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プロローグの前の“0”

 指先の自由すら奪われるように、男の節だった指が私の指に絡んだ。上から伸し掛る重さのせいで、呼吸が苦しい。嗚呼、肺まで苦しさで満ちていくようなこの感覚。まるで深い水底に溺れているようだ。肉体に与えられる苦痛とは別の場所で意識が沈み、どこまでも沈みゆき、諦観しきれない昏い絶望感が救いのように私から意識を奪おうとする。それを阻むように切迫した痛みがある。意識を閉ざすことで救われようとする自己防衛は、その絶叫のような激痛によって乱暴に断ち切られる。

 ああ、もう終わって。はやく、終わってくれ。

 脳がゆらされる。痛い、苦しい、熱い。


 現実感を失わせる男の体温が酷く恐ろしい。


 *

 *

 *


 こんなにも他人の体温とは熱いものなのか。

 

 *

 *

 *


 結局糸が切れるような決定的な救いは訪れず、断続的に記憶は途切れていたが最中の悉くが私の脳内に刻まれた。自分は男にとっては脆弱でいとも感嘆に屈服させられる存在なのだと言葉よりも雄弁に思い知らされ、打ちのめされた。女として貪られて、男を与えられて、処女を奪われて、身体を穿たれた。泣き喚く気力すら失われるほどに、無茶苦茶にされた。

 ぼんやりと目の前を見る。白いシーツに頬を押しつけて、やわらなか布の海に沈みながら見慣れない男の部屋を見る。見ているというよりも視界にいれているだけで、頭には入ってこない。多分、後でどんな部屋であったかを思い出そうとしても、私はここを思い出せることはないだろう。

 つい先ほどまで、私を犯した男が隣にいた。横たわり放心する私に熱心に愛をささやいていた。それを拒みはしなかったが、反応も示さなかった。ただ、こころのなかで早く消えろ下種と延々と唱えていた。会話をすることすら煩わしかった。目を合わせることすらしたくなかった。背中を向け続け、抱きしめるように毛布を胸によせて、男から伝わる熱さとは全く真逆に冷えていくこころを気休めのように暖めていた。

 剥き出しの肌を容赦なく撫でさすり、舌で舐め耳障りな音を立てて吸い付き、不快ということばでは言い表わせないほど甘噛みをされた。時がどれほど経ったかなど考える気が失せるほどそれを続け、やっと飽きたのか男が私の傍からいなくなったとき、ようやく息を吐くことができた。

 使い古された襤褸雑巾よりも酷い有様をしていると思う。男は事後は最中の身勝手さなど忘れたように丁寧に汚れた肢体の後始末をした。身体には男が執念深く残した鬱血痕ぐらいしか痕跡は色濃く残っていないが、私の内側、こころは残酷に踏みにじられて崩壊した。

 壊れるような脆さがあったのか。あったのだな。だからこそ私は痛みを自覚している。抱かれた最中の、俗物的な痛みではなく、無理矢理肉体を征服され思うようにされた悔しさでもなく、自分の中の少女として形作っていたありふれたどこにでもある純情が、呆気なく男の手によって、その形を忘れてしまった。


 壊された。


 *

 *

 *


 ……このゲームの、リースルトシャン公爵×リィシェ嬢のトルゥーエンドの成立させ難さは、ほんと鬼レベル。まじきち。他の攻略対象×ライバル女性キャラのトルゥーエンドは全部コンプリしたというのに、リースルトシャン公爵こと(ネットでのあだな)リンスインシャンプーさんは、こっちがうっかりすると平気で惚れた相手を惨殺とか監禁とか強姦とかカニバリしちまうから困ったもんだぜ。


 今のエンディングで「あーはいはい。まだマシね」って思っちゃう私。だめ、リンスインシャンプーさんに毒されすぎ。汚染され過ぎ。これ、普通にバッドエンドだろ。なのに、「傷つくだけの余裕があるだけまだ……」ぐらいにしか言えない。所詮は画面越しの架空キャラの不幸であるので、実に他人事だ。


 今の私のショックはそれなりに時間を使って計画をたてたのに、ベストエンドにすら到達しなかった不満に収束される。未だに埋まらない空白のスチル欄にうがあああとパソコンの前で髪を掻き毟りたくなった。


 リンスインシャンプーさんは、通常版でのフラグ立て失敗の言い訳のために、リメイク版では絶対にプレイヤーが攻略できないクソキャラであることにも加え、この『キューピッドルート』でのエンディングの回収のし難さで、かなりバッシングを浴びている。ああ、嫌いだ貴様なんぞ。貴様がいなければもうとっくに全てのスチルをコンプしているというのに。ぐぬぬぬ。あっという間に攻略して遊び終えてしまうヌルゲーもつまらないが、苛立ばかり溜まるゲームもいやなものだ。


 ストレス解消のために遊んでるはずなのに、なんでこんな苛立たなきゃいけないのー。もっと考えてよ制作者さーん。くそ、公式ご意見番に、延々とクレームいれてやる。


 十八禁乙女ゲーム『略奪愛のすゝめ』は、名は体を表すを地でいく略奪愛ゲーム。たいていの乙女ゲームは攻略相手がフリーであることが多いが、このゲームの攻略キャラのほとんどに恋人や婚約者がいる。中には既婚者も。彼女と上手くいかないと落ち込む男を励ましながら、彼女とすれ違わせて男をぶん捕り、婚約者のことがよくわからないと悩む男に嘘を囁き婚約者との仲を破局に導き、妻とすれ違っている男のこころの傷につけこんで自分に意識を向けて……とにかくライバルキャラをこきおろして、プレイヤーの化身たるヒロインをageageしまくり、最終的には男の人と結ばれてハッピーエンドになるゲームだ。

 発売した当初は誰得ゲームだよと言われもしたが、新しい攻略キャラを増やしてのリメイク版も出たので一定の需要はあったのだろう。私は通常版も購入済みで、リメイク版も現行プレイ中なので、私のようになんだかんだいいつつプレイする乙女たちは多いのであろう。


 このゲーム、好評も多いが先のリンスインシャンプーさんの攻略出来ない公式バグに加え、所謂独占厨という存在を敵にまわす『キューピッドルート』なるものがある。ヒロインを操るプレイヤーが他人の恋を成立させるわけだが、かっこいい男の子と恋をした女の子の夢を叶えるのが乙女ゲーであるということを真っ向から否定するこの要素、現実での自分の恋もままならぬのに、なんで架空の世界でまで他人の恋の手助けをしなきゃならんのさという嫉妬さんが続出したが、このルートをプレイするのがこのゲームで一番楽しいというひとも多い。リンシャンさんさえいなければ、割と私も好きだけどね。ゲームにやりごたえができるし。


 あ〜あ。リンシャンさんとリィシェ嬢のベストエンド以上を目指して、一からもう一回やり直しするかあ。うん、でも今日はねむいから明日にしよう。 

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