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8 勇者、苦戦する。


「う、うーん……」


 険しい顔で腕を組んだアリアは目の前の光景に思わず唸る。

 そしてその傍らには、テーブルに突っ伏して動かないシェリーがいた。普段の気高い雰囲気は見当たらず、まるで萎れた花のようになってしまっている。

 そんな友人の肩をアリアは励ましの意を込めて軽く叩く。


「シェリー、もう一度やってみよう? ねっ?」


 すると、シェリーは突っ伏したまま緩く首を振った。


「ごめん……ちょっと……」


 か細い声でそう言って黙ってしまったシェリーに掛ける言葉が見つからないアリアは、大人しく口を閉ざして視線を前に戻す。

 そこには皿に乗った大量の消し炭があった。

 しかし、その消し炭は仄かに食物の匂いを放っており、よく見ればかろうじて形を残したベーコンやナッツが焦げの中で見え隠れしていた。


(……まさか、パイすら作れないとは)


 材料を混ぜて焼くだけの家庭料理をここまで無惨な姿に仕上げるのは、ある意味では才能なのかもしれない。

 予想外の残念すぎる才能を持っていたシェリーをちらりと見る。

 暫くは立ち直れなさそうな親友を気遣い、先に片付けだけ済ませておこうとアリアはキッチンに立とうとした。


「うわ、何だよこれ? 火蜥蜴サラマンダーでも来たのか?」

「……っ!?」


 突然聞こえてきた声にアリアが振り向けば、そこには黒焦げのパイを見下ろしているロワが立っていた。

 今までロワと会った事が無いアリアは、見知らぬ男の唐突な登場に悲鳴を上げかけたが、ふと彼の頭上に生えている角に気付くと「あっ」と目を見開いた。


「もしかして、貴方はシェリーの……」

「あ? ……ああ、お前がさっきソルダが言ってた、勇者の友達って奴か」

「うん、私はアリア。貴方が魔王さんでしょ?」

「……おう、そうだ」


 普通の人間ならば魔王だと知った途端に恐れるものだが、アリアは親しみやすい微笑みを浮かべている。

 やはり勇者の友達となると一味違うな、とロワは内心で感心しながら頷く。そして、先程から微動だにしないシェリーを指さした。


「コイツ、どうしたんだ?」

「あー……ええと……」


 アリアは目を泳がせながら口ごもる。

 下手に本当の事を話して、ただでさえ傷心中のところに追い打ちを掛けられるという事態は、友人として回避させてやりたい。

 しかし、ロワは答えを待たずにシェリーの肩を無遠慮に揺さぶった。


「おい、今度は何を企んでんだ? そうやって俺を油断させようったって無駄だぞ?」

「……うるさい」


 覇気の無い声を返したシェリーは肩を揺する手をぺちんと叩くも、伏せた顔を上げようとはしなかった。

 今までに無い投げやりな対応にロワは驚いたように目を瞬かせたが、それも一瞬で、直ぐに表情を戻すと肩から手を引いた。

 そして、黒焦げのパイとシェリーを交互に見遣ると、全てを察したかのように目を細めた。


(だ、大丈夫かな……?)


 二人の仲が険悪だと知るアリアは、このままロワが挑発するのではないかと不安そうに様子を窺う。

 すると、ロワはおもむろにパイの一切れを鷲掴み、そのまま大口を開けて頬張った。


「あっ!?」

「はあっ!?」


 その突拍子もない行動にアリアと、どうやら盗み見ていたらしいシェリーは同時に驚いて声を上げる。

 しかし、当の本人は炭の欠片を床に零しながらも平然と頬張り続けて、口の中の物を確かに飲み込んでみせた。そのまま次々とパイ(になる予定だった物)を平らげていく。

 その一連の流れを唖然と見ていたシェリーだったが、残り少なくなったパイに気付いて我に返った。


「何食べてるのよ! それ、人間が食べる物じゃないわよ!?」


 シェリーが思わず席を立って叫べば、ロワは口端に焦げカスを付けたまま小馬鹿にした笑みを浮かべた。


「バーカ、俺は魔物だ」

「違う! そういう意味じゃないわよ!」

「つーか、お前の方がうるせえだろ」

「うるさくさせてるのは誰よ!?」

「あー、もう本当にうるせえな! ちょっと黙れ!」


 喧嘩中の猫のように甲高い声で騒ぐシェリーに耐え難くなったロワは、最後に残っていたパイを掴んで、躊躇することなく彼女の口に突っ込んだ。


「むぐっ!?」


 途端、シェリーの口内の不快指数が急上昇した。

 まるで砂を食べた錯覚に陥る程にざらついた食感と、適当に薬草を混ぜたら出来そうな濃厚且つ執拗な苦味。要するにとにかく不味かった。


(何これ、ま、まっずい……!)


 自然と涙が滲んでくる不味さに、シェリーは瞳を潤ませて口元を押さえた。飲み込もうにも喉が拒否してくるレベルである。

 涙目になりながら恨めしげに睨みつけてくるシェリーに、ロワは余裕の表情で肩を竦めてはにやりと憎らしい笑みを向けた。


「悔しかったら、もっと美味い物を作れるようになる事だな」

「……っ!」

「じゃ、俺は忙しいから行くわ。せいぜい頑張れよ? まあ、無駄だろうけど」


 不味さの所為で未だ飲み込めないシェリーが口が開けないのを良いことに、ロワは散々挑発してから部屋を出ていく。

 やがて何とか飲み込めた頃には、既に家の中にロワの気配は無かった。


「あ、あの……シェリー……?」


 その場に立ち尽くして顔を俯かせたシェリーに、もしや泣いているのかと心配になったアリアはそっと声を掛けてみる。

 すると、シェリーは勢いよく顔を上げるや否や、目を丸くさせているアリアの両肩をガシッと掴んで詰め寄った。


「アリア!」

「な、なにっ?」

「これくらいの修行じゃ足りないわ! もっと厳しく教えて! さあ!!」


 先程までの落ち込み様から一転、食らいつくような物凄い剣幕で迫られて、アリアは自分の心配が杞憂だったと知る。

 そして、ニッと口角を上げて笑ってみせた。


「よーし分かった! ビシバシいくから覚悟してね?」

「望むところよ! ふふ……見てなさい、魔王! このままじゃ終わらないんだから……!」


 すっかり調子を取り戻したシェリーは、闘志を燃やしながら拳を握り締める。

 そんな親友にこっそりと苦笑を浮かべていたアリアだったが、綺麗に空になった皿が視界に入ってふと思う。

 あのパイは見た目も酷く悪かったのだから、からかう為だけなら別に食べなくても良かったに違いない。それに幾ら魔物だからと言っても、あれだけ人間に近い姿を持つのなら味覚に大した差は無い筈だ。

 それなのに、ああして平然と食べきってみせたのはーー、


(……もしかして魔王さん、シェリーを立ち直らせる為に?)


 アリアがそんな予想をする傍らで、シェリーも怪訝そうにしながら首を傾げて考えていた。


(そういえば……何で魔王がここに来たのかしら?)


 大嫌いな自分がいると分かっていながら、ロワがこの家に足を運ぶ理由が思い付かず、シェリーは悩むほどに首をどんどん傾けていく。


(修行の事は秘密に……、……あ)


 自分とアリア以外にもう一人、自分が修行をしている事を知っている人物を思い出す。

 もしも、その人物がロワにこの事を話したのだとしたら、からかう為にこの家を訪れたと考えても不思議ではない。


(……うん、後で詳しく聞くとしましょうか)


 ***


「ーー……?」


 ぞくりと寒気がした気がしたソルダは、書類を整理していた手を止めて僅かに眉を寄せる。

と、そこにロワが帰ってきた。


「ロワ様、どちらに行かれていたのですか?」


 目を離した隙に仕事を放置して姿を眩ませていた主人に、ソルダは少し窘めるように言う。

 しかし、ロワは反省の色を見せることなく椅子に座り、執務机の上に積まれた書類に目を通しながら口を開いた。


「ん、友達来てるっていうから邪魔してやろうかと思ってな」

「……えっ?」


 退屈そうに書類を読みながら返された返事に、ソルダは手から書類の束を滑り落としかけた。

 嫌な予感に無意識に体を震わせながら問いかける。


「そ、それって……シェリー様の所に行った、ということですか?」

「おう、何か下手くそな料理作ってたから、思いっきり馬鹿にしてきてやったぜ」

「……!!」


 予感が的中してしまった衝撃にソルダは目眩を起こし、ふらりと壁に寄りかかる。

 侵入者だと間違われないようにと思い、確かにロワにアリアの事を教えはした。けれど、ただ単に遊びに来た友人という事にして、修行の事は一切漏らしてはいない。

 それでもロワは家に行ってしまった。しかもどうやら、シェリーが失敗したところを目撃して案の定からかってきたようでもある。


(これは……絶対に自分が話を漏らしたと思われてます、よね……)


 確実に誤解しているであろうシェリーに、一体どう話せば首を跳ねずに許してもらえるだろうかと、ソルダは半分死んだ目で遠くを眺める。


「うげ、また蜥蜴男リザードマンのジジイから戦闘許可要請来てんのかよ。面倒くせえなー……なあソルダ、……ソルダ? どうした、おーい?」


 壁際で放心して抜け殻状態になっている側近に気付いたロワは、それが自分の所為だとは思わずに呑気な声を掛けていた。


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