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19 勇者、危機が迫る。


「お妃様、先程の食事はお口に合いませんでしたかな?」


 下品な笑みを浮かべながらやって来たダゴールに、黙って刃物のような視線を向ける。

 魔王城の大広間で顔を合わせた時とは大違いの、まるで手負いの猛獣のような形相をしたシェリーに、内心怯みながらもダゴールは話を続けた。


「食事を持って行った部下から聞きましたよ。一口も手を付けずに返されたと……」

「動いてないからお腹空いてないの。それなのにあんなに肉ばかり出されたら食欲が失せるに決まっているじゃない。そんな事も分からないから、こんな卑怯でつまらない手段でしか魔王と戦えないのよ。分かってるのかしら?」


 シェリーは不機嫌さを隠そうともしないで、全身から黒いオーラをだだ漏れにしながら、淡々と辛辣な言葉を吐き出す。

 心に容赦なく突き刺さる言葉に、ダゴールは相手が囚われの身だという事を忘れかけてたじろぐ。

 しかし、何とか気を取り直すと、心がこれ以上負けないようにと胸を張った。


「こ、この素晴らしい計画を成功させる為なら、手段を選ばないのが最善の選択ですから……」

「何が素晴らしい計画よ。魔王を倒して、自分が王様になろうとしているだけじゃない。そんな事を企む奴なんて、きっと幾らだっているわよ。まあ実行するのは余程の馬鹿だけだと思うけど」


 どんな発言にも必ず毒を仕込ませてくるシェリーに、ダゴールの心は早速折れそうになる。

 けれどその前に、まだ自分が明らかにしていない筈の計画を淡々と話されて、驚きと困惑に目を見開いた。


「ど、どうしてそれを知って……!?」

「さっき食事を運んできた子に『少し丁寧』に聞いたら、あっさり教えてくれたわ。貴方、部下の教育はもっとしっかりしなきゃ駄目よ?」


 そう言って薄く微笑むシェリーに、手付かずの食事を持って報告しに来た部下の顔を思い出してみる。同じオークである彼は、そういえば緑色の顔を青ざめさせていた。

 どのように『少し丁寧』な聞き方をしたのか、何となく想像がついたダゴールは今度こそ怯みを顔に出し、それでも何とか踏ん張った。


「ご、ご忠告有り難うございます。しかし今、人質であるお妃様の身の安全は、自分が握っている事をどうかお忘れ無きよう……」

「いちいち話し方がクドいのよ、貴方。会話するだけで不愉快だから、用が無いなら帰ってもらえる?」


 切れ味の良い毒舌ですっぱりと斬られて、遂にダゴールは涙目になる。もうどちらが優位なのか分からない。

 これ以上の会話は自分が持たないと、すごすごと帰って行くダゴールを見送ると、シェリーは機嫌悪そうにふんと鼻を鳴らした。


(ああもう、早くどうにかしないと……。でも剣は出せないし、壁を壊して逃げるのも難しそうだし……)


 先程、食事を運んできたダゴールの部下から聞き出した事を思い出す。

 まず、この枷は魔力抑制の呪術が刻まれていて、装着した者の魔力を枷の強度に変えるのだという。となると、強大な魔力を持つシェリーを餌にしたこの枷は、とてつもない強度になっているという事になる。それならば壊す事は難しいだろう。

 次に、この牢屋はダゴールが所有する塔の最上階に位置しているらしい。ダゴールは魔物界の中でも有名な富豪で、今回魔王の座を乗っ取ろうとしているのも、巨万の富によって膨れ上がった自尊心の結果だと、部下は疲れた顔でこっそりと漏らしていた。


(それにしても……塔の天辺で囚われの身だなんて、まるで物語のお姫様みたいね)


 子供の頃に読んだ本の内容を思い出して、シェリーはふっと笑みを零す。

 細かな内容までは流石に記憶していないが、悪者に浚われて塔の頂上に閉じ込められた姫を、勇気ある王子が助けに行くという流れだったのは覚えている。

 何度も読んだ物語を懐かしみ、シェリーは首を左右に緩く振った。


(……だけど、私はお姫様じゃないもの)


 姫ではなく勇者である自分は、一人で充分戦える力を持っている。

 だから誰も助けに来ない。


(そうよ、一人で何とかしないと……)


 そんな事は前から分かっていた。強い勇者の自分はいつだって助ける側であって、助けられる側であってはいけない。現に戦場にいた頃だって、最前線で敵と戦い、味方を背に庇って守ってきた。

 自分を越えて前に出る者も、自分と並んで戦う者もいなかった。

 そして、そんな事が出来るくらいに釣り合っているのは、恐らくはたった一人だけ。


(……馬鹿な考えはよしましょう。今は逃げる方法を考えないと)


 そうしてシェリーは、一瞬だけ脳裏を掠めた姿を無かった事にした。


 ***


 鉄格子の窓の向こうでは、下弦の月が浮かんでいる。

 あれから結局何も思い付かなかったシェリーは、膝を抱えて夜空を眺めていた。普段より星や月が近いのに、心は全く踊らない。


「お妃様、ご機嫌は如何ですかな?」

「……貴方もよく懲りずに来るわね。被虐趣味マゾヒストなのかしら?」


 豊満な腹を揺らして再び現れたダゴールに、シェリーは膝を抱えたまま鋭い視線と言葉を浴びせる。

 しかし、会話の回数を重ねた所為か、ダゴールはあまり怯んだ様子を見せずに牢屋の隅で小さくなっているシェリーに厭らしい笑みを向けた。


「おや、何やら寒そうですね?」

「……ええ、誰かさんがコートを取りにも行かせてくれないから。女性に優しく出来ない男が王様になろうだなんて、笑わせてくれるわね」


 小さな唇は変わらずに毒を紡ぐも、微かに震えて青紫色になりかけている。藁の敷物が防ぐ寒さなどたかが知れていて、夜の冷気を吸い込んだ石畳から伝わる冷たさは、シェリーの体を芯から冷やし始めていた。

 その様子を見たダゴールは口元を歪め、牢屋の鍵を開けると中に足を踏み入れた。


「な、何よ……?」


 ゆっくりと近付いてくるダゴールに嫌な予感を覚え、シェリーは警戒心を露わにする。粘ついた笑みに思わず後ずさるも、直ぐに背中が壁にぶつかってしまった。

 逃げ場を失ったシェリーとダゴールの距離はだんだんと詰まっていく。


「いえね、寒いなら暖めて差し上げようかと思いまして……」


 そう言ってダゴールは、自分を睨み上げている美しい少女を舐め回すように見る。

 愛らしい顔立ちに細く柔らかな蜂蜜色の髪。窓から射し込む月明かりに光る真珠の肌。無駄な脂肪が無く、簡単に壊れてしまいそうな華奢な体付き。膝を曲げている所為で、時折裾から覗く滑らかな太股は魅惑的な雰囲気を放っている。


「……っ!」


 全身に纏わりつくような下品な視線を感じて、シェリーの背筋に悪寒が走った。

 そして、その視線を払うかのように片足を振り上げて、目の前に迫るダゴールを蹴り飛ばそうとした。


「おっと、はしたないですよ、お妃様」

「きゃっ!?」


 しかし、冷えていた体は動きが鈍っていた。

 シェリーは容易く足首を捕まれてしまい、怯んだその隙にうつ伏せに組み敷かれてしまう。足の付け根に膝を置かれて、唯一自由だった両足すらも封じられた。


「は、離して! 離しなさい!」

「どうやらお妃様には少し荒療治が必要なようですな? まあ、それも自分にお任せを……」

「ひっ……!?」


 首筋に生温かい吐息が吹きかけられて、その気持ち悪さにシェリーは堪らず涙を浮かべる。抵抗しようにも、枷を填められた両手は自分の腹の下で押さえつけられている。

 そんな状態でダゴールの巨体に覆い被さられては、流石にどうしようもなかった。


「おや? 急に大人しくなりましたが、先程までの威勢はどうしましたかな?」

「い、いやっ……!」


 腰を撫でられた途端に不快感がこみ上げる。吐き気が喉の奥まで迫ってきて、シェリーは細い喉を震わせながら嫌々と首を振った。

 反応がすっかり弱くなったシェリーを見下ろして、ダゴールは気を良くする。

 そして、今までの毒舌の仕返しも込めて、腰を撫で回していた手をゆっくりと下の方へ滑らせた、正にその時だった。


「残念だったな、お前如きに其奴は躾られねえよ」

「え? ぐあっ!?」


 突然割り込んできた声に、ダゴールは思わず手を止める。

 次の瞬間、右肩に何かが勢い良く突き刺さった。


「ぐ、うわああっ!!」


 悲鳴を上げたダゴールはその場から飛び退き、石畳の上を転がりながら激痛に悶える。

 何が起きたのかとシェリーが顔を上げれば、悶え苦しむ魔物の右肩に見覚えのある黒い杖が深々と突き刺さっていた。


(うそ、だって)


 唖然としながら杖を見ていると、ふと傍らに気配を感じた。ゆっくりと其方を見上げてみれば、自分を見下ろしている金色の瞳と目が合う。


「ほ、本物……?」


 今の状況が信じられないシェリーが、これは夢幻の類かとそのまま見つめていれば、その瞳が怪訝そうに細められた。


「本物に決まってんだろ。阿呆な事言ってないで帰るぞ」


 ロワは呆れ顔でそう言って、座り込んだままのシェリーに片手を差し出す。

 それは、いつか一瞬だけ脳裏に浮かんだ姿だった。


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