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ノーアンコール

作者: 十河
掲載日:2026/08/08

「どうしてこうなったのか」


常夜灯より暗い、風情のない、型落ちPCの光を頼りに、皮脂で汚れたキーボードを叩く。

声を出しながら、叩く。

抑揚なく淡々と、いつもの決まったワードを始末書にぶち込んで行く。


缶ビールを片手に。





スーツを毎日着るようになってから2年が過ぎた。

思いのほか早い2年だった。自分にとって不都合な記憶を消す傲慢な脳ミソだからだ。


「、、ッつ」


汗が目に染みて痛い。

扇風機すら置けない部屋の汚さを自覚した上で、毎晩のように暑さにうなされながらこれをしている。


違う、俺のせいじゃない。

こんな俺を教育できない飼育員が悪いのだ。


会社員といえばただのコマだ。将棋で言えば歩兵に過ぎない。

後列の金や飛車のごまをすることで、始めて前へと進める。

否、動かされる。


なのに。





「どうしてこうなったのか」


蝋燭の光と変わらないほど無様な部屋の光と、その影に映る黄ばんだ十本の指。

ただ淡々と、粛々と、キーボードがあったはずの机の上を這っている。


声を出さずに黙々と、茶色くなったスナックを口に運ぶ。


缶チューハイを片手に。




スーツを着なくなってから3年が経った。

思ってもみなかった日々だった。自分にとって自分は何なのか分からなくなった。


「、、、ぅ」


汗が目に染みて痛い。最後に風呂に入ったのはいつだったか。何も記憶がないほど疲弊していた。


違う、俺は悪くない。

俺をこんなにした上位層の人間が悪いのだ。


人間といえばただのゴミだ。一人でいる分にはチリにも満たない産廃だ。

しかし、「自分が一番ゴミ」だと認識することで始めて前を向ける。

否、向かねばならない、懺悔しなければならないのだ。


なのに。





「どうしてこうなったのか」


街の明かりが見えることがどれほど良かっただろう。

名前すら呼んでもらえない空間で、宙を掻く十本の指の軌跡を追うことすらできない。


声を出せずに恐々と、すべてが終わるその時まで目を潰って待つ。



俺が御用になってから4年が過ぎた。


今じゃアルコールすら飲めない。


やり直すことすら許されない。






「どうしてこうなったのか」

最後に呟く言葉もきっと、それだろう。

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