4/5(木)
────???
「ようこそ、時と空間の狭間『ルーナソレイユ』へ」
眼を開けると俺は不思議な空間にいた。
空間と言っても部屋の中であり、別段おかしいと言うわけではない。
部屋の配色が黒一色と言うこと以外は。
ここはどこなのだろうか?
そんなことを思いながら俺は部屋の中を見渡す。
と、ここで俺はソファーに座る純白のゴシックロリータファッションの少女と、その側に立つ黒い服に身を包む女性がいることに気がついた。
「へぇ、どうやら数奇な運命をお持ちの方がいらしたようね」
少女は興味深そうに俺を見てきた。
何故だろうか、何かを見透かされている気がする。
「私の名は『アリス』。お初にお目にかかりますね」
「どうも……」
少女、アリスが笑みを浮かべ挨拶をしてきたので俺も言葉を返す。
何故かは分からないがアリスには気安く話しかけてはいけない気がする。
「ここは夢のはて、現実と虚構の狭間にある場所……。本来は、何かの形で〝覚悟〟を果たされた方のみが訪れる部屋なのです。貴方には、近くそうした未来が待ち受けているのかも知れませんね」
アリスの言葉の中に現れた単語に俺は首を傾げる。
覚悟を果たされた方?
俺が何かしらの覚悟をすると言うことか?
「そうね……。まずはお名前を伺うとしましょうかしら。貴方の名は、何と言うのかしら?」
「狗守…刻夜……」
アリスの問いに何故か俺はあっさりと答えてしまった。
まるで、答えないという選択肢がないかのように……
「『狗守刻夜』……。ふぅん、それじゃあ貴方の未来を少しばかり覗いてみるとしましょうか」
「は……?」
そう言ってアリスは何やら水の張られた器を取り出した。
どこから取り出したのだろうか?
「〝占い〟は信じるほうかしら?」
「ん……ああ。信じるかな」
そう答えるとアリスは満足そうに頷き、器を置いて水をゆっくりとかき混ぜていった。
いったい何をするつもりなのか……
「水鏡に映るのは未来の姿。どんな未来が見えるかは混ぜる人の思いと覚悟によっていくつにも枝分かれしていく……。不思議よね」
言いながら、アリスは器から手をあげた。
「さぁ……、次は貴方の番。この水に手を入れて混ぜなさい。貴方が混ぜることによって貴方の未来へとの繋がりを生むの」
「未来へとの繋がり……ッ?!」
アリスに促されて俺は器へと手を近づけていく。
水に触れた瞬間、俺は熱いような冷たいような不思議な感覚に身を強張らせた。
「そのまま混ぜなさい。混ぜることによって貴方の未来へかかる霧を一時的に晴らし、未来を見ることができるのよ」
「あ、ああ……」
言われるままに俺は水をかき混ぜていく。
やがて水のなかに何かの影が浮かび上がってきた。
「手を抜いていいわ」
俺が手を抜くと、アリスは器の中を覗きこんだ。
いったい何が見えているのか……
「へぇ……、そう。そうなの……」
覗きこみながらアリスはしきりに頷いたり面白そうに笑みを浮かべている。
いったいどんな未来がその瞳に映っているのだろう。
「どうやら貴方は、これから先の未来で迷いと謎を被り、〝結末〟へと導く事を課せられるようね。近く、貴方は何らかの形で〝覚悟〟を果たされ、再びこちらへ来ることになる事でしょう。今年、運命は節目にあり、もし謎が解けなければ……貴方の未来は、閉ざされてしまうかも知れませんね」
迷い、謎、結末、覚悟……
あまりにも普段の生活では聞くことのない言葉の数々に俺はきっと微妙な表情をうかべていたのだろう。
「私の役目は、貴方がそうならないように手助けをすること。貴方にはなにかを感じるわ」
苦笑しながらアリスが左手を振るうと、器が一瞬にして消え去った。
どうやったのだろうか?
「ああ、紹介が遅れたわね。横に立っているのは、『ガルデニア』。同じくここの住人で私の使用人よ」
「お嬢様のお手伝いなどをさせていただいております、ガルデニアと申します」
「あ、ああ……」
アリスはうっかりといった風に手を叩き、先程から無言で立っていた女性を紹介してきた。
すると女性、ガルデニアは1歩前に出て頭を下げた。
なんと言うか、綺麗なんだがどこか人形みたいな感じの人だ。
「詳しくは追々に致しましょう」
「え……?」
「ではその時まで、ごきげんよう……」
「な、ちょっ──」
アリスがそう言うやいなや辺りの景色が徐々にボヤけていく。
そして、俺の意識は途切れた。
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────4/5(木)体育館
「──生の本分を忘れぬように、3年生はハッキリとした目標を見つけ進みましょう」
「ん……」
眼が醒めた。
それと同時に校長の挨拶が終わる。
変な夢だったな。
悪夢のようなものではないが何故か頭から離れない。
〔それでは、『星ヶ原高等学校』始業式を終わります。3年生から順番に体育館を出てください〕
マイクによって拡声された男性教諭の言葉に後ろの方の椅子が動く音がする。
俺の所属しているクラスは2年3組。
よって移動は次だ。
「よう、ワンコ。挨拶中に熟睡か?」
「みたいだ。気がついたら挨拶が終わってたからな」
出そうになった欠伸を噛み殺していると隣の椅子に座る生徒が話しかけてきた。
生徒の名は『浮雲澪』。
気さくで話しやすく仲間思いなのでクラスメイトからは人気を集めており、俺の一番の友達だ。
故に澪が俺に話しかけたことによって視線が集まる。
「ははは、お前がこんなところで寝るなんて珍しいな。普段なら俺か自分の部屋くらいでしか寝ないってのに」
「自分でもそう思うよ。と言うか明らかに誤解を生む発言をするな」
笑いながら言う澪の頭に軽くチョップを食らわせ俺は答えた。
顔も良いだけにかなりの奴がこいつに恋愛感情を抱いていると言うのに……
澪の発言によって強まった視線に俺は溜め息を吐く。
「ん、どうやら俺らの番みたいだな。行くぞ、ワンコ」
「はいはい」
後ろの3年生がいなくなったことを確認し澪は立ち上がる。
それに続くように俺も立ち上がり体育館を後にした。
‡ † ‡
────2年3組教室
「今日は始業式のため午前中で学校は終わりだ。それではHRを終わりにする」
担任のありがたい言葉に俺は席を立つ。
と、そんな俺の姿に気がついたのか澪が歩いてくる。
「これからどうするよ?」
「とりあえず、どっかで昼飯にするかな」
「おー、じゃあ『八頭蛇』で食うか」
「だな」
どこで昼飯を食うかが決まり俺と澪は教室を後にする。
下駄箱に着くと何やら1人の生徒が立っていた。
「あ、あの……」
「澪、またお前に客だ」
「はぁ…分かったよ。先に行っていてくれ」
またか……
澪とともに歩いて行く生徒を見て、俺は内心呆れながら靴を取り出す。
このように澪が呼び出されることは少なくはない。
男女問わずに人気があるために付き合いたいと思っている人間が後を絶たないのだ。
まぁ、俺自身に被害がないなら構わないがな。
そんなことを考えながら俺は学校を後にした。
‡ † ‡
────月丘市ショッピングモール
「待たせたな、ワンコ」
「お、終わったのか」
八頭蛇に向かって歩いている俺の近くに澪が走ってくる。
だいぶ先に来ていたとは思うがこいつの足なら容易いのだろう。
「にしても。1人ってことはまたフッたのか」
「ああ。一応は礼儀だから受けているが、あまり知らない奴だったからな」
俺の問いに澪は頷き肯定する。
「ちなみに聞くが。何て言って断った?」
「〝ごめん。俺は君のことをよく知らないから〟だが?」
「それで簡単に引き下がるのか?」
「いいや、もちろん引き下がらなかったぞ」
「だろうな」
一応と言った感じで俺は澪に問う。
過去にこれで何度か被害を被ったことがあるからな。
「〝やっぱり狗守なんですか〟とか言ってきたな」
「そこで何で俺が出るかなぁ……」
学校や寮でよく一緒にいるからだろうけど。
「だから俺は言ってやった」
「おお、言ってやったか。俺とお前がただの友達だと」
「いや、〝ワンコは俺が一番好きな友達だ〟と!」
「大馬鹿野郎だよ、お前はッ!」
胸を張って答える澪に俺は頭を抱えて叫んだ。
チクショウ、こいつに期待した俺が馬鹿だった!
明日から絶対に他の生徒達から睨まれまくるじゃねえか!
「何か間違ったことを言ったか? 俺は思っていることを伝えただけだ」
「嬉しいには嬉しいが発言の内容を考えてくれ!」
キョトンとしながら澪は尋ねてくる。
駄目だ、こいつ理解していない。
なんでこんな奴が毎回毎回テストでTop10に入ってるんだよ。
「はぁ……。もう良い、八頭蛇に行くぞ」
「ああ、腹も減ったしな」
なんだか疲れてしまった俺は項垂れながら八頭蛇へと歩みを向ける。
その隣を澪は楽しそうに歩いていた。
そして昼飯を食い終えてから俺は半ば自棄になりながらゲームセンター、『雪白』で澪と様々なゲームをした。
明日からの日々が軽く不安だ……