第17話 ◆・・・ 大切な二人 ・・・◆
校舎の外へ出た所で、私はようやく解放されたのだと実感できた。
そんな安堵を抱く私の視界に、畏まって頭を下げている二人の女性が映った。
「迎えはイリアとティルダだったのね」
二人のことは良く知っている。
と言うか。
私は二人のことが大好きで、血の繋がりは無くても姉の様に思っている。
王室近衛隊に所属するイリアとティルダは、今でも私の傍に居てくれる。
私が二人と初めて会ったのは五歳の秋。
当時は未だ士官候補生だったイリアとティルダを、女王であるお婆様が、私の傍仕えにしたのが始まりだった。
それから私が王立学院へ入学する事になった後。
士官候補生だった二人は、私の入寮に合わせて傍仕えを外れる事になっていた。
その時のお婆様から聞いた話では、イリアとティルダの二人は士官候補生なら誰もがする実習期間を、私の傍仕えとして勤めていた。
そして、私の傍仕えをしっかりやり遂げた二人を、お婆様は近衛にすると仰った。
後から知った事なのだけど。
士官候補生が卒業と同時に近衛隊へ任官する。
これは前例が無いらしい。
卒業後は先ず地方の何れかに在る軍組織に配属されると、そこで数年は経験を積むのが慣例なのだとか。
お婆様は、その慣例を覆して二人を近衛にした。
だから、本当は二人とも凄く評価されていたに違いない。
それ程高く評価されていた筈の二人が、何故、今も私の傍にいるのか。
王立学院へ入学した日。
私はお婆様から式の後で呼び出されると、以後の在学中も二人を傍に置くと告げられた。
お婆様は私へ、本来であれば二人を王宮に勤めさせていた。
しかし、二人は近衛の任官を辞する事になっても。
これまで通り私の傍に仕えたいと願い出たそうだ。
『イリアとティルダは士官候補生の中でも特に優秀な成績を修めていました。そんな逸材が近衛を辞して無位無官の身になっても貴女の傍に仕えたいと言ったのです』
この件では、お婆様も悩んだそうだ。
そして、二人を近衛に取り立てた上で、王族の一人である私の傍に置くことにした。
『ですが、この事によって二人の出世は周りよりもずっと遅れる事にもなるでしょう。ただ、二人はこれも理解った上で。それでも貴女の傍に仕えたい。クローフィリア。貴女は得難い二人を大事にするのですよ』
ただ、王立学院の警備体制は、中央司令部の管轄に在る。
そのため近衛に所属する二人は当然、越権に当たる様なことは出来ない。
私が王立学院の寮で生活をするようになったのと同じ頃。
王宮を離れたイリアとティルダは、学院の近くにあるアパートの一部屋を二人で借りた。
そして、何かある度に私の所へ来てくれるようになった。
これは主にお婆様からの用件を、二人が私へ届けに来るという事なのだけど。
つまり、二人の仕事はその程度くらいになってしまった。
お婆様の居る王宮で働いていれば、二人とも今頃はもっと出世していた筈。
特にイリアは間違いなく。
近衛隊の小隊長にだって成れたに違いない。
私がそう思う部分は、だいぶ前にだけど。
お婆様が悪い事をしてしまった様な面持ちで不憫だと。
そう口にしていた事もある。
あの日、入学式の後でお婆様から告げられて。
私は寮の個室へ急くように走った。
『今日は特別な日ですからね』
私の部屋で出迎えてくれた二人は、手作りのパーティーを催してくれた。
・・・・・私達はずっと姫様の傍にお仕えします・・・・・
寮で暮らすようになってから。
それからは私の誕生日に二人は訪れると、思い出に残る時間を作ってくれた。
私は、今は未だ何をどうすれば二人のためになるのか。
だけど。
私は二人に対して。
ちゃんと報いられる存在になろう。
これだけは決めている。
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校舎から出て来た私を見つけたイリアとティルダの二人は、私が気付くよりも逸早く近くまで走って来ると、実家でもそうだった儀礼的な挨拶で迎えてくれた。
でもね。
私は、本当は二人からそうやって堅苦しい儀礼的な挨拶をされたくないのよ。
いつか。
その時にはもっと近しい間柄で交わすような挨拶を、当然と出来るようになりたい。
これも私にとって。
今は難しくても叶えたい望みなのだから。
課題を終えてようやく学院の外へ出て来た私を、聞けば二人とも二時間は車外で待っていたらしい。
極悪非道の性悪女が全部悪いのだけど。
そのせいで大切な二人を二時間も外で待たせてしまった。
「姫様。そうやって申し訳ない面持ちをされないでください。此処へ到着した後で事務の方より姫様の授業が遅くなる旨は聞いておりました。私とティルダの二人とも。それでサロンの方を少しお借りさせて頂きました」
普段の口調からこういう感じのイリア中尉は、私に勉強や作法を教えてくれた先生でもある。
イリア中尉のことは、すらりと背が高くて凛々しい。
栗色の髪は男子の様にも映るショートカットが、それと高い身長が合わさって女性なのに格好良く映る。
性格には固い所があるけど。
それで不機嫌な時の目付きなんて、あの青い瞳でムッとされると本当に怖いんだから。
勉強の時間に欠伸をしてしまった時とか。
お腹が空いてつまみ食いをしてしまった時とか。
そういう時のイリア中尉は、私を叱ったりはしない。
代わりに物凄く不機嫌になると、後は怖い目付きでじっと睨むのよ。
だけどね。
私は、イリア中尉がとても真面目で厳しい事は理解っているの。
それに、厳しいけど優しい事もちゃんと知っているんだから。
「イリア。それにティルダも。遅くなって本当にごめんなさい」
私は二人へ。
授業が事情でも。
待たせた事実も変わらない。
ちゃんと素直な気持ちを言葉にして、そして、やっぱり頭も深く下げた。
「フィリア様♪ そんな風に畏まらなくて良いんですよ。だいたい、イリア先輩は固過ぎるんです。そんなだから先輩は胸まで硬くて柔らかみが無さ過ぎるんですよ。あたしくらい柔らかな胸になるためには、先輩ももっと柔らかい性格にならないとですね♪」
バシィッンッ!!
私の目の前で、ティルダのああいう為人は、だから生真面目なイリアのお仕置きが落とされる。
イリアが握る特注のチタン製ファイルは、ティルダの頭へ叩き付けられた。
その音だけでも怒りの度合いがよく分かる。
はっきり言って、見てるだけでも凄く痛そう。
「先輩、加減無しは痛すぎですぅ~!!。馬鹿になったら責任取らせますからねぇ~」
「ティルダ。貴様は姫様付きの警護としての自覚が足りなさ過ぎだ」
「とか何とか言ってですけどねぇ。だいたい、先輩のそのファイル。候補生の時に私の頭を叩くためだけに特注した凶器じゃないですか」
「何を言うか。それこそ貴様が日頃から寝坊遅刻に居眠りと。そんなだから風紀を預かる私は特に苦労させられたのだ。このファイルは当時の私が授業にも使えて、しかも貴様を躾けられる道具としても使える。それだけ貴様は私に手を焼かせた問題児だろう」
あははは・・・・・
この光景も何度見ただろうか。
そうやってまた始まった楽しそうなじゃれ合いも。
私は、これも何処か羨ましいって。
ちょっとだけ。
この時だけは仲間外れを感じちゃうのよね。
「良いかティルダ。私と貴様は志願して姫様付きの警護になったのだ。にも拘らず、どうすればそれだけ気を緩められるのか。はぁ~~~・・・・・私には理解出来ん」
「そんな事ないですよぉ~。あたしがこうやって日頃から茶目っ気たっぷりだから。それがフィリア様の息抜きにもなっているんですよぉ~」
生真面目なイリアとは正反対。
でも。
そういう明るい性格のティルダが、私を妹の様に扱ってくれる所は凄く嬉しい。
ティルダは、イリアよりは背が低い。
それでもきっと平均くらいはある筈。
何方かと言えば色白なイリアと違って、スポーツ全般から格闘技までを得意とするティルダは、だからいつも軽く日に焼けた様な健康的な肌色をしている。
ルビーの様な綺麗な赤色の瞳と濃いピンク色の髪は、軍人だからかイリアと同じように短いのだけど。
でも、ティルダの方は女の子らしいボブな感じに毛先を軽く内に巻いている。
いつだって凛々しく格好良いイリアと、反対に軍人でも女の子らしいティルダは、それでいてお洒落とか流行りとかにも詳しい。
私が部屋で着る私服は、それを全部と言って構わないくらいティルダがコーディネイトしてくれる。
おかげで、寮での私は友達から服装のことで手本とか見本の様にも見られるのよね。
背が高くスレンダーなイリアと並ぶティルダは、胸もお尻も大きくて、それでいて腰がキュッと引き締まっているのがよく分かる。
私は、イリアの凛々しい所にも憧れている。
けど、将来はティルダの様なスタイルを等と思いもするのよね。
今の私は、身長は平均だと思うけどスタイルは・・・・自身が無い。
でも、私の成長期はこれからなんだから。
十年後には、ティルダ様になっていたいな。
明るくて人懐っこい印象のティルダは、それで自称ティルダスマイルないっぱいの笑顔と元気の良さが一番の魅力なんだと思う。
おかげでちょっと前の凄く嫌なことも吹き飛んだ。
人生なんて、なるようになるさ。
これはティルダの持論で、士官学校時代の先輩に当たるイリアからは睨まれる所以でもある。
けどね。
そんな二人は、何故かとっても仲が良い。
歳はイリア中尉の方が一つ上で、でも、イリア中尉だって未だ21歳。
二人は軍人になるために初等科から高等科までが一貫の士官学校へ入ると、飛び級を重ねて卒業している。
飛び級を重ねるくらいだから。
間違いなく秀才の筈・・・・なのだけど。
イリアは当然そう見える。
反対にティルダのあの為人が、そうは見えない。
今日も私の目の前で始まった馴染みの光景は、今もずっと楽しそうにじゃれている。
イリアは顔だけで、面倒臭そうだけどね。
「ティルダ。オーランドまでの運転。遅くなったけど安全運転でお願いするわね」
「フィリア様。あたしの運転ならアクセル全開♪ 時速300キロでも安全でっす♪」
バゴォッンッ!!
イリアの怖いを全く隠さない笑み。
特注のファイルは即座、狙い澄ましたかのようにティルダの脳天へ叩き付けられた。
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ゼロムの街から外に出る。
私にとって、それは随分と久しぶりな事だった。
王立学院では、生徒の外出に一々許可が要る。
と言っても。
日常的な買い物等の外出は、それがゼロムの街を出ない限りは許可も簡単に下りる。
逆に街の外へ出るためには厳格な審査と手続きが要る。
車は学院の正門を出ると市街へ続く道を走っている。
イリアが拳骨を落としたせいかは別にして、ティルダの運転は速度を余り出していない。
快適な乗り心地だった。
「イリア。私は今朝なのだけど。ドアポストに入れてあったお婆様からの便りで此度の件を知りました。ただ、明日も公休という件はヴァネーサ先生から聞いて初めて知ったんです。貴女は何か聞いていませんか」
私とは別にイリア達も、この件は何かしらを受けている筈。
「フェリシア様からシャルフィの女王が当国へ訪問されている。その件で今日はオーランドで会談が行われています。会談の後は夕食の席を設けて、そのまま宿泊されるとも聞きました」
「そうだったのですね。ですが、会談であれば私は呼ばれない筈」
「フェリシア様も本来であれば。今は学生の身であるフィリア様を呼ぶ事はしなかったでしょう。ですが、どうやらシルビア様の方から会いたいと。そういった次第からこうなった様には聞いています」
憧れの聖女様から私に会いたい。
途端に身体が震えてしまった私は、けれど、視線が今の服装を映して相応しくないを抱かせた。
「シャルフィのシルビア様が私に会いたいと言ってくださったのは、その、とても嬉しいことです。実に光栄なことなのです。でも、このような姿では礼を欠くのではないでしょうか」
授業が遅くなった事もある。
けれど、予定通りに終わったとしても。
寮の部屋には制服の他、部屋着の私服くらいしかない。
他国の女王から会いたいと言われて会う以上は、此方も品を欠かない礼装をするのが当然の筈。
なのに・・・・・
王立学院の制服は深みのある緑のジャケットとチェック柄のスカート。
女子は白のブラウスと赤い棒ネクタイ。
学院の校章を刺繍したソックスと指定の革靴。
とてもじゃないけど。
この姿で礼を欠かずに通用するのは、学院の関わる範囲内まで・・・・・だと思う。
「フィリア様。その件ですが。フェリシア様からは私的な場故、正装の必要はない。そのように承っております。どうやらオーランドでの会談は、非公式の私的な催しのようです」
ハァ・・・・
正装の必要が無いを、理由も含めて。
イリアから聞き終えた途端。
私は思わず、だらしなくも映る溜息を吐き出してしまった。
「フィリア様♪ フィリア様は何をお召しになっても可愛いんです。だから堂々と可愛さを見せ付ければ良いんですよ♪」
「ありがとう。ティルダにそう言って貰えると私も楽になります」
きっと、とても不安な表情をしてしまったのだろう。
後ろの席で、こうして向かい合うように座るイリアは何も言わなかったけど。
運転席からミラー越しに私を見たティルダは、だから気遣ってくれた。
私は・・・・・・
別に自分が可愛い。
そんな風に思ったことは無い。
お婆様を見習う。
憧れのシルビア様を見習う。
しっかり者のイリアを見習う。
さりげない気遣いも笑顔で明るく出来るティルダを見習う。
ただ、それだけで精一杯。
可愛いとか可愛くないとか。
そういう見た目の部分よりも。
もっと内側を磨かないといけない。
それが、偉大なお婆様の孫娘として恥じない様に。
未熟な私が大人になるまでには備えなくてはならない部分なのだから。
此度の件はシルビア様から会いたいと。
望まれた私は、今から胸の内で礼を欠かない様にしよう。
私的な場とかは関係ない。
それだけを強く刻んでいた。