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今日は別に桐里の駅は使わないぞ、と父親に笑われながら、いつもよりずっと早い時間に小百合は家を出た。眠気をつめて運ぶバスに揺られて、駅へと向かう。いつもと同じアスファルトをとぼとぼと進み、やがてホームにたどりついた。小百合はそこで歩みをとめて、ウォークマンを操作して、すでに耳におさまっているイヤフォンから、昨日とおなじ曲を流した。
(これでみんな、昨日とおなじ)
違うと言えば、昨日はいたサラリーマンがいないことだろうか。
(なんか、どきどきしてきた)
今日初めての一歩を踏み出すような気分で、昨日のベンチへ歩いていく。高校入試の面接のとき以来の、丁寧な動作で小百合は腰を下ろした。
(……聞こえるかな?)
心のつぶやきを向かいの空の紫色の雲に手放して、小百合は軽く目を閉じた。視覚がきかなくなった世界で、控えめによせてはかえす春の空気の感触を味わう。女性歌手の声はふいに途切れた。
『こんにちは。僕です』
(ぼくです……)
聞いてみると妙な響きを持つ言葉に、小百合はくすりと笑った。はずみで力の抜けた肩に、自分が緊張していたことを気づかされる。
(聞けるかな、聞けるかなって身構えてたんだ)
ちゃんと聞こえたよ、と古い自分に呼びかけて、小百合は耳に集中した。
『今朝は昨日よりもぬくんでいて、春も盛りだと感じました。言ってしまえば夏の序章にすぎないのですが。夏の暑苦しさについては、夏が来てから考えましょう。今は春です。生命のうごめきが、大地から聴こえてくるかのようです。長らくふさぎこんでいましたが、今日の優しさには、すこし気持ちも陽気になっています。道であった小学生にもあいさつもしてもらいました。そんな今日には、マズルカ、作品七の一を』
音楽とともに、春が花開き、今までにない色彩で踊り、華やぐのを小百合は確かに目の当たりにした。
(なんだか、私が変わっていく気がする)
心の中でつぶやいて、気恥ずかしさに、頭の中でなかったことにした。
それからというもの、小百合の朝はこれまでより、少し、早く始まるようになった。いぶかしむ親には、「朝早く学校に行くと、宿題の効率がいい」と言い、けぶる街をぬけ、駅へ向かう。
(だって、条件を変えたら、聞こえなくなるかもしれない)
三本分の線路をこえるわずかな地下通路の暗闇の中、先に見える、ホームへの階段から降り注ぐ光へ歩みながら、小百合は自分の心がつぶやくのを、ぼおっと聞いた。それからどこか儀式めいた気分で、昨日とおなじ手順をたどる。明日はまた、今日をたどる。階段の途中でコードをほどき、ホームに出るまでに耳にはめてしまう。ホームに出て立ち止まり、あの女性歌手のバラードをかける。いつものベンチに腰を下ろし、向かいの空の雲と見つめあうようにして、じっと待つ。そうすると、どこか物憂げなあの声がやってくる。
『こんにちは。僕です』
あの声のおかげで、小百合は、自然の息吹をすぐ傍らに感じられるになっていた
例えば、ある朝の、街並みが薄い、白い壁に隔たれて遠のく、柔らかな春雨の日には、それに同調するような声音で、
『桜の花も落とせないような、優しい雨の日です。左手の奏でる、細切れのメロディーは、振り落ちる雨粒のように聞こえます。雨の朝によく聞きます。前奏曲第十七番変ニ長調、雨だれ』
声の語る世界は浮世離れした性格を持っていて、小百合にはどこか違う国の話を聞いているようだった。実際、違ってもおかしくない。どこの誰が話しているのか、どうして小百合のもとに届いているのか、まるでわかっていないのだから。それなのに、またある日は、
『僕の思い悩むことなどに関わりなく、世界は生き続けることを思い知ります。目の前を、蜜を求めて飛ぶ喋々が横切って、教えられました。そんな今日のよき朝には、練習曲第九番変ト長調の蝶々を』
なんて、声が言った矢先に、小百合の目の前で、浮き沈みするように一匹のモンシロチョウがただよい行くのだから、小百合はびっくりして、思わずあたりを見回してしまった。当然目を覚ましたばかりのホームに人影はほとんどなく、まして小百合のすぐそばにいる人などいない。再びベンチに背を預けると、どきどきとうずく心臓を感じながら、小百合は、(もしかして、案外近くにこの人はいるのかもしれない)と思い描いて、だからといって会えるわけでもないのに、期待のような、背を押される感覚に胸を躍らせた。イヤフォンからはモンシロチョウの羽の動きに合わせるかのように、軽やかな音の一粒一粒が躍り出ていた。
(顔がわからないのが、かえっていいのかもしれない)
朝の電車に乗りこんだ小百合は、先ほどまで自分がいたホームが流れさっていくのを見ながら、そう考えた。やがて電車がゆるやかにカーブし、ベンチは見えなくなった。早朝のホーム通いは、もはや小百合にとって習慣となっていた。
(気に入ったんだね。きっと)
何の音楽もかかっていないイヤフォンのコードを、左手の人差し指にからめては放し、からめては放しながら考える。
(声とか、言葉も優しいし。ショパン、すてきだし。ああ、でも……)
そこで何かひっかかる思いがあって、小百合は自分の考えを打ち消した。
(ときどき怖いときがある)
小百合は顔をあげて、むかいの窓を足早にすぎる風景をみながら、少し前の朝をふりかえった。
『昨日嫌なことがありました。今日は多くを語りたくない。今はバラードの二番、ヘ長調の作品三十八が弾けたらどんなに良いか』
言葉尻がふるえていて、激情にふたをしたような声音に小百合が驚いていると、もうピアノはやって来ていた。牧場の朝、とでも言うべき、ひどくのどかな曲調だった。
(自分をなぐさめたいのかしら……)
こんな曲が弾けたら、たしかに心が慰められるかも知れない、と何の気もなしに小百合は曲に浸っていた。そうしてメロディーがその姿を小さくしていき、短いけれど終わりなのだろうかと小百合が考えだした頃だった。
激しい音の嵐が小百合の耳を打った。心臓が驚いて跳ねる。知らず、大きく瞳を見開いていた。
(やめて)
と思った。
(頭が割れてしまう)
荒々しい音の攻撃に、と。しかし、そんな旋風はすぐにやんでしまい、またゆるやかなメロディーが何食わぬ顔でながれだす。けれど、その旋律はどこか〝破綻〟を水面下に隠し持っているようで、不意に悲しげな響きを忍ばせたり、脈絡のないタイミングで音を切り、休んでしまったりする。先程のような音の嵐がわずかにその姿を見せたときには、小百合は再び緊張に身を固くしてしまった。
(あえいで、いるみたい。息継ぎが、わからない)
そして、再び音の猛攻撃。まぎれもない嵐の登場に、恐れと悲しさが小百合の心を満たしていく。物理的にぶたれているような感覚を小百合は覚えた。思わずきつく自分の肩を抱く。底流を流れる低い低い音が、小百合を責めるように響いた。耳障りな短い音の和音が、訴えるようにその身を打ちつけてくる。バラバラと降る、音、音、音。
(泣いている)
(壊れていく)
(心が)
先のまどろむような旋律は、ただ隠していただけなのだ、と小百合は思った。ただ、悲しみを抱えて、くるんで、飲み下して、吐かないようにきつく喉元を抑えて、涼しい顔をしていただけなのだと。その証拠に、音たちは、突然勢力を失うと、安らがぬ眠りにつくように、悲しい旋律にどっぷりと浸かったまま終わりを迎えた。始めのゆるやかなメロディーなど、一片も見せずに。
うるんだ視界に、ぬっと電車が滑りこんだ。けれど、結局小百合はその電車には乗らなかった。
(もう、明日は聞けないだろうって思った)
思えば、あの声の語る日記のような話は、いつだって憂いのようなものを含んでいて、あの日のあの曲を聞いてしまえば、その不安定さは決定的なものだった。だから、あのようなほとばしる激情を抱えてなお、次があるとは思えなかったのだ。けれど、次はあったのだった。
『こんにちは、僕です。今日は僕の十二星座である、射手座が、朝のニュースで、今日の運勢を十二位だと占われました。ささいなことですが、少々悲しいです。どうも目に映る風景にワルツが靄をかけてしょうがないので、今日はこの曲を紹介しようと思います。
ワルツ第七番、嬰ハ短調、作品六十四の二』
聞き覚えのある旋律が、わかりやすい悲しみをまとって流れてくる。昨日を想うと、いっそ白々しいほどに平然と。きっと聞けないだろうと、ほとんどあきらめの心地でいた小百合としては、いつもと変わらない、かすれた低音の、淡々とした語り口に拍子抜けしてしまった。
(昨日なんて、なかったのかしら)
なんて考えが、頭をよぎりもしたが、あの痛いまでの確かな感覚は現実のものだった。だとすると、今々の声の平静さに、小百合はかえって薄ら寒さを感じたのだった。
(水面下の、崩壊)
小百合の見えないところで、何かは崩れていっているのかもしれなかった。
(でも、私は知らなくていい。わからないことは、知らなくていい)
回想から現実へと戻って、一抹の不安を置いてけぼりにするように、小百合は電車を降りた。




