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0 プロローグ

 

 色褪せた、セピア色の記憶。


 広い部屋。大きな本棚。

 日差しが良く射し込む大きな窓。

 テーブルに散らかる勉強道具。

 床に届かない足をブラブラと揺らしながら、金髪の少女は独り言のように問い掛けた。

 

「先生、どうして『ゆうしゃ』は『まおう』を倒さないといけないの?」


 あどけない声の質問に、傍らに立っていた大人は迷いなく答える。

 

「それは、それが決められた事だからです」

「仲良くしちゃいけないの?」


 まだ知識の浅い、可愛らしい質問。

 それに対して大人は険しい表情を浮かべる。

 

「いけません。本にも書いてあるでしょう?」


 そう言って大人が指さした先は、少女の手元で開かれた本の一文。

 年季の入ったその本には、国の歴史や文化、そして、誕生する「勇者」とその使命──敵対する存在の「魔王」を討ち滅ぼす事が記されていた。

 幼いながらもその文章を読んで理解した少女は、大人の方を見上げる。

 

「じゃあ私は『ゆうしゃ』だから『まおう』を倒さなきゃいけないんだね?」


 その問い掛けには、大人は深く頷いた。

 そして、少女の右手をそっと取る。

 小さな手の甲には不思議な紋章がうっすらと浮かび上がっていた。

 

「そうです。貴女は魔王と敵対し、倒すのが使命なのですよ」


 子供にとっての大人は、世界に等しい。

 何も知らない真っ新な心に、世界からの言葉がいとも簡単に沁み込んでいく。

 少女は無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「わかった! 私は『ゆうしゃ』になって『まおう』を絶対に倒してみせるよ!」


 幼い心に植わった使命。 

 それは少女が成長するにつれて根を広げ、奥深くを目指して絡み、伸びていき、いつしか少女の心を固く覆っていった。

 

 そうして、時は流れる。

 少女は愛らしさはそのままに、立派な「勇者」として育った。

 幼き頃から抱いてきた「勇者」の信念を、使命を胸にしっかりと抱いて──。


 ***


 冷たい大理石の床。高い天井から下がる紫水晶のシャンデリア。

 不気味な薄暗さの大広間の奥にある高台には、全体的に禍々しい装飾が施された玉座が置かれていて、そこには一つの影があった。

 一見すると黒い服を着てマントを身につけた青年だが、その頭には羊のような立派な巻き角が黒髪をかき分けて生えている。

 そして、座っているだけだというのにも関わらず、彼が纏う雰囲気は恐ろしく威圧的で、しかし、高貴なものでもあった。


「……来たか」


 低く呟いた男は閉じていた目をゆっくりと開く。静かに鋭い光を湛える金色の瞳が見つめる先は、この大広間と廊下を唯一繋いでいる巨大な扉だった。

 ドラゴンすらも通り抜けられそうな程に大きいその扉は当然だが重量もあり、開けるには相当な力が無いと不可能である。

 そんな扉が今、正に男の前で音を立てて開いていく。


 そして、大した時間も掛けずに扉を開け放ったのは、たった一人の少女だった。


 腰まである髪は緩いウェーブのかかった甘い蜂蜜色。滑らかなミルク色の肌は淡く発光しているようにすら見えた。

 小さな顔には最適な位置で各部分が収まっていて、長い睫毛の下には深海を思わせる青い瞳が煌めいている。

 無駄が一切見当たらない繊細なラインの体に纏った黒いワンピースは、装飾が少なめで地味な物だったが、それが寧ろ少女の愛らしさに大人びた雰囲気を付け加えて、少女の魅力を更に引き出していた。


 神が丹誠込めて生み出したであろう美しいその少女が、たった一人の力であの重い扉を開けたという事態が目の前で起きたというのにも関わらず、男が驚く気配は無かった。

 玉座にたっぷりと腰掛けたままで少女を見つめている。

 そうして悠然と構える男に対し、少女は不敵な笑みを浮かべた。


「随分と余裕そうね?」

「まあな、そこまで殺気を出されたら、もうすぐ来るって分かるしな」

「あら嫌だわ、私からそんな物騒な物が出てるの? 何かの間違いじゃないかしら?」


 そんな会話を交わしながら、少女は黒いヒールで大理石の床を鳴らす。

 堅く冷たい音が男を威嚇するかのように響き渡る。

 それでも男は表情を崩さず、玉座から腰を上げると片手を一振りする。

 すると、次の瞬間には、三本の枝を寄り合わせたような漆黒の杖が男の手に握られていた。

 それを見た少女は目を細める。そして同じように手を振れば、そこには白銀の剣が現れた。美しい刃を煌めかせながら少女は男との距離を縮めていく。

 そして、ある一線を一歩越えたその瞬間に、


「てやあああっ!!」


 少女の小柄な体が空中を駆け抜けた。目にも留まらぬ早さで男へと突っ込んでいき、あっという間にその目の前までたどり着く。

 しかし、男はにやりと口元を歪めてすかさず杖を構え、躊躇い無く振り下ろされた刃をあっさりと受け止めてみせた。


「今日も妻が元気そうで俺は嬉しいぜ。なあ、シェリー?」


 男の嫌味混じりの言葉に、シェリーはサファイア色の瞳を細めてにっこりと、正に作り物のように完璧な笑顔を浮かべてみせる。

 その間も剣を持つ手の力は緩めない。


「私も旦那様がお変わりないようで嬉しいわ。ねえ、ロワ?」


 愛らしい花びらの唇から紡がれた言葉に、次はロワが笑みを浮かべた。


「よく言うぜ。今にも死んでほしいと思ってるくせによ」

「あら、それは違うわ。今にも殺したいとは思っているけど」

「そんなの尚更タチが悪いじゃねえか……っ、と!」


 交差していた武器の均衡が崩れて、二人は同時に後方へと飛んで間合いを取る。


「はあっ!」


 シェリーは力強い掛け声と共に前方に突き出した掌から、巨大な光の玉を発射した。

 それは流れ星のように光の尾を描きながらロワに向かって飛んでいく。

 しかしロワは慌てず、自分に迫り来る攻撃をしかと見据えながら体をぐっと大きく捻った。


「っ、でやあああっ!!」


 そして、気合いの入った大声を上げて勢い良く杖を振るい、光の玉をすこーんっと見事に打ち返してみせた。

 光の玉はそのまま上へ真っ直ぐに飛んでいき、盛大に天井を突き破って空の彼方へと飛んでいく。


「なっ……!?」

「隙あり!」


 壊れた天井から欠片がばらばらと降り注ぐ。シェリーがそれに気を取られた一瞬を見逃さず、ロワは杖の先端に付けられた魔石から漆黒の炎を噴き出させた。

 放たれた炎は二対の竜に姿を変え、シェリーの周囲を左右から囲むように襲いかかる。

 そんな逃げ場が無い攻撃に、しかし、シェリーは諦めの色を見せなかった。


「やああっ!!」


 床を強く蹴り、ロワの方へと駆け出していく。

 踏み込んだ際の衝撃に耐えきれなかったヒールの踵が折れてしまったが、勢いづけて跳んだ彼女に支障は無い。

 そして、そのままシェリーは炎の竜に突っ込んだ。

 咄嗟に魔力を全身に纏わせて防御したものの、気を抜けば心が挫けそうな熱さに顔をしかめる。

 しかし、負けじと歯を食い縛り、白銀の刃で竜の腹を切り裂けば、金色の目を見開いて驚きの表情を浮かべたロワが目の前に現れた。


「っ、お前、無茶苦茶すぎるだろ……!?」


 間髪入れずに再び振り下ろされた刃を咄嗟に杖で受け止めたロワは、炎を防ぎきれずに所々焦げてしまっている相手の姿に思わず言葉を漏らす。

 するとシェリーは青い瞳をくわっと見開き、剣に全体重を掛けた。


「これくらいじゃなきゃ、勇者も魔王の嫁もやってられないわよっ!」


 可憐な見た目からは想像もつかない、迫力ある大声が響き渡った。

 愛らしい顔を躊躇い無く歪めて怒鳴ったシェリーの左薬指には、綺麗な銀の指輪が今の状況には似合わない上品な輝きを放っている。

 二つの輪が交差して組み合ったクロスリング。

 そして、それは目の前にいるロワの同じ指にも填められていた。


 左手の薬指の指輪ーー永遠の愛と将来を誓い合った夫婦の証。


 けれどそんな証も、殺気と武器を交わす二人には忌々しいだけ。


「大人しく私に殺されなさい!」

「そっちこそいい加減に諦めやがれ!」


 常人や下級の魔物が傍にいれば泡を吹いて気絶してしまうであろう殺気を、二人は互いにこれでもかとぶつけ合い、罵り合い、手加減皆無の戦いを続ける。

 しかし、指輪はそんな事はお構いなしに、勇者と魔王の左薬指で輝いていた。


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