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12 勇者、喜ぶ。


「はい、どうぞ」


 素っ気ない一言と共に、小さなバスケットがテーブルの上にドンッと置かれた。

 突然の事に思考が追いつかないロワは目を瞬かせた後、怪訝そうに顔を歪めた。


「……何だよ、これ」


 珍しく朝からキッチンにいたと思えば、仕事に向かおうとした自分をなんと引き留めてきた。

 そして、止めに謎のバスケット贈呈である。

 視線を向けて説明を求めれば、シェリーはふんと鼻を鳴らした。


「昼になれば分かるわよ」

「はあ?」

「いいから黙って持って行きなさい!」

「あ、おい!?」


 眉を顰めるロワにバスケットを押し付けたシェリーは、返事も聞かずにリビングを出ていく。

 それから直ぐに階段を上っていく音が聞こえてきた。

 残されたロワは、強制的に持たされたバスケットを見下ろして考える。


「……俺が気になるから持って行くんだ。別にアイツに言われたからじゃねえし、うん」


 自分自身に言い聞かせるようにそう呟くと、ロワはバスケットをしっかりと片手に提げて仕事に向かった。


(……本当にちゃんと持って行った)


 二階の自室の窓からロワの姿をこっそりと見送っていたシェリーは、その手にバスケットがあるのを見つけて少し驚いていた。


(てっきり置いていくと思ってたけど、……そう、持って行くのね)


 自然と頬が緩んでいく。が、それに気付いたシェリーは直ぐにその頬を強く叩いた。

 ひりひりとした痛みが浮き上がっていた気持ちを落ち着かせる。


(べ、別に嬉しくなんかないわよ、うん!)


 そう考えるシェリーの乳白色の頬が甘い薄紅に色づいていたのは、果たして思いっきり叩いた所為か。

 その答えは、本人にもまだ分からない。


 ***


 魔王城の下には、城下町が広がっている。

 但し、人間側の城下町と比べると、どうしても環境も治安も悪かった。

 そんな場所なので厄介事が起きるのは日常茶飯事なのだが、ここ最近はそれがやたら多くなっていた。

 西で起きた問題を解決した矢先に、東で新たな問題が起きる。それくらいの頻度で起きるものだから、人手は当然だが足りなくなる。

 それを由々しき事態だと判断した現魔王は、執務室で報告を受け取るだけだった自分の腰を上げたのだった。


「お前ら、つまらねえ事で騒いでんじゃねえ!」


 城下町の一角でロワは大声を上げた。

 金色の瞳が怪しく輝いて、放たれた魔力の波動が周囲の魔物達を吹き飛ばしていく。

 そうして、ほんの数秒で厄介者を鎮圧してしまったロワに、仕事を取られた家来達は尊敬と畏怖を込めた拍手を送った。

 それを片手で制したロワが青空を見上げれば、太陽が真上で照っていた。


(そろそろ昼時か……)


 適当な店にでも入るかと辺りを見回す。

 するとそこに、家来の一人である悪魔が近寄ってきた。


「魔王様、預かっていた物をお持ちしました」

「あ? ……ああそうか、忘れてたわ」


 差し出されたバスケットを見て、仕事前に家来に預けていた事を思い出した。

 受け取ったバスケットをロワはまじまじと見つめる。


(変な細工とかも無さそうだな……)


 念のために一通り確認して、漸く蓋に手を掛けた。


「おっ……?」


 蓋を開けると、食欲をそそる匂いが漂ってきた。

 ひょいと中を覗き込めば、具沢山のサンドイッチがこれでもかと詰まっていた。

 しかも、野菜やハム、フルーツなど幾つもの種類が揃っている。


「魔王様、それって愛妻弁当ってやつですか?」


 横で見ていた悪魔が興味津々といった様子で問いかける。

 すると、ロワは鼻で軽く笑って首を振った。


「馬鹿言うな。愛なんかねえし、これはただの弁当だ」


 そう言うとサンドイッチを掴み上げて、豪快に食らいついた。

 もぐもぐと頬張りながら「肉の焼き方が甘い」「野菜の切り方が揃ってない」と文句を零す。

 しかし、食べ進める手を止める気配は無かった。


(あ、妻は否定しないんだ……)


 気付いた悪魔は、悪魔らしからぬ微笑ましげな眼差しを主に向ける。

 ロワはそれに気付くことなく、文句を零しながらもサンドイッチをひたすら食べ進めていった。


 ***


 窓の外では、細い月が夜空でくっきりと輝いている。


「……!」


 ふと気配を感じ取ったシェリーは髪留めを縫っていた手を止める。

 そして、縫いかけの髪留めと使っていた裁縫道具を戸棚の奥に慌てて片付ければ、その数秒後にリビングのドアが開いた。


「お前、いたのか」


 部屋に入ってきたロワは、ソファに座るシェリーを見るなり顔を顰めた。

 そんな表情を向けられたシェリーの眉根は、自然と不快そうに寄せられる。


「いるに決まってるわよ、私の家でもあるんだから」

「そういう意味じゃねえよ。いつものお前なら、この時間にはもう部屋に籠もってるだろ」


 そう言ってロワの視線は、壁に掛かった振り子時計に向けられる。

 針が示す時刻は日付が変わる時を少し過ぎていた。

 仕事が立て込んでいるここ最近は、この家に帰ってくる頃には日付が変わっているのが当たり前だった。その頃にはシェリーが自室に戻っている事も。

 ロワが怪訝そうにしていると、シェリーはソファから腰を上げて片手を差し出した。


「……何だよ?」


 差し出された小さな手と相手の顔を交互に見る。

 すると、シェリーは眉間の皺を更に深くさせて素っ気なく言った。


「バスケット、返しなさいよ」


 それを聞いてロワは、ああ、と納得する。

 そして、片手に提げていたバスケットを軽く放り投げるように渡した。


「わ、っとと……」


 バスケットを咄嗟に受け止めたシェリーは、その軽さに目を大きく見開いた。

 慌てて蓋を開けば、少しの嫌がらせも込めて大量に詰め込んだ筈のサンドイッチが一欠片も残っていなかった。


「……全部、食べたの?」


 綺麗に空っぽになったバスケットの中を覗いたまま、シェリーは呆気に取られた表情で思わず呟いた。


「あんなにあったのに……」

「あれぐらいの量は食べたうちに入らねえよ。大して美味くもねえんだから、せめて次はもっと量を増やせよな」


 そう言ってロワはリビングを出ていった。

 シェリーは閉じられたドアを暫く見つめていたが、腕に抱えた空のバスケットを見下ろすと、ふふっと頬を緩ませる。


「……大して美味くないなら、残せば良かったのに」


 手を付けずに突き返される事を予想していた分、胸の内が暖かくなるのを感じる。

 しかし、その暖かさに気付いた途端、シェリーはぶんぶんと首を振って目付きを鋭くさせた。


「つ、次はお望み通り、お腹を壊すくらいに大量に作ってやろうかしら。痺れ薬を入れてもいいかもね!」


 物騒な独り言が、まるで言い訳のように零される。

 それでもその表情は、花開く寸前の蕾のように柔らかいものだった。


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