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第18話 ◆・・・ 全部は話せない出会い方 ~前編~ ・・・◆


私を乗せた車は、市街地を南へ向かって走っている。

出発が遅れた事はそうでも。

ハンドルを握るティルダは私へ、のんびり走っても20分くらいで着きますよ♪


私は運転席のミラー越しに映したティルダの自信たっぷりな笑みと、こうして弾んだ声を聞くだけで気分を明るくして貰える。

そんなティルダが運転する車は、市街地から街の外へ。

ただ、快適な乗り心地は此処までだった。


でもね。

こればかりは仕方ないのよ。

街を出て直ぐに舗装された道が終わった途端。

運転の上手いティルダが、それでいくら安全運転に気を遣っても。

でこぼこした地面の上を走る車は、それなりに揺れたり跳ねたりを繰り返す。


ゼロムからオーランドまでの山道は、今も舗装工事をしていない。

だから、剥き出しの地面がでこぼして車が跳ねた所で当然。

市街地の様に快適な乗り心地を求めるなら舗装した方が断然、良いのだけど。


実は、ローランディア王国でも特に温泉郷として有名な保養地オーランドへ至る山道は、一帯の自然豊かな環境を、国が法律を定めてまで保護している。

観光旅行の名所として雑誌に載る様なオーランドは、その観光収入に自然豊かな景観までが寄与している。

こういった事情が、つまりは山道も舗装工事を許されないへ繋がっている。

法律で舗装が出来ない山道は、代わりに定期的に山道の整備が行われているらしい。


まぁ、こんな事くらいは社会の授業でも習うのだけど。

どんな風に整備しているのかとかは、私は見たことが無い。

ゼロムからは徒歩でオーランドへ赴く登山客もいるらしいので、だから歩く際の支障がない程度には整備がされている。

授業では、先生からこのくらいも聞いている。


けど、そのせいで地面がむき出しの山道は、走る車が今もこうして軽く跳ねるように揺れている。

はっきり言って乗り心地は良くない。

跳ねる度にお尻が浮くような感覚も好きではないのだけど。

山道は、車だからこんなにも乗り心地が良くないだけ。

徒歩か馬に跨っての移動なら。

その時には自然豊かな景色を眺めることもそう。

きっと開放的な感じで気分も弾む筈。


窓越しの景色へそんな事も思いながら。

目的地までは車でも、まだ少しかかるだろう。

なのに、それまでずっと揺れたり跳ねたりを繰り返した車が速度を落とすと静かに停まった。


「イリア先輩・・・・ちょっと不味いかも知れません」


一瞬、私は誰の声かと耳を疑った。

だって、真面目だと分かるティルダの声なんか。

普段は絶対って言えるくらい聞くことが無いんだから。


でも、それでイリアの表情にも怖いを思わせる緊張が顕わになっていた。

そんなイリアが姿勢ごと前を向いて。

何故、車が停まっているのかを未だ理解っていない私よりも早く。


「ギランバッファローか。それと・・・・あれは、恐らく冬眠明けのグリズリーだな」


今は私に背中を向けているイリアは、その声が何処か震えているようにも聞えた。


「元から獰猛なギランちゃんと、冬眠明けでお腹グーグーなグリちゃんですからねぇ。おまけにあの数だから。手持ちの装備では正直、心許無いです」


表現はいつも通りな感じでも。

やっぱりティルダの声も緊張している。

二人がこんな風になるなんて。

私は、それだけで何か良くない事が起きそうな。


不安な私の目の前で、車を停めたままイリアとティルダは話し込んでいる。

耳に入る二人ともの緊張しているのが分かる声は、威嚇し合っているギランバッファローとグリズリーを強く警戒している。

手持ちの拳銃でグリズリーの方は制圧できる。

ただ、成長したギランバッファローの皮膚は、徹甲弾ですら簡単には貫けないはず・・・・とか。


二人は、その会話が冬眠明けで気が立っているグリズリーの群れよりも。

その群れが先に捕まえた獣を横取りしようとしている。

二頭の大きなギランバッファローの方は何か不味い。


普段はじゃれ合っている様にしか見えない二人が、今は凄く真剣な感じで相談し合っている。

特に、イリアがティルダの意見へ「確かに今はそれしか無さそうだな」なんて真面目に返すなんて。

こんな事も私は初めて見た様な気がした。


「ティルダ。止むを得まい・・・一度、距離を取って安全な位置から状況の推移を伺う。だが、衝突は当然。膠着も続くようであれば。ティルダの言う通り此処はフィリア様の安全を優先して街へ引き返す。その後で必要な装備と人員を整えてから出直すとしよう」

「それしか無さそうですからねぇ」

「フィリア様。大変申し訳ございませんが。事がこういう状況では、何より私とティルダの装備では万が一を考えると、心許無いことも事実です」

「イリア。私は貴女達の判断に任せます」

「ありがとうございます」


ギランバッファローもグリズリーもそう。

私も実戦授業で相対したから分かる。

何れか一方の、それも一頭だけだとしても。

あんな凶暴な魔獣を相手にして。

私は、自分一人でどうにかなんて到底出来ない。


停まってから今も車の正面には、威嚇し合う十頭くらいが映っていた。

それが二人ともを、強く警戒させている。

声色には私への気遣いをしても。

けど、雰囲気と目付きは一層険しくなっていた。


ティルダは車をゆっくりと後ろへ歩かせるように動かし始めた。

私は今日の補習の時よりもずっと緊張してしまうと、さっきから首筋や背中が痛くなっている。

息苦しさも感じる空気の中で、車は少しずつ猛り合う獣たちから離れ始めた。


もう少し離れれば、一先ず大丈夫だろう。


ずっと緊張しているのが分かるイリアの声は、ハンドルを握るティルダも無言で頷いていた。

だけど、二人と違って私は、もう少しと言う部分に思わず息を吐き出してしまった。


一瞬。

横からの強い衝撃に身体が浮くような感覚へ陥った私は、途端、傾くと勢いよく転がる景色の中で、何が起きたのかを理解できなかった。

ただ、宙に浮いた身体は直後。

今度は壁に頭をぶつけた時の鈍い痛みに襲われると、視界までが上下逆さまになった。


反射的に瞼を閉じた私の身体は、落ちたり浮いたりな感覚を繰り返す中で硬いものと柔らかいものに交互にぶつかっていたような気がする。


何がどうしてどうなったのか。

気が付いた時の私は、自分が今は草むらの中でうつ伏せになっている事へ。

憶えている記憶では目を閉じた後でも、そこから何度も浮いた感覚と叩き付けられた感覚があった。


理由は全く分からない。

それでも、事実、私は乗っていた車から外に出ている。

どうしてそうなったのかは分からないままでも。

こうして草の上にうつ伏せになっていたという事は、分からないまでも車から外へ放り出されたのだと思う。


少しずつ意識がはっきりしてくると、途端に身体中が痛みを訴えた。

頭痛は間違いなく記憶に憶えがある。

だけど、額と耳の所が違う痛みを感じさせるのは、振れた指先を濡らした赤黒い染みが、私へ出血しているくらいを分からせた。


肩も腕も、背中も腰も、太腿に膝と足首も痛かった。

何処が一番痛いとか。

そんなの分からないし、全部が痛い。


意識がだいぶはっきりしてくると、私は自分がこうなった事の他にも。

周りの状況へ気を向けられるようになっていた。


うつ伏せのまま肘で身体を起こすようにして。

そうやって少しだけ身体を起こした私は、痛みで動かすのも辛い首を、ゆっくりでも左右に振って辺りを見回した。

私は、ようやくだけど。

私だけでない二人のことを、私もこうして怪我をしたくらいだから。


肘で上体を起こした程度の位置からでは、二人を見つけられなかった。

脇腹と腰が痛くて、だからちょっとずつ。

ようやく四つん這いの姿勢になった私は、腕を伸ばすようにしてゆっくり。

膝をついた姿勢で身体を立たせた所で、ようやく今の状況が見えて来た。


車が走ってきた山道は、今の私の位置からだとずっと上の方に在る。

私は傾斜のある土手の途中で倒れていた。

それで柔らかい草が生い茂っていた事が、きっとクッションの様な役割もしてくれたのだろう。

直ぐ近くの後ろ側には地面から突き出た大きな石もあった。

あんなのに当たっていたらと思うと・・・・ゾッとする。


傾斜は緩やかで、それも助かった一因だと思う。

私は膝立ちの姿勢から辺りを見回した。


車は直ぐに見つかった。

茂った草の中に出来上がった痕跡は、追った瞳が傾斜の底で完全に引っ繰り返った車を映すと、私と車の中間くらいの所。

転落した車体が作った痕跡から少し外れた所に倒れている人影。

私はうつ伏せに倒れた姿でも絶対に見間違えない。


「イリア!!」


思わず叫ぶ様に呼んだ声に、倒れたままのイリアからは反応が返ってこない。

気を失っているのだろうか。

イリアを見つけた私は、直ぐもう一度辺りを見回した。


「ティルダ!!」


姿の見当たらないティルダを、私は出せる限りの大きな声で呼んだ。

此方も返事が返ってこない。

私はまた辺りを見回した。

それで、今度は引っ繰り返った車の後ろのドアが無くなっている事に気付いた。


山道から土手を転げ落ちた車は、底を上にすると後ろ座席の方が半分以上は潰れている。

窓も割れているし、そして、やっぱりドアが無くなっている。


私とイリアは、恐らくだけど。

あの無くなったドアから外へ放り出されたんだと思う。

そう考えると、私とイリアの二人がこうなっている事には説明も付く。


引っ繰り返った車をじっと見つめていた私は、そんな事までを考えながら。

後ろのドアは無くなっているし、それで余計に後ろが潰れている。

でも、前の方は後ろに比べて余り潰れていない様に見えた。

窓は割れてもドアは閉じたまま・・・・・


ハッとした私は、もしかすると、ティルダは引っ繰り返った車の中かも知れないを抱いた。

此処からだと向きのせいで運転席の中の方は見えない。

潰れかけてぐにゃっとしているけど。

ドアはちゃんと付いている。

もし、運転席の中に居れば。

それで、ティルダも気を失っているのなら。

だから呼んでも気付かないのかも知れない。


膝立ちの姿勢から立ち上がろうとして、私の身体はまたも酷い痛みを訴えた。

何かに強く打ち付けたのかも知れない。

脇腹と腰から伝わる刺さった様な痛みは、そのせいか背筋と足先の方にまで。

じんじんと痺れる感覚を走らせた。


痛みと痺れが酷くても。

だからゆっくりとしか動かせなかったけど。

立ち上がろうとして足首から伝わる激しい痛みが何なのかを理解っても。


私は歯を食いしばって堪えると、先ずはしっかりと立ち上がった。

だって、大切な二人が大丈夫なのかを、それに比べれば痛くても骨は折れていない。


魔導器さえあれば。

不意にそう思った私は、確か、車のトランクに魔導器が積んである。

今日は着替えの詰まった鞄とは別に、イリアとティルダは私の警護に必要になるかもしれない理由で常に魔導器を備えてある・・・・・と。

思い出した部分に、トランクさえ開けられれば。

そして、魔導器が壊れていなければ。


授業では治癒魔導も習っている。

先生からは治癒の素質があると褒められもした。

まだ、初歩の治癒しか習っていないけど。


・・・・・でも、此処は私が何とかしないといけない!!・・・・・


凄く痛いのを我慢して立ち上がって。

今度は私が何とかしないとって思った。


一瞬。

私は、尖った何かが背中から突き刺さった感と激痛へ。

完全に不意打ちだった。

突き刺さって潜り込んで来た何かと、この焼ける様な激しい痛みは何なのか。


カハァッ・・・・・


途端の強い嘔吐感は僅かにも堪えられなかった。

喉まで込み上げたものを、そのまま開いた口から吐き出した所で、私の身体は意思に関係なく。

未だ喉に残った感のものまで咳き込むようにして吐き出していた。


咳き込んだ口の中で、いっぱいに広がる錆のような味。

この味が何なのか。

私は憶えがあった。


足裏が地面から離れる感覚は、視界が持ち上げられるように空を映した。

何かが腰の辺りから突き刺さっただけでなく。

身体の内側を突き破られた証は、ぼんやりとでも尖った何かがお腹から突き出ていた。


こんな痛みを経験したことも無かった。

なのに。

凄く痛いのに。

私は、何故か・・・・とても眠たくなった。


「イ・・・リア・・・」


呼ぼうとして、なのに声が出ていない様に感じた。

あと、息を吸う事までが酷く苦しかった。

全身に力が全く伝わっていない。

そんな感覚も初めてだった。


瞼が重かった。

分かっているのはお腹から何かが突き出ている。

腰から刺さって。

その何かは私のお腹の中で揺れ動いて。


凄く痛い筈なのに。

私の身体は、不思議と痛みを感じないでいる。

代わりにとても重くて怠い。

考えるのもままならない程、眠気ばかりが強くなる。

もう、起きていられなかった。


-----


私の記憶は最後、痛いのを感じられなくなって、とにかく眠くなったのを憶えている。

でも。

それが今は何故か暖かいを感じている。

寒い冬にベッドの中へ潜ると、柔らかく肌触りの良い起毛のシーツにふかふかの毛布がぬくぬくと温かい。

あれと近い感じの暖かさに包まれて。

この心地良さに未だ眠っていたい。


全身を包む暖かさの中で。

漠然と開いた瞳は、金色の塵の様なものに包まれた。

そう思える景色を、呆然と映していた。


「目が覚めたようだね。まだ、痛い所はある」


男の子の様な声が、それで私に尋ねている・・・・・

意識が朧げなせいか。

私は何と無く、その声を耳にしていた。


「えっ!? あの、私は・・・・・」


憶えている記憶の最後と明らかに違う。

もし夢だったとしても。

それなら、あれは間違いなく悪夢。


抱いた事へ反射的に首を横に振った私は、そこで私を見つめている。

私の方も今は怪訝な感じで見つめている女の子?を映している。

その事を自覚出来た私は、考えるより早く飛び起きた。


反射的に勢いよく身体を起こした私は、自分が仰向けに寝ていた。

それから今は身体を起こして、そして、何かは分からない。


私の身体は、全身を金色の光る塵の様なもので包み込まれていた。


「僕が駆け付けた時だけどさ。君は背後からギランバッファローの角で串刺しになっていたんだよ」

「え・・・・・」

「ああ、でもね。ギランバッファローも大きな熊みたいな猛獣もだけど。それは僕が全部片付けたから安心して良いよ」


身体を起こした私の視線は、お腹を映して赤黒く染まったシャツに大きな穴が開いている。

だけど、その先を映した所で。

次の瞬間には訳が分からず。

私は何も着けていない自分の姿へ。

恥ずかしさは顔まで熱くなった。


「え・・あ・・な・な・なんで!? 私・・・嫌ぁぁぁあああ”あ”あ”!!」


私の瞳は、シャツに開いた穴から下の部分だけを映していた。

だけど、今ははっきり伝わって来るお尻の皮膚が草に直接触れている感触。

これが夢ではなく現実だと。


私は、下半身だけが裸も同然になっていた。

その事実を映して。

思わず叫んでしまったのだ。


-----


「その、先程は身勝手に取り乱してしまいました。それで助けて頂いたのに、お礼の一言も無くて。本当に申し訳ありませんでした」


あの後で何故の事情。

アスランと名乗った白いコート姿の男の子は、自分が助けた時には既にスカートとパンツは無かった。

ただ、ギランバッファローがその鋸状の角で私を串刺しにした後。

今度はグリズリーが私を奪おうとしたらしい。


スカートとパンツは、私を背中から串刺しにしたギランバッファローと、餌を横取りしようとしたグリズリーとの争いの最中。

そこでスカートが破られると、パンツも一緒に引き千切られたか何かで。

結果、無くなった・・・のではないか。

アスランと名乗る男の子の推測は、だけど、聞いていた私も確かに、そうかも知れないとは思えた。


・・・・・だけど、私は、初めて会った男の子に裸を見せてしまった・・・・・


私のお母様は、女は生涯を捧げる男性にだけ裸を見せるもの。

それ以外の男性に裸を見せる事は、決してあってはならない。


だから。

この件が知られてしまったら。

きっと不味い事になる。


ズタズタに破れたスカートは、とても履けるような状態ではなかった。

パンツは・・・・軽く見回した辺りには見当たらなかった。

今は陽射しも傾いて、私が手当ても受けたこの土手は完全に日陰に入った事で暗くなっている。

それもあるから余計に見つからないくらいも仕方ない。


取り乱した後で未だ平静ではないけど。

気持ちも少し落ち着いた。

そこからようやく助けてくれた相手へ感謝と謝罪を言えた私は、その時には取り敢えず制服の上着を腰に巻くと、今も袖の部分で結ぶようにして留めている。


「あの・・・助けて頂いたのに。それでこんな事をお願いするのは礼を欠くようで心苦しいのですが。私が貴方に裸を見せてしまった事。その事だけは秘密にして貰えないでしょうか。私の母はとても厳しい方なのです。嫁入り前の娘が婚約者でもない男性に裸を見せた等と知られれば。どうか、この事だけは秘密にして欲しいのです」


アスランは私を助けてくれた恩人。

そして、私が下半身だけでも裸になったのは、これもアスランは何一つ悪くなどない。

それどころか。

今もこうして私も初めて見る魔導で、大怪我をしたイリアとティルダを癒している。


二人とも酷い怪我で意識も無かった。

アスランは先にイリアを癒すと、車の中で血塗れのままぐったりしていたティルダを引っ張り出して。

それから傷を癒してくれた。

まだ気を失っているせいか二人とも眠ったままだけど。

見える傷は全部、もう跡形も無く癒えていた。


そのアスランが使った癒し。

聞けば、アスランのそれも魔導らしい。

だけど、私が知る癒しとは完全に異なっていた。


学院で習う魔導は、そこで学んだ癒しの魔導について。

癒しは水の属性にだけ在る特別なもの。

他の属性には存在しないを習っている。


なのに、アスランの使う癒しは明らかに金色の光だった。


金色の光は、それは空の属性色。

これも授業で習った。

そして、空の属性は存在しているのが分かっているくらいで、未知未解明の属性だと習った。

なにより、空は上位の属性。

私が学院の授業で学んだ上位の属性については、属性色くらいまでが分かる程度。

これは、魔導革命の祖と呼ばれるエリザベート博士が、古代の文献から存在までを突き止めたと習っている。


助けてくれた相手なのに。

いつの間にか。

私は、その相手に対して。

失礼過ぎるくらい疑問だけを抱えていた。


「分かった。じゃあ、僕は何も見ていなかった。そういう事で良いんだよね」


私は、この瞬間の微笑む面持ちへ。

また顔が熱くなると下を向いてしまった。

名前と声だけで。

今は男の子なんだと分かってる。

でも。

私に向けられた柔らかい表情が、だから、女の子だと見間違えたんだ。


疑問は確かに在るけれど。

それとは別で、アスランは良い人に違いない。


下を向いた私は、恥じるべきは私の方だと胸の内で叱った。

静かに息を吐いて。

もう一度、今度もちゃんと言わないといけない。


私のために嘘をついてくれる。

そのアスランには、私もきちんとお礼を言わないと。

そんな私に向けられる。

この時のアスランの笑みは、事情はそうでも。

握り潰されそうなくらい胸が苦しかった。


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