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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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ラ・ネロ防衛戦(二)

 魔族が一人、また一人と倒れていった。

 エネルギーの消耗が激しすぎるのだろう。


 黒の魔女が、ほとんど一人でエネルギーを供給している状態だ。

「ほら、人間……。十分な距離まで移動したぞ……」

 喋っているうちに、別の魔族が倒れた。


 しかしフェデリコさんに焦った様子はない。

「最大レベルで出力できるかね?」

「愚かもの……浮かせるだけで精一杯だよ……」

 つまり、撃てない、ということだ。


 動揺した兵たちが、キョロキョロし始めた。

 逃げる準備が始まったのだ。

 ここで誰かが逃げ出せば、瓦解が始まるかもしれない。


「どうするのだ人間……」

「機械の設計に問題はなかったが、エネルギーの供給源については計算が回らなかったな」

「いまそんなことを言っている場合か……? 早くしないと落ちるぞ!」

 また魔族が倒れた。連続的に。

 残ったのはついに黒の魔女だけになってしまった。


 俺も見ていられなかった。

「フェデリコさん! 人間にも魔法の素養がある人がいますよね! この中から集めて手伝いましょう!」

「その提案は非現実的だな。出力が足りない。魔女よ、敵の装置の上にそれを落とせるか?」


 はい?

 落とす?

 物理的に?


 黒の魔女は鼻血を出している。

「いいのかい……? あんたらの秘密兵器なんだろう……?」

「結構。大事なのは、目的を達成することだ。使える道具はなんでも構わん。壊れたらまた作ればいい」

「ではやるぞ……」


 本当に?


 武骨な球体は、徐々に高度を落としていった。

 はじめはゆっくりと。

 だがすぐに加速がついた。

 それは国王軍の球体に衝突し、派手にパーツをぶちまけた。


 だが、落ちたのは、こちらの太陽イル・ソーレだけであった。

 国王軍の装置は、少しふらついたものの、高度を保ち続けていた。


 もはやここまでか……。


 いや、違う。

 敵の装置が、バーンと炎をまき散らしながら四散した。

 残骸が、戦場に降り注いでいる。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 兵たちが興奮して声をあげた。


 街が開門し、ラ・ネロの騎馬隊が外へ出てきた。

「ラ・ヴェルデの諸君、よくやった。あとは我々に任せよ」

 温存されていた主力部隊だ。

 騎馬隊が突撃を開始すると、大地を蹴る蹄鉄の音が響き渡り、土煙が巻き上がった。


 倒れてぐったりとした魔女に、俺は駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫ではない……。人間め……。もう二度と手を貸さぬぞ……」

 俺はそこらの布で鼻血を拭ってやった。

「あとは任せてください。絶対に勝ちます」

「ふん」

 もっとも、魔女にとっては、俺たちが勝つかどうかはどうでもいいことだろう。

 金さえ手に入ればいいのだ。


 赤鼻は、しかしうなずかなかった。

「おい、デカブツ。なに勝手に出動しようとしてんだ。他人のケツは追うなと言っただろ。俺の命令を待てよ」

「え、でも……」

「なんだよ? 知らねぇのか? それとも忘れてやがんのか? 敵の指揮官は、あのレコンキスタ将軍だぞ。こいつは機械を壊したくらいで勝てる戦じゃねぇんだ。おとなしく座ってろ」

「はい」


 そういえばそうだった。

 国王軍には、常勝無敗の将軍がいる。


 赤鼻は望遠鏡を使った。

「勇ましき騎馬突撃。ちょっと前ならともかく、いつまでも通じる戦法じゃねぇ。戦争ばっかしてるとな、戦争以外のあらゆるものが衰退するんだ。その代わり、戦争だけは進歩しやがる。あの将軍、装置が落とされるのを予想してたみてぇだな。たぶんここからが本番だぜ……」


 鳥肌が立った。

 あれだけの装置を所有していたら、それに頼りたくなる。実際、国王軍はそれに頼った戦闘を続けているかに見えた。だが、将軍はその後の展開もちゃんと用意していたのだ。用意しなければ、生き残れない戦場なのだ。

 俺は、目の前のことにしか意識がいっていなかった。

 自分が指揮官じゃなくてよかった。もしそうなら絶対に負けていた。


「見ろよ、敵の布陣を。密集して長槍を構えてな、突っ込んできた馬を串刺しにするんだ。シンプルな戦術だが、これが強い」

「じゃあ、ラ・ネロの騎馬隊は……?」

「ふむ。もう壊滅状態だぞ。ま、おそらくあれが主力だろうから、ラ・ネロはもうシマイだな」

「そんな……」

 俺たちは、それを見ているだけ?


 赤鼻は立ち上がった。

「だが、道はできた」

「行くんですか?」

「ああ。だが、俺たちじゃない」

 なら、誰が?


 伝令兵が駆け寄ってきた。

「神聖ポテト騎士団、コーヒー騎士団、その他、自由都市の義勇兵、まもなく到着とのこと!」

「よろしい」

 援軍……なのか?


 赤鼻は肩をすくめた。

「そういや、まだ言ってなかったか。アルトゥーロに兵の手配を頼んでおいたんだ。もっと遅れるかと思ったが、意外と手際がよかったな」

 徴兵をするのではなく、金で傭兵を雇ったのか。

 傭兵なら装備もセットでついてくる。

 悪い選択肢ではない。


 遠くから歌が聞こえた。

「おーおー! ポテト! ポテト! ポテト!」

 戦場で何度も聞かされて、ほとんどトラウマみたいな歌だが……。いまは嬉しさのほうが上回った。


「さて、そろそろ前へ出るか。馬車を前進させるぞ。デカブツも手を貸せ」

「はい!」

 馬車を壁として使うことで、それは移動可能な要塞のように機能する。

 ラ・ネロの騎馬突撃は成功とは言えなかったが、敵の戦線を押し下げることには成功していた。

 おかげで、こちらが前進する空間が生まれていた。


 *


 布陣を新たにし、国王軍へ近づいた。


 戦いはあちこちでぐちゃぐちゃに続いており、戦況は泥沼の様相を呈していた。

 これでは作戦もなにもあったものではない気がするが。


「狙撃部隊はここに留まって援護せよ。長槍には騎兵を任せる。他の兵は、ラ・ネロに加勢してやれ。なるべく死ぬな。死ぬくらいなら逃げろ。では始め」


 戦況は読めない。

 だが、少なくとも不利ではなかった。

 援軍の到着により、士気もあがっていた。


 俺たちは駆けた。

 戦うんだ。

 そして、こんなことは、もうおしまいにするんだ。


 敵陣に近づいて、俺はハルバードを振るった。

 刃が旋回する。

 ただの一撃で、数名の命が散った。


 みんな最初は小さな子供だった。

 長い時間をかけて大人になった。

 なのに、こんな戦場で、あっけなく死んでしまう。


「おーおー! ポテト! ポテト! ポテト!」


 やっぱりうるさい!

 ポテト騎士団は大きな盾を片手に、メイスで敵を殴りつけてゆく。敵の装甲などお構いなしだ。強いから数が減らない。歌もうるさいまま。

 またトラウマになりそうだ。


 コーヒー騎士団は長槍を構え、騎馬隊の突撃を止めている。


 義勇兵は、装備もバラバラだし、おっかなびっくりだけど……。一人だけやたら強いのがいる。強いだけでなく優雅だ。舞うように戦っている。

 あの片刃の直剣は……ヤスミーンさんだ!


 みんな自分の命をかけて戦ってる。

 弱音を吐いている場合じゃない。


 *


 戦いは優勢のまま進んだ。

 圧倒的といっていい。


 だが……。

「ひいぃっ!」

 あるときから壊走する味方が増えた。

 理由は明白。

 敵にも援軍がやってきたのだ。


 彼らは、異様、だった。


 見た目もさることながら、戦い方が普通ではなかった。砂をかけたり、なんだか分からない液体をかけたりして戦った。しかも勝ったあとで、死体を無残に切り刻む。まともではない。


「劇団グラン・ギニョールだな。最低最悪の傭兵団だよ。まさか国王軍に雇われてたとはな」

 近くに来たヤスミーンさんが教えてくれた。

 俺は頭部の装甲を開いた。

「あ、マルコです」

「分かっている。あれほど強引にハルバードを振り回すのは、貴様くらいのものだからな」

「強引ですか?」

「ああ。だが、悪くはない。重量を活かしたいい戦法だ。我々でグラン・ギニョールを潰そう。私が突っ込んで攪乱する。貴様はその背後を突け」

「はい!」


 グラン・ギニョールは、見た目も装備もバラバラ。

 大きなもの、小さなもの、太っているもの、痩せているもの、いろいろいた。

 それぞれが、自分の身体を活かして動いている。

 ただの悪趣味な戦闘狂ではない。実力を見誤ると負ける。


 ヤスミーンさんは疾風のように駆けた。

 身を伏せて攻撃を回避し、すれ違いざまに足を斬った。大地を転がり、進路を反転させ、また駆けた。グラン・ギニョールの連中を、一瞬で翻弄してしまった。


 俺はその混乱の中へ身を投じる。

 遠心力でハルバードを振り回す。

 敵の身体が二つに裂ける。その裂け目から別のが襲ってくる。俺は装甲で受ける。なにもかもがメチャクチャだ。戦いというよりは、グロテスクな食い合いに近い。


 必要以上の血が流れた。


 *


 グラン・ギニョールは片付いた。


「はぁ、クソ……。あいつらの動きときたら……」

 返り血を拭いながら、ヤスミーンさんは苦情を口にした。

 軌道が読めないから、回避するのは大変だったろう。

 装甲で受けている俺と違って、彼女はすべて回避しないといけない。

「少し休んでてください。残りは俺が片付けます」

「ふん。そうさせてもらうよ」


 俺の眼前には、いつしか巨大な馬が迫っていた。馬上には大きな男。アーロン・レコンキスタ将軍だ。彼は重たい装甲をものともせず、だんと地上へおりてきた。

「見事な戦いぶりだ」

「マルコです」

 俺が顔を見せると、彼はうなずいた。

「覚えているぞ。会うのは三度目だな」

「はい」


 降伏しに来たのだろうか?

 仲間を連れていないが。


 いや、将軍は剣を抜いた。

 輝くような刃の、長い剣だ。

「我が軍はすでに壊滅した。だが、私が生きている限り、敗北とは認めん。決着をつけようじゃないか、マルコ」

「た、戦うつもりですか?」

「当然だろう。ここは戦場だぞ。武人として、将として、戦場に背を向けることはできん」

「分かりました」

 本気だ。

 眼光を見れば分かる。


 俺は機械装甲を解除して、生身になった。

「なんのつもりだ?」

「最後くらい、機械に頼らず戦いたいんです」

「最後、か。なるほど。望むところだ」

 どういう意味で納得したのかは分からない。

 あるいは俺と同じ考えなのか。

 将軍は鋼鉄の胸当てを剥ぎ取り、大地へ投げ捨てた。

「これで五分。負けても恨むなよ」

「はい!」


 将軍は剣を振ってきた。

 トリッキーではない、基礎的な動き。そして踏み込みが強く、しかも速い。

 俺はハルバードで受けるのがやっとだった。のみならず、重量では勝っているはずなのに、わずかに崩されてしまった。力とスピードが高度に調和している。腕力だけの人ではない。


 追撃が来たので、俺はなんとか受けながらも大きく後退して距離をとった。


「はぁ……はぁ……」

 この人は、負けるために戦っているのではない。

 勝つつもりでいる。

 自分のことに集中しなければ死ぬ。


 ハルバードに付与された雷撃は、とっくに使い果たしていた。

 いまはただの金属。

 実力で勝つしかない。


「どうした? お前の力はそんなものか?」

「まだまだ!」

 俺は突き込んだ。武器のリーチはこちらが有利。

 ところが将軍は剣でうまくいなして、こちらへ距離を詰めてきた。

 いつかの悪夢が頭をよぎる。

 俺は大袈裟なくらいに身を捌いて、横ざまに飛んだ。そのスレスレを、剣が通り過ぎる。


 転がりながら、なんとか立ち上がった。

 強い。

 というより、冷静なのだ。すべてをよく見て、正しく対処している。基礎がしっかりしている。そして基礎だけで戦っている。砦のようにがっしりしていて、崩せない。


 いや、そうは言うものの。

 たまに妙な隙を見せる。

 よく分からない隙があるのだ。


「まだまだ! 全力で来い!」

「はい!」


 小細工はなしだ。

 力いっぱい地面へ踏み込む。

 そして力いっぱい振る。


 ガァンと金属音がした。


 この一撃は、さすがに上手くいなせなかったらしい。将軍の切り返しは、少し遅れた。こちらに追撃のチャンスがあった。

 ハルバードを叩きつける。

 後ろへ崩れる。

 さらに打ち込む。


 最後の一撃を放とうと思ったそのとき、命中する前に将軍が崩れた。

 なにかが起きた。

 止めるべきか?

 躊躇はあった。

 だが、俺は振り切った。


「がはッ……」

 将軍は、だーんと大の字になって倒れた。

 脇腹にも出血があった。

 これは、いまの攻撃によるものではない。


「将軍、その傷は……」

「事故のようなものだ……。だが、将として、敵にそこまで迫られた時点で敗北したも同じ……」

「なのに戦いを?」

「レコンキスタの頭領が、名もなき雑兵にやられたとあっては面目が立たんからな……。最後くらい、英雄と相まみえたかった……」

「俺は英雄じゃありません」

「失望させるな……。俺が英雄だと言ったのだ……。お前は英雄だ……」

「はい」


 出血がひどい。

 もう呼吸をするのも苦しそうだ。


「では、英雄としてお命を頂戴いたします」

「うむ……」


 *


 国王軍は壊滅した。

 俺たちは、戦いに勝利したのだ。


 兵たちは喜んでいた。

 ラ・ネロからも感謝の言葉をもらった。


 だが、それだけだ。


 振り向けば、おびただしい数の死体が転がっていた。

 こんな殺戮に、勝者も敗者もあるものか……。


(続く)

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