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23 勇者、繋がる。


 壁に掛かった振り子時計が十五時を知らせる。

 自家製のマドレーヌと紅茶を傍らに、シェリーは掃除を終えたリビングで手紙に目を通していた。

 その表情は穏やかで、手紙の差出人がシェリーにとって心許せる相手だということが一目で分かる。


(ふふ、アリアったら……元気そうで何よりだわ)


 文章から伝わってくる親友の様子に、思わず笑みが零れた。

 手紙の内容は近況報告や世間話という大した物ではないが、以前よりも会える回数が減っているので、そんな内容でも充分新鮮で楽しかった。

 それにアリアの方も、実際に会って話が出来ない鬱憤が溜まっているのだろう。びっしりと文章が書かれた便箋が、花柄の封筒に四枚も入っていた。


(返事を書くのが大変そうね……)


 そう思いながらも、シェリーの表情は依然嬉しそうなままだった。親友の姿を思い浮かべながら、丁寧に手紙を読み進めていく。

 しかし、四枚目の手紙に書かれていた内容を読んだ途端、眉根を怪訝そうに寄せた。


「……おまじない?」


 シェリーは思わず声に出してしまう。

 そこには、時々書き物も任せられるという給仕係の彼女らしく、読みやすい字でこう書かれていた。


『この間、お城に来た旅商人さんに《仲良くなれるおまじない》を教えてもらったの! やり方を書いておくから、シェリーも試してみてね?』


 そしてその後には、必要な物や手順が事細かに書き記されている。それらを見る限り、本格的な呪いの類ではなく、所謂気休め的なものらしい。

 それが分かったシェリーは胸を撫で下ろす。


(これなら大丈夫そうね……)


 もしも危険なものだったら、直ぐにアリアに実行しないようにと知らせるつもりだった。

 しかし、それはしなくて良さそうだと安心した時、最後の方に書かれていた文章にシェリーは目を見開いた。


『魔王さんと仲良くなれた時は報告宜しく!』


 頭の中でアリアが悪戯な笑みを浮かべて、びしっと親指を立てる。本人がいたら全力で否定するのだが、今は自分一人しかいないのでそれも出来ない。

 シェリーは大きな溜め息をつくと、手紙を折り畳んで封筒にしまい始めた。


(誰が魔王と仲良くなんて、……)


 四枚目の手紙を畳もうとしていた手が止まる。

 静かになったリビングに振り子時計の音だけが響く。

 そして、振り子が三十回揺れた時、シェリーは四枚目の手紙だけは封筒に入れず、封筒と手紙を持って自室に向かった。


 ***


 白い紙と赤いインクの入った瓶。

 自室の机上にその二つを並べたシェリーは、唯一封筒に入れなかった手紙に再び目を通した。


「これはただ、本当にこのおまじないが安全かどうか確かめるだけよ……」


 必要な物や手順を再確認しながら、自分に対して言い訳するように言葉を零す。誰もいないし聞いていないと分かってはいるものの、何か言っていないと落ち着かなかった。


「ええと、まずは……紙を人型に切るのね」


 手順を目で追いながら、机の引き出しを開けて鋏を取り出した。

 手紙を机上に置いて、用意した白紙を持つ。


「二人の人間が手を繋いでいるように、って……これ、結構難しい形じゃないかしら……」


 手紙の端に描かれた図の通りの人型を作る為、シェリーは鋏を動かしていく。

 数分かけて頑張った結果、多少歪ながらもどうにか目的の形に紙を切る事が出来た。


「で、次はそれぞれの人型に自分と相手の名前を赤色で書く、と……」


 羽ペンに赤いインクを染み込ませて、片方の人型に自分の名前を書く。

 そして、もう片方の人型に羽ペンの先を向けたところで、その手を一旦止めたものの、結局はペン先を人型に滑らせた。


(……書いてしまった)


 自分とロワの名前が書かれた二つの人型。

 完成した物を見て、シェリーは複雑そうな表情をしながらも淡く頬を染める。


(あとはこれを一晩中、月明かりに当てればいいのね)


 繋がっている手の部分を切らないようにしながら、人型を窓辺に持って行く。月明かりがよく当たるようにと窓枠の所に置いて、そこでシェリーは肩の力を抜いた。

 誰かに見られているわけでもなかったのに、自然と緊張して固まっていた首をゆっくりと回す。


(まあ、こんなに簡単なんだもの……きっと効果は期待出来ないでしょうね)


 そんな軽い気持ちを抱きながら、シェリーは夕食の下準備をする為に自室を出ていく。

 誰もいなくなった部屋の窓際に置かれた人型達は、静かに今宵の月を待っているようだった。


 ***


 窓の向こうでは、朝の陽ざしを浴びる芝生が生き生きとしている。

 香ばしい匂いのするパンの表面にバターを塗る。

 そのパンにかじり付いたロワは無言で頬張っていたが、咀嚼を終えて飲み込むと、向かい側にいる相手を怪訝そうに見た。 


「……おい」

「な、何かしら?」


 不意に声を掛けられたシェリーは、動揺を悟られないように心掛けながら返事をする。


「何かしら、じゃねえよ。さっきからずっと俺の事見やがって……何かあるのか?」


 ロワは不審そうに眉を顰める。

 あっさりと図星を突かれてシェリーは更に動揺するも、必死に表情に出さないようにした。誤魔化す為に高飛車な笑みを浮かべてみせる。


「べ、別に貴方の事なんて見てないわよ。変に自惚れないでもらえるかしら?」


 僅かに声が上擦ったが、それ以外は普段通りに振る舞えた自信があった。

 そんなシェリーの顔を疑わしげに見つめていたロワだったが、やがて溜め息をつくと、牛乳の入ったコップに口を付けた。


(……何とか誤魔化せたみたいね)


 こっそりと胸を撫で下ろしたシェリーは、籠に盛られたパンに手を伸ばす。

 するとそこに、丁度同じタイミングでロワの手が伸ばされた。


「あっ……」

「……お?」


 籠の上で二人の指先が触れ合う。そんな一瞬の事でも心臓が軽く跳ね上がる。

 シェリーが思わず手を引っ込めかけた時、それは起こった。


「えっ……!?」


 小指から赤い光の糸がひゅるりと現れた。驚いているうちにその糸はどんどん長くなっていき、同じように驚愕しているロワの下へと伸びていく。

 そして、二人の小指に巻き付いたと思えば、赤い糸は一気にその長さを縮めた。そうすれば当然、糸に繋がれた二人の手は引き寄せられる。


「え、ちょ、ちょっと!?」

「おい、何だよこれ!」


 二人が困惑している間にも赤い糸は動き続ける。

 意思があるかのように伸び縮みし、手や指に絡み、気付けば二人の手は恋人同士のように繋がれていた。

 役目を終えた赤い糸は光の粒子となって消えていく。

 不思議な糸が煌めいて空中に霧散していくのを見届けた二人は、強引に繋げられた互いの手を見下ろした。


「何だったんだ、今のは……」

「さ、さあ……? ……あら?」


 小首を傾げていたシェリーの顔色が変わる。

 徐々に焦りの色が浮かび始めたのを見て、ロワは何が起きたのかと眉根を寄せた。


「どうした?」   


 するとシェリーはゆっくりと顔を上げた。若干青ざめた顔を深刻そうに強ばらせて、冷や汗を流している。


「……手が、離れない」

「はあっ!?」


 重々しい声色でそう告げられて、ロワは繋がっている手を開こうとしてみる。しかし、絡み合う指はびくともせず、どんなに力を込めても手が開く事はなかった。


「……どうすんだ、これ」

「ど、どうするって言われても……」


 そこでシェリーは固く繋がる手を見て、昨日試した『仲良くなれるおまじない』を思い出す。手を繋いでいるような人型に赤いインク。手を繋いだ自分達と赤い糸。今のこの状況と重なる事が多い。


(もしかして、あれが原因……!?)


 まさかとは思うが、他に思い当たる事も無い。

 原因に気付いたシェリーは冷や汗を流しつつ、解除する方法はなかったかと手紙の内容を必死に思い返すも、そのような事は書いてなかったという記憶だけが蘇った。

 自分が行った事が原因だと言い出せずにいると、壁の振り子時計が鳴った。ロワが其方に目を向ける。


「……とりあえず仕事行くぞ」

「このまま行くの!?」

「離れないんだから仕方ねえだろ。ソルダが解決策知ってるかもしれないしな。ほら、いいから行くぞ」

「うう……わ、分かったわよ……」


 後ろめたさもあって、シェリーは大人しく手を引かれていく。

 ふと目線を少し下げれば、睦まやかに繋がる手があって、呪いの所為だと分かっていながらも頬が熱くなった。

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