お困りのご婦人
目的の部屋に着いた玲奈が、ノックして扉を開ける。
「失礼します」
「えっと、お邪魔します」
暖かな陽射しが入るリビング。品の良い家具が置かれた部屋のソファーに、女性が座っていた。
「突然、席を外して申し訳ありませんでした。祥子さん」
歳は60代ぐらいの灰色の髪を綺麗にまとめた、緑色の瞳の優しげ雰囲気の女性。玲奈が女性に頭を下げ、謝罪する。
この女性、祥子が玲奈の言っていた婦人なのだろうか。
「玲奈さん。先ほどはどうし……あら、そちらの方はどなたかしら?」
小首を傾げた女性が尋ねる。
「この男は、力を貸してもらおうと私が依頼した探偵です」
「まぁ」
玲奈からの部外者の男、仁の説明に、女性はほっと安心した様子を見せた。
「こんな姿で失礼するわ。はじめまして、よく来てくださいました。わたくし、野崎祥子と申します」
「はじめまして、探偵の橘です」
座ったまま、穏やかな笑みを浮かべて差し出す祥子の手を、仁は握る。
「祥子さん、彼は優秀な探偵です。きっと、この家の不可解な出来事を解決してくださいますよ」
「まぁ、それは頼もしいわ。是非ともお願いするわ。探偵さん」
祥子を安心させるかのように、玲奈は笑顔で優しく言った。
祥子と玲奈がどういう関係かはわからない。しかし、玲奈は祥子に信頼されているのが見える。
なので、まずい。
「いや、俺は」
「わたくし、この家で何が起こっているのかが、わからなくて不安で。優秀な探偵さんが来てくれて、本当によかったわ」
「いや……あの……」
よろしくお願いしますと、祥子は頭を下げる。まだ依頼を引き受けていない、断ろうとしているのですと、仁は言えない。
仁が藁にも縋るつもりで、玲奈に視線を送るが、玲奈はにっこりと笑う。
「では祥子さん、探偵さんにこの家で起きている不可解な現象について、話してください」
「……ええ、お話いたしますわ」
もう依頼を断れない状況に陥ってしまった。もう勝ち目はない。諦めた仁は、玲奈と共にソファーに座った。
祥子が用意してくれた紅茶を、仁が一口飲んだところで、祥子が話す。
「最初に異変が起きたのは、わたくしの夫が亡くなって、しばらくしてからでした」
最初は自分が置いていた物がなくなったり、物が別の場所にあったりとなど、開けたはずのない扉が開いていたりなどの小さなこと。最初は気のせいだと祥子は思っていたが、確信になったのは、ある夜中のことだった。
自分以外いないはずの真夜中。怪しい物音に祥子は眼が覚めて、物音のした部屋に行った。すると部屋の中からゴソゴソと動く気配を感じた。思わず、祥子は部屋のドアを開けて、灯りをつけた。しかし、部屋には誰もいなかった。
念のためにと、祥子は部屋の隅から隅まで確認したが、部屋が荒らされた形跡はなく、無くなった物はなかった。家の窓や扉の鍵も確認するが、しっかりと鍵がかかっていた。
「それから、夜になると物音がするようになったの」
自分以外にだれもいないはずの家の中を、誰かが歩き回っている。物音がしたところを調べると時折、物が置いてあった場所から少し移動していた。祥子は不安になった。
「甥や警察の方などに、頼んで調べてみてもらっても、誰かが侵入した形跡は一つもなくて、何も盗まれていない。何も問題ないと言われましたが、わたくし、怖くなって。もしかしたらと思い、玲奈さんに相談して来てもらったのです」
「……なるほど、もしかしたらと言いますと、野崎さんはこれが人の仕業ではないと思ったからですか?」
「ええ、そうです。ですから、玲奈さんなら何かわかるんじゃないかと思って……」
静かに話を聞いていた玲奈は紅茶を一口飲み、カップを机に置く。
「まだ、よく調べてみないとわかりませんが、今は家に何かいるような気配は感じません」
「……そう……」
不安げな祥子に、玲奈は安心させるために力強く言った。
「安心してください。祥子さんに害をなす不埒ものなど、私が叩き斬ります」
「あら、頼もしいわね。玲奈さん」
祥子は、玲奈の言葉を冗談だと思って笑う。庭で喉元に刀を突きつけられた仁は確信する。
冗談じゃない、本気だ、これ。仁はさりげなく玲奈から視線をそらす。
その時、ノックもなしに突然、部屋の扉がひらいた。




