ラ・ネロ防衛戦(一)
いつか来る、いつか来る、そう思っているうちは来ないのに、来ないと思っていると来る。
なんでもそうだ。
「動くなよ。十分に引きつけるんだ。誰かが突出しても、絶対にそいつのケツを追うな。待った方が有利なんだからな。バカでも分かるよな?」
小太りのおじさんが、偉そうに指示を飛ばしてくる。
行方不明になっていた赤鼻だ。
いまは金で雇われて、俺たちの指揮官を引き受けている。
ここは黒の領域ラ・ネロ。
国王軍とラ・ネロが戦っている。
いちおう、敵味方が分かるように腕章をつけているし、旗持ちもいるのだが、両者入り乱れており、すでになにがなにやら分からなくなっている。
混在する兵を、国王軍は容赦なく焼いた。味方だろうが容赦なく。
味方の兵で敵兵を足止めしておいて、浄化の炎で焼き払う。もはやそんな作戦しか取れなくなっているようだった。
「むごい戦いだね」
マティルダさんが顔をしかめた。
アルトゥーロさんは参加していない。
というより、どうせ前へ出ようとするので、みんなで参加させないようにしたのだ。開戦早々、副総統が討ち死になんてことになれば、現場の士気にかかわる。
俺たちはいま、ラ・ネロの街の外に布陣している。
先頭には、鉄板で強化した馬車を並べ、簡単な砦にしてある。その砦に隠れているのはマティルダさんたちの狙撃部隊。狙撃とはいうが、最新式のピストルだけでなく、弓やクロスボウ、それに石まで使う。
まあ人間相手なら、これで一方的に勝てるらしい。
とはいえ、国王軍には機械人形がいる。
馬車では止められない。
代わりに、フェデリコさんたちの科学部隊が、「太陽」で焼くことになっている。
この装置の動力源は「魔族」だ。人力でエネルギーを供給し、それを一ヵ所に集めて使用する。黒の魔女も、このエネルギー源として雇われた。彼女はこのあと5万リラ分のエネルギーを搾り取られる予定だ。
俺は機械装甲を使う。
過剰に攻め込んだりはしない。
機動力を活かして、他のみんなを守るのが役目だ。
ああ、それにしても。
空に浮かんだ巨大な球体が、平然と大地を焼いている。
鮮やかな大草原があっけなく焦土となる。
熱にあぶられた兵たちは、踊るように逃げまどう。
こんなのは戦闘ではない。
虐殺だ。
「まだ動くなよ。引きつけろ」
赤鼻は鷹揚に構えている。
悪く言えば、気の抜けたような態度。
その代わり、兵に対するプレッシャーもない。
彼は突撃を命じたりはしない。馬車の裏に隠れて戦えばいいのだ。
フェデリコさんがやってきた。
「準備が整った。司令官、飛ばしても構わないか?」
軍装というのだろうか、ゆったりした服ではなく、袖口やズボンの裾がきゅっと締まった服を着ている。
赤鼻はふんと鼻で笑った。
「いつでもやってくれ。俺の頭の上でなけりゃ、どこを焼いても構わん」
「結構」
フェデリコさんは後ろへ向き直り、手でサインを出した。
キュイン、という、甲高い音がした。
装置に魔力を送る段階で、ケーブルなどが「鳴く」のだという。
「浮上します!」
技術者が告げた。
球体の浮かぶのが見えた。
国王軍の所持するなめらかな球体とは違い、金属板でなんとか固めただけの武骨な球体だ。小さなパーツの落ちるのが見えた。大丈夫なんだろうか。
それでも、モノが浮くというのは滅多に見られる光景ではない。
俺たちはみんな、それが空高く浮き上がるのを見ていた。
これから大地を焼く兵器を……。
エネルギー源となる魔族たちは、三十名はいるだろうか。それぞれケーブルを握って集中している。
特に魔力に秀でたメンバーが選抜されているはずだが、エネルギーを奪われて苦しそうだ。
平然としているのは黒の魔女だけ。というか、力を使っているのかどうかさえ分からない。
「黒の魔女、出力をあげたまえ」
フェデリコさんの言葉に、魔女は幼い顔をしかめた。
「ったく、素人ってのはこれだから困るね。私が出力をあげたら、あの装置は爆発しちまうよ。わざと手加減しながら調整してるんだ。黙って見てな」
こちらの球体は、細いケーブルでつながれている。
途中で切断されたら落ちてしまうらしい。
絶対に守らないと。
これを相手の球体より高く浮かせて、上から焼く。
成功すれば、こちらが圧倒的に有利になる。
だが、もし失敗したら?
それは考えたくもない。
想像しうる、あらゆる損害をこうむることになるだろう。
「もっと高く浮かせられないか?」
「いいだろう」
フェデリコさんのオーダーに、黒の魔女がうなずいた。
すると球体は、ぐーんと浮上した。何頭もの馬で運んできた金属の塊が、魔法の力で信じられないほど浮上してゆく。
「一時の方向に敵兵だ。狙撃せよ」
赤鼻が号令すると、石と矢とボルトが一斉にそちらへ放たれた。
大群ではなかった。ケーブルを切るために近づいてきた工作兵だろう。
こちらの兵の練度は高かった。工作兵は近づくこともできず、すべて倒れた。
「お次は弓で落とそうとしてくるかもな。よし、デカブツ。少し暴れて来い。あんまり前に出るなよ。焼かれるからな」
「はい」
俺の出番だ。
暴れるといっても、戦闘はしなくていい。戦っているフリだけで。
俺はハルバードを構え、駆け出した。
天気は良好。
みんな戦争なんてやめて、ピクニックでもしたらいいんだ。
俺が突っ込んでいくと、敵も味方も道を開けた。
それでいい。
ぶつかると危ない。
できれば誰も死ぬ必要はないのだから。
前進していた敵の弓兵たちも、俺の突進を見てバラバラに逃げて行った。
騎馬突撃のようなものだ。
金属の塊で突っ込んでいるのだから。
この調子で弓兵を追い払って、装置を落とされないよう走り回るのだ。
だが、敵の機械人形が二機、こちらへ迫ってきた。
これは追い払えない。
ぶつかったら押し負けるのは俺の方だ。
俺が後退すると、機械人形を盾にして弓兵も前進してきた。
回り込んで攻撃するしかないのか……。
『マルコくん、ディフェンスにシフトするぞ』
フェデリコさんが遠隔映像でそう告げてきた。
「えっ? いまですか?」
『太陽を使う』
「はい?」
返事をしたときには、もう始まっていた。
光の柱が、天から伸びていたのだ。
いや、球体から。
かと思うと、地表の草がカリカリに焼けた。視界も揺らぐほどの焦熱。遅れて火災。
弓兵が、生きたまま炭になった。
敵の機械人形も活動停止。
俺の機械装甲も動かなくなってしまった。
『無事かね、マルコくん』
「はい……」
『私の太陽は、出力をしぼって稼働させることができる。今回のように、局所的な運用も可能だ』
「……」
技術の解説なんてどうでもいい。
なぜこうも躊躇なく人を焼ける……。
いや、俺たちがしているのは戦争だ。
命のやり取りをしている。
おかしなことを言っているのは俺のほうだ。
それは分かっている。
『なに? 半分も倒れた? 最低レベルの出力だぞ……。ああ、すまない。赤鼻から、帰還せよとのことだ。通信を終える』
「はい……」
機械は無事でも、エネルギーを供給している魔族の負担は大きいようだ。
最低レベルの試し撃ちで半数もの魔族が倒れたとなると、本番など撃てないのではなかろうか。
*
動作が回復してから本陣へ戻ると、倒れている魔族たちの姿が見えた。鼻血を流しているものもいる。
こんな兵器のために、ここまで……。
黒の魔女もさすがに苦しそうだ。眉間に力が入っているだけでなく、額の血管が浮き上がっている。
「それで? お次はどこへ飛ばすんだい?」
「次は敵の装置を狙う。できるか?」
「やるよ。やりゃいいんだろ」
倒れた魔族たちの魔力を、おそらく一人でカバーしているのだろう。
ピチョーネも連れて来ればよかったかもしれない。
でも、俺は留守番させた。あの子を戦争に参加させたくない、なんて人道的な理由じゃない。母さんを守って欲しかったからだ。
懸念すべき未来は、すぐそこまで近づいている。
戦況は読めない。
敵の装置は、好き放題に大地を焼いている。
工兵も散発的にやってくるが、いまのところ狙撃部隊が迎撃している。
赤鼻はただそれらを眺めているだけ。
どういうつもりなんだろうか。
すると俺の視線に気づいたのか、彼はこちらを見た。
「どうした? まだ暴れ足りないのか?」
「いえ……」
俺のことはいい。
だけどこのままダラダラ待っていては、魔族がもたない。そうなったら作戦は失敗に終わる。負けるということだ。追走されて壊滅させられる。
あるいはラ・ネロの街に逃げ込んで、勝ち目のない籠城戦を続けるか……。
赤鼻は肩をすくめた。
「見ろ、我が軍を。素人の寄せ集め。数も足りない。装備も不十分。はっきり言って、戦争に参加できるレベルじゃない」
「じゃあ……」
「参加できないんだから、参加しない。まあいいだろ。主戦力はラ・ネロの正規兵なんだから。もっとも、肝心のそいつらも壊滅間近だがな」
「もし敵の装置を落とせなかったら?」
俺がそう尋ねると、彼はくだらなさそうに笑った。
「逃げたけりゃ逃げていいぞ。遠慮するな。兵ってのは脱走するもんだからな。慣れてる」
「逃げませんよ」
「そうか? そりゃ助かるが……」
別にどうでもいいみたいな口ぶりだ。
この余裕はなんなんだ?
「赤鼻さん、なにを待ってるんですか?」
「チャンスだよ」
「なんの?」
「いろいろだ。勝てそうなチャンス。その瞬間、あらゆるものが成立する。そんな都合のいいことがあるのかって? まあ、普通はないな。今回も来ないかもしれない。だからまあ、逃げるってのは悪い提案じゃねぇんだ。いざとなったら俺も逃げるしな」
「……」
まったく分からない。
魔女でさえもっと親切に教えてくれたのに。
だけど、この人が負けるために仕事を請け負うとは思えない。
きっとなにかあるはず。
(続く)




