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14 勇者、準備をする。


 ベッドや床に散らかるワンピースやヒール。

 鏡台に広げられた化粧道具。

 テーブルに置かれた様々な装飾品。

 それらに囲まれながら椅子に座るシェリーは、そわそわと落ち着かない様子で口を開いた。


「ね、ねえアリア? ここまでする必要は……」

「あるの!」


 今までに無い迫力で断言されて、その気迫に圧倒されたシェリーは「そ、そう……」と大人しく納得する。

 アリアはそんな彼女の手を引いて椅子から立ち上がらせると、手に持っていたワンピースをその華奢な体に当てがった。


「うーん……やっぱりシェリーは色が白いから、可愛い系の方が似合うよね……」

「あの、アリア、呼んでおいて何だけど、そんなに真剣にならなくても……」


 すると、アリアはくわっと目を見開いた。

 そのあまりの迫力に、勇者である筈のシェリーがたじろいで僅かに身を引いた。


「何言ってるの! シェリーの初デートだよ? 真剣にならないでどうするの!?」

「デッ……!?」


 高々と言われた言葉にシェリーは一気に顔を赤くする。

 そして、首と両手を左右に激しく振った。


「デ、デデ、デートじゃないわよ! 仕事についていくだけだもの!」

「じゃあ、どうしてわざわざ私を呼んだの? ついていくだけなら服やお化粧なんて気にしなくていいでしょ?」

「そ、それは……その、魔王に馬鹿にされないように、念のためよ! そう、念のためなんだから!」

「……はいはい、そう言うことにしておいてあげる」


 真っ赤な顔で必死に主張するシェリーに、アリアは苦笑しながら別のワンピースを当てがう。

 追求したい気持ちはあるが、これ以上はこの意地っ張りな親友が恥ずかしさで卒倒しかねない。


「本当なんだから……」

「分かったってば。ほら、このワンピースなんてどう? よく似合ってると思うけど」


 唇を尖らせて呟いているシェリーに、アリアは持っていたワンピースを差し出す。

 それを受け取ったシェリーは自分の体に当てがいながら鏡を見て、そこに映った姿に困惑したように軽く眉を顰めた。


「す、少し可愛すぎないかしら……?」


 アリアが渡してきたのは、薄い灰色のワンピースだった。

 胸元の大きなリボンから下は淡い桃色に切り替わっていて、裾の部分は控えめながらフリルが飾っている。

 この十八年間で、ワンピースよりも勇者の鎧を纏っていた時間の方が遙かに長いシェリーにとっては、とても可愛らしい服だと思えた。

 しかし、アリアから見るとそうでもないらしく、不満そうに肩を竦めた。


「そんな事ないってば。寧ろもっと明るい色のが良いんだけど……魔物こっちの人達って、そういうのはあんまり好きじゃなさそうだし。無難に可愛くって言ったら、それくらいが妥当かなー……。まあ、あとはお化粧やアクセサリーで華やかさを上乗せ出来るしね!」

「え、こ、これだけで充分じゃ……」

「充分じゃありませーん! あと序でだから、お化粧の仕方も覚えてもらうからね?」

「え、ええっ!?」


 予想外の展開に驚くシェリーを横目に、アリアは鼻歌を口ずさみながら化粧の準備を始める。

 心底楽しそうなアリアの様子に、もう何を言っても止められない事を悟ったシェリーは小さく頂垂れた。

 それからはアリアの化粧講座が始まり、続いて着けていくアクセサリーの厳選が行われ、そして更には、持って行く弁当の下拵えついでにと料理指導が行われた。


「つ、疲れた……」


 使った調理器具の片付けを終えたシェリーは、テーブルに片頬をぺったりと付けて溜め息を零す。

 過去に人間軍を率いていた勇者とは思えない脱力感を見せられて、アリアはくすくすと笑いながら、紅茶の入ったティーカップを前に置いてやった。


「お疲れ様。これで明日のデートは大丈夫だね」

「だからデートじゃ、……ああもう!」


 思わず顔を上げたシェリーだったが、今日一日ろくに言い返せなかった事を思い出すと、反論するのを諦めた。

 その代わりにティーカップに口を付けて紅茶を啜る。

 同じ茶葉なのに自分が煎れるよりも美味しくて、悔しい反面、離れて暮らす親友が何も変わっていない事に安心した。


「……変わったね、シェリー」

「えっ?」


 不意に言われて、向かい側に座っているアリアを見る。

 きょとんとした顔で自分を見ているシェリーに、アリアは頬杖をついたまま微笑んだ。その表情は穏やかで暖かい。


「何て言うか、可愛くなったなあって思うよ」

「え、ええー……?」

「元々可愛いんだけどね、乙女的な可愛さっていうか」

「はあ……?」


 シェリーは全く理解していない様子で首を傾げる。

 そのまま真横にまで首を倒しそうなシェリーに、アリアは小さく笑いながらティーカップに口を付けた。

 そうして、二人で紅茶を飲みながら他愛のない話に花を咲かせていれば、あっという間に時間は過ぎてしまう。

 前回と同じように突然の呼び出しだったので、一日しか休暇が取れなかったアリアは、ついさっき魔法陣に飲み込まれて帰ってしまった。


《いーい、シェリー? くれぐれも明日は素直にね? いつもみたいに喧嘩越しで接したりしたら、デート云々の前に魔王の妻として良くない噂が立つかもしれないし! 明日はとにかく意地は張らないこと! 分かったね!?》


 すっかり魔法陣での移動に慣れたのか、閃光に包まれながらも忠告をしてきたアリアの姿を思い出してつい口元に笑みが零れた。

 しかし、椅子の背もたれに掛けられたワンピースが視界に入った途端、心臓が高鳴り始めた。

 頬がほわほわと火照るのを感じる。


(何でこんなに緊張しなきゃいけないのよ、もう!)


 こみ上げる気持ちはむず痒く、何処かふわふわとしている。

 そんな自分を認めたくないシェリーは首を強く振ると、気を紛らわせる為にと入浴の支度を始めたのだった。


 ***


 翌日。普段よりも早く目覚めたシェリーは、エプロンの下にアリアが昨日選んだワンピースを着て、キッチンに立っていた。

 下拵えを済ませていたお陰で、どうにか一人でも完成させる事が出来た弁当を前に、ホッと安堵の息をつく。


(昨日、アリアに来てもらって正解だったわ……)


 器用な親友の存在に改めて感謝しつつ、バスケットの蓋を閉める。

 それをリビングに運ぼうとした時、物陰からロワがひょいと顔を覗かせた。


「……!」

「あ、もう起きてたのか」


 油断していたところに顔を合わせてしまったシェリーは、バスケットを運ぼうとした体勢のままで硬直した。

 こういう咄嗟の場合に掛ける言葉はまだ持っていない。

 その所為で何も言わないシェリーに、ロワは怪訝そうにしたが、その手が持っているバスケットに気付くと指さした。


「それ、今日の弁当か?」

「え、あ、うん……そう、だけど」

「そうか」


 シェリーが我に返って頷けば、ロワはそのバスケットを軽々と取り上げてリビングに運んでいく。

 抱えていた重みが無くなった手元とロワの背中を交互に見ながら、シェリーはその目をぱちくりと瞬かせた。


(……今のって、気遣ってくれた、とか?)


 一瞬そう考えるも、そんなまさかと直ぐに考え直す。

 そしてリビングに向かえば、バスケットを片手に提げたままのロワが振り向いた。


「お前はもう出れるのか?」

「え、ええ、大丈夫だけど」

「じゃあ、少し早いけど行くか。向こうに着く頃には、自由な小妖精ピクシー達も流石に起きてるだろ」


 そう言ってロワは玄関に向かう。

 その後を追ってシェリーも一緒に外に出れば、良く晴れた青空が二人を出迎えた。刷毛で刷いたような白い雲が漂っている。

 射し込む日光の眩しさに一瞬目が眩んだ。


「おー、いい天気じゃねえか」


 空を見上げているロワを、シェリーは横目でそっと見てみる。

 太陽の下でそよ風に靡く黒髪は男性にしては艶やかで、立派な巻き角は日光を浴びて煌めいていた。

 端正な横顔は見事な快晴に満足そうな色を浮かべている。


(……って、ちょっと私! どうしちゃったのよ!? しっかりしなさい!)


 一瞬でも見惚れてしまった事に気付き、内心で慌てて自分を叱りつける。

 そして、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせれば、横に立つロワを睨むように見上げた。


「……今日だけは、私からは何も仕掛けないわ」

「へえ? 随分と協力的になってくれたな」

「でも、下手な真似したら容赦なく返り討ちにするわよ」


 鋭い眼差しを向けてくるシェリーにたじろぎもせず、ロワは鼻先で軽く笑ってみせる。


「だろうな。ま、俺も大人しくしてやるよ」

「きゃっ……!?」


 指先でぐいっと額を押されて、よろめいたシェリーは蹈鞴を踏んだ。

 それでもそこは勇者。踏みとどまってロワを睨む。

 攻撃性を秘めたその視線を受けても尚、ロワは悪戯な笑みを浮かべた。


「お前は喧しい口さえ開かなきゃ、その服が似合うくらいには可愛いんだからな。今日は黙って俺の嫁になってろ」

「……ふ、えっ?」


 その言葉が直ぐに飲み込めず、ぽかんとする。

 小さな口を半開きにして、真ん丸にさせた目で見つめてくるシェリーに、ロワはくつくつと喉を鳴らして笑った。


「お前、すっげえ間抜け面してんぞ?」

「……っ!!」


 からかうように指摘されて我に返ったシェリーは、慌てて両頬に手を当てると、耳まで赤く色付かせて眉をつり上げる。

 そして、恥ずかしさと悔しさで体をわなわなと震わせながら、白銀の剣を召喚して振るい上げた。


「う、うるさいうるさいっ! やっぱり殺す! 大人しく斬られなさい、馬鹿魔王っ!!」


 自棄じみた大声を上げながら、シェリーは真っ赤な顔で剣を振り回す。

 聖なる剣の一太刀を浴びれば大怪我は免れないだろう。

 それでもロワは小馬鹿にするようなにやついた笑みを崩さず、身軽な動きで剣を避けながら駆け出した。


「へっ、誰が大人しく斬られるかっての!」

「あ、こら! 待ちなさい!」


 中庭を飛び出していくロワの後を、シェリーは剣を大きく振り回しながら追いかける。


 こうして、勇者と魔王の初デートは始まった。


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