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16 勇者、子守をする。

 

 くりくりとした金色の瞳。白く柔らかそうな頬。

 頭に子羊のような角を生やした少年は、今の状況が理解出来ていないらしく、きょとんとした顔をしている。


「……え? ええと……えっ?」


 正に今、目の前で起きた出来事に、シェリーは戸惑いを隠せなかった。

 目を擦っても、何度も瞬いてみても、視界に映る光景は変わらない。


「ま、魔王……?」


 思わず言葉を漏らせば、辺りを見回していた少年が此方を向いた。


「魔王はおれの父さんだ。おまえ、父さんの知り合いか?」

「え? えっと……」


 少し拙い幼声に話しかけられたシェリーは、一体どういう事なのかと妖精長に目で訴える。

 傍らで呆然としていた妖精長だったが、その視線を受けて我に返ると顔を青ざめさせた。


「これは、その……うちの小妖精ピクシーたちの悪戯デスネ……」

「い、悪戯なの? これが?」

「はい……。今の魔王様は見た目だけでなく、記憶も当時のものに戻ってしまってると思いマス……」


 長として責任を感じているのだろう。妖精長はただでさえ小さな体を更に縮こまらせた。

 その周囲では、妖精長の様子で事の重大さに気付き、自分達の行いに反省したらしい小妖精ピクシーたちが必死に謝罪している。


「ねえ、すぐに元に戻せないの?」


 そう問えば、妖精長は申し訳なさそうに首を振った。


「時間が経つのを待つしか無いデス。日が暮れる頃には元に戻ると思うんですケド」

「そう……」


 それを聞いたシェリーは少し安心する。今から日没までの半日程度なら何とかなる気がした。

 やっと落ち着きを取り戻したところで、何かが横から袖を引っ張ってきた。

 見ると、何処からどう見ても子供になってしまったロワが小さな手で掴んでいる。


「なあなあ、暇なら遊ぼうぜ」

「えっ」

「かくれんぼがいいな。おれが探してやるから、おまえは隠れていいぞ」


 上からの物言いにも関わらず、いつものように腹立たしくならない。寧ろ微笑ましさすら感じてしまう。


(まあ、適当に遊んでいれば、半日なんてあっという間よね……)


 そう思ったシェリーは腰を屈めて、大分小さくなったロワと目線を合わせた。


「いいわよ、じゃあ私が隠れるわね」

「おう、一分たったら探しに行くからな!」


 無邪気な笑顔で答えたロワは、目元を腕で覆い隠して数を数え始めた。

 その姿を見て微笑んだシェリーはふうと息をつき、妖精長を振り返って軽く肩を竦めた。


「……そういうわけだから、日没まではこの辺りにいさせてもらうわね?」

「はい、本当にすみませんデシタ……」


 妖精長と小妖精ピクシーたちは深々と頭を下げる。

 集落に来た時とは逆の立場になったと気付くと、思わず苦笑が漏れた。

 木のうろから出たシェリーは首を傾げる。


(さて、そうは言ったものの……)


 辺りは可愛らしい花が一面に咲いていて、景色としては絶景なのだが、身を隠せそうな場所は見当たらない。

 どうしようかと悩みながら周囲を見回せば、少し離れた所で背の高い花が固まって咲いているのが見えた。


(あの辺りなら隠れられそうね)


 自分の背丈と計算して、そう判断したシェリーは其方に向かう。

 近付けばその花は思っていたよりも背が高く、陰に屈み込めば小柄な体はあっさりと収まった。


(これなら、案外見つからないんじゃないかしら?)


 子供になっているとは言え、宿敵に負けたくはないと秘かに思っていたシェリーは静かに笑う。


「ふふ、見つけられなくて泣いたりしたら、出ていってあげないと……」

「誰が泣いたりするかよ、ばーか」

「きゃっ!?」


 突然背後から声を掛けられて、驚いた拍子に尻餅をついてしまう。

 痛みに顰めた顔を上げれば、得意げな表情で此方を見下ろしているロワが立っていた。


「おまえさあ、隠れるならもっと気配消さなきゃだめだろ? すぐに分かったぜ!」

「そ、そんな……」


 腰に手を当てて堂々と胸を張るロワを、シェリーは呆然としながら見上げる。

 しかし、子供だからと完全に油断していたが、考えてみれば相手は次期魔王の器である。気配で人探しなどはお手の物だと、少し考えれば直ぐに分かった。


「ううっ……」


 その事に気付かなかった自分が悔しくて、シェリーは眉を寄せながら小さく唸る。

 唇を噛み締める相手の姿を見て、ロワはますます得意そうに笑った。


「ま、おれの勝ちだな!」

「……そうね、油断した私の負けだわ」


 何はともあれ、負けた事には変わりない。

 溜め息をついて素直に負けを認めれば、ロワは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


(うん……まあ、仕方無いわね)


 柔らかい表情をしたシェリーは小さく肩を竦める。

 いつもとは違う無垢なその笑顔を見ると、負けた悔しさも何となく流されていく気がした。


「じゃあ、次は俺が隠れる側な! 一分経ったら捜しに来いよ!?」

「あ、ちょっと……」


 引き止める声に耳を傾ける事もなく、ロワはあっという間に花畑の中へと消えていく。

 シェリーは何も掴めなかった片手を下げると、そのまま拳を握って不敵な笑みを浮かべた。


「ふふ……いいわ、すぐに見つけてあげるから覚悟しなさい……!」


 一度負けを認めたからと言って、再戦の勝利を諦めたわけではない。勝負内容がかくれんぼでも、相手が子供化していようとも、ロワとの勝負は一歩も退きたくなかった。

 青い瞳には闘志の炎が燃えている。

 シェリーは今すぐ飛び出したい気持ちを抑えながら、目元を覆い隠して数を数え始めた。 


 ***


「ね、ねえ……そろそろ終わりにしない?」


 下は地面だったが、それに構わず膝をつく。

 シェリーが肩で息をしながら出した提案に、仰向けに寝転がったままのロワが頷く。


「そ、そうだな……もう飽きてきたし、つか、疲れた……」


 最初のうちは普通にかくれんぼをしていたが、互いがあまりにも早く相手を見つけるので、いつの間にか勝負は追いかけっこに変わっていたのだった。

 疲れ果てた二人は暫くの間、黙って呼吸を整える。

 すると不意に、小さく唸るような音が聞こえてきた。

 何の音かとシェリーが視線を動かせば、起き上がったロワが自分の腹を押さえて眉を八の字にしていた。


「……腹減った」

「あ……そういえば、もうお昼ね」


 力の無いロワの言葉。

 それを聞いたシェリーが空を見上げれば、太陽は真上に差し掛かろうとしていた。

 もう一度聞こえてきた腹の虫の鳴き声に、シェリーは妖精長の家に置いてきたバスケットの存在を思い出す。


「……お弁当食べる? 私、作ってきたのよ」


 そう提案すれば、ロワの目が嬉しそうに輝いた。幼くなっているからなのか、普段よりも表情が豊かな気がした。


「おお! おまえ、準備いいな!」

「じゃあ、取ってくるから待ってて?」

「おう!」


 素直に喜ぶ姿が微笑ましくて、目の前の子供が宿敵とは分かりつつも、つい頬が緩んでしまう。


(普段からこれだけ素直なら良いのにね……)


 自分の事を棚に上げたシェリーは、そんな事を考えながらバスケットを取りに向かった。


 ***


 目一杯開けた小さな口がパイに食らい付く。

 傍らでそれを見ているシェリーの表情は、緊張で固まっている。

 そんな彼女に、ロワはもぐもぐと口を動かしながら笑顔を向けた。


「うん、美味いぞ!」


 その言葉を聞いて、シェリーは胸を撫で下ろす。


「良かった……」

「これだけ作れるなら、おまえはいつでも結婚できるな!」


 あっという間にパイを食べ終えたロワは、口端にパイの欠片を付けたまま、続いてサンドイッチに手を伸ばす。


(もう結婚はしてるんだけどね、貴方と)


 心の中でツッコミを入れるも、今の相手に言っても混乱させるだけだと思い、言葉にはしないでおく事にした。

 そして、少し焦げてしまっている野菜とハムのキッシュを口に運ぶ。


(……うん、我ながら上出来ね)

 

 焦げの所為で少し苦味はあるものの、それ以外は充分美味しかった。

 料理を学び始めた頃と比べて、大分進歩した自分の腕前を味わっていると、ロワが軽く袖を引いてきた。


「なあなあ、今度はマドレーヌ作ってくれよ」

「マドレーヌ?」

「おう! おれ、あれ好きなんだ!」


 期待に満ちた目を向けられて、シェリーは少し悩む。

 料理の腕が上達してきたとはいえ、作った事の無い物をあっさり引き受けられる程の自信はまだ無かった。

 しかし、きらきらと目を輝かせられては断れない。考えた結果、若干の不安を抑え込んで頷いてみせた。


「いいわよ、……作ったこと無いから味の保証は出来ないけど」

「やった! じゃあ約束な?」


 嬉しそうに万歳をしたロワは、そのまま片手を差し出してきた。

 そして、シェリーの目の前で小指を立てる。

 シェリーは突然の事にきょとんとしていたが、直ぐにロワの意図を察すると、小さく笑って同じく小指を出した。


「はいはい、約束ね」

「絶対だぞ? うそついたら、殺人蜂キラービーの毒針を千本くらい飲ませるからな?」


 小指と小指を絡ませて、軽く上下に振る。

 そうして、確かに約束をした事に満足したのか、ロワは上機嫌な笑顔で再びパイを手に取って食べ始めた。


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