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4 勇者、結婚式を挙げる。

 二人が指輪を着けて結婚を承諾してからは、物事が進むのが早かった。

 我に返った二人が結婚の取り止めを言い始める前にと、両国の王とその息が掛かった者たちが総出で結婚式の準備をあっという間に進めていき、気付いた時には既に両国民達にまで結婚の話が届いていた。


 そうして逃げ場を失った二人は、処刑日を待つ罪人のような気分で毎日を過ごして、遂にその日を迎えたのだった。


 ***

 

 魔物にとって、鏡は基本的に必要が無い。

 獣や植物が元となった姿が多いので身嗜みという概念が無く、使うとすれば高い知能を持った人型の魔物くらいである。

 それ故に、魔物の巣窟でもある魔王城で数少ない鏡台がある一室は、結婚式当日の今日だけは花嫁の控え室となっていた。

 その貴重な鏡台の前に座るのは、本日の主役の一人。

 しかし、優雅な花嫁衣装ウェディングドレスに身を包んだ彼女の表情は、もうすぐ皆に祝福される者とはとても思えない程に沈んでいる。


(本っ当に馬鹿だった……!)


 シェリーは一時の感情と勢いに身を任せた自分を心底恨んでいた。

 つい先日まで戦場で戦っていた天敵と結婚するなんて、欠片も嬉しい筈がない。だけど、ここまで来たらもう後には引けないとも思っていた。

 今から「やっぱり結婚したくない」と言い出すのは簡単だろう、が、それを言ったらロワは間違いなくここぞとばかりに嫌味を言ってくるに違いない。


(自分だって私と結婚なんかしたくないくせに、きっと「本当は俺が怖いんだろ?」とか散々言ってくるに決まってるわ!)


 容易に想像がつくロワの得意げな顔に脳内で拳を叩き込んで、シェリーは荒む気持ちを何とか落ち着かせる。


(こうなったら、絶対にあの魔王の首を討ち取ってやるんだから……!)


 鏡に映る自分と頷き合って、気合いを入れ直す。

 その涼やかな青い瞳の奥では、決意と殺意の炎がギラギラと燃え盛っていた。


 ***


 二人の結婚式は、魔王城の大広間で行われることになっていた。

 神聖な教会ではロワを含めた魔物達に負担がかかる(因みにシェリーは「いっそ魔王はそのまま召されればいいわ」と真顔で零していた)からである。


「……あら」


 控え室を出たシェリーが大広間の扉の前まで行くと、そこには既にシルバーグレーのタキシードを着たロワがいた。

 その傍には、礼服に身を包んだソルダの姿もある。


(これは……)


 ソルダはシェリーの花嫁姿を見るなり、思わず感嘆の溜め息をついた。

 普段は下ろされている髪は三つ編みにされて団子状にきっちりと纏め上げられ、レースとリボンの髪飾りで彩られている。

 純白のウェディングドレスは首元から肩までが大胆に広く開いていて、真珠の肌が惜しげもなく晒されていた。

 腰から裾にかけては大きめのフリルが幾重にも重なり、その可愛らしさと華々しさはシェリー本人を表しているようだった。

 しかし、ロワはそんな極上の花嫁を前にしても感動するどころか、上から下まで見た後に鼻先で笑ってみせた。


「お前に着られたら、真っ白な花嫁衣装もドス黒く見えるな」

「あら、それなら丁度良いわね。貴方の返り血が目立たないもの」


 間髪入れずに言い返したシェリーがにっこりと笑えば、二人の間には肌を刺し抜くような鋭い空気が漂い始めた。

 それに気付いたソルダは、二人の感情が爆発する前に気を逸らそうと慌てて口を開く。


「シェリー様、間もなく入場しますので、これを……」

「……はいはい」


 自分達が戦闘を始めることを警戒されているのを察したシェリーは、差し出された小さめのブーケを大人しく受け取る。

 そして、隣に立ったロワを睨みつけた。


「時間はまだまだあるわ、覚悟しておくことね」

「それは俺の台詞だ」


 会話が終わると同時に、目の前の大きな扉がゆっくりと開いていく。

 大理石の床に敷かれた真っ赤なバージンロードと、その左右に並ぶ参列者達の拍手が二人を出迎えた。

 片側に人間、もう片側に魔物が並ぶ道を二人は歩いていく。

 しかし、本来ならば仲睦まじく組むべき腕は組まず、間には一人分ほどの距離が開けてある。

 しかも互いに張り合うように歩く所為で、徐々に早足になっていた。

 その光景を見ていた参列者達は、拍手をしながら同じような感想を抱く。


 ーーああ、今日の結婚式は無事には終わらないんだろうな。


(……今のうちに城全体に防壁魔法をかけておくべきでしょうか)


 遂には殆ど走り始めた新郎新婦を見送りながら、ソルダは痛む頭でそんな事を考えていた。

 しかし、最初の入場時の競争はあったものの、神父の話を聞くという動きづらい状況のお陰でその後の二人は大人しかった。

 但し、その静けさが後々吹き荒れるかもしれない嵐を連想させて、参列者達は気が気ではなかったのだが。


「……では、指輪を交換して下さい」


 神父から指輪を受け取った二人は、そこで漸く互いに顔を合わせた。

 その瞬間、式場内には一気に緊張が訪れる。ソルダに至っては真剣な顔で防壁魔法を唱える姿勢に入っていた。

 ロワの大きな手が、そっとシェリーの小さな左手を取る。

 そのまま殴り合いになるのかと参列者達は不安しかなかったが、当人達は平然とした様子で指輪の交換を進めていく。

 そして、シェリーの華奢な薬指には、遂に結婚指輪が填められた。


(ああ良かった、どうにか無事に終わりそうですね……)


 流石の二人も、大勢の客がいる中で殺し合いをするほど非常識では無かったらしい。

 花嫁の指で煌めく指輪を見たソルダは胸を撫で下ろす。

 他の参列者達も何処となく安堵しているように見える。

 続いてシェリーがロワの左手を取った。男にしては細く、しかし、自分よりはずっと武骨な薬指に手を添えると、丁寧に指輪を填める。


「では最後に、誓いのキスを……」


 二人が無事に指輪の交換を終えたのを見届けた神父が言う。その声が心なしか震えているのは、参列者全員が気付いていた。


「「……!!」」


 遂にこの時がやってきた、と式場内に今日一番の緊張が走る。

 犬猿の仲を通り過ぎて、もはや地獄の番犬ケルベロスと邪悪な大猿アユティである二人が口付けを交わすなんて思えない。

 しかし、今さっきまでの落ち着きようを見ていた参列者達は、一瞬でも「もしかしたら」と思った。思ってしまった。

 

 ーーだから、逃げ遅れてしまったのだ。


 ロワがシェリーの顔を覆うベールを持ち上げる。露わになった端整な顔には、施された薄化粧のお陰で普段よりも大人びた笑みが浮かんでいた。


「……っ!」


 その笑顔から危険を察したロワが咄嗟に後方へ飛べば、立っていた場所を鋭い白銀が切り裂いていった。

 参列者達が唖然とする中、シェリーは目を細める。その手にはナイフが握られていて、慣れた様子で弄びながら首を傾げた。


「あら、やっぱり警戒してた?」

「当たり前だろ」


 そんなシェリーに対してもロワは余裕そうに口角を上げ、胸ポケットから黒いハンカチーフを引っ張り出すと強く振り下ろす。

 すると、一瞬で漆黒の剣へと変わった。柄も刃も真っ黒な剣。

それを構えて戦闘体勢に入ったロワを前にして、シェリーの顔には自然とほの黒い笑みが浮かぶ。

 そして、ナイフで躊躇無くドレスの裾を切り裂いた。短くなったドレスから細い足が覗く。

 シェリーは太股に装着していたガーターリングにナイフを手早くしまうと、直ぐに勇者の剣を召喚した。


「それじゃ、初めての共同作業といきましょう?」 


 真正面に向けた白銀の切っ先が喜ぶように煌めく。

 それに応えるように漆黒の刃も妖しく輝いた時、二人は同時に相手に向かって駆け出した。


「やああっ!!」

「おりゃあああっ!!」


 二つの咆哮が重なって、大気を震わせた。

 飛び回る影が衝突する度に金属音が響き、放たれた波動が周囲を破壊していく。

 突然始まった戦闘に参列者達は逃げまどう。

 威圧に当てられて気絶してしまった人間を魔物が運んだり、泣きじゃくる子供の魔物を人間が誘導したりと、そこには種族を越えた助け合いも見えたが、感動する余裕は誰も持っていなかった。


「今日こそ剣の錆にしてあげるわ!」

「ハッ、寝言は寝て言えっての!」


 一瞬たりとも互いから目を逸らさない二人が、そんな周囲の状況に気付く事もなく、今日一番の楽しそうな笑顔を浮かべながら戦い続ける。

 そんな二人の姿を、ソルダは魔法で作った半球型の防壁の中から見上げながら呟く。


「一体、これからどうなるのでしょうか……」


 溜め息混じりのその呟きも、唇の代わりに交わされる剣の音によってかき消されたのだった。


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