プロローグ
冷たい風が肌に突き刺さる冬の一月。
依頼者に報告を終えた帰り道を黒髪に紫黒色の瞳、地味だが整った顔立ちの男が歩いていた。
男の名前は橘仁。失せ物探しの筋と名高い『橘探偵事務所』の若き所長。
「あー、寒い寒い」
冷たい風に、仁は体を震わせる。依頼の報告が長引いたため、すっかり夜になってしまった。
今夜は月が雲に隠れた曇天。こんな日は、人とは〈異なるモノ〉が暗闇に寄り付きうごめく。
早く家に帰ろうと早足で、曲がり角を曲がろうとしたそのときだった。
「(ギィィィーー!!.)」
鼓膜に突き刺さるような奇声。
(……まさか)
嫌な予感に、仁は奇声のした方に向かう。
たどり着いた場所は空き地。空き地には、異形の姿をしたモノたちがうごめいていた。
「ッ?!」
それは〈化生〉の群れだった。
〈化生〉
強い未練や妄執などで、自分を棄てた異形のモノ。〈理〉から堕ちたモノ。
満たされない飢餓状態で、生き物の血肉や〈魂〉を喰らう。時に理性を持つモノもいるが、基本狂っている。
闇夜に潜む〈化生〉群れが、一人の少女を囲っていた。しかも、少女は逃げることもせずに、その場に突っ立っている。
〈化生〉の群れが、少女を喰らおうと襲いかかった。
「危ない!」
仁は叫んだ。策もなく懐から護身の札を出して、少女の元に走る。
〈化生〉の鋭い牙が、爪が少女を切り裂こうとする。仁が間に合わないと思った、その時。
ゴウゥゥ
少女の右手が炎に包まれた。その炎は少女の右手に集まり、形となる。炎は刀身が輝く、見る者の眼を奪う、美しい太刀となった。
そして、太刀を構えた少女は〈化生〉の群れに振りかざした。
「(ギァァァァァァァァァァ……)」
太刀から火焔が爆裂し、真っ赤な炎を噴き上げる。〈化生〉の一際高い叫びを炎が飲み込み、夜陰を赤く染める。
助けようとしていた仁にも熱波が襲い掛かった。仁は思わず、眼をつぶる。
「……?……!」
襲い掛かる熱がない。肌に感じるのは、温風程度のもの優しいもの。仁は驚いて、顔をあげる。
「…あっ」
いつの間にか、仁の目の前にすらりとした長身の少女。
背中に流した真白の髪、右耳につけたルビーのピアスと同じ、美しい真紅の瞳。白のブラウスに赤のリボンとスカートに、きっちりと金のボタンで留めた黒い上着にコート、皮のショールダーバック。右手に黒の皮手袋にブーツ、気品を纏う白皙の美少女。
(……綺麗な……)
仁は思わず少女に見惚れる。少女は惚ける仁の首元に、太刀を突きつけた。
「……お前は……」
鋭く仁を睨んでいた少女が、仁の持つ札に気がつく。仁の首元に突きつけられていた太刀が炎に包まれて、一瞬で消える。
「〈同業者〉か。不躾なことをして済まなかった」
「……あ、いや」
少女は仁に謝罪。そして、戸惑う仁を置いて、少女は何事もなく去ってしまった。
呆然とその場に立ち尽くす仁は、少女の背中を見送った。
これが、始まりだった。




