ラ・ネロ防衛戦(二)
魔族が一人、また一人と倒れていった。
エネルギーの消耗が激しすぎるのだろう。
黒の魔女が、ほとんど一人でエネルギーを供給している状態だ。
「ほら、人間……。十分な距離まで移動したぞ……」
喋っているうちに、別の魔族が倒れた。
しかしフェデリコさんに焦った様子はない。
「最大レベルで出力できるかね?」
「愚かもの……浮かせるだけで精一杯だよ……」
つまり、撃てない、ということだ。
動揺した兵たちが、キョロキョロし始めた。
逃げる準備が始まったのだ。
ここで誰かが逃げ出せば、瓦解が始まるかもしれない。
「どうするのだ人間……」
「機械の設計に問題はなかったが、エネルギーの供給源については計算が回らなかったな」
「いまそんなことを言っている場合か……? 早くしないと落ちるぞ!」
また魔族が倒れた。連続的に。
残ったのはついに黒の魔女だけになってしまった。
俺も見ていられなかった。
「フェデリコさん! 人間にも魔法の素養がある人がいますよね! この中から集めて手伝いましょう!」
「その提案は非現実的だな。出力が足りない。魔女よ、敵の装置の上にそれを落とせるか?」
はい?
落とす?
物理的に?
黒の魔女は鼻血を出している。
「いいのかい……? あんたらの秘密兵器なんだろう……?」
「結構。大事なのは、目的を達成することだ。使える道具はなんでも構わん。壊れたらまた作ればいい」
「ではやるぞ……」
本当に?
武骨な球体は、徐々に高度を落としていった。
はじめはゆっくりと。
だがすぐに加速がついた。
それは国王軍の球体に衝突し、派手にパーツをぶちまけた。
だが、落ちたのは、こちらの太陽だけであった。
国王軍の装置は、少しふらついたものの、高度を保ち続けていた。
もはやここまでか……。
いや、違う。
敵の装置が、バーンと炎をまき散らしながら四散した。
残骸が、戦場に降り注いでいる。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
兵たちが興奮して声をあげた。
街が開門し、ラ・ネロの騎馬隊が外へ出てきた。
「ラ・ヴェルデの諸君、よくやった。あとは我々に任せよ」
温存されていた主力部隊だ。
騎馬隊が突撃を開始すると、大地を蹴る蹄鉄の音が響き渡り、土煙が巻き上がった。
倒れてぐったりとした魔女に、俺は駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫ではない……。人間め……。もう二度と手を貸さぬぞ……」
俺はそこらの布で鼻血を拭ってやった。
「あとは任せてください。絶対に勝ちます」
「ふん」
もっとも、魔女にとっては、俺たちが勝つかどうかはどうでもいいことだろう。
金さえ手に入ればいいのだ。
赤鼻は、しかしうなずかなかった。
「おい、デカブツ。なに勝手に出動しようとしてんだ。他人のケツは追うなと言っただろ。俺の命令を待てよ」
「え、でも……」
「なんだよ? 知らねぇのか? それとも忘れてやがんのか? 敵の指揮官は、あのレコンキスタ将軍だぞ。こいつは機械を壊したくらいで勝てる戦じゃねぇんだ。おとなしく座ってろ」
「はい」
そういえばそうだった。
国王軍には、常勝無敗の将軍がいる。
赤鼻は望遠鏡を使った。
「勇ましき騎馬突撃。ちょっと前ならともかく、いつまでも通じる戦法じゃねぇ。戦争ばっかしてるとな、戦争以外のあらゆるものが衰退するんだ。その代わり、戦争だけは進歩しやがる。あの将軍、装置が落とされるのを予想してたみてぇだな。たぶんここからが本番だぜ……」
鳥肌が立った。
あれだけの装置を所有していたら、それに頼りたくなる。実際、国王軍はそれに頼った戦闘を続けているかに見えた。だが、将軍はその後の展開もちゃんと用意していたのだ。用意しなければ、生き残れない戦場なのだ。
俺は、目の前のことにしか意識がいっていなかった。
自分が指揮官じゃなくてよかった。もしそうなら絶対に負けていた。
「見ろよ、敵の布陣を。密集して長槍を構えてな、突っ込んできた馬を串刺しにするんだ。シンプルな戦術だが、これが強い」
「じゃあ、ラ・ネロの騎馬隊は……?」
「ふむ。もう壊滅状態だぞ。ま、おそらくあれが主力だろうから、ラ・ネロはもうシマイだな」
「そんな……」
俺たちは、それを見ているだけ?
赤鼻は立ち上がった。
「だが、道はできた」
「行くんですか?」
「ああ。だが、俺たちじゃない」
なら、誰が?
伝令兵が駆け寄ってきた。
「神聖ポテト騎士団、コーヒー騎士団、その他、自由都市の義勇兵、まもなく到着とのこと!」
「よろしい」
援軍……なのか?
赤鼻は肩をすくめた。
「そういや、まだ言ってなかったか。アルトゥーロに兵の手配を頼んでおいたんだ。もっと遅れるかと思ったが、意外と手際がよかったな」
徴兵をするのではなく、金で傭兵を雇ったのか。
傭兵なら装備もセットでついてくる。
悪い選択肢ではない。
遠くから歌が聞こえた。
「おーおー! ポテト! ポテト! ポテト!」
戦場で何度も聞かされて、ほとんどトラウマみたいな歌だが……。いまは嬉しさのほうが上回った。
「さて、そろそろ前へ出るか。馬車を前進させるぞ。デカブツも手を貸せ」
「はい!」
馬車を壁として使うことで、それは移動可能な要塞のように機能する。
ラ・ネロの騎馬突撃は成功とは言えなかったが、敵の戦線を押し下げることには成功していた。
おかげで、こちらが前進する空間が生まれていた。
*
布陣を新たにし、国王軍へ近づいた。
戦いはあちこちでぐちゃぐちゃに続いており、戦況は泥沼の様相を呈していた。
これでは作戦もなにもあったものではない気がするが。
「狙撃部隊はここに留まって援護せよ。長槍には騎兵を任せる。他の兵は、ラ・ネロに加勢してやれ。なるべく死ぬな。死ぬくらいなら逃げろ。では始め」
戦況は読めない。
だが、少なくとも不利ではなかった。
援軍の到着により、士気もあがっていた。
俺たちは駆けた。
戦うんだ。
そして、こんなことは、もうおしまいにするんだ。
敵陣に近づいて、俺はハルバードを振るった。
刃が旋回する。
ただの一撃で、数名の命が散った。
みんな最初は小さな子供だった。
長い時間をかけて大人になった。
なのに、こんな戦場で、あっけなく死んでしまう。
「おーおー! ポテト! ポテト! ポテト!」
やっぱりうるさい!
ポテト騎士団は大きな盾を片手に、メイスで敵を殴りつけてゆく。敵の装甲などお構いなしだ。強いから数が減らない。歌もうるさいまま。
またトラウマになりそうだ。
コーヒー騎士団は長槍を構え、騎馬隊の突撃を止めている。
義勇兵は、装備もバラバラだし、おっかなびっくりだけど……。一人だけやたら強いのがいる。強いだけでなく優雅だ。舞うように戦っている。
あの片刃の直剣は……ヤスミーンさんだ!
みんな自分の命をかけて戦ってる。
弱音を吐いている場合じゃない。
*
戦いは優勢のまま進んだ。
圧倒的といっていい。
だが……。
「ひいぃっ!」
あるときから壊走する味方が増えた。
理由は明白。
敵にも援軍がやってきたのだ。
彼らは、異様、だった。
見た目もさることながら、戦い方が普通ではなかった。砂をかけたり、なんだか分からない液体をかけたりして戦った。しかも勝ったあとで、死体を無残に切り刻む。まともではない。
「劇団グラン・ギニョールだな。最低最悪の傭兵団だよ。まさか国王軍に雇われてたとはな」
近くに来たヤスミーンさんが教えてくれた。
俺は頭部の装甲を開いた。
「あ、マルコです」
「分かっている。あれほど強引にハルバードを振り回すのは、貴様くらいのものだからな」
「強引ですか?」
「ああ。だが、悪くはない。重量を活かしたいい戦法だ。我々でグラン・ギニョールを潰そう。私が突っ込んで攪乱する。貴様はその背後を突け」
「はい!」
グラン・ギニョールは、見た目も装備もバラバラ。
大きなもの、小さなもの、太っているもの、痩せているもの、いろいろいた。
それぞれが、自分の身体を活かして動いている。
ただの悪趣味な戦闘狂ではない。実力を見誤ると負ける。
ヤスミーンさんは疾風のように駆けた。
身を伏せて攻撃を回避し、すれ違いざまに足を斬った。大地を転がり、進路を反転させ、また駆けた。グラン・ギニョールの連中を、一瞬で翻弄してしまった。
俺はその混乱の中へ身を投じる。
遠心力でハルバードを振り回す。
敵の身体が二つに裂ける。その裂け目から別のが襲ってくる。俺は装甲で受ける。なにもかもがメチャクチャだ。戦いというよりは、グロテスクな食い合いに近い。
必要以上の血が流れた。
*
グラン・ギニョールは片付いた。
「はぁ、クソ……。あいつらの動きときたら……」
返り血を拭いながら、ヤスミーンさんは苦情を口にした。
軌道が読めないから、回避するのは大変だったろう。
装甲で受けている俺と違って、彼女はすべて回避しないといけない。
「少し休んでてください。残りは俺が片付けます」
「ふん。そうさせてもらうよ」
俺の眼前には、いつしか巨大な馬が迫っていた。馬上には大きな男。アーロン・レコンキスタ将軍だ。彼は重たい装甲をものともせず、だんと地上へおりてきた。
「見事な戦いぶりだ」
「マルコです」
俺が顔を見せると、彼はうなずいた。
「覚えているぞ。会うのは三度目だな」
「はい」
降伏しに来たのだろうか?
仲間を連れていないが。
いや、将軍は剣を抜いた。
輝くような刃の、長い剣だ。
「我が軍はすでに壊滅した。だが、私が生きている限り、敗北とは認めん。決着をつけようじゃないか、マルコ」
「た、戦うつもりですか?」
「当然だろう。ここは戦場だぞ。武人として、将として、戦場に背を向けることはできん」
「分かりました」
本気だ。
眼光を見れば分かる。
俺は機械装甲を解除して、生身になった。
「なんのつもりだ?」
「最後くらい、機械に頼らず戦いたいんです」
「最後、か。なるほど。望むところだ」
どういう意味で納得したのかは分からない。
あるいは俺と同じ考えなのか。
将軍は鋼鉄の胸当てを剥ぎ取り、大地へ投げ捨てた。
「これで五分。負けても恨むなよ」
「はい!」
将軍は剣を振ってきた。
トリッキーではない、基礎的な動き。そして踏み込みが強く、しかも速い。
俺はハルバードで受けるのがやっとだった。のみならず、重量では勝っているはずなのに、わずかに崩されてしまった。力とスピードが高度に調和している。腕力だけの人ではない。
追撃が来たので、俺はなんとか受けながらも大きく後退して距離をとった。
「はぁ……はぁ……」
この人は、負けるために戦っているのではない。
勝つつもりでいる。
自分のことに集中しなければ死ぬ。
ハルバードに付与された雷撃は、とっくに使い果たしていた。
いまはただの金属。
実力で勝つしかない。
「どうした? お前の力はそんなものか?」
「まだまだ!」
俺は突き込んだ。武器のリーチはこちらが有利。
ところが将軍は剣でうまくいなして、こちらへ距離を詰めてきた。
いつかの悪夢が頭をよぎる。
俺は大袈裟なくらいに身を捌いて、横ざまに飛んだ。そのスレスレを、剣が通り過ぎる。
転がりながら、なんとか立ち上がった。
強い。
というより、冷静なのだ。すべてをよく見て、正しく対処している。基礎がしっかりしている。そして基礎だけで戦っている。砦のようにがっしりしていて、崩せない。
いや、そうは言うものの。
たまに妙な隙を見せる。
よく分からない隙があるのだ。
「まだまだ! 全力で来い!」
「はい!」
小細工はなしだ。
力いっぱい地面へ踏み込む。
そして力いっぱい振る。
ガァンと金属音がした。
この一撃は、さすがに上手くいなせなかったらしい。将軍の切り返しは、少し遅れた。こちらに追撃のチャンスがあった。
ハルバードを叩きつける。
後ろへ崩れる。
さらに打ち込む。
最後の一撃を放とうと思ったそのとき、命中する前に将軍が崩れた。
なにかが起きた。
止めるべきか?
躊躇はあった。
だが、俺は振り切った。
「がはッ……」
将軍は、だーんと大の字になって倒れた。
脇腹にも出血があった。
これは、いまの攻撃によるものではない。
「将軍、その傷は……」
「事故のようなものだ……。だが、将として、敵にそこまで迫られた時点で敗北したも同じ……」
「なのに戦いを?」
「レコンキスタの頭領が、名もなき雑兵にやられたとあっては面目が立たんからな……。最後くらい、英雄と相まみえたかった……」
「俺は英雄じゃありません」
「失望させるな……。俺が英雄だと言ったのだ……。お前は英雄だ……」
「はい」
出血がひどい。
もう呼吸をするのも苦しそうだ。
「では、英雄としてお命を頂戴いたします」
「うむ……」
*
国王軍は壊滅した。
俺たちは、戦いに勝利したのだ。
兵たちは喜んでいた。
ラ・ネロからも感謝の言葉をもらった。
だが、それだけだ。
振り向けば、おびただしい数の死体が転がっていた。
こんな殺戮に、勝者も敗者もあるものか……。
(続く)




