第四話 いろいろ先行き不安
インスタントさんは「俺に非があるが、女性がそんなはしたないこと言わないでくれ」と私を嗜めたあと、広井さんを守るように私の前から白々しく去っていった。弱々しくインスタントさんに庇われるヒロイン。ひゅう、そんな姿も絵になるなあ。
つい軽快に口笛を吹くと、その音が聞こえたのかインスタントさんが振り返った。
非を認めるといいつつも私の態度に、自分が失礼なことを最初にしておきながら身勝手に腹が立ったのか、その一瞬見せた視線には険がある。そんな彼を茶化すためにひらひらと彼に手を振って笑顔で見送ると、不可解なものでも見つめるように眉をひそめて私から視線を外した。
なあにい? インスタントさん。もしかしてしおらしく項垂れて「私を捨てないで!」って追いすがるアイゼリー嬢のほうがよかったのかしらん?
予想していたアイゼリー嬢の態度と違うからって怒らないで欲しいものだ。
ふたりの後ろ姿を見送ってから、私はぐんと背伸びをする。
「さてはて、これからどうしましょうかね」
とりあえず、目の前にあった問題は一応片付いた。
ふたりが目の前から消えたら、ある程度落ち着いて“本来の私”が戻ることを期待したのだが、どうにも私は元居た部屋に戻れる気配がない。
このままアイゼリー嬢の体を押しつけられても、困るんだけど。
私はこうやってアイゼリー・ディ・フォルトとして振る舞っていい存在ではない。
理屈ではなく感覚なのだが、なにかがそう私に訴えかけてくるのだ。
もしもーし。私ー? 見てますかー? 聞いてますかー? 聞いていたら返事くださーい。
こころの中で話しかけるが、全くそれらしい返事はなかった。
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庭に突っ立っていても仕方ないので私は自身の部屋に戻ることにした。
幸いなことに、内側からなんとなく見ていた私は此処は何処? 貴方は誰? 状態にならず学園の施設やアイゼリーとしての今までの人間関係をしっかりと把握している。
グラル学園は全寮制の男女共同の学校だ。
ゲーム内ではさまざまな突っ込みは野暮なものとして流されていたが、『現実』の世界としてここに立つといろいろと疑問が沸き上がる。
同じ学び舎で学び、寮は別とはいえ男女隣あっている。
男女の寮の行き来は表向き厳しく制限されているとはいえ、物理的な抜け道がある。意味がない、表面的なルールがまったく意味がない。
監視する者たちもいずれ結婚する者同士なら、と暗黙の了解で男女の密会を見逃すし、袖の下で起こったことを黙る。
この中世的世界観で貴族の女性というのは貞操が大事ではないのか?
一応、大事らしいのだ。未婚の女性がそういった行為をするのは酷く倦厭される。初夜で処女でなかったばれた女性は夫に殺されても文句はいえないらしい。恐ろしい。そういったことを作中で明らかにされていたし、アイゼリーの中で微睡んでいた私はそんな話を聞いていた。
そんななかで年頃の男女を同じ環境において間違いは起こらないのか?
起こっている。現在進行形で起こっている。 実際、私は貴族の淑女として大事な処女を失ってばっちり中古品になったしね! そんな私もさることながら、攻略キャラとライバルキャラは既婚者もいるとはいえ半数以上既に経験済みだ。そのうえで男たちは女の子キャラに「ヒイロに惚れちゃった。ごめん、別れて」をしてくる。処女を捨てた相手が結婚する相手になるんだから、と少女たちは結婚前に婚約者や恋人と身体を重ねるのだ。なのに、攻略キャラの男たちは、処女を奪われた後に待ち受ける女の子の破滅と不安を無視して、ヒロインとの愛をとるのだ。非道である。いや、それをさせていたのはプレイヤーの操るヒロインのせいなんだけどね。そういったライバルキャラの絶望と転落も含めて楽しむゲームだったわけだが、今、私が呼吸して目で見て耳で聞いているこの場所はけっしてゲームではない。
しかし、アイゼリー・ディ・フォルトのこれからの人生暗澹としているなあ。
家族のことを思い出し、処女でないことがばれた時点で貴族の娘としての『商品価値』を失い、学園で問題を起こさずとも絶縁されそうなことに加え……
「フォルト家ってゲーム二年目の始めで没落するんだよなあ」
ゲームの記憶を引っ張りだして、私は呟いた。
インスタントさんを奪われると、広井さんがあえてアイゼリーをはめなくても、アイゼリーは物語から存在を消す。
もし、この現実がゲームの存在が予言書として同じように歴史が流れいくのだとしたら、インスタントさんと結ばれていようといまいと、没落は避けられないことだった。
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シトーレ×アイゼリー達成難易度 易
■シトーレ×アイゼリーイベントその1『永遠の愛を誓いあったふたり』
イベント発生時期 一年目 初春の月以降 平日
イベント発生条件 ライバルキャラアイゼリーと出会いイベント発生済み・攻略キャラシトーレと出会いイベント発生済み・攻略キャラシトーレと第一恋愛イベント未発生
イベント発生場所 グラル学園中央庭園
イベント内容
中庭に訪れたヒロインは、シトーレとアイゼリーが庭園で一緒に散策しているところに出会う。
仲良く寄り添うふたりに、婚約者であるということを教えられる。
アイゼリーがふたりの過去を話はじめると、シトーレがアイゼリーに愛を誓う場面の回想シーンがはいる。
親に決められた結婚であるが、それに不満はなく幸せそうだ。互いにこころの底から想いあっていることがヒロインにも伝わる。
イベント分岐 無
このイベント発生以降、アイゼリー・シトーレに話しかけた際の質問内容が若干変わる。
質問によっては、ふたりの惚気話や、過去のことを聞くことができる。
このイベント発生後シトーレ×アイゼリー間の親密度のパラメータが表示される。初期数値は500。シトーレからヒロインへの好感度が10000に達する前に、ふたりの親密度が10000に達成するとシトーレの攻略は不可能になる。逆にシトーレからヒロインへの好感度が10000に達すると『君との婚約を解消する』イベントが発生し、シトーレ×アイゼリーの成立は不可能になる。
このイベントを発生させた後にシトーレとの第一恋愛イベントを発生させると、発生させないときと若干違う内容になる。
■シトーレ×アイゼリーイベントその2『喧嘩するほど仲がいい』
イベント発生時期 一年目 中夏の月以降 平日
イベント発生条件 『永遠の愛を誓いあったふたり』発生済み・攻略キャラシトーレと第二恋愛イベント未発生・ヒロインステータス 魔力20以上 知能20以上 アイゼリーのヒロインへの友情度 50以上 シトーレのヒロインへの好感度5000未満
イベント発生場所 グラル学園三期生学舎廊下
イベント内容
三期生学舎の廊下が騒がしく、どうしたのだろうと疑問におもい様子を伺ってみると廊下の真ん中でふたりが口論をしている。
周りは止める様子もなく、呆れている。
口論の内容を聞いていると、どうやら実にくだらないことで喧嘩しているようだ。
イベント選択肢
『ふたりの喧嘩を止める』 下級の水魔法をふたりにはなって水をかける。びしょびしょになったふたりがびっくりして喧嘩を止める。自分たちが往来で言い争いをしていることにようやくはっとし、喧嘩を止めてくれたヒロインに礼を告げるがちょっとやりすぎと三人で笑い合う。どうして喧嘩をはじめたのか理由を教えてくれる。
「仲がいいのもいいけど、あんまり見せつけないでほしいな」とヒロインは楽しそうに笑いながら二人の仲の良さをうらやましげに見つめる。 シトーレ・アイゼリーのヒロインへの好感度+200
『ふたりの喧嘩を放置する』 イベント終了 シトーレ・アイゼリーのヒロインへの好感度ー100
『ふたりの喧嘩を眺めている』 じっと見られていることに気付いて喧嘩をやめる。ふたりで顔を赤くして周りに謝る。止めてくれればいいのに、とふたりで照れながらヒロインを責める。 シトーレ・アイゼリーのヒロインへの好感度+50
どの選択肢を選んでも、イベント終了後にシトーレ×アイゼリーの親密度+500
このイベントの選択肢に今後に関わるフラグはなく、好感度の増減だけ。
このイベント発生以降、学園マップ・街マップの各所でふたりが一緒にいるところにランダムで遭遇することがある。その度にふたりの親密度パラメータが+100
このイベントを発生させた後にシトーレとの第二恋愛イベントを発生させると、発生させないときと若干違う内容になる。
■シトーレ×アイゼリーイベントその3『彼女の様子が最近おかしいんだ』
イベント発生時期 二年目 中春の月二周目以降 休日
イベント発生条件 『喧嘩するほど仲がいい』発生済み・攻略キャラシトーレと第三恋愛イベント未発生・シトーレのヒロインへの好感度9000未満
イベント発生場所 イベント発生条件を満たすと街マップのいずれかを選択すると必ず発生
イベント内容
ヒロインは偶然シトーレと出会う。珍しくひとりでいる。
どこか不安そうな顔をしているシトーレを案じてヒロインが話を聞くと、最近アイゼリーの様子がおかしいという。
イベント選択肢
『それは大変だね』 イベント終了。後日、アイゼリーの実家が危ういという人づてに噂を聞くことになる。 シトーレのヒロインへの好感度ー100
『私がそれとなく聞いてみようか?』 シトーレがほっとした顔をして、感謝される。アイゼリーとの会話イベント『実は……』のイベントフラグが建つ。 シトーレのヒロインへの好感度+100
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二年目中春の月二周目以降。
日本風にいうなら五月の二週目以降に発覚することなのだが、アイゼリーの家の経済状況が悪いことが発覚する。
これは広井さんにインスタントさんをとられていようといまいと変わらぬことで、広井さんに婚約者を取られさえしなければ彼の家の援助で持ち直すのだが、インスタントさんを広井さんに取られていると……