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30 勇者、手を貸す。


 窓越しの訪問者に驚いたシェリーは、思わず数歩後ずさった。


(だ、誰……!?)


 今までこの家を訪れたのはソルダくらいだったのと、まさか二階の窓の向こう側に人(今の場合は魔物)がいるとは思わなかった。


「おっと……別に危害は加えないから、安心して下さいよ」


 シェリーの口を悲鳴の形に開いたのを見た妖魔は、すかさず手を伸ばしてその口を塞いだ。どうやら窓の鍵は魔法か何かで開けられていたらしい。

 口を塞ぐ勢いついでに室内に入り込んできた妖魔に、シェリーは掌の下でくぐもった声を上げる。


「むー、むうっ!」

「参ったな、静かにしてもらえます? 貴女にとっても有益な話を持ってきただけですから」

「……?」


 相手に言い聞かせるように丁寧な声。妖魔の言っている事が気になって、シェリーは返事の代わりに眉根を寄せる。

 シェリーが大人しくなったのを確認した妖魔は、満足したように薄い笑みを浮かべて手を退かした。


「僕の名前はディム。貴女と魔王にやられたダゴールの元部下です」

「ーーっ!?」


 聞き覚えのある名前に、シェリーは目を見開く。

 そして、咄嗟にディムを突き放して距離を取ると、警戒心を露わにさせた眼差しを向けた。 


「まさか貴方、復讐に……!」


 倒された親玉の敵討ちという話は珍しくはない。

 暴れられる前に、とシェリーは剣を召喚しようとしたが、白銀の刃が負傷していることを思い出すと、焦りから歯を食い縛った。


(ここで易々と見逃すわけには……でも、他に武器になりそうなものは無いし……!)


 目だけで辺りを見回してみるも、年頃の娘にしては殺風景なこの部屋に剣の代用品となりそうな物は無かった。

 それならば魔法で戦うしかない。剣よりも広範囲の攻撃になりやすい為、家が多少壊れるかもしれないが、この際そんな事は言っていられない。

 そう判断したシェリーが魔力を練ろうとした時、その波長を察したかのようにディムが口を開いた。


「ああ、違いますよ。あんな金だけの奴の為に、わざわざ命を賭けて復讐なんてしませんって」

「……え?」


 予想をあっさりと否定されて、思わずきょとんとする。

 間の抜けた表情を浮かべるシェリーに、ディムは口元を歪めると、開いた距離を保ったままで話を続けた。


「言ったでしょう? 僕は貴女にとっても有益な話を持ってきたんです」

「……どういう事かしら」


 シェリーは気を引き締め直して、いつでも戦える姿勢を取りながら尋ねる。

 すると、ディムは歪んだ笑みを湛え、片手をひらつかせた。


「まず、貴女達のお陰で、僕は膨大な財産を得ることが出来ました。有り難うございます」

「え?」

「塔が崩れた時、僕も中にいたんですよ。それで逃げる時に宝物庫から貰えるだけ貰っておいたんです」

「……その話の何処が私に有益なのかしら? その機会を与えたお礼を、とかだったら帰ってもらうわよ」


 話の意図が掴めないシェリーは顔を顰める。

 そんな彼女にディムは左右に首を振ってみせた。


「いいえ、違います」

「じゃあ何?」


 勿体ぶるかのように進みが遅い話の流れに、少しずつ苛立ちが募っていく。そういえばダゴールも苛つかせる事に関しては長けていた。

 上が上なら下も下なのか、とシェリーは眉間の皺を深くさせる。

 その様子からして、爆弾の導火線に火がついたのを察したのか、ディムは軽く肩を竦めた。


「……分かりました、では単刀直入に言いましょう。勇者さんに有益な話についてですがーー」


 その瞬間、ディムの表情が変わった。

 底が読めない薄い笑みから一転、それはおぞましい程に淀みきった真っ黒な笑顔だった。


「僕たちと手を組んで、魔王を殺しませんか?」


 冷えきった声が腹の底にまで静かに響く。

 目を見開いたシェリーはそっと息を飲み込んで、乾いた唇を動かした。


「……どういう意味?」

「そのままの意味ですよ。貴女が本当は魔王を快く思っていないことを僕は知っています。結婚も魔物と人間の友好関係を結ぶ為だったということもね」

「ーー!?」


 その言葉に、シェリーは流石に動揺を隠せなかった。

 二人が不仲であることは「友好の象徴である二人の仲が険悪なのは示しがつかない」という理由で、本人達やソルダ以外は一部の魔物や人間しか知らない筈だった。だから、ダゴールも勘違いをしていたというのに。


「ど、どうして……!?」

「お金の力は勇者さんが思っているよりも強い、とだけ言っておきましょうか」


 ディムの言い方からすると、どうやらその一部の中には己の欲望に目が眩んだ者がいるようだった。

 正体も分からない相手に対し、シェリーは忌々しげに舌を鳴らす。

 その間にもディムの口は止まらない。


「そして、そんな強い力を使って、僕は別の力を集めました」

「別の……?」

「はい、僕が魔王になる為のクーデターに力を貸してくれるという力自慢の魔物たちです。僕、腕っ節は自信無いので」

「ちょ、ちょっと待って! 貴方もダゴールと同じ事を企んでいるの!?」


 呆気なく話されたとんでもない内容に、シェリーは本日三回目の大きな動揺を受けながら声を上げる。

 すると、ディムはあっさりと頷いてみせた。


「そうですよ。でも僕はあの馬鹿とは違って、自分の力を過信していません。だから魔王討伐に勇者さんの力をお借りしたいんです」

「そう言われても、私は……」

「魔王を討ち取ったのは僕という事にしますから、勇者さんが咎められる事はありません。それに僕が魔王になった暁には、勇者さんにも相応のお礼を約束しますよ」


 明るくも何処か冷たくて淡々とした声色で、ディムは流暢に話を続けていく。ほの暗い微笑で紡ぐその話は、まるで洗脳魔法の呪文のようだった。

 そんな怪しい旋律を弾き返すように、シェリーは鋭く尖った眼差しで睨み続ける。

 しかし、下級魔物なら一目散に逃げ出すであろう視線を受けながらも、ディムは黒い笑顔を崩すことはなかった。


「今までの生活や勇者としての価値と存在。貴女から色々なものを奪ってきた魔王を殺せるんだ。悪い話では無いでしょう?」

「ーー……っ!」


 それを聞いた途端、シェリーの脳裏には様々な光景が一気に過ぎていった。

 住み慣れた街。歩き慣れた大通り。自分を慕ってくれた兵士達。戦場から帰ってきた自分を労ってくれた人々。他愛ない会話で笑い合う自分と親友。

 そして、無惨に割れてしまったティーカップ。

 少しの間だけ動きを止めていたシェリーだったが、やがて小さく息をつくと、伏せていた目をゆっくりと上げた。

 長い睫毛に縁取られた瞳に、陰が落ちている。


「……いいわ、その話に乗ってあげる」


 凍り付いた鈴の声が部屋に転がった。

 その音色はディムの濁った心に心地よく響き渡っていく。こみ上げる喜びを表すべく、ディムは口端を目一杯持ち上げた。


「有り難うごさいます、勇者さん」 

「いいから早く計画を教えて。ダゴールを散々貶しているくらいなんだから、策はあるんでしょう?」


 警戒態勢を解いたシェリーは氷柱のような声色で言いながら、ベッドの端に乱暴に腰を下ろして長い足を組む。

 月明かりに淡く照らされたその佇まいは、非常に恐ろしく、またそれ以上に美しくもあった。


(……これは、とんでもない味方を得たかもね)


 自分の願望の成就まであと一歩。

 その確信を得た歓喜に体を小さく震わせたディムは、邪悪な笑みを剥き出しにしながら口を開いた。

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