新春!男の料理番組
新年のスタジオに、ゆるやかな和楽器の音が流れている。
正月らしい飾りつけをされたセットの前で、少し冷たい雰囲気の女性が明るい柄の着物を着てカメラの前に笑顔で立っている。
「皆様、新年あけましておめでとうございます」
若い女性は言葉の後、しなやかな動作で頭を下げた。
ゆっくりと元の姿勢に戻った女性は、片手を軽く上げて口を開く。
「それでは今年もクッキングエルボー、スタートです!」
スタジオにいつものような軽快な音楽が流れ始める。
人形のような笑顔の女性は、セット内のキッチンの前に移動した。
「それでは講師の方に登場していただきましょう! 男の料理研究会副会長の一文字岩鉄先生です!」
そう言って女性が手を伸ばした先にはドアを模したセットがあった。
カメラがとらえたセットはガタン! と一度大きく振動した後ノブがゴリュっという音を立てて落下、ドアがベキンという悲鳴を上げて横にずれた。
強引に引き戸にされたドアが力尽きて倒れると、そこには一つの塊があった。
ゆらゆらと立ち昇る熱量を持った塊。
二メートル近い長身、角刈りの頭に鉢巻、大きな傷のある厳しい顔、鎧のような筋肉を黒い胴着で包んだ男が腕組みをして立っている。
「先生、どうぞこちらに」
「俺が餅だ!」
なんか変な音を発生させた男は大股で歩きながらキッチンの前にやって来た。
貼りつけたような笑顔の女性は、何事もなかったかのように番組を進行する。
「先生、あけましておめでとうございます」
「うむ、おめでとう」
「正月はどんな過ごし方をされましたか? 私は家にずっといたので少し太ってしまいまして」
「うむ、正月は道場で餅つき大会をしたな」
「それはいいですね!」
「そうだろう。まあ入院してしまったが小さいことだ」
「なにか事故でも?」
「うむ。当道場の餅つきは、蒸したもち米を横になった者の上に乗せたあと門下生が拳と蹴りで」
「クッキングエルボー、正月特番のスタートです!」
スタジオに流れる音楽が、ゆるやかな和楽器の響きに変わる。
変わらない笑顔の女性が、よく通る声で番組の開始を高らかに宣言した。
「それでは先生、今日の料理はなんですか?」
「うむ、今日は正月特番ということで、おせちにしようと思う」
女性は小さく首をかしげた。
「おせちは正月の間家事を休むために、年が明ける前に作っておくものでは?」
「そうなのか。では今から準備するのを来年のおせちにしよう」
女性は首をかしげた。
「ダメになるのでは?」
「問題ない。我が家の冷蔵庫には十年前のごまめが入っている」
「捨てましょう」
「もはや我が冷蔵庫の一員のような気がしてな」
「その冷蔵庫ごと断捨離をお勧めします」
「そういう訳にはいかん。先々代から受け継いだ冷蔵庫だからな」
女性は大きく首をかしげた。
「……その冷蔵庫、大丈夫なのですか?」
「冷えなくてすぐ腐ることを除けば大丈夫だ」
「単に物が腐るだけの箱ですね。修理してみては」
「二年前に右手刀で斜めから修理したら閉まらなくなってな」
「もう逆に抵抗力つけた方がいいと思います。今からおせち作って来年食べてください」
「応! 材料をここに持ってこい!」
男が右正拳を前に突きだしながら声を出す。それに反応したように、道着姿の人たちがガムテープでぐるぐる巻きにされてるくすんだ灰色をした長方形の箱を運んできた。
女性は少し険しい目をしてそれを見ている。
「先生、これは?」
「我が家の冷蔵庫だ」
女性は笑顔を崩すことなくじわじわと距離を取りはじめた。
どこか禍々しい雰囲気をまとう冷蔵庫(?)は、ガムテープでぐるぐる巻きの上からあちこちにお札が貼りつけられている。
「あの、なぜ先生の冷蔵庫をここに?」
「うむ。何年も食べられなかったおせちにも活躍の機会があるべきだと思ってな」
「それは活躍というか、死霊魔術の類では」
「中のおせちが死んだと決まったわけではないだろう」
「シュレディンガーの食材は誰も幸せにならないのでやめた方が。というか、やめてください」
「止めてくれるな。男にはやらねばならぬ時があるのだ」
そう言って男は封印された扉を開けようと手に力をこめる。
その様子を冷たい目で見ていた女性はカメラに向き直って口を開いた。
「あけましておめでとうございました。それではまた来週」
それだけ言って足早に画面の外に消えていく。
スタッフも次々とスタジオから去っていく。
置き去りにされたカメラには、強引に扉を開けた結果バランスを崩して冷蔵庫とその内容物の下敷きになる男の姿が残されていたという。




