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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第一章 嵐の前(プリマ・デラ・テンペスタ)
8/82

別荘

 フェデリコさんの自宅がどこにあるかは知っている。

「すみません。マルコです。いま大丈夫ですか」

「入りたまえ」

 狭い路地裏にある、狭い家だ。家の中は本だらけ。

 フェデリコさんはデスクについていた。

「どうした?」

「ギルドで仕事を引き受けてきました。遺跡調査するんですよね?」

「……」

 するとフェデリコさんは、すっと息を吸い込んだまま、黙り込んでしまった。

 そのまま溜め息をついて、長テーブルへ。

「かけたまえ。するとなにか? 君が? 遺跡調査の随行員というわけか?」

「はい」

「まったく。依頼を出したのは何ヶ月も前だぞ。やっと応じてきたと思えば、現れたのは新人の君か。ふん。おおかた、その参加者とやらも君だけなんだろう? 凡愚が天才を恐れるのもムリはないが、恐れすぎるのも困ったものだ」

「フェデリコさん、かなり嫌われてるみたいですね」

「それは逆だな。私が彼らを嫌っているのだ。無知なのは別に構わん。私より賢い人間がそうそういるとは思えんしな。だが、連中は己の無知を改めようとしない」

 やはり魔女より厳しい。


「そんな言い方、やめたほうがいいですよ。俺だって傷つきます」

「君が傷つく必要はない。君は少なくとも学ぼうとしているだろう。連中とは違う」

「でも、俺も頭はよくないから……」

「ふん。頭がよくない? 勝手に結論を出すな。君はモノを知らないだけだ。知れば、比較ができるようになる。比較ができれば、未来を予想できる。これは魔法じゃない。論理だ。君はその入り口に立っている」

 未来を予想?

 この俺に、できるのか?


 フェデリコさんはかすかに呼吸をした。

「まあいい。遺跡の調査に行くぞ」

「え、いまから?」

「準備するようなことでもあるまい」

「あ、その前に、ひとつだけ相談が……」


 *


「なんだね、この珍妙な異邦人は? 調査の役に立つのか?」

「あぁん? なんだぁてめぇ? ケンカ売ってんのかにゃ?」


 なぜこうなってしまうのか。

 仕事を手伝ってくれる人がいるから紹介するといっただけなのに。


 天気はいい。

 だが、いいのは天気だけだ。

 いつもいつも……。


「ま、待ってください! なんでケンカするんですか! これから一緒に遺跡調査に行く仲間なのに!」

 するとカエデさんは、いつもの困ったネコみたいな顔になった。

「お断りだにゃ。あたしは自分のしたいことしかしないって決めたんだ。こんな偉そうなヤツの下で働くなんて、死んでもごめんだにゃ」

「ならば勝手にするがいい。行くぞ、マルコくん」

 フェデリコさんも大人げない対応だ。


「待ってください! 三人で行きましょう!」

「本人が行きたくないと言っているのだ。これ以上、私の時間のムダにしないでもらおう」

 フェデリコさんは頑固だし、カエデさんもぷいと顔を背けている。

 これじゃあまるで子供じゃないか。


 子供だ、みんな……。


 *


「遺跡まではそう遠くない。途中に私の別荘がある。いちどそこへ寄り、荷物を整理する」

「それはいいんですが……」

「気づかないフリをしろ」

「はい」

 俺たちのあとを、カエデさんがついてくる。

 かなり堂々とついてきているから、きっとバレても構わないのだろう。


 麦畑を抜けて、荒野に出た。

 広くもない道を、馬車が我が物顔で追い抜いていく。

「まったく、どこの田舎貴族イダルゴだ? 馬車に乗ったくらいで、人より偉くなったつもりでいるのか?」

「ホント、ひどいですよね」

「連中、借り物のエネルギーを、すぐに自分の力と勘違いするからな。つまり、起きたまま夢を見ているようなものだ。愚かものは、馬車に乗ろうが降りようが、愚かなままだということがよく分かる」

 まあマナーが悪いのは事実だが……。

 フェデリコさんはその倍以上の悪口を言う。


 ぽつんと廃墟が見えてきた。

 これを越えたら、そろそろ別荘だろうか。


「ふむ。見えてきたな。あれが例の別荘だ」

「えっ?」


 周囲を壁に囲まれた石の要塞だ。

 見張り用の石塔まで備わっている。

 しかし大部分は崩れ落ちている。


「ボロボロですよ?」

「やむをえんな。かつての戦争に使われた要塞だ。おかげで安く売られていてな」

「住めるんですか?」

「野宿するよりマシだろう」

 そうかも。


「え、これが古代遺跡にゃの?」

 当然のようについてきたカエデさんが、しかめっつらで周囲を見回した。

 フェデリコさんも渋い表情で咳払いだ。

「私のセカンドハウスだが?」

「へえ、あんたお金持ちだったんだにゃあ? え、でもなんでこんな廃墟を?」

「研究に集中するための場所が欲しかったのだ。遺跡にも頻繁に行く予定だったしな」

「遺跡に行ってなにするにゃ? まさかお宝でも眠ってるのかにゃ?」

 カエデさんの質問に、フェデリコさんは肩をすくめた。

「お宝など、とっくに盗掘されている。私の専門は機械人形でな。それは魔法で動くはずなのだが……。いまだ人類は、それを動かすことに成功していない。王都の研究者でさえ、な。魔法以外のキーが必要なのだ」

「ほへー」

 カエデさんは分かっていない顔だ。

 もちろん俺も分かっていない。


 フェデリコさんは溜め息だ。

「もういい。荷物の整理をする。中に入るぞ」


 *


 外から見ても廃墟だったが、中に入っても廃墟だった。

 ただ、意外と崩落していない。造りが簡素だからだろうか。兵士の詰め所だったのだろう。つまり食事をし、寝泊りするだけの場所だ。ベッドなどは焼け落ちて、完全に朽ちているが。


「ふーん、暖炉は無事みたい。これなら生活できるじゃん」

「当然だ。生活のための場所だからな」

 いまさら追い返す気もないのか、フェデリコさんはカエデさんを受け入れているようだった。

 フェデリコさんからすれば、追加料金を払うことなく作業員がついてきたのだから、追い払うだけマイナスなのかもしれない。

「あたし、ここに住もうかにゃ」

「拒否する」

「なんで?」

「ここは私の研究所にするからだ。やかましくされたらかなわん」

「ケチ! ドケチ!」

 またケンカが始まりそうだ。


「俺、ちょっと片付けますね」

 この二人の言い合いに巻き込まれるのは疲れる。

 体を動かしていたほうがいい。


 *


 結局、あれこれ片付けているうちに日が暮れてしまった。

 倉庫で兵士たちの装備も見つかったけど、腐食していて使い物になりそうもなかった。売ってもお金にならないレベルだ。


「すまんな、給与外労働をさせてしまった」

「ホントだにゃ! 追加料金払えにゃ!」

 口を開けばケンカばかり。


 だが、暖炉の火を起こしたのもカエデさんだし、料理を用意してくれたのもカエデさんだった。なにをするのも手際がいい。


 フェデリコさんは皮肉めいた笑みを浮かべた。

「なるほど。では君のことは使用人として雇ってやってもいい」

「月500リラを要求するにゃ」

「そこから宿代などの諸経費を差し引いて、50リラなら契約しよう」

「なんだそれ! 搾取だにゃ!」

「不満かな? ではクビだ。出て行っていいぞ」

「ぐぬぅ! マルコ! こいつ人間のクズだにゃ! お前もなんか言ってやれにゃ!」

 なにか言ったら、事態を悪化させる。

 頭のよくない俺にも、それくらいのことは分かる。


 それにしても、また味噌汁だ。

 疲れた体によく染みる。

 味も好きになってきた。


「それにしても、海の向こうの人間は、こんな奇妙なスープを好んで飲むのか?」

 フェデリコさんの皮肉に、またカエデさんは言い返すのかと思ったが、意外とそんなこともなく、かすかに溜め息をついただけだった。

「ま、どこ行っても同じこと言われるんだから、きっとそうなんだろうにゃ……。けど長持ちするし、栄養満点なんだよ。毎日飲めば健康にもいいにゃ」

「いや、悪く言うつもりはなかった。食文化というものは多様だからな。これも君の故郷の知恵が詰まっているのだろう」

「なんだ急に。黙って飲めにゃ」

「ふん」

 カエデさんの故郷というのは、ネコ族なんだろうか?

 人間にしか見えないが。


 味噌汁だけでなく、干し肉もある。

 山賊たちの砦から大量に巻き上げたものだ。これを味噌汁と一緒に食うとうまい。


 フェデリコさんは、ふと、食事の手を止めた。

「で、遺跡のことなんだが……。じつは悪い予感があってな」

「悪い予感?」

 俺も不安になって聞き返した。

 機械人形のことだろうか? ギルドのおばさんは、機械人形が動くなんてことはないと言っていた。酔っ払いの見間違えだろうとも。

「おそらく、機械人形が駆動している」

「えっ?」

「そもそも私が王都から左遷……派遣されたのも、名目上は、世界の異変を調査するためなのだ」

「左遷?」

「マルコくん、そういうところだぞ。気にすべきは『異変』のほうだ。いいか? 君たちは知らないかもしれないが、いま、世界各地で魔力のバランスが崩れつつある」

「魔力のバランス?」

 というか、そういうところって?

 俺、やっぱりダメなのか?


 フェデリコさんは咳払いだ。

「専門の研究機関が、世界各地で魔力の総量を観測していてな。まあ観測の精度もそう高くないし、普段からムラのある数字しか出てこないんだが。ただ、ここ数年、一貫して上昇傾向にあってな。上昇の顕著な地域では、魔力の暴走が原因とおぼしき異変も起き始めている。遺跡の調査員が、機械人形に殺されたという報告もある」

「え、機械人形に?」

「さだかな情報ではない。遺体の位置や返り血など、現場の状況だけ見れば、機械人形に殺害されたとしか思えないのだが……。肝心の機械人形が静止していてな。専門家が動かそうとしても、まったく動かない。だから、機械人形の仕業と見せかけて、誰か別の誰かが調査員を殺害したということになった」

 なら、機械人形じゃないかもしれない。

 けど、フェデリコさんの表情は冴えなかった。

「こんな事件が一件限りなら、機関も無視したかもしれない。だが、一件どころではなかったのだ。同様の事件が各所から報告されている。それも、決まって魔力の総量の高い地域でな」

「なるほど」

 八割くらい分からないけど……。

 とにかく、機械人形が動くかもしれないのだ。


 カエデさんが味噌汁をずずずとすすって、カップを置いた。

「んで? 魔力の総量とやらは、ここでも上昇してるのかにゃ?」

「……」

 フェデリコさん、なぜか無視。

 いや、返事に困っているのか。

「えっ? 上昇してるの? してないの? どっちにゃの?」

「ふん。言いたくないが、ここは辺境の地だぞ。観測に必要な機材も老朽化している。その上、領主どのは根っからの魔法嫌いと来ている。信用に値するデータは存在しないと思って欲しい」

「はぁ? じゃあ、なんの根拠もねーのと同じにゃ」

「黙れ。データがない、という客観的事実を受け入れた上で、我々は調査する必要があるのだ。もし現場で命を落としても、私にはなんの保証もできない。そのことをあらかじめ理解しておいてくれ」


 死ぬかもしれない、ということだ。

 俺は別に構わない。

 もっとも大事なものを失ったのだ。

 いや、失ったどころか、拒絶されたのだ。

 生きる意味がない。


「俺は行きますよ。契約したんで」

「ジョヴァンニくんが君を連れてきたときは、正直、頼りなさそうに見えたが……」

 まあそうなんだろう。

 俺には、人として大事ななにかが決定的に足りていないのだ。

 どう言われても反論できない。


 フェデリコさんはふっと笑った。

「だが、勘違いしないで欲しい。俺は、今回の調査で誰にも死んで欲しくないのだ。君たちを捨て駒にするつもりはない。だからこそ事前にこうして説明している。意味は分かるな?」

「危なくなったら逃げろと?」

「ああ。依頼主である俺の命を守った上でな」

「了解」

 契約は守る。

 契約さえ守れなくなったら、そのときは、もう最低限のなにかさえ失うことになる。


(続く)

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