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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
9/49

記憶魔法

 朝、味噌汁を飲んで別荘を出立。


 道は次第に険しくなってくる。

 もう訪れる人もいないのだろう。かつてあった道が、道でなくなっている。森というほどではないが、そこらに木々が生えている。

 ウサギやキツネも見かける。見かけるだけで、すぐに逃げてしまうが。

 ここはすでに人の領域ではなく、動物たちの生活圏なのだ。


「くっ……。これが大自然の驚異か……」

 普段あまり歩かないフェデリコさんは、かなりつらそうだ。

 普通の地面と違って、草に足をとられるから、体力の消耗も大きい。

「なさけねーにゃ。味噌汁飲むかにゃ?」

「いらん。それより、移動しやすくなる技術はないのか? 人類はなにをやっているのだ……」

 ついには人類にキレ始めた。

 そんな便利な技術があるなら、頭のいいフェデリコさんが自分で作ればいいのに。


 枝が絡まって道をふさいでいるときは、俺のハルバードで枝を叩き折った。柄が長いから、遠心力で簡単に威力が出る。魔女からもらった石斧とはえらい違いだ。40リラ払った価値はある。たぶん。

 カエデさんは短いナタで道を切り開いていた。手際がいい。旅に慣れているだけでなく、もっと違うものを感じる。


 しばらく進むと、遺跡が見えてきた。

 遺跡以外のものも。


 巨人とドラゴンが戦っていた。

 いや、巨人ではなく、あれこそが機械人形だろう。ずんぐりしたシルエット。体長は4メートル強。動きは緩慢。

 ドラゴンは……まあいるところにはいる。首の長い大トカゲだ。基本的に人の生活圏にはいないが、山奥に入ると姿を見ることもある。


 俺たちは岩陰に身をひそめた。


「これは……予想外だな……」

 フェデリコさんは珍しく自信なさそうに言葉を濁した。


 戦況はドラゴンが有利に見えた。

 両の前足で、ガッシリと機械人形をつかんでいる。爪が杭のように太い。

 ただ、機械人形の振るった拳が、ドラゴンの頭部に直撃した。ドラゴンの首がぐーっと傾いて、最終的には体ごと横倒しになった。ズーンと地響き。鳥たちがバサバサと飛び立つ。

 機械人形は、倒れたドラゴンの頭部に、真上から拳を振り下ろす。が、ドラゴンは頭をずらして回避。またしてもズーンと地響き。


 こんなのに巻き込まれたら死んでしまう。


「あのー、学者先生。ホントに調査するのかにゃ?」

「ああ……。いや、まだだ。報告書を書くには、もっと細部を知る必要がある」

 報告書?

 そんなもののために、あれに近づこうというのか?


 フェデリコさんは血走った目で凝視していた。

「見ろ、あの装甲を。おそらくオリハルコン製だろう。だが、さすがに腐食が進んでいるな。ドラゴンの爪に負けている。いや、軽量化のために、最初から薄く作られていたか。ドラゴン用の装甲でないことは確かだ」

「いや、あたしはまずドラゴンが実在することにびっくりにゃんだけど」

「海の向こうにはいないのか?」

「いるわけないでしょ」

 そういう地域もあるのか。


 もがいたドラゴンの前足が、機械人形の胸部にある装甲板をはぎとった。

 だが、こちらからは機械人形の背中しか見えない。

「ああ、クソ。早くこっちを向いてくれ。私は内部が見たいのだ」

 フェデリコさんはかなり熱中している。


 ふと、ドラゴンがその胴体に頭部を突っ込んだ。

 内部のなにかにかじりついたのかもしれない。

 などと傍観していると、甲高い音が震えながら響いていることに気づいた。


「うっ、なになに? なんの音? 逃げたほうがよくない?」

 カエデさんは耳をふさいでいる。

 甲高い音は、徐々に太く、重たく、大きくなっていた。森そのものを振動させるほどに。


「逃げる!? ありえん! 観測を続けるんだ! いま我々は、歴史的な瞬間を目の当たりにしているのだぞ!」

 フェデリコさんは完全に判断力を失っている。


 かと思うと、突如として大爆発が起きた。

 まるで目の前に太陽が現れたかのような……。

 凄まじい閃光と轟音、そして熱風。のけぞったドラゴンは頭部を完全に失っていた。木々はざわめくどころか、めきめきと音を立てて折れるものまであった。


 俺はハルバードを大地に突き立て、そこにしがみついて耐えた。

 だが、フェデリコさんとカエデさんは転がっていった。

 まあムリに耐えるより、転がったほうがエネルギーを逃がせるのかもしれないが。


 風はいつまでもやまなかった。

 少なくとも、俺にはそう感じられた。


 ガァンと音を立てて、機械人形の一部が落ちてきた。前腕部だろう。それが横倒しになった瞬間、中から赤い液体をぶちまけた。

 血?

 いや、それにしてはクリアだ。


 風はいつしかやんでいた。

 先ほどまでの轟音が信じられないほどの静寂。

 空は青い。


 *


 森林火災にならなかったのは奇跡だったかもしれない。


「ああ、クソ。やはりコアは消滅したか」

 やっと機械人形の胴体を見つけたはよかったが、フェデリコさんを落胆させる結果に終わった。

「ドラゴンに噛まれたせいですか?」

「おそらくな。おかげでエネルギーを制御しきれず、爆発してしまった。動作している状態のコアを見たかったのだが……。こうなってしまってはさすがにな」

 爆発でふっ飛んだだけかもしれないが、中身は空っぽに見えた。ここにも赤い液体が満ちていたのだろうか。

「機械人形にも血が流れてたんですね」

「いや、アレは血ではない。錬金術師の扱う触媒でな。ありふれた……とまでは言えんが、いま現在、人類が扱っているレベルのものだ」

 錬金術、か。

 魔女も得意だった気がする。


 フェデリコさんはあきらめきれないらしく、胴の残骸をいつまでも覗き込んでいた。

「しかし見事にカラっぽだな。コアと、そのエネルギーを伝達する液体、全体をカバーするオリハルコン。その三つだけで成立しているのだろう。なぜあのドラゴンはコアを破壊したのだ。価値も分からぬ爬虫類め……」

 そんな苦情を言われても、ドラゴンだって困るだろう。


「ねーねー。オリハルコンってなんにゃの? 売ったらお金になる?」

「愚かな。売買できるような素材ではない。そもそもこの手の遺跡はすべて機関の所有物なのだ。そこで見つかる一切の遺物は、必ず機関の管理下に置かれる」

「なにそれ? 見つけたのあたしらだよ?」

 カエデさんはたくましいというのか、がめついというのか、なかなか引き下がらなかった。

 フェデリコさんも溜め息だ。

「もっとも、機関とて遺跡のすべてを把握しているわけではない。小物が消失したくらいなら、誰も気にしないだろう。引き続き、遺跡内部の調査に入る」

「いいにゃあ。小物、いっぱい集めるにゃ」

 まるでピクニックだ。

 分かりやすい脅威はすでに去ったと考えてよさそうだけど。


 *


 ランタンに火をつけて、俺たちは遺跡内部に入った。

 といっても巨大ダンジョンというわけではない。天井の高い寺院といった感じだ。


「いま機関では、二つの仮設が唱えられている。ひとつは、魔力のバランスが崩れたせいで、古代の遺物が反応しているという説。もうひとつは、古代の遺物がみずから魔力を発しているという説だ」

「どっちが正解にゃの?」

「分からん。駆動するコアがあればヒントになったはずだが……」

 フェデリコさんはランタンであちこち照らしている。

 俺からすると暗いだけの建物だが、見る人が見るといろいろあるのだろう。


「見ろ。このレリーフ。連続した模様のように見えるが、古代の言語なのだ。『緑の守り手』と書かれている。まあ、ありふれた文言だな。ここらは緑の領域。なんでもかんでも緑だ。ともかく、あの機械人形がなにかを守っていたことは間違いない」

「なにを守ってたんです?」

 俺の素朴な質問に、フェデリコさんは睨むような目で応じた。

「いまそれを調べているのだ」

「ごめんなさい」

 俺の知識レベルじゃ、なにを聞いても怒られそうだ。

 カエデさんは奥に行ってしまったし。

 いや、ちょうど戻ってきたか。


「ねーねー! なんか見つけた!」

「なんだ騒々しい」

 フェデリコさんは集中を乱されてイラついているようだった。

 もっと優しくしないと友達をなくすと思う。

「あんたには言ってないでしょ! 勝手に返事しないで!」

 カエデさんも逆ギレだ。

 いや、フェデリコさんもキレ返した。

「そんなことを言っていいのか? なにを見つけようと、それは機関の所有物だぞ? 私が都合よく見ないフリしない限りはな」

「あんた、ホントにムカつくわね。友達いないでしょ?」

「いないな。なぜなら不要だからな。それで? なにをどこで見つけたんだ? 具体的に説明するように」

 お互いヤケクソになっている。


 カエデさんもさすがに苦笑だ。

「天井に箱あったの分かる? それ開けたら出てきたの」

「開けた? 知識の箱を?」

「なに、そんなご立派な名前なの? 適当にいじってたら開いたよ?」

 カエデさんは青い球体を手にしていた。宝石だろうか? うっすら発光している。

 フェデリコさんはまた眼球を血走らせている。

「か、貸してくれ! 君、これは……これは……とんでもない発見だぞ……」

「なに? お金になるの?」

「だが……ああ……急速に力を失っている。やはりそうか。記憶魔法だ。それがコアと反応して……。なるほど、だから人の手には負えないと……」

「あ、消えちゃった」


 球体から光が失われた。

 さっきまで青かったのに、透明なガラス玉みたいになってしまった。


「あはははは!」

 フェデリコさんが、しりもちをついて急に笑い始めた。

 なにがそんなに面白いのか分からないが。

「やはりそうだ! 人の手には負えない魔法なのだ! 機関のグランドマスターでさえ到達できない! 神か悪魔の領域だ!」


 悪魔……なら一人知っている。

 いまそれを言う気にはなれないけれど。


「悪魔なら、どうかできるんですか?」

 俺がそう尋ねると、フェデリコさんはハッと我に返った様子でこちらを見た。

「おそらくな。さっきも言った通り、これは記憶魔法だ。神か悪魔にしか扱えない。だが、神や悪魔の一族は、すでに人間社会から去ってしまった。ゆえに、いまとなっては失われた魔法なのだ」

「去った? もう存在しないってことですか?」

「いや……世界のどこかにはいるはずだが。まず見つかるまい。西の森に魔族の女がいるという伝説はあったがな。所詮は昔話。それに、もし見つかったところで、連中が人類に協力することもなかろう」

「なぜです?」

 この問いに、フェデリコさんはふたたび笑った。

「知らんのか? 人類は、魔族を迫害し、虐殺したのだ。いまさら人類なんぞに協力せんだろう」

「虐殺……」

「人類は、自分と違う存在に耐えられんのだ。いや、それは魔族も同じでな。互いに排除と虐殺を繰り返してきた。そして神族は、両者の愚かな争いに愛想を尽かし、いずこかへ消えた」


 そんな歴史があったとは知らなかった。

 ただ、ひとつだけ、つながった点と点がある。

 魔女が俺に、人間を殺せと教えた理由だ。

 その答えは歴史の中にあった。


 カエデさんが不満そうに球体をつまんだ。

「え、じゃあなに? このボール、もう無価値にゃの?」

「まあ、誰も欲しがらんだろうな。そいつはもう抜け殻だ。機関の倉庫にも山ほど眠っている」

「つれぇにゃ……」

 彼女の発見は、1リラにもならなかったというわけだ。

 フェデリコさんの報告書のネタになっただけマシか。


 フェデリコさんは頭を抱えた。

「はぁ。しかし報告書を……いったいどこから書けばいいのやら。機械人形を制御しているのは、記憶魔法である。こんな突飛な情報を、上層部が受け入れるとでも? どうせまた、ただの妄想として片づけられるのがオチだ。あの凡愚どもめ。いったいいつになったら目を覚ますのだ? 己の殻に閉じこもっているうちに、世界に置き去りにされるぞ」

 天才にも天才なりの悩みがあるようだ。

 俺にはちっとも分からないけど。


 ともあれ、ギルドの仕事は無事に終わった。

 あとはフェデリコさんからサインをもらって街に戻ればお金がもらえる。


(続く)

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