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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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ラ・ネロ防衛戦(一)

 いつか来る、いつか来る、そう思っているうちは来ないのに、来ないと思っていると来る。

 なんでもそうだ。


「動くなよ。十分に引きつけるんだ。誰かが突出しても、絶対にそいつのケツを追うな。待った方が有利なんだからな。バカでも分かるよな?」

 小太りのおじさんが、偉そうに指示を飛ばしてくる。

 行方不明になっていた赤鼻だ。

 いまは金で雇われて、俺たちの指揮官を引き受けている。


 ここは黒の領域ラ・ネロ。

 国王軍とラ・ネロが戦っている。

 いちおう、敵味方が分かるように腕章をつけているし、旗持ちもいるのだが、両者入り乱れており、すでになにがなにやら分からなくなっている。

 混在する兵を、国王軍は容赦なく焼いた。味方だろうが容赦なく。

 味方の兵で敵兵を足止めしておいて、浄化の炎で焼き払う。もはやそんな作戦しか取れなくなっているようだった。


「むごい戦いだね」

 マティルダさんが顔をしかめた。


 アルトゥーロさんは参加していない。

 というより、どうせ前へ出ようとするので、みんなで参加させないようにしたのだ。開戦早々、副総統が討ち死になんてことになれば、現場の士気にかかわる。


 俺たちはいま、ラ・ネロの街の外に布陣している。

 先頭には、鉄板で強化した馬車を並べ、簡単な砦にしてある。その砦に隠れているのはマティルダさんたちの狙撃部隊。狙撃とはいうが、最新式のピストルだけでなく、弓やクロスボウ、それに石まで使う。

 まあ人間相手なら、これで一方的に勝てるらしい。


 とはいえ、国王軍には機械人形がいる。

 馬車では止められない。

 代わりに、フェデリコさんたちの科学部隊が、「太陽イル・ソーレ」で焼くことになっている。

 この装置の動力源は「魔族」だ。人力でエネルギーを供給し、それを一ヵ所に集めて使用する。黒の魔女も、このエネルギー源として雇われた。彼女はこのあと5万リラ分のエネルギーを搾り取られる予定だ。


 俺は機械装甲を使う。

 過剰に攻め込んだりはしない。

 機動力を活かして、他のみんなを守るのが役目だ。


 ああ、それにしても。

 空に浮かんだ巨大な球体が、平然と大地を焼いている。

 鮮やかな大草原があっけなく焦土となる。

 熱にあぶられた兵たちは、踊るように逃げまどう。

 こんなのは戦闘ではない。

 虐殺だ。


「まだ動くなよ。引きつけろ」

 赤鼻は鷹揚に構えている。

 悪く言えば、気の抜けたような態度。

 その代わり、兵に対するプレッシャーもない。

 彼は突撃を命じたりはしない。馬車の裏に隠れて戦えばいいのだ。


 フェデリコさんがやってきた。

「準備が整った。司令官、飛ばしても構わないか?」

 軍装というのだろうか、ゆったりした服ではなく、袖口やズボンの裾がきゅっと締まった服を着ている。


 赤鼻はふんと鼻で笑った。

「いつでもやってくれ。俺の頭の上でなけりゃ、どこを焼いても構わん」

「結構」

 フェデリコさんは後ろへ向き直り、手でサインを出した。


 キュイン、という、甲高い音がした。

 装置に魔力を送る段階で、ケーブルなどが「鳴く」のだという。


「浮上します!」

 技術者が告げた。


 球体の浮かぶのが見えた。

 国王軍の所持するなめらかな球体とは違い、金属板でなんとか固めただけの武骨な球体だ。小さなパーツの落ちるのが見えた。大丈夫なんだろうか。


 それでも、モノが浮くというのは滅多に見られる光景ではない。

 俺たちはみんな、それが空高く浮き上がるのを見ていた。

 これから大地を焼く兵器を……。


 エネルギー源となる魔族たちは、三十名はいるだろうか。それぞれケーブルを握って集中している。

 特に魔力に秀でたメンバーが選抜されているはずだが、エネルギーを奪われて苦しそうだ。

 平然としているのは黒の魔女だけ。というか、力を使っているのかどうかさえ分からない。


「黒の魔女、出力をあげたまえ」

 フェデリコさんの言葉に、魔女は幼い顔をしかめた。

「ったく、素人ってのはこれだから困るね。私が出力をあげたら、あの装置は爆発しちまうよ。わざと手加減しながら調整してるんだ。黙って見てな」


 こちらの球体は、細いケーブルでつながれている。

 途中で切断されたら落ちてしまうらしい。

 絶対に守らないと。


 これを相手の球体より高く浮かせて、上から焼く。

 成功すれば、こちらが圧倒的に有利になる。


 だが、もし失敗したら?

 それは考えたくもない。

 想像しうる、あらゆる損害をこうむることになるだろう。


「もっと高く浮かせられないか?」

「いいだろう」

 フェデリコさんのオーダーに、黒の魔女がうなずいた。

 すると球体は、ぐーんと浮上した。何頭もの馬で運んできた金属の塊が、魔法の力で信じられないほど浮上してゆく。


「一時の方向に敵兵だ。狙撃せよ」

 赤鼻が号令すると、石と矢とボルトが一斉にそちらへ放たれた。

 大群ではなかった。ケーブルを切るために近づいてきた工作兵だろう。

 こちらの兵の練度は高かった。工作兵は近づくこともできず、すべて倒れた。


「お次は弓で落とそうとしてくるかもな。よし、デカブツ。少し暴れて来い。あんまり前に出るなよ。焼かれるからな」

「はい」

 俺の出番だ。

 暴れるといっても、戦闘はしなくていい。戦っているフリだけで。


 俺はハルバードを構え、駆け出した。

 天気は良好。

 みんな戦争なんてやめて、ピクニックでもしたらいいんだ。


 俺が突っ込んでいくと、敵も味方も道を開けた。

 それでいい。

 ぶつかると危ない。

 できれば誰も死ぬ必要はないのだから。


 前進していた敵の弓兵たちも、俺の突進を見てバラバラに逃げて行った。

 騎馬突撃のようなものだ。

 金属の塊で突っ込んでいるのだから。

 この調子で弓兵を追い払って、装置を落とされないよう走り回るのだ。


 だが、敵の機械人形が二機、こちらへ迫ってきた。

 これは追い払えない。

 ぶつかったら押し負けるのは俺の方だ。


 俺が後退すると、機械人形を盾にして弓兵も前進してきた。

 回り込んで攻撃するしかないのか……。


『マルコくん、ディフェンスにシフトするぞ』

 フェデリコさんが遠隔映像テレ・ビジオネでそう告げてきた。

「えっ? いまですか?」

『太陽を使う』

「はい?」


 返事をしたときには、もう始まっていた。

 光の柱が、天から伸びていたのだ。

 いや、球体から。


 かと思うと、地表の草がカリカリに焼けた。視界も揺らぐほどの焦熱。遅れて火災。

 弓兵が、生きたまま炭になった。

 敵の機械人形も活動停止。

 俺の機械装甲も動かなくなってしまった。


『無事かね、マルコくん』

「はい……」

『私の太陽は、出力をしぼって稼働させることができる。今回のように、局所的な運用も可能だ』

「……」

 技術の解説なんてどうでもいい。

 なぜこうも躊躇なく人を焼ける……。


 いや、俺たちがしているのは戦争だ。

 命のやり取りをしている。

 おかしなことを言っているのは俺のほうだ。

 それは分かっている。


『なに? 半分も倒れた? 最低レベルの出力だぞ……。ああ、すまない。赤鼻から、帰還せよとのことだ。通信を終える』

「はい……」

 機械は無事でも、エネルギーを供給している魔族の負担は大きいようだ。

 最低レベルの試し撃ちで半数もの魔族が倒れたとなると、本番など撃てないのではなかろうか。


 *


 動作が回復してから本陣へ戻ると、倒れている魔族たちの姿が見えた。鼻血を流しているものもいる。

 こんな兵器のために、ここまで……。


 黒の魔女もさすがに苦しそうだ。眉間に力が入っているだけでなく、額の血管が浮き上がっている。

「それで? お次はどこへ飛ばすんだい?」

「次は敵の装置を狙う。できるか?」

「やるよ。やりゃいいんだろ」

 倒れた魔族たちの魔力を、おそらく一人でカバーしているのだろう。


 ピチョーネも連れて来ればよかったかもしれない。

 でも、俺は留守番させた。あの子を戦争に参加させたくない、なんて人道的な理由じゃない。母さんを守って欲しかったからだ。

 懸念すべき未来は、すぐそこまで近づいている。


 戦況は読めない。

 敵の装置は、好き放題に大地を焼いている。

 工兵も散発的にやってくるが、いまのところ狙撃部隊が迎撃している。


 赤鼻はただそれらを眺めているだけ。

 どういうつもりなんだろうか。


 すると俺の視線に気づいたのか、彼はこちらを見た。

「どうした? まだ暴れ足りないのか?」

「いえ……」

 俺のことはいい。

 だけどこのままダラダラ待っていては、魔族がもたない。そうなったら作戦は失敗に終わる。負けるということだ。追走されて壊滅させられる。

 あるいはラ・ネロの街に逃げ込んで、勝ち目のない籠城戦を続けるか……。


 赤鼻は肩をすくめた。

「見ろ、我が軍を。素人の寄せ集め。数も足りない。装備も不十分。はっきり言って、戦争に参加できるレベルじゃない」

「じゃあ……」

「参加できないんだから、参加しない。まあいいだろ。主戦力はラ・ネロの正規兵なんだから。もっとも、肝心のそいつらも壊滅間近だがな」

「もし敵の装置を落とせなかったら?」

 俺がそう尋ねると、彼はくだらなさそうに笑った。

「逃げたけりゃ逃げていいぞ。遠慮するな。兵ってのは脱走するもんだからな。慣れてる」

「逃げませんよ」

「そうか? そりゃ助かるが……」

 別にどうでもいいみたいな口ぶりだ。

 この余裕はなんなんだ?


「赤鼻さん、なにを待ってるんですか?」

「チャンスだよ」

「なんの?」

「いろいろだ。勝てそうなチャンス。その瞬間、あらゆるものが成立する。そんな都合のいいことがあるのかって? まあ、普通はないな。今回も来ないかもしれない。だからまあ、逃げるってのは悪い提案じゃねぇんだ。いざとなったら俺も逃げるしな」

「……」

 まったく分からない。

 魔女でさえもっと親切に教えてくれたのに。


 だけど、この人が負けるために仕事を請け負うとは思えない。

 きっとなにかあるはず。


(続く)

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