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The first step.

作者: coA

シャキン、シャキン―――


いつも流れているBGMはなく、店内では彼女の髪を切る音だけが響いている。

どこか南国のリゾートを思わせるような装飾は、忙しなく流れる都会の時間を忘れさせる。

そんな空間に木枠の大きな鏡が2つと椅子が同じように2つ。

その真新しい椅子には、ショートカットの彼女がクロスケープを着けて座っていた。

その手にはノートとボールペンが握られており、懸命に何かを書いている。

それを鏡越しで見ていた俺は、止めていた手を動かし始めた。





高梨 薫(たかなし かおる)は、先日この美容室『Ideal space』をOPENさせた。

両親共に美容師という環境で育った薫は、何の疑問もなく将来の仕事に美容師を選択した。

実家の美容室は4つ年上の兄が継ぎ、この店はその姉妹店として兄夫婦と一緒に経営している。

普段はアシスタントが2人いて、話下手な薫の代わりにお客さんと話してくれて助かっているのだが、今は薫1人なので、ほとんど会話はない。

というのも、今は閉店後の店内で彼女と薫以外は誰もいない。

彼女―――如月 司(きさらぎ つかさ)は、薫の幼馴染だ。

同じ歳の司と薫は、いつから一緒にいたかと記憶を遡っても思い出せないくらいの時間、一緒に過ごしてきた。

気が付けば、いつも隣にいる、そんな存在だった。


「ほら、頭下げんなって。」


手元のノートにドンドン近づいていっている司の頭を両手で挟むと、グッと上に上げる。


「あ、ゴメン、ゴメン。」


女性としては少し低く、そしてハスキーな声が返ってきた。

そして、鏡越しで視線を合わせると、軽く微笑む。

ノートにはウェデングドレスを着た女性の絵が書いてあり、細かい文字がビッシリと埋まっている。

司は現在、ウェディングスタイリストとしてウェディングプロデュースの会社に勤めている。

自身もドレスのデザインを作ったりもしてるらしい。

鏡に映る司は、大きな瞳に白い肌、薄い唇を緩く引き上げるその顔は酷く整っている。

普段はほとんど化粧をしていないのだが、それでも十分美人だと思う。

ジッと見ている薫に気付いたのか、司は軽く眉を上げる。


「何?」

「いや・・・お前、髪伸ばさねーの?」


そう言いながら、短いその髪を一房摘む。

すると、クスクス笑いながら


「薫、また言ってる。それ、髪切りに来る度に言ってるよ?

 手入れが面倒くさいからヤダ。それにこんなデカイ女には似合わない。」


確かに司は背が高い。

薫も180cmを軽く超えるほどの長身なのだが、司も薫と並んでも10cm程度しか差がないのだから、女性としては大柄な方だろう。

それでも、線が細くスタイルの良い司が髪を伸ばせば、十分女性として似合うと思う。

けど、髪を伸ばさない本当の理由を薫は知っている。

それを思い出すと、その瞳を暗く沈めた。


司は―――中学1年生の時に、襲われたことがある。

最悪な結果は免れたものの、服をハサミで切り裂かれ、髪をズタズタに切られていた。

当時の司は近所でも噂になるくらいの美少女だった。

長い黒髪に整った顔、スタイルもよく、性格も明るく誰とでも仲良く人気者だった。

そんな司が自分の幼馴染だということを、薫は密かに自慢だった。

そして、淡い恋心を抱いていた。

そんな司が、当時大学生の精神異常者に襲われたと聞いたときは呼吸が止まるかと思うくらいの衝撃だった。

お気に入りだという淡いブルーのワンピースは見る形もなく切り裂かれ、自慢だった黒髪は肩よりも短く切られていた。

事情聴取が終わり戻ってきた司は、髪を整えるために薫の家へ来ていた。

薫の父親が司の髪を切ろうと近づくと、大人の男が怖いのか司はガタガタと震えだした。

状況が状況だけに、代わりに母親に切ってもらおうとしたのだが、ハサミが近づくとやはり震えて泣き始めた。

どうすることも出来ない大人たちの中で司を見ていた薫は、父親からハサミを奪うと司の後ろへ立った。

そして鏡越しに目を合わせると


「どのような髪型にしましょうか?」


と、普段見せないようなぎこちない笑顔を浮かべた。

すると、司は瞳から涙をこぼしながらも、少しだけ微笑み


「・・・薫みたいにカッコイイ髪型にして。」


と、答えた。

その返事に満足した薫は


「かしこまりました。」


と大袈裟に腰を折り、司の髪にハサミを入れた。

もちろん当時の薫は両親の真似事で家族の髪を切ったりしたことはあるが、他人の髪を切れるような技術はない。

父親に少し離れたところで指示してもらいながら切った髪は、プロから見れば褒められるようなものではなかっただろうが、元々整った顔の司には十分似合っているものだった。

短い髪になった司は、整った顔とスタイルの良い長身で以前と変わらぬ人気者になった。

特に女子からの人気は凄まじく、仕舞いにはファンクラブとやらが発足するぐらいだ。

あの事件の事を色々噂する人間もいたが、司自身が影を落とさず、常に前を向いて歩く姿にいつの間にか誰もが何も言わなくなっていた。


高校、大学、そして社会人になった今でも薫は司の髪を切っている。

当時淡い恋心だった思いは、今ではハッキリとした愛情となり、変わらず薫の心に降り積もる。

ずっと2人でいたのに、ハッキリとした関係にはならなかった。

それはきっと薫自身がこの関係を壊すのが怖いと思っているからだ。

そして司が『男』に対して恐怖を抱いていることも踏み出せない理由の1つだ。

本人は何でもないようにしているが、いつも傍にいたからこそ分かる小さな反応に気が付いてしまう。


それでも―――と思う。

もう、この思いは隠し通せるものではなくなっている。

触れる髪、鏡越しの視線、返される微笑・・・

その全てが愛しくて、愛しくて、胸が痛み出す程だ。

ずっと・・・ずっと見てきた。

だからこそ、これからもずっと、ずっと一番近いところで見ていたいと思う。


そう思うと薫は司の髪を離し、鏡越しでもう一度、司と視線を合わせた。


「・・・司、俺のために髪を伸ばしてくれないか?

 半年もすればアップにすることが出来るから・・・

 そしたら・・・そしたら、俺が最高のヘアメイクするから・・・

 司のデザインしたドレス着て、俺の花嫁になって欲しい。」


もし、告白するならと色々考えてきたはずなのに、口から出た言葉は何も飾ることが出来なかった。

それでも、この思いが伝わるようにと、鏡越しで合わせた視線は一度も外さなかった。

司も息すら止めているのではないかと思うくらい、まったく動かなかった。

そして、次の瞬間


「は・・・あははははははははは!!」


と、盛大に笑い出した。

薫は途端に恥ずかしさを感じ、顔を真っ赤に染める。

司は涙を流しながら、まだ笑っている。


「お前!!人が真剣に告ってんのに笑うなよ!!」


さすがに真剣な告白を笑われた薫は機嫌を損ね、司を睨む。

すると、司は涙を拭きながら、「だって」と答える。


「薫、色々すっ飛ばし過ぎだよ。いきなりプロポーズなんて・・・」


そう言いながら、司は椅子から立ち上がる。

そして、薫の前に立った。


「それに鏡越しなんてイヤ。ちゃんと目を見て言って。」


少し掠れたハスキーな独特の声でそう言うと、しっかりと薫と視線を合わせてくる。

薫は思わず視線を外してしまう。

すると、司が薫の手を握ってきた。


「薫の気持ちを聞かせてもらってないよ?ちゃんと聞かせてよ。」


薫が顔を上げると、司の瞳には先程とは違う涙が浮かんでいた。

そして、今まで一番綺麗な微笑みを浮かべている。

薫もその微笑に答えるように、頬を緩めると司の手を握り返した。


「好きだよ、司。」


ちゃんと視線をしっかり合わせて、思いを伝える。

すると、司の瞳から涙が溢れてきた。


「私も好きだよ、薫。」


そう司が答えると同時に、薫は司を抱きしめた。

司はクロスケープを掛けたままだし、髪も少しぬれている。

せっかく一大決心をしての告白だったのに、確かにこのシチュエーションは無いなと思う。

それでも、心は酷く満たされている。


長く・・・とても長い時間だったと思う。

想いが強すぎて、辛いこともあったし、もう諦めようとしたこともあった。

それでも―――それでも、やっぱり好きで。

この想いを伝える第一歩は、とてもとても重かったけど

いつかの未来、今日の日を振り返れば、きっと最高の一歩だったと思うのだろう。


腕の中の司がクスクスと笑い出したのに気付き、薫は腕を緩めた。

すると、瞳には涙を残しながら司が笑っていた。


「何かさ、自分の格好を考えると笑えるんだけど。」


そう言って、更に笑いを深めた。

その笑顔に答えるように薫も笑うと


「俺もさっき思った。このシチュエーションは無いよなって。」


そう言って二人で笑いあう。

すると、少し真剣な目をした司が薫を見上げた。


「・・・ねぇ、薫。リクエストがあるんだけど。」


薫は笑みを消し、真面目な顔をする。

それを確認したように、司はニッコリと微笑むと


「半年後にウェディングドレスが似合う髪形にして。」


―――そう言った。

すると、薫は驚いたような顔をするが、すぐに笑顔を浮かべると、初めて司の髪を切ったときのように


「かしこまりました。」


と、腰を深く折った。

そして、司を抱きしめ、そっとその唇を重ねたのだった―――。




☆あとがき☆


な・ん・だ・こ・れ・は!!


突然妄想が浮かびまして・・・とりあえず、記録で残しておこうとしてたら、一気に書き上げてしまいました・・・

長編の続きも書かなきゃいけないのに、何してるんだ自分?!って感じなのですが、とっても楽しかったのでヨシとします(←オイ)

恋愛モノ、好きです。

何か、ドキドキ☆キュンキュンとか、アハハ☆ウフフとか、そういうのも書いてみたいなーと思ってはいるのですが・・・

また、何か思いついたら突発的に書くかもしれません。

最後までお付き合い頂きありがとうございました!!


【追記】

2013/3/30 短編デイリーランキングで13位になりました!!

ありがとうございました!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 真っ直ぐに司を想う、薫の気持ちがしっかりと描けていたと思います。 [気になる点] 地の文章に、多少の違和感を覚えました。 三人称視点と一人称視点が混在している部分があるからかもしれません。…
2013/03/30 09:05 退会済み
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