化け物令嬢になりましたが、独身引きこもり生活を楽しみたいので仮面公爵様からの愛はお断りします!
「うふふ、見てちょうだいお姉さま!鏡に映る、その惨めで醜い化け物の姿を!」
冷たい石造りの私室に、妹フレイアの高慢な高笑いが響き渡る。
艶やかな赤髪を揺らし、琥珀色の瞳を歪めて嘲笑う妹の前に置かれた大きな姿見…そこに映っていたのは、到底人間のものとは思えない異形の影だった。
頭のてっぺんから足先まで、まるでゴツゴツとした岩肌のように皮膚が硬質化し、頭頂部からは不気味な黒い角が二本突き出ている。全身は泥を塗りたくったように不気味な漆黒に染まり、かつて「可憐な薔薇のようだ」と謳われた美しいピンクブラウンの髪も、鮮烈なレッドの瞳も、見る影もなく黒い呪詛に覆い尽くされていた。
(……どこのどなたかしら…?)
一瞬、他人の姿かと思った。
しかし、呆然として口をパクパクと動かしてみると、鏡の中の化け物も寸分狂わず同じ動きをする。声を出そうとしても、喉の奥が麻痺したように重く沈み込み、かすかな息漏れの音しか聞こえない。
フレイアの隣には、禍々しい紫色のローブを纏った男が立っていた。闇社会で「世界最強」と恐れられる悪徳魔術師だ。
私への嫉妬に狂った妹が、伯爵家の財産を傾けるほどの莫大な金を払い、この呪いを掛けさせたのだと瞬時に理解した。
「これで二度と誰も、あなたを『絶世の美女』なんて持て囃さないわ!一生その醜い姿で誰からも愛されず、暗い部屋で野垂れ死んだらいいのよ」
勝ち誇った顔で胸を張るフレイアを見つめながら、私はサイドテーブルからお気に入りのスケッチブックとペンを取り出した。そして、迷いのない手つきでさらさらと大きな文字を走らせ、妹の顔前に突きつける。
「フレイア、本当にありがとう」
「……は?」
妹が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。無理もない。
だが、私―ロゼ・フォン・シルヴェスターからすれば、これは紛れもない心からの感謝だったのだ。
(やったーーー!これで『顔目当てのウザい男たち』が全員悲鳴を上げて逃げていくわ!素晴らしい! 完璧で最高な『独身引きこもり生活』のスタートよ!!)
心の中で両拳を固く突き上げ、ロゼは化け物の顔でニヤリと満面の笑みを浮かべた。
感謝の正座でもしそうな勢いの姉を見て、フレイアは期待していた絶望の涙が得られなかったことにイラ立ち、下唇をギリと噛み締めた。
しかし、ロゼの思い描いた平穏な引きこもり計画は、あっさりと崩れ去る。
「……また破談になったのねぇ。お姉さまったら、本当に使えないわ。この姿になっても縁談の一つも纏められないなんて」
「そうねぇ。これも今までの日頃の行いが悪いせいよ。だからそんな恐ろしい呪いを受けるのよ」
煌びやかな応接セットで優雅に紅茶を啜る母と妹。
事の発端を“フレイアに呪いを掛けられた”と紙に書いて両親に訴えたものの、返ってきたのは冷ややかな一言だけだった。
我が家では昔から口のうまいフレイアばかりが可愛がられ、両親の目には「ロゼが妹を陥れようとして嘘をついている」としか映らなかったのだ。
反論するだけ無駄だと悟ったロゼは、ただ二人のやり取りを冷めた目で見つめていた。
呪いを掛けられて以降、なぜか以前よりも苛烈な頻度でのお見合いが組まれていた。
今日のお見合い相手は、確かどこかの男爵家の嫡男…名前は既に忘れた。
豪華な仕立ての服を纏った男は、部屋に入ってきたロゼを見るや否や、顔を蒼白にして失禁せんばかりに声を震わせたのだ。
「あああ、あ、ば、化け物……!助けてくれぇええ!」
あまりの恐怖にガタガタと震え、腰を抜かす男。 “喋ることができないため、筆談でお話させてください”と事前に用意しておいた紙を見せようとしたが、読んでもらえる状況ではなかった。
(まあ、傷ついていないと言えば嘘になるけれど……誰だってこの姿を見たらこうなるわよね)
ロゼは諦めてそっと紙を拾い上げ、深々と一礼して部屋を後にしたのだった。
「ねえ、お母様。伯爵家の長女として、いい加減に縁談を決めてもらわないと我が家の恥よ。そうだわ! あそこのお家にお見合いを申し込むのはどうかしら?」
「あそこって……フレイア、まさかあの方のところ?」
勝手に話を進める母と妹の顔を交互に見ながら、ロゼは化け物の胸中で深い溜息を吐いた。
―本当は、誰とも結婚なんてしたくないのだ。
小柄な体躯に、誰もが一目で心を奪われる絶世の美貌。幼少期より、ロゼは国一番の美少女として持て囃されてきた。
しかし、寄ってくる男たちは皆、ロゼの美しさという外見の価値しか見ていなかった。
勝手に思い描き、勝手に作り上げた「完璧な女神」のイメージを押し付けられ、少しでも違う一面が見えると、勝手に幻滅して去っていく。
(私に、結婚なんて向いていない)
見た目ではなく、私という人間そのものを見てくれる相手など、この世界に存在するはずがないのだから。
―そう、この時までのロゼは、本気でそう信じ切っていたのだった。
♢♢♢
「……というわけで、次のお見合い相手はオルランディ公爵家の当主、ギルバート様よ」
数日後、応接室で母とフレイアから告げられた名前に、ロゼは心の中で「へえ」と呟いた。
オルランディ公爵家といえば、我が伯爵家など足元にも及ばない超一流の武門貴族だ。
「あの方はお顔に恐ろしい傷があるとかで、四六時中不気味な仮面を被っていらっしゃるの。しかも大変偏屈で人間嫌い。今まで挙がった縁談も、全てあの方自身の手で容赦なく破談にされてきたそうよ」
「あら。お姉さまにぴったりじゃありませんこと?化け物と仮面男。お互いお似合いだわ!今度こそあの冷酷な公爵様に、叩き潰されるといいのだけれどね」
高笑いするフレイアを見つめながら、ロゼはスケッチブックにさらさらと文字を書いた。
「準備をしてまいりますね」
(……完璧すぎる!!)
部屋を出た瞬間、ロゼは誰も見えない廊下でガッツポーズを決めた。
相手は人間嫌いで、自ら縁談をぶち壊してきた実績のある仮面公爵。
つまり、こちらから何か仕掛けずとも、あちらから勝手に『こんな化け物と結婚できるか!』と破談にしてくれるということだ。
(素晴らしいわ、ギルバート様!あなたこそ私が待ち望んでいた最高の破談請負人!!)
お見合い当日、ロゼはフレイアが「化け物によくお似合いの派手な悪趣味」と嫌がらせで選んだ、何重ものフリルと繊細なレースが施されたローズピンクのドレスに身を包んだ。
ゴツゴツとした黒い岩肌の首元や二本の角と、華美な高級ドレスの対比はシュールそのものだったが、ロゼ本人は「上質なシルクの肌触りが最高!」といたって上機嫌だった。
指定された公爵邸の豪華な応接室で待つこと数分。
重厚な象嵌細工の扉が静かに開き、その人物は現れた。
「お待たせしました」
低く、地響きのように重厚な声。
一歩足を踏み入れてきた男の姿に、ロゼは思わず目を丸くした。
(うわぁ……大きい……!)
185センチという圧倒的な高身長。引き締まった肩幅を際立たせるのは、金糸の繊細な刺繍が施されたミッドナイトブルーの威厳ある公爵衣裳だ。
胸元には公爵家の紋章が刻まれた銀のブローチが光っている。
そして何より目を引いたのは、その顔立ちだった。
顔の上半部を覆うのは、緻密な銀細工のハーフマスク。 その隙間から覗く流れるような美しい銀髪と、冷徹な光を湛えたエメラルドグリーンの瞳―…、仮面で隠しきれないほどの威圧感と、どこか浮世離れした美しさを漂わせていた。
これが、誰もが恐れる“仮面公爵”ギルバート・フォン・オルランディ。
普通ならその威圧感と不気味さに怯えひれ伏す場面だが、158センチのロゼは化け物の顔で見上げるようにして、呑気に感心していた。
(顔はわからないけれど、仮面も銀細工がすごく綺麗……まあ、私をひと目見て追い出してくれるなら何でもいいけれど!)
ギルバートはソファーに腰掛けると、冷ややかなエメラルドグリーンの瞳でロゼをじっと見つめた。
化け物の容姿、不気味な角、そして話すことのできない喉。 普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出すであろうその姿を前にしても、彼の眉一つ動かない。
「はじめまして。君のことはある程度聞いている。声が出ないとか」
「……」
ロゼは深く頷くと、あらかじめ用意しておいたスケッチブックを広げ、丁寧な字で書かれたページをギルバートに見せた。
「初めまして、ギルバート様。ご覧の通り私は呪われた化け物で、喋ることもできません。このような不躾な見合い、どうぞお気になさらず即刻破談にしてお捨て置きくださいませ」
ロゼとしては「さあ! 遠慮なく破談にして私を自由にしてください!」という満面の笑みを込めた一言だった。
しかし…それを見たギルバートの雰囲気が、微かに変わった。
「破談にしろ、だと?」
「はい!私のような者と結婚されては公爵家の名に傷がつきます。どうか私に構わず、追い払ってください!」
さらさらと追い打ちをかけるようにスケッチブックを掲げるロゼ。
実は、ギルバートが仮面を被り人間嫌いを装っていたのには理由があった。
仮面の下の己の素顔や、公爵家という権力・財産だけに群がってくる浅ましい女たちに、幼少期から心底辟易していたのだ。
寄ってくる人間は皆、外見や肩書きという「皮肉な価値」しか見ていない。
だからこそ、彼は自ら仮面を被り、恐怖の対象となることで不純な人間を排除してきた。
なのに…目の前にいるこの少女はどうだ。
化け物の姿に変えられ、声を奪われるという絶望的な状況にありながら、怯えるどころか堂々と前を向き、むしろ「独身になれる」と言わんばかりの清々しい瞳で自分を見つめている。
外見に惑わされず、権力にも怯えず、たくましく己の人生を謳歌しようとするその凛とした魂。
(なんだ……この女性は……?)
ギルバートのエメラルドグリーンの瞳に、これまでにない強い衝動と熱が宿る。
「……ふっ」
静かな応接室に、ギルバートの低い笑い声が響いた。
彼が自らお見合いの席で笑うなど、後方に控えさせる従者が目を見開くほどの天変地異だった。
「面白い。君のような女は初めてだ」
「え……?」
「外見や地位、名誉ばかりを繕う害虫どもに嫌気が差していたが……君となら、いいかもしれない」
ギルバートは静かに立ち上がると、ロゼの前に歩み寄り、優しくその手を取った。
「ロゼ・シルヴェスター、俺の妻になってくれないか」
「……はい???」
ロゼの頭の中で、完璧だったはずの「独身引きこもり計画」がガラガラと音を立てて崩れ去った。
♢♢♢
お見合いの席で「妻になってくれ」と宣戦布告されたロゼは、フレイアたちの「早く追い出したい」という思惑も重なり、半ば強引にギルバートの公爵邸で同居(プレ花嫁生活)をスタートさせることになってしまった。
(とにかく、冷たく接して嫌われなきゃ!一刻も早く破談にして実家……ううん、どこかで一人暮らしを始める)
そう意気込んだロゼだったが、根が真面目で前向きな彼女は、豪華すぎる公爵邸でじっとしていることができなかった。
ギルバートに一切の興味がないフリをしながらも、手持ち無沙汰になったロゼは勝手に屋敷の掃除を始めたり、厨房に忍び込んで手際よく料理を作ったりし始めたのだ。
「ロゼ、君が掃除や料理をする必要などない、従者は大勢いる」
「暇つぶしです! お気になさらず!」
ゴツゴツとした化け物の手で、手際よくピカピカに床を磨き上げ、美味しそうなスープを煮込むロゼ。 普通の貴族の令嬢なら「化け物にされた」と部屋で泣き叫ぶか、公爵家の財産に群がるかのどちらかだ。なのに彼女は、どんな状況でも自分の足で立ち、飾らない素の自分を見せて楽しく過ごしている。
(……やはり、この女性は他の令嬢とはまるで違う)
ギルバートのエメラルドグリーンの瞳に、ロゼへの深い愛おしさと尊敬が日に日に募っていった。
そんなある日、ギルバートの発案で二人は街へ出かけることになった。
「気分転換だ。ずっと屋敷にいては詰まらしかろう」
「はあ……(破談にしたいのに、なんでデートみたいなことになっているのかしら)」
気乗りしないロゼだったが、街に出ると周囲の視線は凄惨を極めた。
圧倒的な威厳を放つ銀髪の仮面男と、その隣を歩くゴツゴツとした黒い岩肌の化け物令嬢。
「な、なんだあの化け物は……」
「気味が悪いわね、どうしてあんなものが街を歩いているの……」
ヒソヒソと交わされる心ない噂話と悪意の視線。
だが、幼少期から外見だけで判断されることに嫌気が差していたロゼは、そんな声など全く気にしていなかった。
(まあ、この姿なら当然の反応よね)
しかし…ロゼが気にしていなくても、ギルバートは違った。 仮面の下で、彼の表情がアイスピックのように冷たく鋭く凍りついていく。
「……」
ギルバートがほんの少し目を離した、その一瞬だった。
路地裏の物陰から、ロゼに向かって「化け物は失せろ!」と石を投げつけようとした男女の姿があった。
刹那、ギルバートの雰囲気が跳ね上がった。
「…死にたいようだな」
地獄の底から響くような凄まじい殺気。
ギルバートは躊躇なく腰の長剣の柄に手をかけ、ロゼを侮辱し傷つけようとした男女を容赦なく斬り捨てようと剣を抜きかけたのだ。武門の頂点に立つ男の本気の殺気が、街の空気を引き裂く。
(えっ、ちょっと待って!?)
驚いたロゼは咄嗟にギルバートの袖を掴んだ。 ギルバートは、自分の外見を侮辱されたことではなく、“ロゼが傷つけられること”に対して本気で激怒していたのだ。
(この人……私を守るために、こんなに怒ってくれているの……?)
今まで出会った男たちは、ロゼの美貌を「自分の所有物」として誇るだけで、ロゼ自身の心や尊厳を守ろうとしてくれた者など一人もいなかった。 自分を庇い、本気で怒ってくれるギルバートの背中に、ロゼの胸が不意に熱くなる。
―その時だった。
「泥棒だー!誰か強盗を捕まえてくれー!!」
悲鳴とともに、店から金品を奪って逃走する強盗が、ナイフを振り回しながらロゼたちの方向へ猛スピードで走ってきた。 追いかける店主たち。街の人々は悲鳴を上げて散り散りになる。
「邪魔が入ったか……」
ギルバートが即座にロゼを背中に庇い、腰の剣で強盗を切り伏せようとした、その瞬間…―。
ロゼは首を横に大きく振って、ギルバートの制止をすり抜け、被っていた深いフードをバサリと脱ぎ捨てると、一直線に強盗の前に立ちはだかった。
「どけぇえええ! 殺されたくなかった……ひっ、あああぁあぁあ!?!?」
正面からロゼの姿を視界に収めた強盗は、凄まじい悲鳴を上げた。 目の前に現れたのは、全身が黒く歪み、頭から不気味な角を生やした、伝説の魔物のような異形の化け物である。
「ば、ばけ、化け物おぉおおお!?」
強盗はあまりの恐怖にガクガクと膝を震わせ、盛大に腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。 失禁せんばかりに怯えきり、ナイフを取り落としてガタガタと震える強盗。
「今だ、捕まえろ」
追いついた店主と街の男たちが、腰の抜けた強盗を一斉に取り押さえた。
街中に安堵の息が漏れる中、店主が恐る恐る、しかし心からの感謝を込めてロゼに駆け寄ってきた。
「あ、ありがとうございました!お嬢さん?のおかげで店の大事な金が助かりました!本当に、ありがとうございます!」
「……」
ロゼは目を丸くした。
人生で初めての経験だった。 絶世の美女だった頃は、誰もがロゼの顔を見て「綺麗だ」「女神のようだ」と持て囃すばかりで、こんな風に“一人の人間として感謝される”ことなど一度もなかったのだ。
化け物の姿で、誰かの役に立ち、感謝された。 ロゼの胸に、じんわりとした温かい感動が広がっていく。
そんなロゼの姿を、ギルバートは仮面の下で、息を呑むような思いで見つめていた。
「……ふ」
ギルバートは歩み寄ると、強盗を撃退して誇らしげに、そして少し照れくさそうに立つロゼの前に跪いた。 そして、化け物のごつごつとした手をそっと両手で包み込む。
「君は…―、本当に面白いな、ロゼ」
「え……?」
「俺を庇い、街の者を救い、凛と立つ君の姿に……」
至近距離で見つめ直してくるエメラルドグリーンの瞳。そこに宿る圧倒的なまでの熱量と本気の愛に、ロゼの心臓がどきりと跳ね上がった。
(な、なにこれ……胸が、すごく熱い……)
その瞬間だった。 ギルバートが優しく握りしめるロゼの手元から、みしみしと音が響く。
彼の本気の愛と、ロゼ自身の胸のときめきが重なった瞬間…―、手の甲を覆っていた化け物の黒い岩肌が剥がれ落ち、透き通るような白磁の素肌が露わになった!
「ひええええええ!手だけ呪いが解けてる?しかも…え、声が―」
(待って! この人のこと『ちょっと素敵かも』って思っちゃったから!? 愛されるだけじゃなくて、私がキュンとしても呪いが解けたってこと?!)
白く美しい素肌に戻った自分の手と、仮面の下で凄絶に甘く微笑むギルバートを見比べ、ロゼは大パニックに陥るのだった。
♢♢♢
「……屋敷へ戻ろう、ロゼ」
手元から漏れ出た己の可憐な声と、白磁のように透き通る己の手にパニックを起こすロゼを、ギルバートは優しく、しかし絶対に逃がさない力強さで抱き上げ、馬車へと乗り込んだ。
公爵邸の執務室に戻るや否や、ギルバートはロゼをソファーへ座らせると、自ら紅茶を淹れて差し出した。
「手と声の呪いが一部解けたようだね。君のその呪いとやらの詳細はこちらには入ってきていないが…その呪いを解くカギが何かあるようだ。俺が君の手を握って…いや、そんな簡単なものではなさそうだ。もしかすると、俺が君に惹かれているから…それがトリガーなのだろうか」
(私がこの人にキュンとしたから解けたの!―なんて、言えないけれど!!ていうか、サラッと惹かれているなんて言わないで!)
喉の呪いが一部解けたとはいえ、まだ完全ではない。ロゼは顔を真っ赤にして両手をブンブンと振り回し、久しぶりの自分の声で反論した。
「気のせいです!偶然です!私は呪われた化け物のまま、一生独身で過ごす予定なのですから!」
その必死すぎる主張を見つめ、ギルバートはふっと柔らかく目を細めた。
そして…静かに自らの髪に手をかけると、顔の上半部を覆っていた銀細工のハーフマスクを外した。
「……!?」
ロゼは息を呑んだ。 仮面の下から現れたのは——言葉を失うほどの超絶美形だった。
流れるような銀髪に映える、彫刻のように整った鼻筋と甘い唇。エメラルドグリーンの瞳が、熱を帯びた眼差しでまっすぐにロゼを射抜いている。噂にあった醜い傷跡もない。
「俺が仮面を被っていたのは、外見や家柄だけに群がる浅ましい者たちを遠ざけるためだ。……だが、俺の心そのものを見てくれた君の前で、これ以上隠す必要はない」
長身の体躯をかがめ、美貌の仮面公爵がロゼの前に膝をつく。
そして、元に戻ったロゼの白い手を優しく取り、そっと額を寄せた。
「ロゼ。俺は、君のその美しい魂を本気で愛している。一生、俺の傍にいてくれないか」
至近距離で放たれる、国宝級の美貌と重すぎる愛の告白。
極上の男から注がれる本気の熱量に、ロゼの胸が痛いほど激しく跳ね上がった。
(あ、ダメ……!胸がキュンキュンしちゃう……!!)
みしみし、と音が響く。
ギルバートの愛と、ロゼの激しいときめきが爆発した瞬間…ロゼの全身を覆っていた黒い呪詛が、一気に弾け飛んだ。
ボサボサだった黒い髪は、光を浴びたように鮮やかなピンクブラウンの絹髪へと戻り、ゴツゴツしていた顔の半分が、かつて「国一番」と謳われた絶世の美貌を取り戻していく!
「なっ……!? 君は……」
「ひやぁぁぁあああ!? 顔と髪の呪いまで解けちゃってる!?」
可憐な悲鳴を上げながら、ロゼは大焦りで自分の顔を手で覆い隠した。
(やばいやばいやばい!この人と一緒にいたら、私の心が保たなくて数日で全身元に戻っちゃう!!私の完璧な独身引きこもり生活がー!!)
♢♢♢
その頃——シルヴェスター伯爵邸では、大惨事が起きていた。
「な、なんですってぇ!? あの方が化け物のお姉さまを溺愛している!?呪いが解けて元の姿に戻りつつあるですって!?」
シルヴェスター伯爵邸に激震が走った。
焦ったフレイアは悪徳魔術師に「もっと強い呪いをかけなさいよ!」と詰め寄るが、そこに踏み込んできたのは、ギルバート率いる公爵家の騎士団だった。
「フレイア・シルヴェスター。伯爵家の資金を横領し、公爵家が求婚した女性に禁忌の呪いをかけた罪、言い逃れはできんぞ」
魔術師は、フレイアがロゼに呪いをかけさせた証拠をすべて白状した。
溺愛していた両親も、公爵家を敵に回す恐怖と全財産を使い込まれた怒りから、フレイアをその場で廃嫡。取り巻きの男たちからも見捨てられ、フレイアは泣き叫びながら修道院へと送られることとなった。
一方、公爵邸の執務室では…。
「なるほど……。君の本当の姿は、息を呑むほど美しいのだな」
元の美貌を取り戻しつつあるロゼを愛おしそうに見つめ、ギルバートは凄絶なまでに甘い笑みを浮かべた。
「だが、どんな姿になろうと、俺が愛するのは君という人間そのものだ。逃げる準備など無駄だよ、ロゼ」
「うぅ……お願いですから、そんなに愛おしそうな目で見ないでください!また呪いが解けちゃいます……っ!」
「ふっ、ならば早く全身元に戻ってもらわねばな」
逃げ出そうとするロゼの腰を抱き寄せ、耳元で深々と愛を囁くギルバート。
(誰か助けて!呪いが解ければ解けるほど、この人の愛が重くなって逃げられないの)
化け物の姿を守るためのロゼの必死な抵抗と、それをノリノリで甘やかすギルバートの二人の結婚生活はまだ始まったばかりだ。
数か月後、仮面を脱ぎ去ったギルバートと元の姿に戻ったロゼが寄り添って歩いていた。
周囲の人間はなんと美しい二人、と噂したが、それ以上に…
「みてるこっちが赤くなるほど、あのギルバート様が溺愛しているのよ」
「え?そうなの?あの冷徹と噂のギルバート様が?」
「ええ、そうよ。本当に好きみたいね」
ギルバートの優し気な瞳が、ロゼを映していた。ロゼは、天真爛漫な可愛らしい笑みをギルバートへ向けている。
甘くて優しい雰囲気が二人を包んでいた。
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