見習いシスターですが、人間に言い寄る悪魔とか聞いた事もないのですが!?
今日は令嬢ものではないです!
異世界恋愛ではある。
或る晩のことだった。
街から外れた小高い丘。小さな教会に住むシスターは礼拝堂に長居していた信徒の老婆を見送り、自分を揶揄う子供達を嗜めて帰宅を急かす。
そして教会が静まり返ったところでふと彼女は視線を敷地の端――森の方へ向ける。
何者かからの視線を感じたシスターはランプを片手に木々が生い茂った場所へ近づき、そして――
――傷だらけの青年を見つけた。
幹に寄りかかって座り込んでいた彼はシスターを見つめながら微笑む。
「こんばんは、お嬢さん。よければ俺にも慈悲を与えてくれないかな」
それがシスターのミラと、悪魔ルークの出会いだった。
***
教会の朝は早い。
日が登るより少し前に私は起床し、朝の礼拝をする。
そして身支度を整え、食事をとった後は教会の掃除。
小さな教会ではあるけれど、今ここで聖職者としての務めを果たしているのは私一人。
その為人手不足は深刻だ。
私は別の村の生まれだったが、元々この教会を管理していた神官様とその奥様に拾われる形でここにやって来た。
しかし私がこの教会へやって来た頃にはすでに二人はご高齢だったし、神官様は腰が悪かったのもあって私が独り立ちできるようになってからは街でのんびりとした暮らしをしてもらっている。
だから基本は私一人で教会を管理し、生活している。
でも寂しくはない。
街で暮らしているお二人はたまに様子を見に来てくれるし、私からも会いに行っている。
それに毎日のように教会を訪れる街の人達も皆んな優しい人達ばかりなのだ。
「ふぅ」
掃除道具を持ち出して外に出た私はどこから手をつけようかと辺りを見回す。
その時だ。
「ミ〜ラ〜ちゃん」
私の背後――というか、耳を掠めるくらいの高さから男性の声がした。
ただ聞くだけならば穏やかそうな、心地よい声。
しかし私はその声に嫌悪と、悪寒を覚えた。
私は即座に首から下げていた十字架のネックレスを掴み、強く念じる。
すると今にも私を抱きしめようとしていた男の脳天から小さな雷が落ちた。
「アバババババッ!?」
ビビビビという電流を受け、情けない悲鳴が上がる。
そろそろいいだろうという頃合いを見計らってネックレスから手を離せば、プスプスと黒い煙を上げた男がうつ伏せに倒れ込んでいた。
「消えちゃう……手加減してよ〜ミラちゃん」
「異性の背後を取った挙句、許可もなく触れようとするのが悪いでしょう」
「ミラちゃんはただでさえ神聖力が強いんだから、うっかりで俺のこと消さないでよ〜?」
「何がうっかりですか。そもそもこの力で怪我をするのは悪魔だけ。そして悪魔は――」
男が顔を上げる。
黒く長い前髪の下、鮮やかな赤色の瞳が愉悦に歪む。
「――聖職者が滅ぼすべき存在です」
男は鋭く尖った牙を覗かせて笑みを深める。
忠告、そして牽制でもあった言葉に一切怯まないその様子が気に入らなくて、私は鼻を鳴らしながら彼から目を逸らした。
「そう言いつつも俺のこと助けてくれたじゃん」
「貴方が悪魔だって知ってたら助けませんでしたッ!」
「気付かなかったんだぁ。うっかりさんだね〜かぁわいい」
「ク……ッ、そもそも教会なんて神聖力が自然発生してる、悪魔が毛嫌いする場所のはずなのに、どうして行き来できるんですか! ……っていうか仮にできるとしてもわざわざ居座ろうとしないでしょう!」
そう。私は悪魔を祓う力と使命を負いながら、弱っていた悪魔をうっかり助けてしまったのだ。
それ以来この悪魔――ルークさんは何故か教会に居座り続け、気が付けば二週間。私を揶揄い続けていた。
(相手にするだけ無駄よミラ。何を言ったってどうせ面白がるだけなんだから)
私は自分に強く言い聞かせ、箒を強く握る。
そして掃除に取り掛かろうとした時だ。
「ミラちゃん」
今度は私の背後から優しい女性の声がした。
「ヒャィイッ」
私は飛び跳ね、慌ててルークさんを背中で立つように方向転換する。
振り返った先には毎日礼拝に来るお婆さんが立っていた。
「おはよう。今日も元気ねぇ」
「お、おはようございます、ベリンダさん。今日はお早いんですね」
「ごめんなさいねぇ。最近物騒だから、少しでも長くお祈りをしていたくて。……そちらのお兄さんもおはよう」
「おはようございます〜」
私とルークさんの背丈は三十センチくらい違う為、ルークさんの存在はあっさりとベリンダさんに見つかってしまう。
背中で全く隠しきれていなかった悪魔へ、私は『余計なことは言わないように』と視線を送った。
人型の悪魔は本来特徴的な角や尻尾を持っているものだが、幸いルークさんはそれを悪魔の術で隠している。
彼がボロを出さない限り、ベリンダさんがルークさんの正体に気付くこともないだろう。
「ところで、物騒というのは……?」
無謀にもルークさんの存在を隠蔽しようとした私の行いが余程滑稽だったのだろう。
口を押さえ、肩を震わせながら俯くルークさんの爪先を踏みながら私はベリンダさんへ問いかけた。
「ああ、そっか。ミラちゃんは街に住んでいないから知らないんだねぇ。最近、夜のうちに若い女の子や小さい子が行方不明になっていてね」
「な……っ、行方不明……」
「昨日で五人目だ。それで皆んな、不安がってしまってね」
「そんな事が……」
「ミラちゃんも街にいる時は気を付けるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
ベリンダさんを礼拝堂へ招き入れながらも、私の頭は行方不明事件の事でいっぱいだった。
教会の位置する小さな街では犯罪率は少ない。
治安もいい方だ。
また、五人も誘拐しておきながら犯人の足がついていないらしいとなると、犯人は地元の者ではない可能性もある。
だが外部の者が誘拐事件を起こすとすれば奴隷売買の類。のどかな田舎町で犯行に及ぶよりもより治安の悪い路地裏などの方が都合はいい。
敢えてこの街を拠点に犯行に及ぶ理由がない。
となると考えられるのは――
(――悪魔の仕業)
まだ過程の域は出ないが、可能性としては高いと思った。
悪魔による犯行ならば聖職者の出番だ。
私はその日、早めに教会を閉めて街で調査をすることにした。
***
夕方。街で聞き込みを行うもあまり収穫はない。
わかったのは行方不明者が出始めたのが二週間前から、そして犯行は夜に行われていること。
また行方不明者らに共通点はなく、犯人の動機はわからない。
「これでは足りないわ……」
私は顎を撫でながら考え込む。
するとすぐ傍から声がした。
「どうして悪魔の仕業だと思ったの?」
私ははたと声のした方を見る。
赤い瞳と目が合った。
私は白い頬を抓ると思い切り引っ張る。
「あだだだだだ」
「何故堂々と街を歩いているんですか……っ」
「いやぁ、やる気満々なミラちゃんが気になって」
ルークさんはいつの間にか私の後ろをついて来ていたらしい。
彼の追跡に気付かなかったことを恥じながら、私は自分の見解をルークさんへ述べる。
「なるほどね」
「それに、悪魔は人の恐怖や苦しみ……そういう暗い感情が好きでしょう。攫って甚振る事ができれば悪魔の欲求は簡単に満たされる」
「そうかもねぇ」
「…………あの、ルークさん」
私はふと一つの疑問を抱く。
彼の赤い瞳から目を逸らし、ネックレスに触れながら私は話を切り出そうとする。
しかしその時。子供の泣き声が耳に入った。
視線を移せば、道の隅にしゃがんで泣いている男の子がいた。
「大丈夫?」
私はその子へ駆け寄る。
泣きじゃくっていた男の子は顔を上げて私を見る。
「おねえちゃんが、どこにもいないんだ」
「……っ!」
「昨日の夜から、ずっといなくて……っ、だから探して……なのに見つからなくて……っ」
(もしかして、昨日の行方不明者の……)
私はハンカチでその子の顔を拭う。
そして安心させようと背中に手を回したその時。その子は驚きの声と共に私を突き飛ばした。
「え……っ」
驚いて男の子の顔を見る。
彼は私の後方――ルークさんの姿を見て顔を青くさせた。
「な、なんで」
「どうしたの?」
「あの、あの人……っ、おねえちゃんがいなくなる時、近くにいた……っ、す、すぐ消えたから、見間違いかと思ったのに……っ、ほ、ほんとにいたんだ……っ」
震え上がる男の子を背に庇いながら私はルークさんを振り返る。
先程、彼に聞きたかった事が頭を過ぎる。
私の前に現れる時以外は何をしているのか、どこで過ごしているのか。
何故教会に留まるのか。
――行方不明事件が起きた時期とルークさんがここへやって来た時期が一致するのは、偶然なのか。
彼へ疑念の眼差しを向けたまま、しかし言葉にできないでいると、ルークさんは困ったように笑い、肩を竦めた。
そして――強い風を巻き起こし、一瞬で姿を消す。
「っ、ルークさん……ッ」
***
夜。男の子を見送り、調査を進めながらルークさんを探すもその姿は見つからなかった。
あれからの調査でわかったのは、ルークさんは確かに夜の街を行き来していた事。そして行方不明者が出た時間と合致していた事。
(もし本当にルークさんが犯人だとすれば……私の落ち度だわ。けど――)
不可解な事はまだある。
しかしそれを確かめるには、どの道ルークさんを見つけなければいけない。
そう結論づけようとしていた思考を、視界の隅に映った影が絡めとる。
――子供だ。
「待って!」
細い道へと入っていくそれを呼び止めたその時。悲鳴が聞こえる。
私は急いで子どもを追いかけた。
けれど道の先は行き止まり。そこには井戸があるだけだ。
(……まさか)
私は井戸を覗き込む。石を中へ落としてみるも、水が跳ねる音は返ってこない。
空井戸だ。
行方不明者、そして犯人の行方。
それらに目星をつけた私は桶に括られていた縄を掴むと、慎重に井戸の底へと降りた。
着地した先、神聖術で前方を照らす。
すると井戸の壁の一部が掘り返され、道が続いていた。
私はその先を進む。
なるべく音を立てず、しかしできる限り早く歩む。
何が起きてもいいように片手で十字架を握った。
そしてふと、暗闇の先から人の気配がした。
気配は複数ある。――生存者がいる。
だが同時に、状況からして犯人が潜んでいてもおかしくはなかった。
私は神聖術を強め、数メートル先まで照らす。
「……っ!」
そこには行方不明になっていた五人の女性や子供、そして今日道で泣いていた男の子がいた。
「おねえちゃん、た、たすけて……っ」
今日出会った男の子が泣きながら助けを求める。
他の五人が手足を縛られ、猿轡を噛まされている中、彼だけが拘束されていなかった。
「男の人が……っ、誰か来るのに気づいてあっちに……っ、は、早くしないと殺されちゃうよぉ……っ」
「わかった。すぐ助けるわ」
私は男の子の言葉に頷き、近づく。
そして――
――十字架を両手で包み込んだ。
「その眼差し、その指先をどうかお貸しください。――主よ、我らの苦しみを癒したまえ。下界を覆う穢れを打ち祓い、彼の者達へ救いを与えたまえ」
詠唱と共に、金色の光が私と男の子――そして攫われた五人を包み込む。
そして――
「ギ、ギャァァアアッ!!」
光に触れた途端、男の子の肌が焼け爛れ、その頭からは角が生え、尻尾が現れる。
――悪魔である証拠。
「なんで……なんでなんでナンデェッ!? なんでバレたの……っ」
「確信はなかったけれど……。私が抱きしめようとした時、十字架を避ける為に押し除けた事。今、貴方だけ拘束されていない事、そして小娘一人に逃げる程悪魔は人を買い被ってはいない事。それと……」
私の脳裏を過ぎるのはいつもふざけているルークさんの姿だ。
彼が犯人だと思えなかった、という言葉は些か私情が混ざっている為、話さなかった。
私は神聖術を強める。
悪魔の体は徐々に灰と化し、消え始めていた。
「う、うぅ……」
悪魔が苦しげに呻く。
彼は私を見て涙を流した。
「いたい゛、痛いよ、ぉ゛、おねぇちゃ……たすけ……」
まるで人間の子供のように泣く。
その姿を見てしまいった私は、ほんの一瞬、神聖力を弱めてしまった。
それこそが悪魔の狙いだったのだろう。
「アッハハハハッ!! バカだ!バカだバカだバカだバカだバーーーーーカッ!!」
「っ、しま――」
(悪魔の特性を知っていたはずなのに……ッ、なんて、愚かなの……っ)
悪魔は甲高い笑い声を上げ、手の爪を鋭く尖らせると、その切っ先を私の喉へと伸ばす。
刹那。
「――主よ。どうか清らかな者達を守りたまえ」
優しく肩を抱かれる。
ゆっくりと後ろへ抱き寄せられ、私の十字架に手が添えられる。
視界の端で黒い髪が揺れた。
「他者を想う心は決して愚かではない。だから責めないで」
「ルークさ……」
「その心こそが、神聖力の本質だ。だから強く想うんだ、ここにいる人達の幸せな未来を」
ルークさんが十字架に触れると同時、金色の光が一層強くなる。
私は彼の言う通りに願った。
悪魔が消えて、攫われた人達が日常に戻る未来を。
街に平和が戻る未来を。
「な、なんなんだお前! お前、悪魔の癖になんで神聖力が……ッ、う、裏切り者――」
光に灼かれ、悪魔は完全に灰と化す。
悪魔祓いの為の神聖力を収めた私は、訪れた静寂の中でルークさんへ振り返る。
「ルークさん、どうして」
「彼の悪事は気付いていたからね。元々、懲らしめてやろうと思って動いてたんだよ。いやぁでも、間に合ってよかったよかった」
私はルークさんを疑ってしまった事に罪悪感を覚えていた。
「ルークさん、すみませ――」
「あー、そーゆーのなしなし。気にしてないよ。そもそも俺は悪魔、君は聖職者。それが正しい」
「でも……」
「も〜、真面目なんだから。そんなに気になるっていうなら――」
俯いていた私の顎をルークさんが持ち上げる。
そして――彼は、自身の唇を私の唇へ押し当てた。
「お詫びは、これでいいよ」
唇を離した直後にはいつも通り、私を揶揄う時の笑顔を浮かべているルークさん。
しかし私にとってはいつも通りの揶揄いでは済まされない。
暫し唖然とした私は我に返ると同時、唇を何度も拭いながらルークさんの頭上に雷を出現させた。
「〜〜〜〜ッッッッ、〜〜〜◎△$♪×¥●&%#ッッッ!!」
「ギャ――――ッ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ、ちょ、マジで死ぬ! 俺今神聖力の浴びたばっかだからぁぁぁあ!」
うつ伏せに倒れるルークさんを見れば、確かに彼も十字架に触れた手や光を受けた顔に火傷を負っていた。
また彼自身が神聖力を使ったこともあり、その負荷は恐らく体の内部――外見ではわからないような場所にまで及んでいるのだろう。
ボロボロの恩人相手に手酷い仕打ちをしてしまったと反省しつつも、私は一つの疑問を抱いていた。
「ルークさん……貴方は、一体何者なんですか」
「ん?」
そもそも、神聖力を使える悪魔など聞いたことがなかったのだ。
私の問いかけに瞬きを繰り返した彼は腹の底が知れない笑みで答えた。
「ミラちゃんのことがだ〜い好きなおにーさんだよ……アババババッ」
「助けを呼んで来るので被害者の方達の解放をお願いしますね」
再度雷を落とし、私は地上へと向かう。
未だに残る唇の感触は、私の心を休ませはしなかった。
続きは気が向いたら書くかもだし書かないかもしれない……。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
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それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




