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20 勇者、駆け抜ける。

 思考が追い付ききれていなかったが、とりあえずシェリーは差し出された手に枷付きの両手を乗せる。

 細い手首を捕らえている枷を見たロワは眉を顰めた。


「何だそれ?」

「あ、何か魔力を封じるみたいで」

「そんなの着けられてんじゃねえよ、馬鹿だな」

「きゃっ……!?」


 ロワが呆れながら枷に手を置けば、バチッと弾けるような音を立てて、黒い閃光が走った。

 すると、頑丈だった筈の枷は真っ二つに割れて、そのまま石畳の上に落ちた。

 あっさりと自由になった両手を動かしながら、シェリーは目をぱちくりと瞬かせる。


「ど、どうやって……?」

「どうも何も、枷が耐えきれないくらいの魔力を流し込んでやれば良いだけの話だろうが」


 平然と答えるロワだが、それは普通ならば思い付いても実行出来ない方法だった。ロワが魔王だという事を、シェリーは凝り固まった手首を解しながら改めて認識する。

 そこに、今まで激痛に呻いていたダゴールが力無く立ち上がった。


「く、くそっ……! どうして此処が……」

「お前な、俺を甘く見過ぎなんだよ。そもそもお前が帰った後にコイツがいなくなったんだから、真っ先にお前を疑うに決まってんだろうが。図体がデカい分、脳味噌が小さいのか? その腹に付いてる栄養を頭に回せよな」


 普段からシェリーと散々言い合っているだけあって、ロワも負けず劣らずの毒舌を繰り出す。

 そして更には、弱っているダゴールの右肩から躊躇い無く杖を引き抜いた。ぐちゃりと肉が抉れる嫌な音がした。


「うぎゃあっ!!」

「この程度で騒いでたら、魔王の座はやれねえな」


 傷口から血を噴き出させて蹲るダゴールを、ロワは真っ黒な笑みを浮かべて見下ろす。

 今までに無い非情さにシェリーは言葉を失っていたが、はたと気付くとロワの片腕を引いた。


「あ……貴方、彼の企みを知ってたの?」

「いや? この塔の何処にお前がいるのか、アイツに聞いたら序でに教えてくれたんだよ」


 そう言ってロワは、鉄格子が曲がって通り道が出来た牢屋の向こう側を見遣る。

 つられて見れば、前に食事を運んできたダゴールの部下が立っていた。どのような聞き方をされたのか、可哀想な程に脅えきっている。


「悪かったな、もう戻っていいぞ」


 ロワがそう言えば、彼は一目散にその場から逃げ出していった。遠ざかっていく足音の中で数回転ぶような音が聞こえた。


(……何か、ごめんなさい)


 勇者に脅されて魔王に声を掛けられる。罪も無いのに散々な目に遭った彼に、多少の負い目があるシェリーは内心で謝罪を送った。


「くそ、くそっ……! 俺を舐めやがって!」


 不意にダゴールが怒鳴り声を上げた。

 そして、おもむろにズボンのポケットを探り、如何にも怪しげな色をした丸薬を取り出す。それを見たシェリーは怪訝そうに眉を寄せた。


「この期に及んで何する気よ? もう諦めなさい!」

「黙れ! 二人纏めて潰してやる!」


 シェリーの声を聞かず、ダゴールは開けた大口の中に丸薬を放り込み、固い音を立てて噛み砕く。

 すると、変化は直ぐに表れた。


「ぐ……っ、うおおおっ!!」


 右肩の傷が見る見るうちに塞がっていき、ただでさえ大きな体が更に膨れ上がっていく。溢れ出る力が黒紫色のオーラとなって周囲を覆い始めた。

 二人は驚愕の表情でその様子を見ていたが、巨大化していくダゴールの体が天井を押し崩し始めたのを見て、先にロワが我に返った。


「おい、早く逃げるぞ! このままだと本当に潰される!」

「そ、そうね、行きましょう!」


 そう話している間にも塔は崩れ始めている。牢屋から飛び出した二人は、ダゴールの咆哮を背に受けながら螺旋階段を駆け下りていく。

 あちこちが壊れていく音や部下達の悲鳴が聞こえる中、不意に塔が一際大きく揺れた。


「あっ!?」


 踵の高いヒールを履いていたシェリーは、その震動で足を滑らせてしまった。受け身も取れず、そのまま階段を滑り落ちていく。


「いったあ……」


 数段落ちた所で止まったものの、打ち付けた腰や捻った足の痛みに顔を顰める。呼吸をすれば背中に痛みが走った。

 再び走り出そうにも、揺れの中では立ち上がる事すら困難で、シェリーは階段に座り込んだまま動けなくなってしまった。


「おい! 何やってんだよ!?」


 先を走っていたロワが、後ろからシェリーが続いていない事に気付いて引き返してきた。

 そして、座り込むシェリーと脱げたヒールを見ると状況を把握したらしく、舌打ちをすると駆け寄ってきて傍らに屈み込んだ。


「……この際、形振り構っていられねえか。我慢しろよ?」

「え? きゃっ!」


 シェリーの背中と膝裏に手を添えたロワは、返事を聞く前にその小さな体を軽々と抱き上げる。

 いきなり横抱きにされたシェリーは思わず抵抗しかけるも、塔が揺れると咄嗟にロワの首に両腕を回した。


「ちょ、ちょっと待っ……」

「我慢しろって言っただろ!? あと話してると絶対に舌噛むから黙ってろ! 行くぞ!」


 崩壊の音が迫ってきているのを耳にしたロワは、シェリーの言葉を遮って階段を駆け下りていく。

 こうなったら恥ずかしいなどと言っている場合ではない。シェリーは自力で走るのを諦めると、落ちないように必死にしがみつきながら後ろを見る。

 そして、そこにあった光景に悲鳴じみた大声を上げた。


「ちょっと! 階段、すぐそこまで崩れてきてる!!」

「はあっ!?」


 自分達が駆け抜けた矢先に、螺旋階段は次々と崩れ落ちていく。一瞬でも走るのを止めれば、あっという間に追い付かれてしまうだろう。

 最悪の事態を想像したシェリーは顔を青ざめさせて、急かすようにロワの肩を何度も叩いた。


「も、もっと速く走れないの!?」

「無茶言うな!」

「でもこのままじゃ……っ、きゃあっ!」

「うおっ!?」


 どんどん激しくなっていく崩壊の波が、遂にロワの足に追い付いてしまった。

 足を置く場所を失ったロワの体は大きく傾いて、抱き抱えられたままのシェリーも一緒に空中へと投げ出される。


「きゃあああっ!!」


 甲高い悲鳴が響き、塔の瓦礫と共に落下していく。こうなってしまったら為す術は無い。

 死を覚悟したシェリーは、地面が迫り来る恐怖に目を瞑った。


「……?」


 しかし、来るはずの衝撃がいつまで経っても訪れない。

 不思議に思ったシェリーがそっと目を開けてみれば、真っ先に見えたのは疲れた様子のロワの横顔だった。

 そして少し視線をずらすと、真っ黒な翼が視界に入った。飛竜ワイバーンの翼によく似たその大きな翼は、間違いなくロワの背中から生えている。


「……え、えっ?」

「あーあ、これだけは使いたくなかったんだけどな……」

「あ、貴方、飛べるの……?」

「一応な。まあ大した時間飛べねえし、かなり魔力使うから嫌なんだけどよ……」


 驚きのあまり半ば放心しながらも問えば、ロワは顔を顰めて溜め息混じりに答えた。

 そして翼を大きく羽ばたかせて、ゆっくりと地上に降り立った。両足が地面に着いたと同時に、漆黒の羽は光に包まれて消えていく。


「ほら、立てるか?」

「え、ええ……」


 頷いたシェリーはロワの腕から降り、自分の足で地面に立つ。足首は僅かに腫れていたが、回復魔法を掛ければ簡単に治る程度だった。

 ロワは疲れを解すように肩を回すと、溜め息をついて後ろを振り返った。隣に立つシェリーも一緒に顔を向ける。


「さて、次はあれをどうにかしねえとな」

「……そうね」


 二人が見上げる先には、無惨に崩れた塔と、塔と同じくらいにまで巨大化したダゴールがいる。土色の目は焦点が定まっておらず、どうやら理性を失っているようだった。


「俺の足、引っ張るんじゃねえぞ?」


 ロワは楽しそうな笑みを浮かべて指を鳴らす。一瞬の光が輝いた後には、全てを飲み込むような暗黒の剣があった。

 その傍らでシェリーは捻った足に回復魔法をかけ、万全の状態に戻ったのを確認すると、口元にしっかりとした弧を描く。その右手にはいつの間にか、聖なる純白の光が輝いていた。


「それは私の台詞よ。邪魔だったら一緒に叩き斬るから、くれぐれも気を付けなさい」

「本当に血の気が多いな、お前は……」

「あら、今更何を言ってるの?」


 いつものような調子で会話を交わしながら、二人はダゴールに近付いていく。

 獣のような大声を上げていたダゴールも、近付いてくる二人に気付いた。持っていた塔の破片を握り潰し、大きな一歩で距離を縮めてくる。

 緊張と興奮が入り交じった空気が、二人の闘争心を掻き立てる。共に不敵な笑みを浮かべながら肩を並べて、目の前の敵を睨み上げた。


「行くわよ、魔王」

「ヘマすんじゃねえぞ、勇者」


 その言葉を合図にしたかのように、純白と漆黒、二色の鋭い切っ先が荒ぶる巨人へと向けられた。

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