ノーアンコール
「どうしてこうなったのか」
常夜灯より暗い、風情のない、型落ちPCの光を頼りに、皮脂で汚れたキーボードを叩く。
声を出しながら、叩く。
抑揚なく淡々と、いつもの決まったワードを始末書にぶち込んで行く。
缶ビールを片手に。
スーツを毎日着るようになってから2年が過ぎた。
思いのほか早い2年だった。自分にとって不都合な記憶を消す傲慢な脳ミソだからだ。
「、、ッつ」
汗が目に染みて痛い。
扇風機すら置けない部屋の汚さを自覚した上で、毎晩のように暑さにうなされながらこれをしている。
違う、俺のせいじゃない。
こんな俺を教育できない飼育員が悪いのだ。
会社員といえばただのコマだ。将棋で言えば歩兵に過ぎない。
後列の金や飛車のごまをすることで、始めて前へと進める。
否、動かされる。
なのに。
「どうしてこうなったのか」
蝋燭の光と変わらないほど無様な部屋の光と、その影に映る黄ばんだ十本の指。
ただ淡々と、粛々と、キーボードがあったはずの机の上を這っている。
声を出さずに黙々と、茶色くなったスナックを口に運ぶ。
缶チューハイを片手に。
スーツを着なくなってから3年が経った。
思ってもみなかった日々だった。自分にとって自分は何なのか分からなくなった。
「、、、ぅ」
汗が目に染みて痛い。最後に風呂に入ったのはいつだったか。何も記憶がないほど疲弊していた。
違う、俺は悪くない。
俺をこんなにした上位層の人間が悪いのだ。
人間といえばただのゴミだ。一人でいる分にはチリにも満たない産廃だ。
しかし、「自分が一番ゴミ」だと認識することで始めて前を向ける。
否、向かねばならない、懺悔しなければならないのだ。
なのに。
「どうしてこうなったのか」
街の明かりが見えることがどれほど良かっただろう。
名前すら呼んでもらえない空間で、宙を掻く十本の指の軌跡を追うことすらできない。
声を出せずに恐々と、すべてが終わるその時まで目を潰って待つ。
俺が御用になってから4年が過ぎた。
今じゃアルコールすら飲めない。
やり直すことすら許されない。
「どうしてこうなったのか」
最後に呟く言葉もきっと、それだろう。




