第一話 私のレベルは99! ゲームではね
しかし徹夜明けというのはどうして妙に気分が高揚するんだろう。何があっても大丈夫という根拠のない自信が沸き上がってきておかしいくらいに楽しい。無意味に笑い出したくなるくらいだ、足がスキップでもするように軽快になる。
わんつーたんはい!
帰ったらゲームだ!
ゲーム以外に趣味はないが、私はそれを悲観しない。好きなことがひとつでもあるっていいよね。打ち込めることがあるっていうのは生き甲斐だよ。仕事して帰って来て寝るだけの生活なんて味気ない。休日を有意義に楽しめるのはいいことだ。それが十八禁ゲーム三昧な日々なのだとしても。
後ろ指指されたって私は恥じない。だって、毎日が楽しいから! 私がオタクでも誰にも迷惑かけていないしね。
今から寝ても中途半端な時間に起きるだけだし、今日はずっと起きてゲームだ! 今日こそベストエンドを目指すぞ。なんだか今の私ならリンシャンさんとリィシェ嬢のトゥルーエンドすら成立させられる気がする。二人が一緒にいるときはいつもすっぽんぽんなスチルのリンシャンさんが、唯一ぱんつを身に纏っているとネットで話題のぱんつ姿を今日こそ自分の目で拝んでやるぜ! そのあまりのぱんつ姿に『ぱんつのきこうし』という異名を誇るリンシャンさん。
彼を『ぱんつのきこうし』と呼べるのはトルゥーエンドを迎え、ゲーム内でスチルをを目撃した者にのみ許される特権だ。ネットで流された映像のぱんつ姿を拝んだだけの者には、けっして彼を『ぱんつのきこうし』と呼ぶことは許されない。嗚呼、リンスインシャンプーさんではなく、私も早く『ぱんつのきこうし』と彼を呼べる境地に達したい。
『略奪愛のすゝめ』の上級プレイヤーの仲間入りをし、レベルの高い会話をネット上で躱したいものだ。
先駆者には感謝する。彼女らの涙ぐましい努力がなければ、にわかゲーマーである私では、ランダム要素もかかってくるリンシャンさんとリィシェ嬢ルートのベストエンド以上は目指せなかっただろう。道筋は決まっている。あとはどうやってその道を作り、歩くかだ。
それが険しい道のりであっても、私は決して諦めない。『略奪愛のすゝめ』のスチルの全てを埋めるまでは。
むむ。私の強い決意と軽い足取りを阻む赤信号発見。一晩かけてレベル99まであげた最強の私の道を阻むのか。赤信号め。しかし、今の私ならいける。レベル99ある私なら、トラックすらぶつかっても無傷ですむだろう。最高の防御力を一晩で手に入れたのだ。
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十三の年を迎えると、この国の貴族の子弟はよほどの事情でもないかぎり一律して王国内の最高教育機関グラル学園に入学する。
親元を離れて過ごしていたこれまでの三年間、私とシトーレのふたりの関係は徐々に親密になり、決して切れない絆と失うことのない愛を育んでいた。少なくとも、私はそう信じていた。
学年が代わり、四期生となった途端彼は私と距離を起きはじめた。新学期を迎える始業式の日、そのときまでは何も変わらない以前通りの彼だったのだけれど、次の日から急によそよそしくなりはじめた。
シトーレが私を避けはじめた。お互い勉強に忙しくとも一日の内に会話をする時間をとっていたのに、それをしなくなった。一日と開けずに唇を重ねて愛情を確認しあっていたのに、それすらもなくなった。
私は彼になにか気に障ることをしてしまったのだろうか。
最初は軽い不安だった。深刻なものではなく、長い付き合いの生む弊害のような倦怠期。時間をおくか、ふたりで向き合いさえすれば乗り越えられるもの。またいつか以前と同じようなふたりの時間を取り戻せると私はおめでたい頭で信じて疑っていなかった。
……シトーレが今年途中編入してきたという少女と一緒にいる姿をよく見るという噂を聞くまでは。私という婚約者を避けておきながら、シトーレは別の女といるという。
きっと事情があるのだと、私は自分に言い聞かせていた。シトーレを信じたいというよりも、そうでもしていなければ嫉妬と寂しさでどんなことをしてしまうのか私自身分からないくらいに、追いつめられていた。
新たな学年が始まって六日目。全ての授業が終わった夕方に、私はシトーレに呼び出された場所に赴いた。
夕日を見ると、私の胸は甘酸っぱい思い出に浸る幸せを感じていたのに今日の私の気分は重い。まるで鉛を詰め込んだような鈍い足取りで、次々に沸き上がってくる不安を必死に打ち消す。
きっと今までのことの言い訳だろう。事情を説明して今までの不実の理由を教えてくれるはずだ。私を避け続けたことも、私以外の女性を傍においていたことも、きちんと謝ってくれるのならば許してやってもいい。
悪いほうには考えたくなかった。
どうしても幸せだったころにしがみついていたかった。
不穏な予感を頭を振って追い出し、呼び出された夕日に赤く染まる学園の庭園に辿りつく。そこにいたのは大好きな婚約者と、その隣にぴっとりと寄り添う目障りな少女。
どうして……
私は震えた声で呟いていた。
私に向かって後ろめたそうな顔をしながらも、婚約者である私を差し置いてシトーレの傍にいる女。
白金の髪に薄くピンクがかった珍しいピンクブロンド。うなじの辺りで切りそろえられたそれは、清楚で大人しげな雰囲気の少女によく似合っていた。私が化粧でごまかしてはいるニキビや肌荒れとは無縁そうな、白く透明感のある美しい肌。紅玉の色をミルクで薄めたようなピンク色の初めて見る瞳の色。不思議とその色を奇異とは思えない。その色彩は可憐な顔立ちの少女によく似合っていて、腹立たしさすら沸き上がる相手だというのに見た目に関して何故か貶すことができない。
何処にでも居るような亜麻色の髪と茶色の瞳の私とは違う。気の強さでシトーレが持て余し気味な私とは違い、守ってあげたくなる可憐な少女。
私は彼女のことなんて何ひとつ知らないというのに、私は彼女に何ひとつ勝てるところがないとひと目みたときから直感し絶望していた。
そんな後ろ向きな感情を、馬鹿馬鹿しいと無理矢理否定した。私はとめどなく溢れてくる敗北感を気丈に捻じ伏せてふたりに向かって怒鳴りつけた。
「シトーレ、最近の貴方は変よ! 私を避けて……それにその子は一体なんなの!? 」
サファイヤブルーの瞳は、私ではなく隣に立つ少女に向けられていた。私の激高に怯える少女に気遣わしげに目をやり、庇うように前に立った。それだけの動きで私はこころの何処かで二人の関係の終わりを気付いてしまったかもしれない。けれども、未練がましく私たちふたりにあった過去の思い出を回想し、大切な過去があるふたりにそんな終わりがくるはずがないと、目を背けたいものに必死に蓋をした。
「すまないアイゼリー」
覚悟を決めたサファイヤブルーの瞳。それは別離を決めた目。
私の王子さまが、私のものでなくなる瞬間。
「俺は、彼女を愛してしまったんだ」
シトーレは私の目の前で、少女を抱き寄せた。その場所は、私の場所だった。シトーレに、私は何度も抱きしめられてキスされて、愛を囁かれた。
それが、どうして。
「うそ……」
嘘でしょう?
こんなの悪い嘘よ。私をからかって遊んでいるだけでしょう? とてもひどい悪戯だわ。こんなふうに私を傷つけて、謝ったって許さないんだから。でも、でも、こころの底から何回も謝ったら許してあげる。何回も謝って私を抱き寄せて、キスをして、そうしたら……
なんで、その女が私の場所にいるの!
こんなの夢よ。
悪夢だわ!
夢ならはやく目をさましてよ!
いや、いや。いやああああああああああああ!