6 勇者、同居を承諾する。
三人で家の中を調べた結果、広さは二人で住むには少し広い程度で、間取りは一般的な民家と何ら変わりないのを確認することが出来た。
「必要な家具や日用品も揃ってるし、住もうと思えば今すぐ住めるわね」
「変なところで気が利いてるんだな……」
シェリーがキッチンの棚に整理された調理道具を眺めながら呟けば、ロワは呆れと感心が混ざった様子で言葉を漏らす。
そこでソルダは一番気になっていた事を思い切って聞いてみる事にした。
「あの……結局お二人はこの家にお住まいに?」
すると、二人はきょとんと目を丸くさせて、それから真顔で互いを指さした。
「彼と同居するわけないでしょう?」
「コイツと一緒に住むわけないだろうが」
不仲故の見事なハーモニー。
予想通りの答えが返ってきて、ソルダは苦笑しながら内心で溜め息をつく。
(でも……城にいられて顔を合わせる度に喧嘩されるのは困るんですよね。それならお二人にこの家に住んでもらった方が、此方の弊害も少なくなりそうですし……)
結婚式の所為で壊れた箇所もまだ修理は終わっておらず、あのレベルの喧嘩を毎回違う場所でやられたら堪ったものではない。
どうにかして二人を同居させられないかとソルダは考えながら言葉を紡ぐ。
「此方でなら、恐らく臣下達はお二人に遠慮して近付きませんので、城にいるよりも戦いやすいと思いますが」
「それはそうだけど……」
前回同じような理由でまんまと乗せられたシェリーは躊躇いを見せた。
邪魔が入らないのは魅力的だが、それでも大嫌いな相手と同居するというのは気が乗らない。
向こうはどうなのかと横目で見れば、大体同じ事を考えていたらしく、似たような表情をしたロワと視線がぶつかった。
すると、ロワは鼻で笑ってわざとらしく肩を竦めた。
「家事もろくに出来なさそうなコイツと二人で同居なんて出来ないっての」
その言葉にシェリーの眉がぴくっと動くが、ロワは気付かずに言葉を続ける。
「女らしいのは見た目だけで、中身は鬼なんだからよ。料理なんかさせたら豚の丸焼きとかしか出てこないぜ、きっと」
「ロ、ロワ様……」
相手を刺激する言葉をロワが淀みなく吐き続けるので、顔色を青くさせたソルダは慌てて制止をかけようとする。
しかし、それよりも先に横からにゅっと伸びてきた小さな手が、ロワの胸倉を乱暴に掴み上げる方が早かった。
「ぐえっ!」
「まあ、随分と言ってくれるわね。貴方に私の何が分かるっていうのかしら?」
掴んだ胸倉を容赦なく引き寄せたシェリーは冷たい微笑を浮かべて迫る。
身長差がある所為で無理に背中を丸めさせられたロワは、呼吸だけではなく体勢も苦しまされる羽目になった。
しかし、当然ながらそんな事をシェリーが気にかけてやる筈もない。
「ソルダ」
「は、はい!」
不意に名前を呼ばれたソルダは向けられた笑顔の黒さに恐れ、目の前で自分の主が締め上げられているのも忘れて返事をする。
すると、シェリーは掴んでいた胸倉を乱暴に突き放した。
ロワは突然の解放に受け身を取るのが間に合わず、床に後頭部を強打する。
「いってえ!」
「いいわ、この家に魔王と同居してあげる」
「えっ!?」
打ち付けた頭を抱えて床で悶えているロワを無視してシェリーは言う。
それを聞いたソルダは勿論、ロワも驚いて床から跳ね起きると、平然としているシェリーの細い腕を掴んで詰め寄った。
「何を勝手なこと言ってんだよ!?」
「あら、何かご不満?」
「不満だらけに決まってんだろ! おいソルダ、俺は絶対にコイツと同居なんて」
「えいっ、と」
「がっ……!?」
軽い掛け声が聞こえたと思えば体に電流が走り、視界がちかちかと点滅した。
そして、ロワはそのまま再び床に転がる。強い痺れの所為で今回も受け身も取れず、盛大に顔面を打ち付けた。
「ぶへっ!!」
「ロワ様!」
かなり惨めな姿を晒したロワにもソルダは呆れる事無く、痺れと痛みで突っ伏した体勢から動けない主の体を起こしてやる。
「じゃあ、私は二階の一番奥の部屋を使うから」
そんな二人に特に何の感想を抱かず、シェリーは部屋を出ていこうとする。
しかし、ドアの前で足を止めると振り返り、体を支えられながら自分を涙目で睨んでいるロワを鼻で笑った。
「まあ、無理に同居しなくていいわよ? 私が怖くて逃げたいっていうならね」
「なっ……!?」
馬鹿にされたロワは咄嗟に反論しようとしたが、痺れが邪魔をして上手く言葉が出せない。
もどかしさと悔しさに顔を歪めるロワを満足げに見たシェリーは、雷魔法を使った名残で淡い光を纏っている手をひらつかせて、今度こそ部屋を出ていった。
階段を上がって廊下を行き、宣言通り一番奥の部屋へと向かう。
「……ふう」
ドアを後ろ手に閉めたシェリーは、溜め息と共に肩の力を抜く。
そして、宿敵が痺れて動けない今なら警戒を緩めても平気だろうと思い、ふらふらとベッドに近付くとそのまま倒れ込んだ。
「本っ当にどこまでも失礼な奴なんだから……誰が鬼よ……!」
言われた暴言を思い出して顔を顰め、仰向けになって呟く。
「私だって料理くらい……」
そこまで呟いて、自分の料理経験と腕前を思い返したシェリーは口を噤んだ。
物心ついた頃から勇者としての帝王学を受けた覚えはあっても、料理を始めとする家事全般のやり方を学んだ記憶は一切無い。
大抵は母親から自然と教わるものだが、勇者である自分は剣術や魔術を優先してきた所為で、教わる機会を逃したまま成長してしまった。
(……あら? もしかしてこれって、結構マズい?)
あれだけ強気な態度に出ておきながら「実は家事が全く出来ませんでした」なんて事が知られたら、間違いなくロワに馬鹿にされて末代まで笑われるだろう。
それに気付いたシェリーはだらだらと冷や汗を流し、勢い良く飛び起きた。
「どど、どうしよう……!?」
家事が出来なくてもロワに殺されるわけではないが、嘲笑われはするだろう。それは精神的に大ダメージを受けるので何としても避けたかった。
そうして暫くの間、頭を抱えていたシェリーだったが、ふと何か思い付いたように顔を上げるとベッドから降りて棚を漁り始めた。
「……あった!」
見つけた便箋と封筒、万年筆を取り出して、次はテーブルに向かう。
細かな日用品まで揃えておいてくれた事だけは王二人に感謝しつつ、シェリーは便箋に万年筆を滑らせていく。
文章を書き終えると封筒に入れて自分のサインと宛先を記し、その封筒を片手にドアを開けた。
「ソルダ! 魔王はそこら辺に転がして、ちょっとこっちに来て!」
そして、未だ痺れている主人を介抱しているであろう健気な側近を、有無を言わせない強い大声で呼び付けたのだった。
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