ。

で、親友に対しては凄く冷たいんだから。


「シルビアさん。引いてますよ」

「えっ!?」


フェリシア様から私が握る釣り竿の糸が引いている。

竿を握りながら考え事をしていた私は、その分だけ反応が遅れた。


「はぁ~~~・・・・・。逃がしてしまいました」


餌だけを食い逃げされた私は、漏れた溜息と一緒に気分まで急降下。

だって、こんな釣果をマーレさんに見せたらね。

そう思うと余計に落ち込むわよ。


「とても悩んでいる。そういう顔をしていますよ」

「すみません」

「良いんですよ。母親とて一日にして成らず。それこそ、母親は成長する我が子と向き合いながら。同時に己の未熟さや至らなさとも向き合わねばならない。ですから、いっぱい悩んで葛藤して良いのです。そのいっぱいこそが母親だけが噛み締められる。まぁ、醍醐味の様なものですからね」

「そうなのですか」


私は餌だけを食い逃げされて不満そうにキラーンって輝いている。

そんな物言わない釣り針に餌を付けながら。

ただ、生きていればフェリシア様と同年代だった筈の母様。


だからなのか。

勿論、それもある。

だけど。

フェリシア様は母様が亡くなった後で。

ゴタゴタが全部片付いた頃にシャルフィへ弔問に来て下さった。


本来の弔問は、それで一年も間を空けたりはしない。

けど、当時のシャルフィは、直ぐの弔問を受けられる。

そんな状況でも無かった事を考えれば。

続く状況もだったけど。


それでも。

フェリシア様だけは弔問という形式を取ってお越し下さった。


そこで、私はフェリシア様から母様を一番に尊敬していた。

二人だけの会談で、あの時のフェリシア様は、私を真っ直ぐ見つめていた。


『ユリナ様は、その全てが私にとって手本でした。シルビア女王は知らないかとも思いますが。私はシルビア女王が生まれる以前から。その頃からフォルス様と御一緒にローランディアへ赴いて下さったユリナ様へ。そこで私は幾度も教えを乞おうと時間を頂いたくらいなのです』


その時の会談は、これが私にとって手本にすべき存在が目の前に在るを強く抱かせた。

生きていた頃には気付きもしなかった。

母様が大勢の方から尊敬を受けていたなんて。

本当に知らなかった。


死んだ後でそうだったを知っても・・・・遅いのよ。

もう、母様から直に声を掛けてなど貰えない。


私は、女王になってから。

そこで初めて、母様がこんなにも偉大な存在だったんだって。


だから。

もう手遅れで学ぶ事など出来ない母様を、けど、フェリシア様は母様の全てが手本だった。


会談の最中。

私は、この機会を逃すまいと頭を下げた。


どうか、私にフェリシア様が知る母様を教えてください。

未熟だと理解っている。

今は聖賢宰相が居てくれるから何とかなっている。

けど、いつまでもは甘えていられない。


『シルビアさん。私は貴女のお母様を真似ようと努めました。そして、今の貴女が私をその様に思って下さるのであれば。私は喜んで貴女のお母様を教えましょう』


それからなのよね。

私は、本当の母様とは別に。

フェリシア様を、母の様に思いながら見習って来た。


生きていた頃は、口煩いとか煩わしいとか。

母様の言葉をどれだけ無視しただろう。

母様は私のことなんか理解っていない。

そんな事も数え切れないくらい思った。


後悔先に立たず。


母様が亡くなってから特に、この言葉を実感する時が増えた。

そして、実感できるからこそ。

私は、フェリシア様から多くを学ぼう。


そこにはきっと、私の知らないままだった。

見ようとさえしなかった母様が生きている筈だから。


-----


「シルビアさん。あれは信号弾ではないでしょうか」


フェリシア様が指さす方向の空。

此処からだと握り拳くらいの大きさで目に焼き付く太陽が。

それくらい眩しく光る球体がゆらゆらと映っていた。


「確かに、あれは信号弾のようですね。それに方向から見てもオーランドよりはゼロムへ寄った所でしょうか」

「確かな位置は私も判別できません。ですが、恐らくは山道の中腹でしょう。ただ、信号弾は狩りをする猟師なら必ず持ち歩いている装備品です」

「と言う事は、つまり狩猟している誰かが打ち上げた・・・ですよね」


私よりは詳しいフェリシア様がそう言うのであれば。

ただ、何故という部分はあった。


「信号弾を使う状況は幾つかあるでしょう。ただ、悪い事態でなければと。こう言ってはシルビアさんを不安がらせてしまうかも知れませんが。確か、アスランは狩りに出掛けていましたよね」

「あっ・・・・」


幾ら思わずでも。

私はつい品を欠いたげっぷにも聞こえる声を発してしまった。

けど、この思わずはアスランの危機を案じた等ではない。

寧ろ、この状況でアスランの危機など。

それこそ絶対あり得る筈がないのだ。


「フェリシア様。あの子でしたら大丈夫です。それよりも寧ろですが。私はあの子が何か事件を起こしていなければと。それを考えるとシャルフィではないので。少し憂鬱になります」


そう。

私の可愛いアスランは、しかし、これ以上ない鉄壁の布陣で守られている。

ご先祖様の妹君を筆頭に、神と呼ばれる御方が傍に居るのだ。


だけど。

幾ら可愛いアスランが、それで妹君を一番に慕っていてもよ。


・・・・・私だって母親なのよ。あとね。あの子は未だ私から乳離れしていないんだから・・・・・


同じベッドで、そこで時々だけど。

あの子は私の胸をね。

もう、チョ~~~~~~可愛いんだから♪

お腹いっぱい吸って良いんだからね。


「シルビアさん。ぼぅっとして何か不安でもあるのですか。それでしたら今直ぐボートを桟橋へ戻しましょう」

「えっ・・・・あっ、だ、大丈夫ですよ。それよりも。私の可愛いアスランならきっとギランバッファローを狩って来ます。何方かと言えば見せられる釣果が無い私達の方が不味いかなぁって」


私ったらつい、うっかりさんなんだから。

でも、あんなに甘えてくれるアスランはホント、どうしようもなく可愛いのよねぇ。


そういう訳で余計に手放せないを、改めて抱きつつ。

私は釣り竿を振ると、餌の付いた針を湖面に波紋の浮いた所へ投げた。


-----


桟橋へボートを寄せた後。

係留はマーレさんが慣れた手つきでパパッとやってしまった。


「で、お二人さん。午後の釣果はどうなったのよ」


両手の拳を腰に当てながらバンっと胸を張って尋ねて来る。

そんな威厳たっぷりな女将さんへ。


ですが。

私とフェリシア様の釣果は・・・・と言うと。


「はぁ、まぁ・・・・普通はこんなもんだね」


あははは・・・・・

私が苦笑いを隠せない隣で、フェリシア様は釣果よりも趣味の釣りを楽しんだ。

そういう何処か普段は見れない柔らかな表情で笑っていました。


「マーレ。先ほどなのですが。貴女は信号弾を見ませんでしたか」

「あたしゃ忙しくしていたからね。けど、フェリシア様が見た信号弾は、それは見張りの連中が見ていたくらいは聞いてるよ」

「何かあったのですか」


フェリシア様と私が釣ったささやかな釣果が入ったバケツを片手に前を歩くマーレさんの後を追って。

桟橋から階段を上ってウッドテラスへ立った私の視線は、そこから先に映した広場で大勢の人が集まっている。


「信号弾は、あたしがアスランに預けたものなんだけどさ。今は手の空いている連中がああやって集まって解体作業中って所だね」

「マーレさん。あの集まりはアスランが何か事件を起こしたのですか」


この途端に不安が過った私は、そして、マーレさんはやれやれと困ったというか呆れたというか。


「あたしがマッシュから無線で聞いた内容だとさ。アスランはギランバッファローを三頭。それから冬眠明けのグリズリーを十三頭。だからね。現地にも応援を行かせたよ。日が沈むまでには片付けないと匂いを嗅ぎつけてうじゃうじゃ集まって来るんだ」


ギランバッファローを三頭!?

けど、アスランならやっちゃえるかしらね。


どう反応するべきかを悩んでしまった私は、ただ、無意識の内に苦笑い。

作ろうとしても表情は完全に崩れていたらしく。

マーレさんは私を横目にフンッて鼻を鳴らしたわ。


「フェリシア様。そういう事情ですからねぇ。夕食は盛大な焼肉パーティーに決まりましたよ」

「そうですか。では、私もご相伴に与るとしましょうかしらね」


私とフェリシア様のささやかな釣果は、夕食がギランバッファロー三頭分の肉と決まった所で。

脇役からまで追い出されると、元気なマーレさんの笑い話ネタに握られました。


-----


授業が終わったらオーランドへ。

なのに。

その時の私は、とても余裕が無かった。

そして、この余裕の無さが。

お婆様のお怒りを買ってしまった。


私達が遭遇した事件は、マッシュさんからゼロムに駐留している王国軍にも連絡が届いた。

どれくらい待ったとか。

そういう感覚よりも、その時の私は遅くなり過ぎた事で。

待たせてしまった事を咎められる。

此処ばかりに意識が傾いていた。


ゼロムからはローランディア王国が誇る英雄。

ブライト提督のことは、お婆様が有事の際には司令官権限で独自に行動して構わない。

そういう特権まで与えた王国の歴史上、初めて創設された独立機動軍を束ねる司令官くらいも知っている。


ハンニバル将軍のような軍人らしい雰囲気は無いけれど。

でも、私はブライト提督の肩肘を張らない所に近付き易さを感じている。


だから。

ゼロムから駆け付けた部隊。

それを率いて来たのがブライト提督だった事には、その面倒臭そうな表情を見ただけで思わず安心してしまった。


此処からオーランドまでは距離にしても未だ結構ある。

徒歩なら軽く一時間は掛かるだろう。


私は挨拶もそこそこにブライト提督へ。

私と、それからイリアも事情を話した後は、そこで車を借りられないか。


ブライト提督は、軍の車両なので乗り心地は余り良くない。

そういう前置きでジープを一台用意してくれた。


私達はブライト提督の副官をしているリシャール少尉から簡単な事情聴取を受けた後。

ハンドルはティルダが握ると、そして、かなり遅れてようやくオーランドへと着いた。


車から降りた時の空には、未だ残り火の様な明るさが残っていたけれど。

私達が到着したオーランドでは、その広場でグリズリーの毛皮を剥いでいる。

他にも運び込まれたギランバッファローの解体に勤める者達の賑わいは、何処か祭りの様な盛り上がった雰囲気だった。


「イリア。それからティルダも。お婆様へ挨拶を済ませた後は、その後からはどうか寛いでください。私も挨拶を済ませた後は、先に湯浴みをして身形を整えようと思います。流石に獣臭いこの状態では、シルビア様へ対しても非礼になります」


一先ず着替えはしたものの。

その時にも肌に付着した体液のようなべとべとしたものは、だから、アルコールティッシュで拭き取ったのだけど。

あの場に居た時には気にならなかった臭いも。

そこからジープで此処に来る途中は、私も二人とも臭いが染みついている。

例えるなら猫のマーキング臭を軽く十倍は濃厚にしたもの。

ただ、幸いなことにオーランドは温泉郷。

湯浴みをすれば、その時に髪と身体を綺麗に洗えば臭いも落ちるだろう。

そんな会話もジープでの移動中にはしていた。


マーレさんが営む宿を直ぐ目の前にして。

視界に映ったお婆様はシルビア様と、それからマーレさんの三人で解体作業を楽しそうに見物していた。


私はお婆様の傍へ急ぐと、此処まで遅くなってしまった事情は勿論。

とにかく謝ることへ必死になっていた。


お婆様は最初、私の謝罪へ怒った様な感じではなく。

制服ではなく私服姿で此処に居る事情も聞くと、その時には心配もしてくれた。


けれど、私の身を案じて下さるお婆様は此処までだった。

原因は私に在る。

私は、私自身の至らなさによって。

眉間に皺も寄せると、どう見ても怒っているお婆様の唇は、ゾッとするくらい低い声を発した。


「クローフィリア。貴女は、自らの恩人たる御方へ礼も尽くさずに此処へ急いだ。そういう事ですね」


私を真っ直ぐ見つめるお婆様の射貫くような眼差し。

低く淡々と言葉を紡ぐ声は、怒鳴られるよりもずっと恐ろしく感じる。

お婆様の機嫌の悪さは、眉間に寄った皺の深さが容易に伺わせていた。


私の落ち度へ。

お婆様の怒りは煮え滾っている。

声と雰囲気だけで、そんな気がしてならなかった。


落ち度に対する釈明。

その余地はない。

だって、お父様とお母様を叱る時だって。

お婆様が釈明の余地を与えた事は無かった筈。


「クローフィリア。私は、事情があって遅れるくらいは咎めるつもりなど毛頭ありません。学院での事情は、それは学院に籍を置く以上は致し方ない点があります」


私は咎めるお婆様を前に両足もピタリと着けると、お腹よりも少し下の所で重ねた両手の甲を見つめながら。

そういうやや俯いた姿勢で叱責されては恐々と覗き上げる。

だって、姿勢を正して真っ直ぐ見るなんて。

それこそ恐ろしくて出来るわけがない。


今はもう心だけでなく萎縮した身体が、首や肩から背筋に至るまで強い張りと痛みを訴えていた。

付け足すと、アルコールティッシュで拭いても取れなかったこの肌に染み付いたツンと纏わりつく獣の臭い。

叱られる最中にも、私は周りに集まって来た方々にまで何か誤解されるのではと。

そうも思うと余計に顔を上げられない私は、消えてしまいたい程、恥ずかしくて堪らなかった。

極め付けは、こんな恥ずかしい今の姿を、お婆様の隣に立つシルビア様にまで見られている。


怒りの収まらないお婆様を前にして。

私は、もう消えてしまいたい。

このような姿を、シルビア様には見られたくなかった。


「なのに、貴女は自らの都合だけを優先した。貴女を助けてくれた恩人は、このような非礼を働いた貴女へ良い気持ちではないと。私は、貴女をその様に育てた憶えはありません」

「申し訳ありませんでした」

「その謝罪は、筋が違うでしょう。私が赦せないのは、魔獣に襲われた貴女を助けた相手に対して。そういう恩人へ貴女が犯した過ちだけです。学院の事情や魔獣に襲われたから遅くなった。そんな些細な事を怒っている訳ではありません」


シルビア様とマーレさんの二人が、お婆様を宥めている。

それが余計に惨めに思えた。

だけど、私は泣くつもりなんか無かった。

悪いのは私だからと。

堪えなければならないのに。

堪えようとしても込み上げて。

滲んでは零れ落ちる。


私は、こんな私は存在しなければ良いのだ。

頭の中には、もうそれだけしか残っていなかった。


-----


マーレさんの宿は、そこには露天風呂がある。

浴槽は大小の岩を囲む様に並べた造りで、底の部分には丸みのある石が使われている。

サザーランドから態々取り寄せたくらいを聞いている竹を使った仕切りと、それから植木なども用いた露天風呂は、まるで一つの箱庭の様にも映った。


ローレライ湖を模したのか。

お湯を張ると孤島の様に浮かぶ岩が此処を利用する度、私へそう思わせてくれる。


どういう流れで今こうなっているのか。

泣いていた私は、だから殆ど憶えていない。


「この触り心地は、やっぱり女の子の髪よね」


私は今、この露天風呂で何故かは分からない。

でも、私はシルビア様に髪を洗って貰っていた。


「ねぇ、クローフィリアさん。そうやってずっと下ばかり向いていると。せっかくの美人が台無しよ」


シルビア様は、それがとても楽しい。

鼻歌まじりに私の髪を洗うと背中も流してくれた。


でも、憧れのシルビア様に私は、みっともない所を見られた。

顔なんか上げられない。


ひゃっ!?

受けた不意打ちへ私の唇が発した淑やかさとは程遠い声に、しかし、その不意打ちをしたシルビア様のしてやった感の楽しそうな声。


「う~ん。未だ膨らんで来てないけど。先っちょの感度は良さそうね♪」

「な、な、なにを。シルビア様・・・んっ」

「ほらね。やっぱりクローフィリアさんのおっぱいって。先っちょがとっても敏感じゃない♪」


シルビア様の両手は、それが私の脇下から伸びると胸を揉むように触れている。

掌で包み込まれる様な触り方をされた私の胸は、そこでツンって自己主張したところをシルビア様が親指と人差し指で摘まんだり指の腹で転がすような。

くすぐったいのとちょっとだけ痛いような感覚は、私も思わず変な声を出してしまった。


「どぉ。ちょっとは気が紛れたかしら」


私の胸を散々・・・・・

あんな恥ずかしい声を何度も漏らされた私は、もう触らせない。

透き通った少し熱めの温泉に深く浸かった私の警戒心は、向き合う反対側を映していた。

やっぱり楽しんでいたんだと。

顔を見ればそれくらいも分かるシルビア様は、岩場に腰かけると膝下だけを浸からせている。


「ねぇ、温泉でそんなに深く浸かったらのぼせるわよ。それに見せた所で別に減るものじゃないでしょ。女同士、裸の付き合いなんだから。もっとこう気分を解放させましょうよ」


私は未だ子供。

そして、シルビア様もだけど。

一緒に温泉に入っているイリアとティルダ。


うん。

シルビア様とティルダは、これで並んだりしたら圧倒されるわね。


私は胸元まで身体を浮かすと、そのままイリアの傍へ逃げた。

だって、イリアの近くなら一番安心出来る。


「あ~あ・・・逃げられちゃった。今夜はクローフィリアさんとベッドも一緒にって。狙ってたのにね♪」

「そんな。恐れ多いです」

「そうやって堅苦しい言葉で遠慮しなくて良いのよ。私だって今は言葉を崩しているんだしね」


さっきだって、あんな恥ずかしい目に遇ったのに。

同じベッドだったらと思うと、絶対に避けないといけない。


「ねぇ、クローフィリアさん。フェリシア様はとても厳しい御方だけど。でも、私は厳しいだけでない所も分かってるわ。あの厳しさは、裏を返せばだけど。それくらい貴女に期待している所がある。まぁ、私も今だからそう思えるようになったのだけどね」

「そう・・・・なのですか」

「ええ、私も貴女と同じ年頃の時には、それで厳しい事ばかり言う母様を何処か煩わしい。もう、毎日の様に思ったものよ」

「あの、ではシルビア様は・・・・その時はどうなされたのですか」

「フフフ。私はいつだって味方の父様の所に逃げたわね。後は母様が諦めるまで隠れました。これでもかくれんぼの天才なのよ♪」


い、意外な事実。

憧れのシルビア様が・・・・・・


「クローフィリアさんが今は未だ子供な様に。その時間を私も当然と過ごして。そうして今の私が在るのです。貴女と同い年の頃の私なんか。もっとお転婆だったんだから」

「えっ!?」


し、信じられない。

だって、教科書でも聖女シルビアって載っているくらい。

それくらい。

私の憧れるシルビア様は、もう絶対って言い切れるくらいの存在なのに。


「あらあら。クローフィリアさんは私を子供の時から完璧な女性だとでも思っていたのかしらね」


シルビア様の揶揄っているような楽しげな声に。

私はコクコクと首を動かしてしまった。

だって、本当にそう思っていたのよ。


「女王としての私は、それはフェリシア様を見習って来たのです。それこそ、今でも見習っています。クローフィリアさん。今は未だ厳しいとか怖いとか。そう思ってしまうのも私は理解るつもりです」

「お婆様は、確かに厳しくて怖い時もあります」

「ええ、そう振る舞わねばならない時がある。王位とは、それで否応なしに王として振る舞うことを強制します。私は出来るものなら。王様なんてやりたくなかった」

「シルビア様。その、失礼を承知で。女王でなければ、その・・・・では何を一番したいのでしょうか」


私が知っているのは『聖女』として世界から謳われるシルビア様。

だけど、王様なんてやりたくなかった。

じゃあ、シルビア様は何をしたいのだろう。


私の率直な感想も、シルビア様は両腕を高く伸ばすといっぱいの伸びが、解放的な気分を満喫されている。


「ん~~~~~・・・・そうね。私はね。やっぱり可愛い我が子を持つお母さんをしたいわね♪」


教科書に記される聖女とは違うかも知れない。

だけど。

この時のシルビア様は、私の憧れる理想を微塵にも壊さなかった。


改めて、というのも変かも知れないけど。

私は、将来はやはりシルビア様のような女性になりたいと思った。

そして、今日この時の事を、生涯忘れないでいよう。


でも。

もう絶対に胸は触らせません!!


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